プリティ・ウーマンU


北魏の本社前に一台の派手なスポーツカーが止まった。
そこから出てきたのは、黒のミニスカのスーツを着たまだ若い女だった。
真っ黒の髪を肩で切りそろえたボブカットで、一重の切れ長の目が魅力的だった。
一階のロビーをしゃなりしゃなり、と歩いていると、男性社員たちの目が釘付けになる。

「司馬懿さん、おはようございます!」
「おはよう・・・」

若い男性社員が挨拶をするたびに微笑み返す。
しかも首だけを左右に動かすので、少し奇妙な感じがする。

「うふふふv今朝もバツグンバツグンバツグンに綺麗なワ・タ・シ♪」
歩きながら髪を掻き上げる。
エレベータに乗ると、男性社員がボタンを押してくれた。

司馬懿は現社長・曹丕の秘書である。

エレベータが開いて廊下に出ると、書類の山が歩いてくるのが見えた。

「んしょっ・・・と・・」

司馬懿はニヤリ、と真っ赤に口紅を引いた唇を歪めて笑った。
そして書類の山を抱えたその人の前にわざと立って、突き飛ばした。
「きゃあ!」
押された衝撃で書類の山は床に散乱し、それらを持っていた人物も床にしりもちをついた。

「あ〜ら、ごめんなさい」

「ちょっと〜!どこ見てんのよ!!気をつけなさいよね〜!」
しりもちをついて怒鳴っているのはメガネにぼさぼさの髪を後ろで束ねただけの姿の荀ケだった。
司馬懿はその横を見下ろしながら笑みを浮かべてすっと横切っていく。

「・・・パンダ・・・」

荀ケが口走ったその言葉に司馬懿ははっ、として振り返った。

「み、見たわね・・・!」
司馬懿の顔が真っ赤になる。
「ば・・ばかーーーー!」
そう言って走り去っていった。

「あ・・・・っ」
しばし呆然としていた荀ケだったが、はっと我に返った。
「ちょ、ちょっとーー!!手伝いなさいよ!この書類、どうしてくれんの!こらーー!」
荀ケが叫んでいると、司馬懿の走り去った方向と逆の方から郭嘉が歩いてきた。

「荀ケクン・・・何やってんの」
郭嘉は荀ケの前にしゃがみ込んだ。
「司馬懿のヤツが私に体当たりしてったの。も〜あいつ、絶対調子にのってるわ!」
「ああ、司馬懿さんねえ・・・たしかに美人だけど、私の趣味じゃあないな」
「だれも郭嘉さんの趣味なんか訊いてないよ。もう〜〜パンダ女のくせに〜」
荀ケはブツブツ言いながら散らばった書類を集め始めた。
「パンダ?」
郭嘉もそれを手伝いながら荀ケの言葉を不審に思った。
「パンダってなんだい?」
「司馬懿のパンツよ」
「は・・・?」
「あいつ今日超ミニ履いてて、さっき突き飛ばされて転んだ時にあいつのパンチラ見たの。パンダの絵が描いてあった」
「ぷっ」
郭嘉は思わず吹き出した。

司馬懿は最近入社してきた秘書で、荀ケとは同じ大学の先輩後輩である。
荀ケの推薦で入社したのだが、その美貌は社内でも評判だった。
どうも、自分の美貌を鼻にかけるきらいがあるらしく、女性社員からは嫌われていた。

「でも、君を突き飛ばしたりするのは感心しないね。少しお灸を据える必要があるようだ」
「お灸?」荀ケが不思議そうに見ている。
「そのメガネ、似合っているよ。でもその髪はどうしたの?」
「あーさっき資料室でこの書類たち探すのに苦労してたから・・・」
「いつも一生懸命だねえ」郭嘉は苦笑した。
 

社長の曹丕は今日も留守だった。
どうやら婚約者のところへ行きっぱなしらしい。
なので、司馬懿はいつも社長室でヒマしている。
来客用のソファに腰掛けて、爪なんか磨いていたりする。
自分の掌を宙にかざして見る。
「う〜ん、爪の先までキレイキレイキレイキッレ〜イ♪」
そうしているとガチャ、と扉が開いた。
司馬懿は慌てて立ち上がった。

「・・・なんだ君か。何をしとるんだね。子桓は?」
会長の曹操だった。
「は、はい・・・あの、社長はお留守です・・・」
「またか」
女好きの曹操だったが、なぜかこの司馬懿だけは手を出そうとしないのだった。
不思議に思った郭嘉が曹操に訊いたことがあった。
曹操によると、目つきが気に入らないのだそうだ。
昔、曹操が子供の頃、動物園の狼の檻の前で咆えられた事があったらしく、その時酷く恐がったそうだ。
司馬懿の目はなぜかその狼を彷彿とさせるらしい。

