ガチャン!
孫策の背後で食器を落とす音がした。
「あ・・・!」
呂蒙と魯粛が振り向いた。
二喬がテーブルを立っていた。
「・・・なにか知っているのかね?」
魯粛が訊くと、彼女らは頷いて口を揃えて言った。
「う、占いなんです・・」
孫策も振り向いた。
「占いだと?!」
「なんかうさんくさ〜いおじいさんが周瑜さんを呼び止めて、占ったんです」
「本当か!?公瑾」
「・・・本当です」
「馬鹿な・・・。そんなインチキ占いなんか信じるなんておまえらしくないじゃないか!」
孫策は叫んだ。
インチキ占い、と言われて心当たりのある連中もちょっと静かになった。
「・・・あのおじいさん、社長と周瑜さんうまくいかないから別れなさいって」
「今頃女の子に囲まれてるだろうとも言っていました」
呂蒙と魯粛は顔を見合わせた。
たしかに囲まれてはいたが、溺れた少女と熱中症で倒れた母親だったのだ。
「うがーーーー!!」
また雄叫びが聞こえた。
「うるさいっ!」
孫策は兀突骨をどやしつけた。
「やめてください。彼は私を助けてくれたんですから」
「助けた・・?」
「・・・社長が知らない女性と歩いているところを目撃したあと私暑さで倒れて・・・」
「うがーうがうがっ!うがうがうががーー!!」
周瑜の言葉を説明しようとしているようなのだが、一向にわからない。
だが、そんなことは孫策にとってどうでも良かった。
「助けて貰ったのはいいがな、占いだかなんだか知らんが、そんなヤツと一緒にいることはないだろう!」
孫策はふと、周りが静まりかえって自分たちに注目していることに気付いた。
「ここでは話しづらい。外へ出よう」
孫策は周瑜の腕を引っ張った。
「うがーーーー!!」
兀突骨の振り上げた腕が、3M以上も上から勢いよく振り下ろされ、孫策をはじき飛ばした。
「うわっ!」
「社長!!」
孫策は3Mほど飛ばされて壁に全身を打ち付けられた。
兀突骨は周瑜を守ったつもりで胸をゴリラのように両腕でバンバンと叩いて喜んでいた。
彼女が褒めてくれるとばかり思っていた。
だが、現実は違った。
壁に打ち付けられた孫策を見て、周瑜は胸を押さえ、青ざめて言葉を失っていた。
そして孫策に手をあげた兀突骨を見上げて鋭い目で睨み付けた。
「馬鹿!なんてことをするの!」
周瑜に叱られて、兀突骨は、しゅん、となった。
急いで壁に持たれて床にうずくまっていた孫策の傍に駆けつけ、抱き起こした。
「痛・・・」
「社長!大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ。なんてえバカ力だ・・・」
孫策は頭を左右に振った。
「すみません、彼を連れてきた私の責任です。すぐに帰らせますから」
「・・・・・すまんが肩を貸してくれ。部屋に戻る」
「はい」
哀しそうな目で兀突骨はレストランから出ていく二人を見送った。
「あおあおあおーーーん・・・」
「うるせーー!!」
再び甘寧が骨付きチキンを投げつける。
兀突骨はそれをまた上手に口でキャッチして、他の社員たちの拍手を浴びた。
もう誰も止める者がいなくなったせいか、レストランのいろんな所から彼に向かって食べ物が投げつけられた。
兀突骨はそれらをひとつも落とさず全部口に入れ、ムシャムシャ食べている。
「うわー上手ねえ!」
女子社員からも褒められて、さっきまで沈んでいた兀突骨は俄然張り切りだした。
「なにを!それくらい俺だって!」
営業部やら企画室やらの連中も負けじと食べ物を投げては口に入れだした。
レストラン内は今やいろいろな物が飛び交っていた。おまけに変な奇声も聞こえる。
「ここは野生のレストランか・・・」
もはや誰もナイフとフォークを使って食事をしていない。
投げては口でキャッチして食べているのだった。
