その日も南蛮は暑かった。
燦々と照りつける太陽が人々の肌を褐色に焼いていた。
ホテルの大きなプールサイドを呂蒙と魯粛が歩いていると、デッキチェアに腰掛けて太陽に肌を焼かせている孫策に会った。
「あれ?社長、一人なんですか?」
孫策はサングラス越しに二人を見た。
「ああ。公瑾は女の子たちと買い物に出かけている」
「じゃあ、ご一緒してもいいですか?」
「構わんが、おまえたち男二人でなにをやっているんだ?」
「いやーさっきまで企画室の連中と一緒だったんですけどね」
魯粛が頭を掻きながら言う。
「なんか、よくあたる占い師がいるってんでみんなそっちに出かけてっちゃって」
「占い?」
「ええ、俺達別に興味ないから帰ってきちゃったんですけどね」
「ふーん」
そのときだった。
プールから悲鳴が聞こえたのは。
見るとプールの真ん中で溺れている女の子がいた。
「いかん!」
孫策はすぐさまプールに飛び込んだ。
このプールはサイドに飛び込み台もあり、それ用に底が深い。
孫策は女の子を助けてプールサイドにたどり着いた。
女の子はまだ5〜6才くらいで、母親らしき若い女が駆けつけてきた。
しきりに礼を言っていた。
「念のため、病院に連れて行った方がいいな」
「社長、私が運びますよ」
魯粛がそう言って抱き上げ、呂蒙がタオルを取ってきて女の子の身体を包んだ。
ところがそうしているうちに母親の方も熱中症で倒れてしまった。
仕方なく救急車を呼ぶはめになって、三人の男達はそれに付きそうことになってしまった。
その頃、南蛮の中心街にあるショッピングセンターでは、二喬と一緒に周瑜も買い物を楽しんでいた。
「わーみてみて!あのアクセ可愛い!」
すでにもう両手一杯に紙袋を持っているにもかかわらず、次から次へと目移りするのは女の性か。
「そこのお嬢さん」
背後から声を掛けられて振り向くと、店と店の間、ちょうど2Mくらいの幅の通路に小さな机を置いて座っている老人がいた。
「私・・・?」
周瑜は老人を見ながら自分を指さした。
老人はゆっくりと頷いた。
「なになにー?」
小喬、大喬も老人を振り向いた。
「お嬢さん方三人とも大変美しいですなあ」
老人はそう言ってほっほっ、と頷いた。
「やだあ〜おじいさん、そんなホントのこと」
大喬と小喬は老人の腕をばしばしと叩いた。
「いだだだだ」
「ところで何のご用ですか?」
周瑜は冷静に老人に言った。
「ほっほっほ。いや〜ワシは占い師なんじゃ。お嬢さんがあんまり別嬪さんだったんでな。ちょっと占ってさしあげようかと思ってのう」
「占い・・・」
「面白そう!周瑜さん、占ってもらいましょうよ!」
二喬にそう言われて老人に占って貰うことにした。
老人は周瑜の手を取って掌を撫で回してからじっと見た。
「ふうん」
「・・・どうなんですか?」
「仕事運はまあまあいい方じゃな。男運は・・あまりいいとは言えんのう」
「男運?恋愛運ですか?」
「うむ・・・あんたの恋人はよくモテるお人のようじゃの」
老人の言葉に
「当たってるじゃない?周瑜さん」
と小喬が言う。
「ほっほっほ。今もたぶん、どこかでおなごに囲まれておるようじゃぞい」
「・・・今も?」
「悪いことはいわん。その恋人とはうまくいかん。別れなされ」
「・・・・・」
「ちょっとぉ!おじいさん、黙って聞いてればなんてこと言うのよ!周瑜さんの恋人は周瑜さんにベタ惚れなのよ!」
老人はくってかかる二喬には構わず、周瑜の目を見て言った。
「あんたが南蛮で会った人の中に、あんたの運命の男がおる」
「南蛮で会った・・・?」
そこまで聞いて、二喬が割り込んだ。
「今度は私!恋愛運、見てよ、おじいさん!」
「やだー私が先よお」
「ほっほっほ」
周瑜は不安を覚えながら立ち上がった。
「悪いけど私・・・先に戻るわね・・」
周瑜はそう言ったが二人は全然聞いていなかった。
ホテルに戻る途中の道で、周瑜は向かいの道を知らない女と一緒に歩いている孫策を見た。
「・・・・・!」
(あの占い師の言ったことは本当だった・・・!)
こちらにはまったく気付かないで、そのまま二人はホテルへと入っていった。
占い師の言った言葉が周瑜の脳裏に蘇る。
(悪いことはいわん、別れなされ・・・)
耳の奥でわんわんと繰り返す。
気が遠くなった。
「あっ・・・」
それが暑さのせいだけではないことを、彼女自身知っていた。
見えている景色がぐるぐると周り出す。
いけない・・倒れる!
そう思った周瑜は咄嗟に通路の柵を掴もうと手を差しのばした。
その手を誰かが掴んだ。
「・・・・?」
目眩の中で必死に視力を使い、自分の腕を掴んでいる者が誰なのか、確認しようとした。
「・・・・・・!」
彼女の目に映った人影。
蘇る占い師の言葉。
(・・・南蛮で会った人の中に、あんたの運命の人がおる・・・)
うそ・・・・!
