大騒ぎの社員旅行(到着編)



さて、東呉の一行は南蛮に降り立った。
飛行機から降りて全員が同じ事を口走った。

「・・・あっつ〜〜〜〜!」

さもありなん、この日の南蛮は38度。湿度80%。かなりの不快感を伴う暑さなのであった。
「うっへーーなんだこの不快感・・・」
甘寧が犬のように舌を出した。
「さすがに暑いですね。でも夜になるときっと涼しくなりますよ」
飛行機から空港へ移動する時、甘寧のとなりに涼しげな表情の陸遜がいた。
「伯言〜おまえ、なんだっていつもそんな涼しげな顔してんだ・・汗かいてねーじゃん」
「ふふふ。日頃の行いのたまものです」
「どんな行いなんだ?」
「一日一善とか・・・」
「は?一日一回しかメシを食わねえってことか?」
「・・・それは一日一膳でしょ。違いますよ・・・一日に一回はいいことをしましょうっていう意味ですよ」
「イイコト?それが暑さを感じないってのとどういう関係があるんだ?」
「今朝道に迷ったおばあさんを案内してあげたんですよ。そうしたらそのおばあさんがこれをくれたんです」
そう言って陸遜はポケットから携帯用のアイスノンを取り出した。冷たい。
「なーんだ。それかよ。そんなのふつうに買えばいいじゃん。一善なんか関係ねーだろ」
「ところが空港ではこれが売り切れていたんです。だから買えなかったんでしょ」
「そ、そりゃまあ、な・・・」
「だからそういうことですよ。誰かに親切にすれば自分に返ってくるってね」
「むう」
やりこめられて甘寧は黙ってしまった。

空港からホテルまでバスで1時間。
バスの中ではいろいろと注意事項が各担当から報告された。
「夜8時以降は森のなかに入らないこと!野生動物がいますから!」
ガイドが一生懸命注意事項を叫ぶ。
「・・・野生動物って何?」
「さあ、狸とか狐とか?」
「ばあか、ここ南蛮だぜ?象とか虎に決まってんじゃん」
「げーー!」
説明を受けながら社員たちは好き勝手なことを言っているのだった。
その矢先だった、バスが急停車したのは。
「な、なんだ?」
「見て!あれを!!」
バスの前方を皆が一斉に見た。

象の群れが一列になって道路を横断しているではないか。

「おおーーーっ!すげー!さすが南蛮!!」
「ガイドさーん、あの象たちはどこへ行くんですかー?」
「おうちへ帰るんですよー」
ガイドはそう答えた。
「ホントかよ・・・」
「ヤツら今までどっかに働きにいってたワケ?」
「さあさあ、もう細かいことはいいっこなし!」
社員は全員疑惑の目でガイドを見た。しかし一向に悪びれた様子もなく
「夕食は南蛮ホテルでガーデンパーティですから、夜8時に集まってくださいねー!」
と淡々と説明をしていた。

それぞれのホテルを貸し切って彼らはその後夜まで自由行動となった。

「海行こうぜ!」
営業部の男連中は半分ナンパ目的でビーチに出かけた。

「あっっ!!」
そんな彼らがビーチで見たものは。

「きゃーっ!がんばってえ〜韓当部長〜」
「黄蓋部長も負けないで〜」
女子社員の黄色い声援を受けてビーチバレーをやっている部長たちであった。

「むきー!おい、俺達もやるぞ!」
甘寧は闘志剥き出しだった。
「おう!」
「甘寧か。若いもんにはまだまだ負けんぞ!」
こうして程普・黄蓋組対甘寧・董襲組の対戦が始まった。

