(25)曹丕の恋



曹操が息子に社長の座を譲ってからまだ1年しか経っていない。
これまでいろいろなことを一人でこなしてきた曹操だったが、息子がやはり頼りないと見えて、郭嘉や程cはじめ重役連中を役員にし、重要な決め事が有るときは彼らのもとに合議制となった。
つまり、社長である曹丕が不在でも、なんとかなるのである。

「子桓は?」
曹操が社長室に入ると、なぜかそこには曹植がいた。
「兄上は 人妻追いかけ お留守です」
いつもの五・七・五調のしゃべり方にもうなれたとはいえ、曹操は頭を抱えた。
(どうしてこんな息子ばっかりなのだ・・・)
「・・・またあそこへ出かけとるのか」

しばらくして、急に社長室の扉が開いたかと思うと、曹丕が入ってきた。
「お、子桓。戻ってきたのか」
「父上、いらしていたのですか」
曹丕は曹操にあまり似ていなかった。
スラリと背が高く、きりりと引き締まった顔つきでなかなかの美男だった。
「父上、しばらく外出してまいります」
「どこへ行こうと言うんだ?」
「宝玉を捜しに」
「・・・はぁ?」
曹操は息子が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
「何を言っとるんだおまえ」
「甄さんが喜ぶのものを探しに行くんです」
「・・・貢ぎ物か」
はあーっと、肩を落とす。
「貢ぐだけ 貢がされても 効果なし・・・くすくす」
曹植が笑いながら言うのを横目で睨んで父のほうに向き直る。
「父上、何を送ったら女性は喜ぶのでしょうね?花束とか宝石とかいろいろと送っているんですが、色よい返事がもらえないんですよ」
「馬鹿者。物でつろうとするから下心があるように思われるのだ。体当たりで行け、体当たりで」
「そんな単純体力バカみたいなことできませんよ。恋愛はスマートに行くものですよ、父上」
「・・・単純体力バカ?」
息子のさりげない言葉にちょっとだけ傷ついた父・曹操であった。

「・・・袁煕くんはどうしているんだね」
「さあ。夜逃げして失踪中らしいです。もうじき離婚が成立しそうですよ。そうしたら晴れて結婚できるんです」
曹丕が今夢中になっている甄さんというのは、河北物産の社長である袁紹の次男・袁煕の妻である。
今は夫の袁煕がギャンブルに手をだして夜逃げし、元々父に嫌われていた袁煕が勘当されたため、上蔡の実家の父・甄逸のところに身を寄せている。

「もうちょっとで落とせそうなんですよ」
「・・・・ま、おまえが結婚したいと言うほどなんだから、美女なんだろうな」
「そりゃもう!あまりに美女すぎて父上には会わせられないくらいですよ」
「・・・どういう意味だ」
曹操の眉がピク、と動いた。
「父上は美女と見たらほおって置かないでしょう?」
「馬鹿者。息子の女に手を出すほど儂は女に不自由しとらん」
「そうですか?」
曹丕はチラ、と横目で父を見た。信用ならん、といった表情だった。
「明日、東呉商事のパーティがある。あそこの社長にでも訊いてみたらどうだ?最近美人の秘書と婚約したという噂だぞ」
「・・ふん。まあ参考にはならないかもしれませんがね。・・そうだ、甄さんも誘ってみよう」
「・・・好きにせい」


ということでここ合肥では東呉商事の新製品発表のセレモニーの後盛大なパーティが行われていた。
女性用ファッションのオートクチュールの発表があったのでなかなかきらびやかなパーティになっていた。
社長の孫策は商談中で、人に囲まれていた。
ふと、孫策の肩を周瑜が叩く。
「北魏の社長がお見えですよ」
「ほう・・・」
孫策が顔をあげると、曹丕が女性の手を引いてこちらへやってくるところだった。
女性は胸元がくっきりと開いたドレスを身につけ、なかなかに人目を引いていた。
「すごい美人をつれてるな。あれは奥さんか?」
「さあ、結婚なさったというお話は聞いておりませんが」
孫策と周瑜がひそかに話していると、曹丕が挨拶をしに前に進み出た。
「これは北魏の・・・ようこそおいでくださいました」
「盛大なパーティですね。華やかで目の保養になりますよ」
「ええ、なにしろここにいるうちの秘書がコーディネートしましたものでね。ところでそちらの女性は奥様でいらっしゃいますか?」
曹丕は孫策のそばにいる周瑜に目をやった。
淡い薄紫色のカクテルドレスに身を包んだ周瑜は黒髪を結い上げてドレスと同じ色の華の髪飾りを付けてとめており、その白く透き通るうなじに後れ毛がいくつか垂れた様子は実に色っぽい。
「・・・・(う、美しい!)」
曹丕が周瑜に目を奪われているのを見て、孫策はふふん、と自慢そうに鼻をならした。
曹丕はその孫策に舌打ちし、表情を歪めて言った。
「・・う、美しい方ですね・・この方があなたの?」
「そうです。美しいだけでなく有能なのです」
「伯符さま・・・」
孫策が次から次へと誉め言葉を連発するのでさすがの周瑜も恥ずかしくなった。

