「あれか・・・」
ジャングルをやっとの思いで抜けた孫策たち一行は甘寧に案内されて一件のコテージを見つけた。
彼らはジャングルの中で迷子になっていたのだった。
抜けたときにはすっかり朝になってしまっていた。
「よ・・・よかった!生きて出られたよう・・・!!あのままジャングルで野生化して暮らしていくのかと・・・!」
営業部一同肩を寄せ合って涙ぐんだ。
孫策もほっと一息ついていた。
皆に責められた案内役の甘寧だったが、
「俺はこんな草ばっかのとこなんか嫌いなんだーーー!!そんな言うんならもう案内しねえ!」
と言って逆ギレしたために呂蒙がなだめたりしてなんとかここまで来たのだった。
「あそこに公瑾がいるんだな?」
「はい!俺確かに見ました!あの大男が周瑜さんを担いで行くのを」
「くそ〜人攫いめ!」
「あ・・・社長!あれ!」
呂蒙が指さす方向から車がやってきて、そこから何人か降りてきた。
「・・・あれは・・・諸葛亮!」
孟獲の運転する車から降りて来たのは、諸葛亮と姜維であった。
「どうしてヤツラがここに・・・!」
孫策は唇を噛みしめた。
諸葛亮とはいつか江夏で周瑜を取り合ったライバルなのだ。
「社長!どうします?」
「隙を見て突入だ!」
「はい!」
一方、そんなこととは知らない諸葛亮達は、孟獲の大きな別荘を見上げていた。
「わあ〜すてきなコテージですねえ、孔明様ぁ」
「さ、こっち来てくんな」
孟獲がドアに近づいた。
ドゴッ!
「ひゃあっ!な、何?」
姜維が悲鳴を上げる。
別荘のドアは気の毒に外側にひしゃげている。
「う〜あ〜!!かあちゃん〜〜!」
孟獲はそう大声で叫んだ。
ドゴッ!ドゴッ!
何度もドアが何かにぶつけられるように軋んだ。
「危ない!離れて!」
諸葛亮は孟獲と姜維をドアから離れさせた。
その途端、ひときわ大きな音がして、ドアが外側に倒された。
孟獲は何があったかと心配そうに開け放たれた入り口の前に駆け寄った。
「かあちゃ〜〜ん!!」
「あんたーー!!良かった!あのバカがドアのたてつけ悪くしちゃって開かなかったんだよ!だから今体当たりして開けたのさ!」
中から女の声がした。
「・・・一体、何事です?」諸葛亮と姜維はおそるおそる中に足を踏み入れた。
中で孟獲が自分の奥さんらしい人にすがりついている。
(お・・・奥さんだったの!?象が暴れてんのかと思った・・・・!)
姜維は驚きを隠せなかった。
「・・あなたが祝融さん?」
自分の腹にしがみついている孟獲の頭をなでなでしながら、女は諸葛亮をキッ、と睨んだ。
その顔は典型的な南方系美人だった。しかし迫力有る分厚い唇と青い瞳が彼女をよりいっそう個性的な美女に見せていた。
だが、諸葛亮が問いかけても返事をしない。
「あの、祝融さんでしょう?」
もう一度呼びかける。
だが返答はない。
(まあ〜この人ったら、孔明様を無視するつもりなの!?)