「わー何何?バレー対決?」
そこへやってきたのは水着姿も眩しい二喬。
一同のどよめきが起こる。
「南蛮に来て、良かったーー!!」
俄然はりきる彼らだった。


同じ頃、自家用ジェットで到着した孫策たちもリムジンでホテル入り。
プレジデント・スイートと呼ばれるホテルの最上階の2部屋を借り切っていた。
一部屋は孫策が周瑜と泊まる部屋で、もう一つの部屋は家族用であったが、4つのベッドルームがあり、リビングも2つ、洗面所やバスルームも2つずつついた部屋なので家族全員がいても狭くはない。
広いベランダに出ると、海が一望できる。
「社長、見てください。営業部がビーチバレーやってますよ」
周瑜がそう言いながら下を眺める。
「俺達も泳ぎに行くか?」
「でもあまり時間もありませんし、明日になさっては」
「そうだな・・・おまえも疲れただろう。少し休んでおけよ」
「ええ」
「食事のあとはオーシャンフロントのベランダで一杯飲もう」


甘い二人の隣の部屋では孫家の子供たちが元気良く飛び回っていた。
「父上と母上、せっかくなんですから、お二人で海辺でも散歩してきたらどうですか」
孫権が座り心地のよさそうなソファに腰掛けながらそう言う。
「そ、そうだな!ちょっと出てこようか」
孫堅は立ち上がると妻へと手を差しだした。
「あら・・・」
「ボクと一緒に南蛮の夕焼けを見に行かないかい?」
その仕草がちょっとオトメ心をくすぐったのか、呉夫人は微笑んでその手を取った。
連れだって部屋を出ていく二人を見送って、孫権はクス、と笑った。
「大人になってもああいうカップルになりたいな」
すると傍らで末っ子の尚香をあやしていた孫翊が振り向いた。
「俺はやだな。父上なんかみっともなくない?」
「そうかな?女性に優しいっていうのは基本じゃない?」
「そんなの!女は男に黙ってついてくればいいんだよ」
「翊って亭主関白に憧れてるんだな。じゃあそういう女の子を見つけろよ」
「美人じゃなきゃ嫌なんだい!」
「・・・周りが周りだから、目が肥えたか・・・気の毒に」
自分のことは棚にあげて孫権は弟の好みを真剣に憂えていた。


それぞれが思い思いの時間を過ごし、やがてウェルカムディナーの時間になった。
広いガーデンにはたくさんのバーベキュー台が設置され、ドリンクバーには様々な酒や飲み物が用意されていた。

「うひゃーうっまそー」
「女の子たちのリゾートファッションもいいよなー」
「おじさーん、骨付きカルビないの?」

相変わらずうるさい営業部の連中であった。

ざわざわとするガーテンパーティの最中、前方に設けられたステージ上に諸葛瑾が上がる。
「あーテステス」
その直後キーーーン!!という超音波がスピーカーから発生し、ざわついていた連中も一瞬耳を塞いで前方のステージを見た。
「あー、皆さん、おくつろぎの所すみません。社長がお見えになりましたので、ご挨拶をお願いしたいと思います」
諸葛瑾がそう言うと、会場からは拍手が起こった。
ステージの裏から孫策と、その後ろについて周瑜が姿を現した。
それだけで「おおっ」と声が上がった。
孫策は赤に黄色と水色の花模様のアロハシャツに白のコットンパンツという出で立ちであった。
人目を惹いたのはそのうしろの周瑜であった。
スリーブレスで、浅黄色に白い花がプリントされた膝丈までのドレスは、横に深いスリットが入っていた。
夜目に、真っ白な肌と女らしい鎖骨が眩しい。

「はあ〜っ周瑜さんだ・・・」
「いつにも増して綺麗だなあ・・・」
「ああ〜お話ししたい・・・」
男性社員はそっちばかり見て、誰もステージを見ていなかった。

「おっほん!あーみなさん。社長の話を聞くように。こらそこ、よそ見ばっかりしないようにね」
諸葛瑾が窘めるように言った。

やがて孫策がステージにあがって話をしはじめた。
「あー社員のみんな。元気でやっているかー?」
この声に、おおー!という歓声があちこちから上がった。
「今日から7泊で旅行が始まったわけがだ、あんまりハメをはずさんようにな」

