大騒ぎの社員旅行(事件編)



「・・・まったくもう、社長ったら、どこへ行ってしまったのかしら・・・」
ワンピースの裾を夜風に遊ばれながら、周瑜はホテルへの道を一人歩いていた。
道路は広いが外灯が少なく、全体的に薄暗い。

ドスン。

「・・・・?」

ドスン。

何か、重い音がする。
周瑜は振り返ったが、暗闇で何も見ることができない。
音はどんどん近づいてくる。

ドスン。

地響きがする。
それが近づいてきたことに、やっと気付いたときには彼女はもう悲鳴を上げていた。
「きゃあーーーーーーーーーーっ!!」



「ん?今公瑾の声が聞こえたような気がしたが・・・」
もうすっかり暗くなった海辺でまだ指輪探しに協力している孫策は耳をそばだてた。
「何だ?何も聞こえないぞ?それよりあったか?」
父は息子にそう言った。
「いや・・・もう無理だって。こんなに暗くちゃさ。それに俺いい加減公瑾のとこへ行ってやらないと」
「う〜〜」
孫堅は唸った。
「仕方がない・・・明日の朝、また来よう。おまえもつきあえよ」
「へえへえ」
そうして二人はやっと引き上げた。
孫策は周瑜と別れたパーティー会場へ足を運んだ。
もしかしたらまだ待っているかもしれないと思ったからだ。
だが、会場はもう後かたづけの係の者たちがせっせと働いていて、社員は酔って寝ころんでいる数名を除いては殆どの者が引き上げていた。
仕方なくホテルへと向かう。もしかしたら部屋に帰っているかもしれない。
途中の道で数名の社員に会った。
周瑜の行方を聞いたが、誰も知らないと言う。
「あ、呂蒙たちなら知っているかもしれませんよ。会場で一緒にいるところを見ましたから」
それを聞いて、ホテルへ向かう。
呂蒙たちはホテルのラウンジで飲んでいるとのことだった。
一度部屋に帰ったが、周瑜はいなかった。
南蛮で携帯電話は使えないし、連絡の取りようがない。
ラウンジに降りて、呂蒙を探す。
「あ、社長ー!周瑜さんに会えましたか?」
呂蒙の方が先に孫策を見つけて声をかけた。
「会えたか・・・って、いや、会っていないが?」
「本当ですか?社長を探しに行くっていって周瑜さん会場を出てホテルへ向かったはずなんですけど・・・」
「・・・・俺もいま会場からここまで歩いてきたが、会わなかった」
孫策も呂蒙も急に不安になった。
呂蒙は来るときのバスの中での注意事項を思い出していた。
(夜8時以降は森のなかに入らないこと!野生動物がいますから!)
「まさか野生動物に襲われたとか・・・・」
そのため、つい口をついて出てしまった。
「野生動物?なんだそれは」
孫策は厳しい目を呂蒙に向けた。
「さ、さあ・・・すみません、変なことを言っちゃって」
孫策は今日の周瑜の出で立ちを思い出していた。
あんな綺麗な格好をして暗い夜道を一人で歩いていたら・・・・。
「野生動物に襲われたかもしれん」
孫策は別の意味での野生動物という言葉を使ったが、呂蒙はそれを言葉通りに受け取って飛び上がった。
「社長、さ、さがしに行きましょう!!」
「ああ」
「他の皆にも声をかけてきます!」

こうして孫策たちは手に懐中電灯を持ちながら周瑜を探しに出た。
「しゅ〜ゆさ〜ん」
道路脇はすぐに森になっているところもあって、夜はなかなかスリリングであった。

「ぎゃーーーーっ!!」

突如上がった悲鳴に、一瞬騒然となる。
「な、なんだ!?」
「ありゃ誰の悲鳴だ?」
「あっちだ!!」
捜索に加わっていた営業部の面々は声のした方に向かった。
「おいっ!どうした!?」
木々を掻き分けて森の中に入っていくと、腰を抜かした男が二人見つかった。
薛綜と李異であった。
「あわわわ」
「おまえたち、何をしてる?」
「あ、あれ・・・」
二人は腰を抜かしたまま暗闇の中を指さす。

その方向を全員が見る。

暗闇に不気味な二つの眼光が。
「誰だ!?」
孫策が懐中電灯を向ける。

「うがーーーー」
「うわーーー熊だあーーー!!」
誰かが叫んだ。
「ちがう、バカよく見ろ。人だ」
冷静な孫策が叫ぶ。
奇怪な声と共に、光に照らし出されたのは人間と思えないほどの背丈の大男だった。
頭に熊の毛皮をかぶって背中に垂らしている。
上半身は裸だった。
「うがーーーー」
「な・・・なんだ、こいつは」
大男は何かの音を聞きつけたようで、急に回れ右をして戻っていった。
「・・・現地人か・・?」
「公瑾が心配だ・・・」
「はっ、そうだ!社長、はやく探しましょう!」
「社長、俺あの大男の後、追ってみます!」
途中で合流してきた甘寧がそう言って駆け出した。

孫策たちは夜中、周瑜を探したがその足取りさえつかめなかった。


「社長〜〜!!」
甘寧が息を切らせて帰ってきた時にはもう夜が明けていた。
「おう、興覇!どうだった?」
甘寧は膝に手をついて身体を折り、はあはあ、と息を整えた。
「・・い、いました、周瑜さん」
「なんだと?」
「じゃあ、やっぱりさっきのあのデカいヤツが?」
「甘寧、案内しろ」
孫策はそう命令した。
「は、はい!」