周瑜は心の中で叫んだ。
気を失う直前に見たその人影は、兀突骨だった。
「ちょっと、なんでお師匠がこんなとこにいるんですかっ!!」
そう叫んでいるのは諸葛亮だった。
彼は、姜維と一緒に祝融への貢物を買うために来ていた南蛮のショッピングセンターで自分の師匠に会ったのだった。
「ほっほっほ。まあまあ、ワシだってリゾートくらいするわい。・・なんちゃって実は娘にくっついてきただけなんじゃがのう〜」
「だからってなんでこんなとこで占い師なんかやってるんですか!」
「いいじゃないか。趣味なんだし」
「良くないですよ!」
「ああ、そうそう、そういえばおぬしの意中のおなごを見たぞえ」
「えっ?し、周瑜さんを?」
「そうそう、そんな名じゃった。前におぬしがうちに来たときに見せてもらった写真とおんなじ顔しとったからのう。思わず声をかけてしもうた」
「・・・まさか占いしたんじゃ・・・また変なこと言ったんじゃないでしょうね」
「ほっほっほ。まあ、ええじゃないか」
「良くないですよ!」
「おぬし、彼女にはこっちで会ったんじゃろ?カレシが邪魔だとかなんとか言っとったではないか」
「それはそうですが・・・」
諸葛亮は自分の袖を引っ張る姜維を振り返った。
「ねえねえ、このおじいさん、だれなんですかー?」
「私の師匠だよ。経済私塾の」
「へえ〜」
「ほっほっほ。かわええお嬢さんじゃのう。ワシは黄承彦じゃ」
「やだ〜かわいいだなんて〜。姜維って言いますぅ〜。ねえおじいさんは孔明様のお師匠様なんでしょ?だったら秘書の私にとってもお師匠様ですね!」
「ほっほっほ」
黄承彦は姜維を眺めて笑った。
だが諸葛亮は厳しい目つきで言った。
「・・・周瑜さんに何を言ったんです?」
「ほっほっほ。おぬしに悪いことは言わんよ。おぬしが運命の人だと言ってやった」
「・・・・・」
諸葛亮は微妙な表情をした。
「明日はいよいよ帰国かあ」
「早かったですねえ」
ということで会社が用意した貸し切りのレストランで最後の晩餐を社員たちは楽しんでいた。
「・・・ねえ、ちょっとあれ、何してるの?」
女子社員が遠くのテーブルを指す。
「うそ・・・企画室の連中よね・・・?あれ・・・」
そちらを見てみると、なにやら妙な格好をしているものや、雄叫びを上げている者がいた。
企画室といえばエリートの集団で、社内でも注目の的であり、女子社員の憧れでもあった。
陸遜たちは遅れて来たのだったが、その様子に驚いて、近くにいた凌操に聞いてみた。
「なにか、妙な占い師にいろいろ言われたみたいです。食事の前に大声で歌を歌うと運気が上がるとか、南の方向を見て色っぽい水着を着るといいことがあるとか。なんだか変な占いですねえ」
陸遜はあきれた。
「なんという単純な連中・・・情けない」
「それよりも驚きなのはあっちだよ・・・」
凌操の隣にいた凌統が指さした方角には、小山のような大きな人影がそびえ立っていた。
「・・・・なんですか、あれは」
「隣にいる人を見てよ」
凌統がちょっと不満そうに言う。
小山のような大きなシルエットの隣には、周瑜がいて、食事をしていた。
「・・・・?」
陸遜にはよく状況が飲み込めていなかった。
「あの、社長は?」
「まだ来ていませんよ」
周瑜がいるのに社長がいない。
そのことに対して陸遜は首を傾げた。
「ところであの怪物は何者なんですか?」
「・・・さあ。南蛮に生息するイエティじゃないですか?」
イエティってのは雪男だったと思うが、などと考えるが、陸遜も腹が減っていたのでそのまま席に座った。
誰もがこの妙な雰囲気を感じながらも指摘できないまま淡々と食事をし始めていた。
バン!
と勢いよく扉が開いた。
みんなが予想していたとおり、孫策だった。
後ろに呂蒙と魯粛もいた。
孫策はイエティの隣にいる周瑜を見つけて、近づいていった。
「公瑾、帰ったのなら一言くらい言え。俺はずっと待っていたんだぞ」
孫策の言葉は怒気をはらんでいた。
彼女はそれを無言で見上げる。
ナプキンで口元を上品なしぐさで拭うと、
「帰ったとき、他の女性の方と一緒にいらしたようでしたので、お邪魔をしてはいけないと思いまして黙ってこちらへ直行しました」
と淡々と言った。
「・・・・!」
一瞬、周りは凍り付いた。
レストランの中は修羅場になる予感で充満した。
孫策の代わりに口を開いたのは呂蒙だった。
「周瑜さん、誤解ですよ。あれはそんなんじゃないんですって・・・病人だったんですよ」
周瑜はちらり、と視線を送ったきり、孫策を見ないようにした。
「何があったかは私は知りません。ともかく私には関係ないことですから」
冷たい言葉に、呂蒙は押し黙った。
「公瑾、おまえ、一体どうしたんだ?それに・・・」
「うがーーーー!!」
突然イエティが雄叫びをあげた。
「うるせー!兀突骨!」
甘寧がイエティ・・・もとい、兀突骨に向かって骨付きチキンを投げつけた。
兀突骨はそれを上手に口でキャッチして、一瞬他の社員たちの拍手を浴びた。
「おまえたち、うるさい!」
孫策は脳天気な社員達を一喝した。
「それに、なんでコイツがここにいるんだ!」
孫策は骨付きチキンをもぐもぐと食べている兀突骨を指さした。
「彼は、私の運命の人なんです」
周瑜はそうきっぱり言った。
「・・・・・は?」
孫策は可哀想なくらい間の抜けた声を出した。
「誰が・・・運命の人だって?」
周瑜は目を丸くしている孫策に向かって周瑜はもう一度言った。
「この兀突骨さんが私の運命の人なんです」
「うががががががーーーーー!!」
孫策をはじめレストランにいた社員全員、けたたましい獣の叫びとともに信じがたいその言葉を聞いた。
(後半へ続く)