大騒ぎの社員旅行(出発編)




さて、東呉商事の社員旅行である。

いつもは小分けにして行く旅行だったが、今回は行き先が一つになった為、飛行機を丸ごと一機借り切っての出発となった。

「本社まるごと旅行に行けるなんて、初めてですねー。なんかウキウキしますねー」
諸葛瑾は嬉しそうだった。
旅行アンケートから始まって、いろいろと大変だったが、いざ旅行となれば人任せにできる。
社員旅行の仕切りはグループ傘下の「東呉旅行」が請け負っているからだ。
呉都空港ロビーに集合した彼らはまるで修学旅行にいくかのような大騒ぎになっていた。

数名の留守番をおいて、本社社員の殆どが来ていた。
旅行社の担当は張承。東呉商事役員の張昭の長男である。
「東呉旅行」には二世が多いと評判である。張紘の息子らもここに就職している。
張承は大声を張り上げていた。
「はーい、皆さーん、全員そろいましたかー?」
それに対して、バラバラな返事が返った。

「部長がいませーーん」
という声が聞こえてきた。
「部長ってどこの部長さんですかー?」
「第三営業部でーーす」
「第三って・・・・」
「韓当部長でーーす」
その声があってしばらくしてから、初老の男が綺麗な女の子二人とロビーを駆けてくるのが見えた。
「あのー韓当さん?」
「そうじゃ!」
「ごめんなさーい!韓当部長とお茶してたら遅くなっちゃって・・・」
女性二名は二喬だった。
「日焼け止めクリーム買っとったんじゃ!お嬢さん方とぬりっこするんじゃ」
「やだー韓当部長ったらー」
遅れたくせに韓当は上機嫌だった。
まわりの男性社員の羨望を一身にあつめながら。
甘寧は心の中で舌打ちしていた。
(このエロジジイ・・・)


庶務課の孫魯班と孫魯育もその後紆余曲折あって、南蛮コースに合流することになった。
今、二人が狙っているのは企画室のエース、陸遜であった。
二人はベンチに腰掛けてメイクに余念がなかった。
「あ、ちっとしっぱいー・・マスカラがダマになっちゃったよー」
「へたくそねー。私なんか五度塗りだよ?みて、パッチリ!」
魯育が目をパチパチさせる。
ちょうど彼女らの前を、企画室のメンバーが通り過ぎる。
その方向に目をしばらく奪われていたが、魯班がぐっ、と拳を握って言う。
「この旅行で陸遜ゲットよ!!企画室と滞在ホテル一緒にしたもんね!」
「あんたは陸績にしときなさいよ」と孫魯育がツッコミを入れる。
「や〜よ、あんなガリガリのひ弱そうなヤツ。あんたこそこないだまでSPの太史慈がいいっていってたじゃん」
「うっさいわねえ〜過去のことよ、過去」
魯育は手鏡を覗き込みながら口紅を塗っていた。
「でもさあ、うちらのホテルって営業五課のやつらも一緒じゃん」
「五課ってだれがいたっけ・・・」
「ええっと・・・たしかこのまえ部長に昇進した全jとか・・・あと知らない」
「魯班ってさあ、もうちょっと社内に目を向けなよ。そのまんまじゃ行き遅れになるわよ〜」
「余計なお世話よーだ。私は理想が高いだけなの!」
「全j部長ってたしかまだ独身だったよね。狙ってみれば?」
「やだ、あんなムサイの。サイアク」
「えーそうかな。普通じゃん。酒焼け顔の潘璋とかに比べたら全然いいと思うけど?」
「やだやだ!アタシお金持ちじゃないと嫌なの!」
魯班は脚をばたばたさせて嫌がった。
「全j部長ってお金持ちじゃない?」
「え?嘘!そうなの?」
魯班は脚を止めて魯育を観た。
「陸遜さんに比べたら劣るけど、たしかそこそこは」
「魯育、あんた・・・なんでそんなに詳しいわけ?」
「社内のイケメン・金持ち系はぜ〜んぶチェック済みよ!」
「・・・・気合い入ってるね・・・」
「おう!」
魯育はバッグの中からえびせんべいを出してバリバリと食べ始めた。
折角塗った口紅がせいべいと一緒に食べられていた。