「やー早朝だってのに暑いですね、さすがに」
飛行機を降りた姜維は一番に口に出して言った。
「誰か、張飛殿を連れて降りましたか?」
諸葛亮は後ろを振り向く。
「あ、はい、趙雲さんが担いで行きましたよ」
「そうですか、それは良かった」
時を同じくして、蜀漢カンパニーの四名は南蛮空港に降り立った。
諸葛亮としてはすこしばかり計算もあったかもしれない。

「孔明様、リムジンが迎えに来ていますよ」
「張飛殿を一旦ホテルまで連れて行きましょう。南蛮貿易へはそれからです」
「はーい。ところで孔明様?ぜんぜん汗をかいていませんね」
姜維は不思議そうな顔で諸葛亮を見た。
「心頭滅却すれば火もまた涼し・・・キミは修行が足りないね」
「はあ・・・・」
姜維は流れ出る汗をハンカチで拭いながら唖然としていた。
やっぱりこの人は普通の人とは違う、と思った。
なぜならこの日の南蛮は気温38度、湿度80%。、通常の人間なら汗だくになっているはずである。
それなのに、諸葛亮は長袖のスーツにネクタイをビシッと決めていたからだ。
顔に汗ひとつかいていない。
飛行機の中で酔っぱらって寝てしまった張飛は上半身ランニングシャツ一枚になっていたし、同行していた趙雲はアロハシャツが涼しげだ。
姜維もキャミソールみたいな薄地のワンピースに麻のジャケットを羽織っていただけである。
空港で待っていたリムジンに四人は乗り込んだ。
対面式のシートに張飛、趙雲が進行方向に背を向けて座り、諸葛亮と姜維はその向かいに座った。

「東呉商事は社員旅行に来ているみたいですね」
いびきをかく張飛の顔を窓に向けさせながら趙雲が言う。
「そうだね」
「私達は社員旅行はないんですか?」
姜維が尋ねる。
「うちは設立してまだ日が浅いじゃないか。とてもそんな余裕はないね。一泊旅行がいいとこだ」
「一泊かぁ〜」
「馬超の故郷なんかどうです?」
「あんな砂漠ばっかりのとこへ行きたいですか?」
趙雲の提案を諸葛亮はあっさりと否定した。
「これから南蛮に支社を作るんだから、南蛮に来たらいいんです」
「それもそうですね」
趙雲は頷いた。
「私暑いの苦手ですぅ〜」
姜維が口を尖らせた。
「修行しなさい」
諸葛亮はそっけなく言った。


南蛮貿易という会社は孟獲社長が小さな会社を集めて合弁会社を作ったのがきっかけで急成長した有力企業である。
蜀漢カンパニーは何度となくここへアプローチをかけていた。
蜀漢で扱っている商品を南蛮貿易の流通に乗せ、販路拡大を狙っているのだ。
これでもう七度目の訪問である。
孟獲には祝融という内縁の妻がおり、実質は彼女が経営のほとんどを握っているらしい。
それを知って、諸葛亮は祝融にいろいろな贈り物をしてきた。
「これでとどめだよ、おそらく」
諸葛亮は今回で口説き落とす自信があった。

「では諸葛亮殿、私は張飛殿と支社準備室へ立ち寄ります。なにかあれば連絡してください」
趙雲はそう言って諸葛亮と姜維を送り出した。

ところが、二人が孟獲を訪ねた時、そこは修羅場と化していた。
社長室に通された諸葛亮と姜維は、そのすさまじい部屋のこわれっぷりに驚いた。
割れた飾り皿の破片が散乱し、ソファは破れて綿がはみ出し、窓ガラスにはヒビが入り、戸棚には手斧が刺さったままだった。
「・・・・な、なんでしょうか・・これは・・・」
姜維はビビっていた。
「・・・・夫婦喧嘩でしょうね・・・」
「ええっ?こ、これが・・・・?」
姜維は驚いて手斧の刺さっている戸棚を見た。
しばらくして孟獲が頬に手のアザを作りながら出てきた。
「や、やあ・・・すみませんのう、取り込み中でして・・」
「いえ、何なら出直してきましょうか」
「いや、あの・・か、帰らんでくだされ・・・妻がちょっとヒステリーでして・・お客と会ってくるといって今やっと逃げて・・いや、席を立ってきたもので」
「はあ・・・」
「あの、なにが原因なんですか?」
姜維がストレートに訊いた。
諸葛亮はキッ、と睨んだ。
「これ、姜維。そのようなプライベートなことを聞くんじゃない」
「えーでもぉ」
孟獲は口の中でモゴモゴ言っていたが、姜維に懇願するような視線を送った。
「あのー・・・あんた、姜維さん?ひとつ頼みがあるんだ。もし受けてくれたらあんたんとこの会社と契約してもいい」
「ええっ?」
諸葛亮と姜維は顔を見合わせた。
そして諸葛亮は姜維の肩をぽん、と叩いた。
「聞いてあげなさい、ね、姜維」
姜維は不安そうな表情になったまま、孟獲を振り向いた。
「一体なんでしょう?」
「うちにいる女をどっかに連れ出してくれ!」
「はあ?女?奥さんじゃなくてですか?」
「うちの居候がな・・・昨夜女を連れて帰ってきてそのままなんだ。うちの奥さん、それで誤解してしまってこの有様だ」
「連れ出す・・・・って別にそんな私じゃなくっても」
「それが・・・・ともかく来てみてばわかる」
こうして諸葛亮と姜維は孟獲の自宅へと招待された。






(続く)