「本日の東呉のパーティに出席なさるのに、婚約者を誘いに行ったのではありませんか?」
曹操の後ろについてきていた郭嘉がそう言う。
「ふむ・・」
司馬懿の眉がピクン、と動いた。
(パーティですって!?)
「東呉のオートクチュールの発表会で、有名デザイナーがたくさん来るらしいですね」
(オートクチュール!有名デザイナー!)
司馬懿のブランド嗜好の虫がうずうずと動き出した。
郭嘉は、目をキラキラさせてこちらをみている司馬懿に気付いていたが、わざと無視した。
「うーむ。会場に劉表と劉備が来ておるかどうか、確認してきてほしかったのだが・・・」
「会長、私が見て参りますよ」
「そうか、行ってくれるか」
「ええ。最近蜀漢と劉表になにやらあやしい動きがあるようですからね」
曹操はそれを確認すると、用事があると言って部屋を出ていった。
郭嘉は自分の衿をただして、ふう、とため息をついた。

司馬懿はうずうずとして、郭嘉の様子を伺っていたが意を決して声を掛けた。
「あの・・・郭嘉様?」
「ん?」
「先ほどのパーティの件・・・なんですけど・・・、パートナーがお入り用じゃありません?」
「ふん・・?君が?」
「ええ。私なら、郭嘉様にふさわしいと思うんですけど」
「私にふさわしい?君が?」
「ええ。私をおいて他にはいませんわ!少なくともこの北魏では」
司馬懿は自分の胸の前で手を組んで熱弁を振るった。
郭嘉は苦笑した。
「残念だね・・・私は荀ケくんを誘ってくつもりなんだ」
「えええええ!?あんな人を?やだわやだわやだわやだわー!私!ねえ、私にしときましょうよ!」

その時、扉をノックする音が聞こえた。
「郭嘉さん?います?」
扉を開けながら入ってきたのは荀ケだった。

「・・・・えっ・・・?」

思わず声をあげたのは司馬懿だった。

入ってきた荀ケは、美しくドレスアップしていた。

「う・・そ。荀ケ先輩・・・?」

司馬懿は愕然とした。
目の前にいる荀ケはいつもとは比べものにならないくらい美しかった。

「あ!司馬懿!このパンダ女!今朝はよくもやってくれたわね!」
荀ケは司馬懿を見るなりそう言った。

「や、やーーーん!!だ、だめだめだめだめっ!そんなこと言っちゃ・・・郭嘉様がいるのにっ!!」
司馬懿はまたもや真っ赤になった。
「あんたねーその裏表のある性格、なんとかしなさいよ!」
「やだぁ!仲達裏表なんてないもん!」

二人のやりとりをくすくす笑いながら見ていた郭嘉だったが、
「さあ、そろそろ行かないと」と、荀ケの前に肘を差し出した。
荀ケは瞬間、頬を染めたが、
「し、仕方ないわね・・・パーティのごちそうに釣られていくんだから、勘違いしないでよね!郭嘉さん」
とかなんとかブツブツ文句を言いながら差し出された郭嘉の腕に自分の腕を絡ませた。
「さ、行きましょうかお嬢さん」
郭嘉はスマートに荀ケをエスコートした。
「やだ〜郭嘉様!仲達も連れてって連れてって連れてってくださーい!」
司馬懿はいやいやをしながら甘えた声を出した。

郭嘉はくるっと振り向いて薄い唇で笑って言った。

「この世の男がすべて君を気に入るわけではないんだよ、女王様。私にエスコートされたいのなら、君はもう少し中身を磨いた方がいい」

「そーよ!パンダ好きなら隠さないでいいじゃん」
荀ケが追い打ちをかける。
郭嘉はくすくすと笑った。
「じゃあ、ね。女王様。あんまりそんな口きいてばっかりいると、みんなに嫌われるよ」
郭嘉はそう言って荀ケを伴って出ていった。

閉じられた扉を恨めしそうに見つめ、司馬懿は一人涙ぐんでいた。
「ひどい〜!ひどいひどいひどいわ!私が何をしたっていうの!?」
・・・といいつつも荀ケが実はあんなに美人だったというのがショックだった。

「なによう〜なによなによなによ〜。パンダが好きじゃいけないの?」
そっとひとり呟いてみる、実は寂しい女・司馬懿仲達であった。
 
 
 
 

(終)