(21)ストーカーにご用心



「ねえねえ、陸遜さんって彼女いるのかなあ?」
「さあ?でもあのルックスならもてるでしょう?」
「カッコイイもんね!」
「可愛い、のまちがいでしょう?」

社内の女子社員たちは常に誰かの噂をしている。
先日までの噂は太史慈が不倫している、というものだった。
それまで真面目いっぽんやりと思われていた人物なだけに、この噂に火がつくのは早かった。
本人の否定と、孫策が二喬を叱ったこともあって、その噂はようやく収束にむかっていった。
かわりに今度のターゲットは商品企画部の若きエース、陸遜伯言そのひとであった。

陸遜はエリート街道まっしぐらでこれまできた名門陸家のサラブレットである。
その分世間知らずでもあり、いわゆる「おぼっちゃま」であった。
呂蒙とは仲が良く、社内でもよく一緒にいる。

周瑜が長期休暇から戻ってきて、会社は以前の活気を取り戻した。
その仕事ぶりを見て陸遜は
「僕なんかまだまだだな、って思いましたね」と言う。
「そうか?おまえもすごいと思うけどな」
一緒にランチを摂りながら呂蒙は言った。
「呂蒙先輩は社長にひっぱられて戦略室に入ったんでしょう?先輩の方がずっとすごいですよ。僕なんか・・・」
「・・・なんだよ、珍しく後ろ向きだな」
「なんだか、最近ついていなくて」
「なにかあったのか?」
「変な手紙がきたり、ストーカーされたりしてるんですよ・・・」
「不幸の手紙みたいなやつか?」
「いえ、メールなんですけどね・・・一人の人が毎日送ってくるんですよ。それには僕の毎日の出来事が描いてあったりして・・・」
「おまえにストーカー、ねえ・・・女か?」
「わかりませんが、メールの内容だとそれっぽいんです」
「いいじゃないか、女なら。男だったりしたらシャレになんないけどさ」
「じゃ、先輩うちに来てメール見てくださいよ」
「いいとも」
そうして呂蒙は陸遜の家に行くことになった。

「・・・・・ここ、おまえんち、か・・・?」
「ええ、どうぞ」
呂蒙が驚くのも無理はない。
陸遜の家は映画に出てくるような洋風のどでかい屋敷だったのだ。
「・・・家族はもちろんいるんだよな・・?」
「ええ、でも僕はこっちの離れで一人で住んでるんです。だから気兼ねはいりません」
門をくぐると遠くで犬の鳴き声がした。
この広い庭の番犬なんだろう、きっと。
庭には芝生が植えてあって、お約束のプールがあった。
それを横目で見ながらさらに奥へと歩いていく。
「お手伝いさんとか・・・いそうだな」
「いますよ。僕の食事の世話とか部屋の掃除とかやってくれてます」
「・・・・」冗談のつもりでいったのだったが、あっさり肯定されて呂蒙はちょっとあきれた。
しかも、離れといっても普通の一軒家より遙かにでかい。
「・・・ここに一人で住んでるのか?」
「はい。どうぞ上がってください」
「ああ、わかった!おまえが嫁さんもらったらここに一緒に住むんだな」
呂蒙はなんとなく親が陸遜の為に建てた家なのだろうと理解した。
「いいえ。結婚したらこんな狭いとこじゃなくてもっと広い家に住みますよ。土地はもう用意してるんです」
すんなりと否定されて呂蒙は口があいたままになった。
(こ、こんなせまいとこ・・・って!!ここの玄関だけで俺のアパートより広いっての!!)
住む世界がちがう、と思った。
この家に比べたら社長の家だって普通に思える、と呂蒙はこっそり思った。

綺麗に整頓された部屋に通され、パソコンデスクの前に行く。
立ち上げてメールを開く。
「これです」
呂蒙はパソコンの前に顔をつきだしてメールを見た。
日付は今日。時刻は10分くらい前だろうか。
 

今日は友人とご一緒なんですね。
仲がよさそうで羨ましいです。
その人は今夜泊まっていくんですか?
私も仲間に入れて欲しいな。
 
 

「・・・なんだこりゃ」
「ね?ストーカーでしょ?今日もどっかから見てたんですよ」
「近所のやつかな?」
「さあ」
「好きなら素直に告白しにくりゃいいのに」
「・・・こんなことをするような人とはおつきあいしたくないです」
「で、どうする?犯人を突き止めるか?」
「気持ち悪いですからね」
「よし!協力するぞ」
「ありがとうございます、先輩!」