「社長は婚前旅行ッスかー?」

どこからかヤジが飛ぶ。
マイクを掴みながらその方向をジロリと睨む。
「うらやましいか?」

そう返した途端、ヒューヒュー!とひやかす声や指笛が鳴った。
孫策の後ろに立っていた周瑜は照れて俯いてしまった。

その声援?を両手を上げて制すると、話の続きをしだした。
「えーと、だな。まあ、楽しくやってくれ。ただし、トラブルだけは避けてくれよ?」
周りから拍手がわき起こった。
「よっ!社長ーおっとこまえ!」
孫策はステージを下りたところで、
「策、策!」
声をかけられて振り向くと父の姿がそこにあった。
「なんだ・・・父上。どうしたんだ?」
なんだか随分慌てている。
周瑜が心配そうにこちらを見ていた。
「ちょっと、親父が用事有るみたいだから出てくるな。すぐ戻るから」と声をかけて父とパーティ会場から抜け出した。

「策〜どうしよう〜」
いきなり情けない声を出す父に孫策は訊いた。
「一体どうしたってんだ?」
「指輪失くした・・・・」
「はあ?」
「結婚指輪」
「なんで?どこで失くしたんだよ?」
「さっき奥さんと海辺の散歩中、かっこつけて海に入ってみたんだ。どうやらそのとき落としたみたいでな・・・」
「〜〜何をやってんだよ・・・・」
「途中で気付いたときにはもう失くなっていて、一回もどって今まで海で探してたんだがこう暗くちゃなあ・・・」
「いいじゃん、新しいの買えば」
「バカっ!あれはな〜〜俺がまだ裕福じゃなかったころ苦労してためた金で駆けおち同然の呉英に買ってやった大事〜〜なものなんだ!」
「俺に怒るなよ・・・そんなに大事なものをなんでそんな簡単に失くすんだよ」
「結婚前から少し痩せたから指輪も緩くなっててなあ・・・」
「知るかよ・・・!ちゃんと言って母上に謝っとけよ」
孫策は少し呆れた口調で言った。
「策〜〜」
「なんだよ」
「あれはな、英が・・あの指輪を見るたびに昔を思い出すわ、とか言ってロマンチックな気分になれる唯一のアイテムなんだよーー」
「知らねえよ。失くしちまったもんは仕方がないだろ!」
「策。おまえこれが公瑾が一生懸命バイトしておまえにくれたものだったらどうする」
「そんなもん、死んでも探すさ・・・って俺を引き合いに出すな!まさか、俺に探すの手伝えってんじゃないだろうな!?」
「策〜俺を助けると思って・・・」
「ヤだよ。俺これから公瑾と海を見ながら一杯やるんだ」
そう言って去ろうとする息子の腕をガシ!と掴む父は結構マジな表情だった。
「策よ・・・この父が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるというのに、長男のおまえがそんなに薄情なことでいいのか」
「そんな大袈裟な・・・」
「ええい、うるさいうるさい!とにかく一緒に探せ!そうじゃないと結婚を許さんぞ!」
「そんな卑怯な・・」
孫策はうんざりした。


「社長、遅いな・・・」
ひとり待ちぼうけを食らった周瑜はバーベキューを楽しむ社員の中にいた。
「周瑜さん、はい、サワー」
「あ、ありがとう」
呂蒙からチューハイのグラスを受け取った周瑜はにっこりと笑った。
「社長ならさっき会長と一緒に出ていきましたよ。ホテルへ戻ったんじゃないですかね?」
「そう・・・」
すぐ戻る、といいながらもう一時間がたつ。
何かあったのだろうか、とも思う。
「やっぱり探しに行ってくるわね」
いてもたってもいられなくなって、周瑜は孫策の後を追った。
「あ〜いっちゃった・・・せっかく焼いた肉持ってきてあげたのに・・・」
魯粛ががっかりしたようにそこに皿いっぱいに肉を乗せたまま立ちつくした。
「俺が食う!くれ!」
横合いから皿ごとかっさらって行ったのは甘寧だった。
しかももう手づかみでむしゃむしゃ食べる。
「あーあ、色気もなにもあったもんじゃない・・」
そっと魯粛が溜息をつく。
それを脇で見ていた凌操は自分の隣でおとなしく肉を食べている息子に言った。
「いいか、あんな大人になっちゃダメだぞ」
「はい、お父さん」
凌統は笑顔で答えた。



(続)