「せっかくの旅行なのに、とんだ災難でしたね」
陸遜はバスに揺られながら向かい席に座る呂蒙に言った。
「ああ・・・まったく」
「周瑜さん、見つかってよかったね」
孫魯班と魯育は無理矢理誘った陸遜の両脇に陣取っていた。
呂蒙の隣には甘寧がそっぽをむいて座っていた。
「なんだよ、おまえ。機嫌悪いな?」
「へーんだ。あんなじじい達のどこが良いってんだ・・・」
「まだ根に持っているのかよ」
呂蒙は昼の出来事を思い出していた。
孫策達は孟獲のコテージからホテルまで車で送ってもらって戻ってきた。
夜通しジャングルの中を彷徨い歩いた彼らはへとへとに疲れていて、そのままホテルの部屋で各自泥のように眠った。
だが、孫策と周瑜を除く営業部の面々は翌日の昼過ぎには空腹のため目覚めてホテルで食事をすませ、ロビーに集まっていた。
そこへ、両脇に孫魯班と魯育をはべらせた陸遜が歩いてきた。
「あれ、皆さんお揃いで、どちらへ?」
「あたし達、これからサファリパークへ行くのよ!」
営業部の男達が一同にムッとしていると今度は反対側から韓当、黄蓋、程普の三人が二喬をつれて歩いてきた。
「よ〜みんな揃ってどうしたのじゃ?」
「私達これから程普部長が借りてくださったヨットに乗りに行くのよ!」
「ええーーーっ!ヨット!?いいなあいいなあ〜〜」
甘寧がすかさず言う。
「甘寧も行くか?」
「ええっ?い、いいんですか!?」
「部長だけずるい!俺達もーーー!」
そこにいたのは全員で8名。
「定員は10名じゃ。儂らで5人だからあと5人だな」
程普がそう言うと、彼らは全員お互いを見つめ合った。
「・・・ということは・・・3人が落ちるわけだな」
甘寧がそう言うと、隣に立っていた呂蒙が辞退した。
「呂蒙さん、僕らと一緒にサファリパークへ行きましょうよ」
と陸遜が声を掛けた。
「ん?」
誘われた呂蒙が陸遜の顔を見ると、必死で片目をつむって合図しようとしている。
どうやらギャル二人の相手がしんどいらしい。
呂蒙は苦笑して、承諾した。
「え〜〜呂蒙さんも一緒なのう?」
孫魯班はしぶしぶ、と言った声を出した。
で、結局その場でじゃんけんが行われたのだった。
結果はというと・・・・。
「いてっ!」
ガタガタ道を走る車が石を踏んだらしく、車は大きくバウンドした。
その衝撃で座っていた甘寧が車の桟に頭をぶつけたのだった。
「くっそーなんだってんだよ、もう!」
「海が良かったですよね、本当に・・・」
甘寧の隣で膝を揃えて乗っているのは営業五課の部長、全jだった。
じゃんけんで負けたのはこの二人だったのだ。
彼らの乗っているバスはやがてサファリパークについた。
そこでサファリパークの中のトロリーバスに乗り換える。
「なんだこれ、剥き出しじゃないか。屋根も幌しかついてないし。大丈夫なのか?」
呂蒙がトロリーバスを見てやや不安げに言った。
「大丈夫ですよ!この方がいきいきとした動物たちを見るのに都合がいいでしょう?」
案内係の男がそう言って笑った。
「うちの動物たちは野生ですけど昼間はおとなしいんです」
案内係のとなりにいた飼育係らしき男がそう言った。
「・・・じゃあ夜は・・?」
全jがそれとなく聞いてみたが見事に無視されてしまった。
「ともかく乗りましょう」
陸遜に促されて全員トロリーバスに乗る。
バスは発進すると、あたりは一転してサバンナになった。
その広大な大地の真ん中に一本電線が走り、それをたどるようにしてトロリーバスは走る。
「きゃー見て見て!すごーい!象、おっきーー!」
ギャル二人の騒ぎっぷりはすごかった。
「わーすごい!あれ虎よねえ!」
「放し飼いされてるんだな。こんなトロリーでよく無事なものだ」
呂蒙は感心していた。
「きゃーキリン?ねえあれってキリン?」
魯育が陸遜の肩をバンバン叩くので振り返ってみてやる。
「・・・・あれはカモシカですよ。キリンというのはもっと首が長くて・・・」
「じゃああれ?」
魯育の指さす方向に目をやった陸遜は目を疑った。
「あれは・・・なんでしょうか・・・?」
「・・・・げっ」
全員がトロリーから身を乗り出すようにしてそれを見つめた。
たしかに首は長い。
しかし胴体が大きすぎる。
それに模様がない。
「あれがキリン?」
魯班もおそるおそる聞いてみる。
甘寧、陸遜、呂蒙、全j、全員が首を横に振ったまま硬直していた。
少し小高い丘の上に立っていたのはどうみても「恐竜」にしか見えなかった。
「・・・まさか・・・な」
「恐竜なんてことは・・・ねえ」