次の日から、呂蒙は陸遜を何気に見張るようになった。
社内でも目配せして、辺りに注意した。
しかしそれらしい人物の姿は見つけられなかった。

そんなある日、陸遜は家に戻る途中、2,3人の若者に囲まれてた。
今日は呂蒙はついてきていなかった。
「よお、ちょっとお金、くんないかなあ〜」
「君たちにあげるお金なんかないよ」
「なんだ、てめえ、かっこつけやがって!」
すると逆上して襲いかかろうとした。
「まて!!」
声がしたかと思うと、うしろから突っ込んできた男がいた。
「この人に手をだすなー!」
「あ・・あなたは」
陸遜の前に立った男は両手をひろげて陸遜をかばった。
しかしどうみても強そうに見えない。
一発、二発くらって悲鳴をあげている男を見て、陸遜はたまらず目の前の男を押しのけた。
「どいていてください」
「えっ!?」
退けられた男は目を丸くして陸遜を見た。
陸遜はなにやら拳法の構えをする。
「これでも空手の有段者なんですよ」
そう言ったかと思うと、つぎつぎと不良少年たちを倒していく。
強い。
不良少年たちはお決まりの捨てぜりふを残して逃げていった。
そうして陸遜はその男を振り返る。
「大丈夫ですか?」
陸遜が手を差し伸べると、男は目に涙をためていた。
「り、陸遜さんっ!ありがとう!ボク、感動してますっ!」
「・・・あなたはたしか、曹休さん、でしたよね。大学で一緒だった・・・」
「お、おぼえててくれてたんですねっ!」
「もちろんですよ」
「うう〜〜うれしい・・・」
曹休は涙を流して喜んでいた。
「でもどうしてここへ?」
「・・・・あの」
「?」
曹休は手をついてあやまった。
「すみません・・・!毎日、あなたのこと、ずっとおっかけていたのは、このボクなんですっ!!」
「ええ!?一体どうして!?」
陸遜は驚いた。
曹休はかくかくしかじかと語りだした。

曹休は、叔父の曹操に言われて、袁術の娘をナンパするために呉へ来ていた。
東呉学園まで来たときに、娘が自分の好みじゃないとわかるとさっさと引き上げようとした。
ちょうどその頃に街で陸遜を見かけたのだという。
それでしばらく後をつけていたのがいつしか癖になって、陸遜のメールアドレスをハッキングして調べ、ストーカーのような行為になってしまっていたのだという。
「・・・あなただったんですか・・・。てっきり女の子だとばかり思っていましたよ」
「すみません、ごめんなさい」
陸遜はふっ、と笑った。
「でも良かった。知らない人じゃなくって。ちょっと怖かったんですよ」
「陸遜さん、ボクのこと許してくれる?」
「許すも許さないもだってあなたは友人じゃないですか」
曹休は感動して陸遜の手を取って泣き出した。
「そ、曹休さん・・・」陸遜は困った。
「文烈って呼んでください!」
「あ、あの一つだけ言っておきますね。僕はその気、ないですから・・・」
「いいんですっ!これはボクが勝手に思ってることなので、陸遜さんにはご迷惑かけませんからっ!」
もう充分迷惑なんだけどな、と思ったが口にはしなかった。

陸遜に諭されて、曹休は家に帰った。
陸遜はともかくこれで一件落着だな、とほっとした。
家に帰ると、やっぱりメールが入っていた。

陸遜さん、今日はありがとう♪
ボク、益々あなたのファンになりました(テヘ♪)
いろいろとゴメイワクかけちゃってゴメナサイ(><)
これからも仲良くして下さいね!(はぁと)

P.S ボク大学院を出たら陸遜さんと同じ会社に入ります!絶対!
 

これを見て陸遜がげんなりしたことは言うまでもない。
 
 

「なにぃ?ストーカーは男だった?!」
呂蒙は社員食堂で大声をだした。
「し〜〜っ、声が大きいですよ」
陸遜は慌てて口に人差し指をたててあてた。
「なんだよ・・・ヘンタイかそいつ」
「なんだかよく分からないんですけどね・・そういうのとも少し違うような感じなんです」
「ふ〜ん、しかし世の中には変なヤツもいるんだなあ」
「北魏の社長の甥ですからね。おぼっちゃんですよ」
呂蒙は、おまえだってそうだろ、と言いかけたが、その言葉をご飯といっしょに呑み込んだ。
「しかしなあ、ひとつ心配なのは、そいつ、もしおまえに彼女ができたらヤバくないかってことなんだが」
「彼女だなんて、そんな〜先輩を差し置いて」
「随分な言いぐさだな」
呂蒙は少しムッとした。
「ふふふ、すみません。でも僕には当分彼女はできませんよ。だって僕の理想は周瑜さんみたいな・・・」
「私が何?」
二人が振り向くと後ろに周瑜がコーヒーを持って立っていた。
「あっ、し、周瑜さん」
陸遜は慌てて席を立ってどうぞ、と席を指した。
「ごめんなさい、もう行かなくちゃいけないから」
周瑜はそう言って陸遜に微笑んだ。
「そ、そうですか・・」
陸遜は頬を赤らめて頭をかいた。
周瑜はくす、と笑って「仲がいいのね」とだけ言い、行ってしまった。
それを見送って呂蒙は不審な顔をした。
「なんだか意味深な笑いだったなあ」
「そうですね」

二人は知らなかった。
この時既に陸遜と呂蒙の仲がアヤシイ、と言う噂がたっていたことを。
 
 
 

(終)