ちょっとムカついた姜維は横から口を出した。
「あの、あなたは祝融さんですよね?孟獲さんの奥さんの」
「そうだよ」
今度は簡単に返事をした。
姜維は首をかしげた。
答えをもらった諸葛亮が再び話しかける。
「・・・なにかあったんですか?」
やっぱり祝融は答えない。
「なにがあったんです?」
諸葛亮の言葉を姜維は復唱するかのように言った。
「ああ〜もう、大変なんだよ。手をかしておくれ」
今度も祝融は答えた。
諸葛亮と姜維は顔を見合わせた。
妻に抱きついていた孟獲がやっと立ち上がって二人を見た。
「ああ、すまんな。うちの奥さん俺以外の男と口きかないんだ」
「はあ・・・そうなんですか」
「ああ、なんかいいだろう?貞節な妻って感じで」
孟獲はニヤニヤして言った。
それで孟獲は姜維に助けてくれ、と言ったのか。
それはそれでいいが生活に支障をきたすのでは?と思ったりもした二人であった。
諸葛亮は溜息をついた。
どうりでどこの会社も交渉に失敗するわけだ。
実権を握っている祝融自身が話をしないのであるから。
おそらく他社の男の送った貢ぎ物にも反応しないのだろう。見かけに寄らず随分と古風な女性だ。
この会社とは姜維を通じて話をさせることにしよう、と決めた。
「でも手を貸すって何に?」
気になっていた姜維がきいた。
「昨夜ねえ、アタシが帰ってきたら部屋のベッドに知らない女が寝てたんだよ。それであたしゃてっきり・・・。それで会社まででかけてって大喧嘩して、あの女追い出そうと思って帰ってきたら・・・」
「だから女なんか俺はしらねえって!」
「ああ、それはわかったよ。連れ込んだのはあのバカだからね!」
「女・・・?」
諸葛亮は不審な顔をした。
そのとき、二階からものすごい地響きがした。
「じ、地震?!」
姜維はさりげなく諸葛亮の片腕にしがみついた。
「大丈夫、これは地震じゃあないよ」
諸葛亮はさりげなくその腕をぽん、と叩いて腕を離させた。
(孔明様ぁ・・・)
姜維の目がハート型になっているのを諸葛亮は気がついていなかった。
「ああ〜!まただよ!あんた、なんとかしとくれよ!あの女に近づこうとするだけで大暴れするんだ」
「なんとかっつってもどうすりゃいいんだ!あんなバケモン」
「あんたの部下だろ!しっかりしなよ」
「部下ったって町のパトロール係にしてやっただけじゃねえか!」
「言い争ってる場合じゃないでしょう!とにかく二階へ行きましょう!」
諸葛亮が一喝し、四人は二階へと上がった。
「うがーーーー!」
「・・・・あれは何です?」
二階の踊り場で熊よりもデカイ大男がぴょんぴょん飛び跳ねている。
諸葛亮は冷静に訊いた。
「うちの社員で・・・衛生課の兀突骨っちゅーバカだ・・・」
「まるで怪獣並の知能の持ち主だわよ」祝融が溜息をつく。
「人ですか・・・?」
姜維もオドロキを隠せない。
「何をしてるんです?あれは・・・」
大男が飛び跳ねるたびに地響きがする。
「あれは喜びのジャンプだ・・・やつめ、何か嬉しいことがあったんだ」階段の手すりに掴まりながら孟獲が説明する。
「どうしてここにいるんです?ここはあなたのコテージでしょう?」諸葛亮の質問に孟獲は頭を抱えた。
「うちに居候しとるんだよ。ヤツが住めるようなでかい家がないんでなあ・・」
「あの・・・・」
大男の後ろから女の声がした。
花柄のワンピースが眩しい美女が兀突骨の脇から顔を覗かせた。
「あっ・・・・周瑜さん・・・!」
諸葛亮は叫んだ。
「知り合いか?」
孟獲が言う。
「ええ。でもどうしてここに?」
周瑜もようやく知った顔にあえたせいか少しほっとした表情になった。
面白くないのは姜維だった。
(なんでここでこの女がでてくんのよ〜〜)
「あ・・・私は会社の社員旅行に来ていて・・昨夜一人で道を歩いていたときこの方に遭遇して・・・驚いて私気を失ってしまったようなんです」
(たしかに夜道でコレに出会ったら腰を抜かすわよね・・・)
姜維はそっと兀突骨の方に目をやった。身長は3メートルはあるのではなかろうか。
顔はまるでゴリラみたいにごっつい。じろじろみていると姜維と目があった。
「ひっ」
兀突骨は姜維を見て「ぐるるるる〜・・・」と唸った。
「な・・なによう〜・・しっしっ!」
「ぐるるるる」
「・・・で気が付いたらここで寝かされていて、この方が花束をたくさん持ってきてくださって、先ほどお礼を言ったところです」
周瑜が彼の腕をぽん、と軽く叩いた。
それまで姜維を威嚇していた兀突骨だったが、途端に頬を赤らめてでれでれしながら周瑜を振り向いた。
(・・こんの怪獣野郎〜露骨に態度変えたりして!スケベ巨人!いっぺんドついたろか!)