「曹丕様」
隣にいる美女がふいに口を開いた。
それではっと我に返った曹丕は彼女を振りかえり、にっこりと笑った。
「こちらの御婦人はもうじき私と結婚する予定になっている女性です。私の婚約者ですよ」
曹丕がそう紹介すると、甄はそっぽを向いた。
「・・・・あ」
しくじった、という表情だった。
甄はおとなしめの中間色のドレスに身を包んでおり、相当の美女なのだが、そのおとなしい性格からか、目立たないドレスを着ているのがマイナスポイントだった。
「私、失礼いたしますわ」
甄はそう言って去っていった。
「あっ!ま、待ってください!・・・失礼、孫社長」
曹丕は彼女のあとを追いかけていった。
孫策と周瑜はそれをただ見送っていた。
「・・・綺麗な方でしたね」
「何、お前の方がずっと綺麗だよ」
孫策はそう言うと周瑜の肩を抱いた。


一方、逃げ出した甄を会場の外でつかまえた曹丕は、彼女に弁解した。
「勝手に婚約者だなんて言った事は謝る。・・・でもそれ以外、なんといえば良かったんだ」
甄はその美しい顔を横にむけたままだった。
「・・・・」
無言のままの彼女に、曹丕は
「私の何が気に入らない?教えてくれ。直すように努力するから」と熱を込めて言った。
「・・・・」
「何が欲しい?車か?毛皮か・・・?なんだ、何でも言ってくれ」
甄は曹丕を見上げて首を振った。
「・・・あなたには他に女性が大勢いらっしゃるのでしょう?」
「わ、私は今はあなただけだ。そりゃ、昔はいたけど、今はあなたしか見えない」
「・・・・嘘」
「嘘じゃない。一体だれがそんなこと・・・」
「兄上は とっかえひっかえ 女性替え あなたもそのうち 捨てられる」
甄が突然、聞き覚えの有る節回しで言葉を繰り出す。
「・・・曹植か・・・!あいつめ」
曹丕は弟の生意気な顔を思い浮かべて舌打ちした。
「さっきの方、綺麗でしたわね・・・。曹丕様にはあのような艶やかな女性がお似合いなのですわ」
曹丕は甄に、さっき自分が周瑜に見とれていたのを見られていたことを悟って慌てた。
「ああ、あれは違う・・・・あの人はあの社長の婚約者で・・・って、私は何を言い訳してるんだ、おろおろ・・」
慌てる曹丕を横目で見て、甄はぐすっ、とすすり泣きはじめた。
「わ、私なんて、田舎者で人妻でおまけに捨てられて・・・わーっ」
「あ、ああ〜、甄さん・・泣かないで・・・貴方の方がずっとずっと綺麗だ。昔の旦那のことなんか私が忘れさせてやる」
曹丕は彼女の体をそっと抱いた。
「あなたはご自分がどれくらい美しいか知らないんだ。・・あなたはもっと自信を持つべきだ」
泣く女の背中をぽんぽん、と叩きながら曹丕はそう言った。
「あなたが贈り物をくだされば下さるほどあなたの誠意が見えなくなって・・・本当に私を愛してくださいますの?」
「もちろん」
「・・バツイチですよ?」
「構わない」
「・・年上だわ・・」
「ガキよりずっといい」
「・・・」
「結婚、してください」
「・・・でも」
「でも、とかだけど、とかいう言葉はもう聞きたくない。はい、と一言いってくれ」
甄はうつむいて涙ぐんだ。
「・・・・私などでよろしければ・・・」
「はい、と言ってくれ」
「・・・はい・・・」
その返事っを待って、一呼吸おいてから
「・・・・!やった!本当に結婚してくれるんだね!」
曹丕は飛びあがって喜んだ。



そうしてめでたく曹丕は甄氏と婚約することになった。
しかし・・・
「チッ、兄上め そう簡単に 行かせるか なんとしてでも 兄より先に 甄さんに 目をつけたのは このボクだ」
あいかわらず緊迫感のない七五調で、曹丕の部屋の電話に盗聴器をしかける弟・曹植であった。


(終)