「ここはジュラシックパークとかってんじゃねえだろうな?」甘寧が冗談交じりに言う。
「・・・南蛮の野生生物だってのか?あれが・・・」
「あ、見て見て、他にもいっぱいいるよ」
魯育が楽しげに言う。
背中にトゲトゲしたものが生えた巨大な生き物がうろうろしている。
「あ、ねえあれってサイ?」
「・・・・似てるけど・・・違う」
全jがおそるおそる言った。
「あれは・・・・やっぱり・・・・」
「恐竜・・・・?」
「うっそ!に、逃げようよ!」
全員慌ただしくバスの中で騒ぎ出した。
「で、でも逃げるったってどこへ・・?ここには何も障害物がないんですよ?」
全jが言うと、
「ぐずぐずしてると食べられちゃうじゃない!なんとかしなさいよ!」
魯班が叱りつける。
「落ち着いて!今更慌ててもはじまりませんよ!トロリーはまだ走っているんですし、なんとかなりますよ」
陸遜が大声でそう言うとギャル二人は途端に落ち着いた。
「は〜〜い」
「ケッ、勝手にやってろ」甘寧が毒づく。
全員、トロリーの中で凍り付いたようにじっとしながらひたすら恐竜の前を無事に通過することを願った。
ところが。
トロリーバスはゆっくりと速度を落とし、いつしか止まってしまった。
「・・・・と、止まりましたね・・・」
全jがこわごわと言う。
ちょうど止まった場所は巨大な生物が10頭前後、もしゃもしゃと草をはんでいるところであった。
「・・・なんで止まったの・・?」
魯班が言う。
「さ、さあ・・・恐竜をよく見ろ、っていうサービスなんじゃないかなあ?はは・・・は」
呂蒙がひきつった笑いをする。
「・・・故障・・とかだったら・・・?」
魯育がこわごわ言う。
「故障じゃねえ・・・あれ、見ろ・・・」
甘寧が後ろを指さす。
恐竜が木の葉をむしゃむしゃと食べている。
問題はその木にトロリーの電源である電線が絡まって、その電線ごとむしゃむしゃと食べていることであった。
「・・・よ、よく感電しないわね・・・」
「みろ、火花が散ってる・・・」
「あ・・・葉っぱに火がついた」
「あ・・・木が・・って!!」
「ヤバイ!逃げろ!!」
陸遜と呂蒙は慌ててトロリーから全員に逃げるよう叫んだ。
ショートした電線を伝って炎と火花がこっちへ迫ってくる。
「きゃ・・!やだ!鞄の紐がひっかかって・・!」
魯班がトロリーの桟に鞄の皮紐を引っかけたまま身動きがとれなくなっていた。
「バカ!何やってんだ!鞄なんか捨てろ!」
甘寧が叫ぶ。
「いやあよぉ!これお気に入りなんだもん!」
魯班は鞄を離そうとしない。
「鞄と命とどっちが大事なんです!?」陸遜も叫んだ。
「どっちも大事なの!」
「ああ〜もう!」
魯班の鞄を引っ張るのを全jが助けた。
「私が鞄もってってあげるから、あなたは避難しなさい!」
「ええっ!?」
「早く!」
魯班は言われるままにトロリーから飛び降りた。
「バカ、全jそんなのほっとけ!燃えちまうぞ!」
甘寧が叫ぶ。
「も、もうちょっとなんです・・・うう〜〜〜っ!」
全jはありったけの力で鞄の革紐を引きちぎった。
「ひーーっ!」
なんとかすんでのところで全jは脱出した。
トロリーから降りた全員はひとまず近くの木陰に避難した。
それまで全員が乗っていたトロリーは天井の幌に炎が燃え移り、炎上した。
「危ないトコだった・・・」
「全j・・・おまえなあ・・・」
甘寧は呆れて言った。
「あ・・・魯班さん、すみません、この紐のところ、切れちゃって・・・」
全jは申し訳なさそうに鞄を見せた。
「でもさすがにお気に入りなだけはありますね。なかなか丈夫な皮でできている」
全jが言いながら差し出す鞄を魯班は無言で受け取った。
少し怒っているように見えたため、全jは申し訳なさそうに頭を下げた。
「こら。礼くらい言うもんですよ」
陸遜は少し怒ったように言った。
魯班は唇を噛みしめていたがぺこり、と頭を下げた。
「でも・・こんなとこで降ろされて、どうするのよお」
魯育がぶぅたれた。
「非常用の電話があるはずですよ」
陸遜が立って辺りを見回した。
「あ、あった!・・・2K先ってなってるぜ・・・」
「2K・・・」
「あ、あたしここで待ってる・・・」
「あたしも」
二人のギャルはそう言って座り込んでしまった。
「仕方ないな・・・じゃあ全j、おまえ二人とここにいてくれ」
「ええ〜〜!!三人ともいっちゃうんですか!?」
全jがなんともたよりなさげな声を出した。
「やぁだあ〜!陸遜さん、いてよ〜〜!!」
魯育がいやいやをする。
陸遜、呂蒙、甘寧は顔を見合わせた。
「しゃあねえ、陸遜、おまえ全jと残れ」