姜維は憎憎しげな視線を巨人に送った。
「・・・なるほど。こいつ、よっぽどあんたを気に入ったんだろうなあ」
孟獲が感心するように周瑜を見た。
「あ・・・いえ、多分、私が急に倒れたりしたので気を遣ってくれているんだと思うんです」
(気を遣うほど脳みそあんの?この大男)
姜維は呆れて諸葛亮の方を振り返った。
(げっ!)
そのときの諸葛亮は誰も見ていないのに、髪をかきあげたりいつもの彼らしからぬカッコつけモードに突入していたのだった。
「いやあ・・・しかし、ここで会ったのも何かの縁でしょう!どうです、これから食事でも!」
(孔明様・・・まだ朝の9時半よお・・・。まだ諦めてないのね・・・)
姜維は哀しそうな目で孔明を見つめた。
そのときだった。
ドアの壊れた玄関から数人の男たちが躍り込んできた。
「やい!こら!この人攫いめ!公瑾を返せ!」
大声で怒鳴りながら駆け込んできたのは他でもない、孫策であった。
「・・・きさま!やっぱり裏で糸ひいてやがったのか!」
「言っておきますが、私は関係ありませんよ」
「嘘つけ!」
階上の諸葛亮と目があって、火花が散った。
「社長ー!昨日のデカイヤツがいますぜ!」
甘寧が階上の兀突骨を見て叫ぶ。
「ぎゃーー熊だあぁ!」
薛綜と李異がまた叫びまくる。
「バカ、夜じゃあるまいし、よく見ろ。人だ」
呂蒙が窘める。
兀突骨がぎろ、と叫んだ二人を睨んだ。
「ひー!」
「人・・・・・だよな・・・・」
呂蒙もちょっと自信がなくなった。
「社長!」
周瑜は二階の手すり越しに身を乗り出した。
「公瑾!無事か!?」
「はい!」
周瑜は慌てて二階から階段を降りようとしたところを兀突骨が周瑜の身体を軽々と持ち上げて自分の肩に座らせた。
「きゃっ・・・!あ、あの・・・・降ろしてください!」
周瑜はそう言ったが兀突骨は頷いたきり、そのまま階段を降りていった。
そこにいる全員がそれを見守るしかなかった。
「さすがは周瑜さん・・・猛獣ですら服従するのか・・・」
諸葛亮はほれぼれと言った。
姜維はそのつぶやきを聞いて嘆息をついた。
(猛獣使いじゃないんだから・・)
階下に降りた巨人は肩から周瑜を降ろし、孫策へと渡した。
孫策は面食らっていたが、腕にしっかりと周瑜を抱きしめた。
「心配したんだぞ・・!」
「ごめんなさい・・・」
しっかりと抱き合う二人に、まわりにいた東呉社員たちは拍手を送った。
「な・・・なんだか怪獣映画のラストシーンみたいに感動したぞ、俺は!」
甘寧に到ってはなんだかよくわからないが涙ぐんでいる。
孟獲も祝融も良かった良かった、とうなづいている。
「うお〜〜〜んおんおん」
兀突骨もなんだかよくわからないが泣いていた。
地鳴りのするような泣き声だった。
またしても破れた諸葛亮だけが首を振って後ろを向いてしまっていた。
姜維は笑いをこらえながらそれを見ていた。
その頃、孫堅はまだ早朝の海岸を捜索していた。
「う〜〜〜〜くそぉぉぉぉ!!見つからない〜〜〜っっ」
(終)