レストランの給仕係たちは呆然とそれを見ていた。
その片隅では会社の長老たちが固まってなにやら雑談をしていた。
「やれやれ。若いもんにはついて行けんのう」
ぼそっと漏らしたのは張紘だった。
「鮨でも食いに行くかの?」
「おう、いいのう〜韓当殿、どっか知っとるのか?」
「象鮨というのがあるんじゃ。行ってみるか?」
「象鮨?象の刺身でもでるのか?」と程普。
「いやいや、なんとその店は象が寿司を握るんじゃ!」
「ほう!それは珍しい!」全員が驚きの声をあげた。
「しかし、どうやって象は寿司なんか握るんじゃ?」
黄蓋が腕組みしながら首を傾げた。
「デカイらしいぞ。寿司一個の大きさが直径50センチくらいあるそうじゃ」
「ほえーーー!それはまた豪快じゃのう!」
「・・・・それは単に寿司を象が踏んでいるんじゃないの?」
発言したのはその場にいるなかで最年少の凌統だった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・ま、まあ南蛮だし!」
「・・そ、そうじゃな!南蛮じゃった!」
「そうと決まればさっそく行こうではないか!」
二張、韓当、程普、黄蓋、凌操に凌統もくっついていくことになった。
「部長さんたちぃ〜私達もお供しますわ!」
話を脇で聞いていた二喬も無理矢理合流することになった。
肘から少し血が出ていた。
半袖のポロシャツを着ていたので、壁に打ち付けられた時ぶつけたのだろう。
周瑜はそこを消毒して絆創膏を貼った。
「もういい。大したことはない。あれくらいどうってことはない」
「でも」
「いいから」
ホテルの部屋のソファに腰掛けて手当を澄ませた孫策は、周瑜に向き直った。
「さっきのこと。おまえには言い訳に聞こえるかもしれんが、言わせてくれ」
孫策は昼間一緒にいた女のことを話した。
周瑜はそれに頷いて、自分も占いのことを話した。
孫策の怪我が二人の誤解を解くきっかけになったのだったが、周瑜の言う、「運命の人」とやらが兀突骨を指すとは孫策にはどうしても思えなかった。
「・・・占いで言われたことがそのまま自分の目に映ってしまったので、つい信じてしまったんです」
「・・・・おまえって意外に暗示にかかりやすいのな」
「反省しています・・・」
「ほんっと心配だ」
「すみません・・・」
「とても一人にはしておけない」
そう言いながら抱きしめる。
周瑜は抱きしめられながら、孫策の背中に腕を回した。
ちょうどその時、部屋のチャイムが鳴った。
「・・・・ったく。これからいいところだってのに気が利かないヤツがいるもんだ」
孫策はブツブツ言いながら周瑜を離して、ソファから立ち上がった。
「社長、私が」
「いい。俺が出る」
孫策は入り口まで歩いていって、不機嫌そうにチェーンがかかったままの扉を開けた。
「!」
孫策は驚いていた。
その様子を見ていた周瑜が声をかけた。
「・・どなたなんですか?」
「・・・おまえはそこにいろ」
「?」
一度扉を閉じてドアチェーンをはずす。
再び開けるとそこには見たことのある男が立っていた。
「・・・・諸葛亮さん」
周瑜は男を見て思わずその名を呼んだ。
「やあ。周瑜さん」
「ほっほっほ。お嬢さん」
その後ろにいたのは昼間の占い師だった。
「・・・あなたは・・・」
「周瑜さん、昼間は失礼しました。この方は私の師でして、占いが趣味なのですよ。余計なことをあなたに言ったようでご迷惑を掛けたのではないかとこうして謝りに来たのです」
孫策は扉を背に腕組みしたまま二人の客を睨み付けていた。
(どーせおまえがやらせたんだろう)
孫策は諸葛亮に不信の目を向けた。
だが悪びれる様子のない老人の方は、周瑜の顔を見てニコニコしていた。
「ほっほっほ。すまなんだのう、お嬢さん。だがのう・・・」