「・・・・っくしゅ!」
「・・・?風邪か?」
「・・はい、平気です」
飛行機に乗り込むデッキを歩きながらいきなりくしゃみをした陸遜の隣で呂蒙が顔を覗き込む。

「誰かが噂しているのかもな?」
呂蒙は、ははは、と笑った。
「いい噂だといいんですが」
陸遜は苦笑する。
「企画室は滞在ホテル、どこと一緒なんだ?」
旅行自体は本社の全部の課が一緒に行くが、当然滞在ホテルは定員が決まっているので別々に分かれることになる。部署ごとに別れて泊まることになるのだが、やはり同じホテル同士の部署は交流しやすいというものだ。
「たしか、営業五課と総務、庶務とです。社長室と一緒じゃなくて残念ですが」
「そう。うちは営業一課と経営戦略室が一緒だな。なんだか騒がしくなりそうだよ」
「甘寧部長が一緒ですからね」
陸遜は笑った。
「庶務の女の子たち、おまえのことを狙ってるぞ?おまえ好きな子はいないのかよ?」
呂蒙の何気ない質問に、陸遜は苦笑した。
「まだまだ・・・そんな余裕はないですよ。先輩こそ」
「俺も・・・、まだまださ。なんたって身近にいる人が綺麗な人ばっかだから目が肥えちゃって」
呂蒙が苦笑する。
「わかりますよ、それ。そういえば社長たちは別便で行ってるんでしたっけ・・」
「ああ、自家用ジェットで。周瑜さんと会長も一緒じゃないかな」
「会長も・・・ということはご家族も一緒なんでしょうか」
「たぶんな。家族同伴の人も結構いるんじゃないか?」

呂蒙の言ったとおり、社員旅行に家族を連れてきている者も少なくなかった。
第二営業部の部長になった凌操は一人息子の凌統を連れてきていたし、第七営業部長の朱治も養子の朱然を連れてきていた。
経理の呂範は妻を連れてきていて、まわりにひやかされていた。

そんな彼らはワイワイいいながらも飛行機につぎつぎと乗り込んでいくのだった。


「あー、ねえねえ、そのお菓子ちょーだい」
「だれだよー機内にこんなでかいぬいぐるみ持ち込んだの」
「機内販売まだー?」
「ねえ、この座席くるっと後ろ向きに回せない?四人でトランプしたいんだけどー」
「ちょっとーステュワーデスさーん?」
貸切とはいえ、東呉航空の飛行機なのである。当然スチュワーデスもいる。
特に営業部の連中がうるさかった。なにしろ15課100人からの営業部員がいるのである。それでも残り5課は仕事がはずせないため留守番になっている。
彼女らは辟易としていた。
「機内食出るの?」
「出ますよ。でも離陸して40分後です」スチュワーデスは耳を塞ぎながら言った。
「何時間かかるの?」
うるさく質問しているのは謝旌である。
「旅行のしおりに書いてあったろ?2時間って。ちゃんと読んでおけよ」
同じく営業の馬忠が忠告する。
「えー退屈!カラオケないの?」
「うっせーな、おめえは!勝手に歌でも歌ってりゃいいだろ!?」
わがままな謝旌に馬忠が活を入れた。

「あーてすてす。うるさいですよー。皆さん静かにしなさーい!騒がしい人は機内食抜きですよー」
諸葛瑾が機内放送で話し出した。
とたんに静かになった。

「まるで子供の遠足だね、お父さん」
凌統が父の隣の席で笑った。
「はは、そうだな。公績、あんな大人になっちゃダメだぞ?」

「ロバ部長ー、機内食のメニュー何?」
誰かの声が響いた。
その声が聞こえたらしく、機内放送なのに返事が返った。
「諸葛瑾ですってば!機内食は出てのお楽しみですよー!」
「えーー?何それ?」
「アタリがありますから、当たった人は飛行機降りる際に申し出てくださいねー!商品がありますから」
「商品って?!」
また急に機内がざわついた。
「はーい、静かに!もう離陸しますからねー。おとなしく座っててくださいよー」




そのころ、自家用ジェットに乗り込んだ孫一家は一足先に空の上だった。

「見ろよ、海が綺麗だな」
「ええ・・・太陽の光に輝いて眩しいわ」
ジェット機の窓から外を見ながら、孫策と周瑜は寄り添ってうっとりとしていた。

それを横目でチラッと見ながら孫堅も、反対側の窓から見える景色について隣に座る妻に言った。
「見ろよ、山が綺麗だな」
「あなた・・・山って言うかあれは畑よ。もうモーロクしたの?」
するどいツッコミを食らってロマンチックもなにもなく撃沈寸前の孫堅ががっくりと肩を落とした。
「ぱぱー」
呉夫人の膝におとなしく座っている尚香がそんな父に救いの両手を差し伸べていた。
「おー尚香ー!かわいいなあーおまえは!」
呉夫人は少し呆れたように隣の親バカを見ていた。
そして孫策達を見て、溜息をついた。
「ふう〜私達にだってあんな時期も遠い昔にはあったのにね・・」