「で、でも・・」
「俺と子明でいってくっからよ。お嬢さん方を頼んだぜ」
そう言って甘寧と呂蒙は走って行った。
「・・・ああ・・・もうじき日が沈む・・」
全jが地平線に太陽が吸い込まれていくのをじっと見ていた。
トロリーバスはまだブスブスと燃えている。
しかし、二人のギャルたちは目的をこっそり変えていた。
「ねえ〜陸遜さん、あたしこわ〜い」
魯育は陸遜の腕にしがみついた。
陸遜は深いため息を付いた。
魯班はといえば、さっきの鞄の切れた革紐の部分をしきりに撫でていた。
全jはそれを見て少しいじけ気味だった。
陸遜は全jに気を遣って、話しかけた。
「・・あ、そういえば全jさん、到着の飛行機付いたとき、当たってましたよね?あれってなんだったんですか?」
「あ・・ああ・・・あれですか・・・。あれは機内食にアタリがありましてね・・・お蕎麦が出たでしょう?」
「ええ。諸葛瑾部長が秘密とかいってた割には普通だよね、ってみんなで言っていましたよね」
「あのお蕎麦のそばつゆがね・・・ウスターソースだったんですよ・・・」
「げっ」
声を出したのは魯班だった。
「それからシーザーサラダがあったでしょう?」
「ああ、あの赤ピーマンとレタスにチーズがかかってた、あれですよね。美味しかったですよねえ」
「あの赤ピーマンがね・・ナマの赤とうがらしだったんですよ・・・・」
「うげっ」
声をあげたのは魯育だった。
陸遜はなんだか口の中が変な味がするような気がしてきた。
「ああ・・そ、そんなアタリだったんですか・・は・・はは」
「で、降りるときに諸葛瑾部長に文句言ってやったんですよ」
「・・あれ、文句言ってたんですか・・・」
「ええ。そうしたらあのロバ部長、なんて言ったと思います?」
「さあ・・・」
「おめでとうございます!南蛮旅行ペア5日間が当たりましたーー!!って」
全jは少し哀しそうな顔になった。
「な、南蛮旅行・・・・ですか」
陸遜はこんな話、振るんじゃなかった、と後悔していた。
「そうですよ!しかも旅行中にペアになったら有効で、この南蛮旅行の延泊なんですよ!?そんなのアタリっていいますか?」
「ぺ、ペア・・・にって・・・」
「夫婦ものに当たればラッキーだったのに、って言ってました・・」
全jは肩を落として言った。
「それは酷い・・・・」
「会社の旅行なんかでペアの相手が見つかるとも思えませんし・・ウスターソース味の蕎麦を食べた分損した気分ですよ・・・とほほ」
その場にいる全員、黙ってしまった。
気の毒としか言いようがなかった。
しばらくの間そうして静かな時が流れた。
空がだんだん星空になっていく。
そのときだった。
「おーーい!」
呂蒙と甘寧が戻ってきた。
その後ろから、地響きと共に鋼鉄のようなトレーラーが走ってくるのが見えた。
「どうやら迎えが来たみたいですね」
陸遜は立ち上がった。
「でもそれにしちゃあ、ずいぶん大げさな車じゃない?」
魯育もそれにつられて立ち上がった。
彼女は後ろにいるはずの魯班を振り返った。
が、いつの間にか、全jのそばに歩み寄っていた。
「ふ〜ん・・」
魯育は陸遜の跡を追った。
「あの・・・やっぱりまだ怒ってます?」
「鞄のこと?もういいの。紐だけ変えればいいんだもん」
「あ・・そ、そうですか・・よかった」
全jはほっと息をついた。
「・・・あのさ」
「はい?」
「ペアになってあげてもいいよ」
「へ?」
全jが聞き返す。
「あたし、鞄のお礼に、全jさんの南蛮旅行のペアになってあげてもいいよ」
「・・・・・・!ほんとですか!?」
「・・・・うん」
「・・・・嬉しいなあ」
全jは30になったばかりだが独身である。
照れて後頭部をかりかりと掻く。
「ほんと?全j部長もあたしたちのこと、ウザイって思ってたんじゃないの?」
「・・・・そんな事思ってませんよ。ただ、可愛いなあって、ずっと思っていました」
「・・・・やだ、本気にしちゃうから」
「本当ですから」
魯班は鞄をぎゅ、と抱きしめた。
「・・・嬉しかったの、さっき。あたしの鞄なんかのためにあんなに一生懸命になってくれて」
「・・はは。良かった、あなたも鞄も無事で」
魯班はそっと頬を染めた。
良いムードの二人は、前方で必死になって叫んでいる呂蒙や陸遜たちのことをのんびり見ていた。
「あはは、なにを慌ててるんですかねえ?」
「ほんと。陸遜さんまであんなに取り乱して・・・」
二人の背後に、夜になると現れる巨大な肉食獣が迫っていることを彼らは必死で報せていたのだった。
(終)