その彼らの座席の後ろ側でテーブルを広げてトランプをやっているのは孫権と孫翊である。
孫匡と孫朗は床で眠りこけていた。
その息子たちを見守るように最後尾の席には太史慈と周泰がいた。

「ラブラブだね、兄上と公瑾さん」
孫権がカードを切りながら言う。
「もう新婚気分だね」
孫翊はジュースをストローから飲みながら二人の方を見た。
「権兄はカノジョ連れてこなかったの?」
「だって学校があるだろ?僕らはいいけどさ」
「俺なんて、来なくて先生喜んでると思うな」
「翊、おまえまたなんかやったの?」
「んーちょっとね。爲覧センセにサッカーの練習中にケリ食らわせちったらさー、打撲しちゃって一週間休んでた。で、出てきた日に「おめでとー」っていって空手チョップ額におみまいしたらそのまま後ろに倒れて机の角で頭打って・・・」
「・・・爲覧先生がしばらく休んでたのそういうワケだったのか・・あんまり暴れるなよ。親呼び出しとかになったら怒られるぞ」
「んーでもうちの父上のこと怖がってるふうだったし、何やっても平気さ」
「バカ。停学になってもしらないぞ。そうなったらうちの高校だって受験しなおさないと入れてくれないんだからな」
孫権はトランプを配りながらきつく言った。
東呉学園は小等部、中等部、高等部とエスカレーター式なのである。
「権兄はエリートだからなあ〜俺やりづらいんだよ、ほんとのとこ」
「知らないよそんなこと。勉強しないおまえが悪いんだろ」
「だって勉強したってすぐ忘れちゃうんだ。あー美人の家庭教師でも来ないかなあ」
「父上に頼んでみれば?」
孫翊はちら、と孫策たちの方を見た。
「公瑾さん、やってくれないかなー。そしたら勉強するのに」
孫権は孫翊を見て溜息をついた。
「忙しいんだから無理だろう。第一独占欲の強い兄上が許すもんか。・・・っていうか公瑾さんにお菓子作ってもらおうって魂胆だろ?」
「えへへ、バレたか」
「色気より食い気だもんな、翊は」

そんな周りの雑音など、一切聞こえないかのように、孫策と周瑜は二人っきりの世界にどっぷりと浸かっていた。
ちょうど給仕役の宋憲がワゴンを押してやってきた。

「何か飲むか?シャンパンでも貰おうか」
にっこりと笑顔を周瑜に向ける。
「ええ」
「乾杯しようか」
「・・・何に?」
「二人の婚約に」
「いやだ伯符・・照れるわ・・・」
周瑜は薄く頬を染めながら、孫策とグラス同士をカチン、と合わせた。
「乾杯。南の島で、思い出作ろうな・・」


甘甘ラブラブの彼らを見ていた孫堅も息子に負けじと隣の妻を見る。
こういうところで息子に妙な対抗意識を持ってしまう父・孫堅もやはり男なのであった。

「何か飲むか?ワインでも貰おうか」
にっこりと笑顔を妻に向ける。
「牛乳」
「・・・・・えっ?」
思いっきり雰囲気を出したつもりの孫堅だったが、あっさりとそれは破られた。
「牛乳ちょうだい」
「・・あ、ぎゅ、牛乳、ね・・・。君が飲むの?」
そう訊いた孫堅を呉夫人は怖ろしい顔で睨んだ。
「飲んじゃ悪い?最近骨粗鬆症が怖いからカルシウムを取るよう心がけてるのよ」
「・・あ、そう・・・・はは、大事なことだね・・・」
「そうよ!だからあなたも飲みなさいね」
「・・・俺はワインがいい・・・・」
「昼間っから何言ってんの!子供が見てるでしょ!」
「で、でも策たちは呑んでるじゃないか!」
「あっちはいいの。未成年じゃないんだし」
「そーゆー問題じゃなくてな・・・」
孫堅はこの理不尽さに顔を歪めた。
「ってことで牛乳ふたつ」
呉夫人はVサインを出した。いやそれは牛乳の注文数だったのだが。
宋憲はグラスに牛乳を注いで渡した。
「はい、あなた」
牛乳の入ったグラスを孫堅にも渡した。
「乾杯する?」
「・・・何に?」孫堅は少しうなだれながら訊いた。
「二人の健康に」
「・・・いやだ・・・こんなの・・・」
「ぐずぐず言わないの!はい!かんぱーい」
半ば強引に呉夫人は孫堅のグラスにグラスをガチ!と当てた。
「乾杯・・・(しくしく)南の島で浮気したい・・・」
「は?何か言った?」
「なんでもありましぇーん・・・」
ぐび、と牛乳を呷る少し哀しい孫堅であった。




(続)