「お師匠はもう黙っていてください」
諸葛亮は厳しい口調で叱った。
「・・・あんたの「運命の人」のことじゃがのぅ・・」
「・・・・もういいんです」
黄承彦が言いかけた言葉を、周瑜が遮った。
「運命だなんて、自分で決めなくてはいけないものなのに、人の言うことに左右されてしまって自分を見失っていました。・・・いい勉強をさせていただいたと思っています。どうかもうお気になさらないでください」
周瑜はそう言って微笑んだ。
「・・・・あんた、気に入った!」
黄承彦は手をぽん、とひとつ叩いた。
「・・・え?」
諸葛亮は驚いた。
「あんた、エエおなごじゃ。この不肖の弟子には勿体ない」
孫策が口を挟む。
「・・・おい。公瑾は俺の恋人だぞ」
黄承彦は聞こえないふりをしたのか、そのまま続けた。
「どうじゃ?ワシの後妻にならんか?」
「お師匠!」
「じいさん、何言ってんだ!」
諸葛亮と孫策はほぼ同時に口を開いた。
「ほっほっほ。冗談じゃよ」
(・・・目がマジだった)
諸葛亮は密かに思った。
「寝言は寝て言えよ、ジイサン・・・」孫策は片方の頬をピクリ、とさせていた。
「・・・もう大丈夫ですから、お二人とも」
周瑜は笑顔でそう言った。
対照的に孫策はくさっていた。
「そうだ、お二人とも。夕食はまだですか?」
「は・・・まあ」
「だったらご一緒にいかがですか?」
「お、おい公瑾・・・」
「いいじゃないですか、社長。今夜は南蛮での最後の夜なんですし」
諸葛亮と黄承彦は顔を見合わせてニッコリと笑った。
「もちろん、ご一緒させていただきます」
孫策は目にみえてがっかりしていた。
(せっかく最後の夜を二人きりで過ごそうと思っていたのに・・・)
無惨にもその夢は二人の乱入者によってうち砕かれた。
「くそーこうなったら!開き直って騒いでやる!」
繁華街に繰り出した4人は、一流レストランで食事を摂ったあと、さんざん飲み明かした。
その間孫策は片時も周瑜を離さず、男二人を牽制していた。
諸葛亮は孫策を酒で潰して黙らせようとしていたが、うっかり自分の師匠の方が先にハングアップしてしまったため、泣く泣く連れて帰らざるを得なくなってしまった。
したたかに飲んだ孫策に肩を貸し、ホテルに戻ってきた周瑜はピアノの音が流れるロビーでいい感じの全jと孫魯班を見た。
よく見ると、ロビーのラウンジにはこの旅行でできたにわかカップルもたくさんいた。
「こ〜き〜ん・・・」
肩のあたりから自分を呼ぶ声がする。
「はい?いますよ、ここに」
孫策は完全に酔っ払っていた。
それでも周瑜を抱きしめようと両腕を広げて覆い被さろうとした。
「好きだ〜〜〜!!」
「きゃあ!」
その身体を受けきれずに、ロビーのど真ん中で孫策に押し倒される格好になって倒れ込んでしまった。
「痛っ・・・やだ、社長・・・重い」
孫策の身体を押しのけようとして上半身を起こしたとき、ロビーにいた全員の視線を一身に受けていたことがわかった。
途端に真っ赤になって恥ずかしくなった。
だが酔っ払い孫策はそんなことは微塵も気にせずなおも迫ってくる。
周りの客達も少し酒がはいっているせいか、誰も周瑜を助けようとしない。
それどころかくすくすと笑っていた。
「こ〜きん、ちゅう〜」
唇を尖らせて周瑜に迫ってくる彼を見て、周瑜はカッと頭に血が昇った。
「やだー!もう!恥知らず!」
バシーーン!!!
ロビー中にこだまするビンタの音。
静まりかえるロビー。
その一瞬ピアノの音も中断していた。
気が付いたら周瑜は孫策の顔を思い切り殴っていた。
孫策の頬には真っ赤な手の跡がしっかり残っていた。
孫策は酔っていたが、あまりのショックに目をパチパチさせていた。
「・・・こ、こうきん・・?」
「いやだわ〜私も酔ってるみたい・・・」
周瑜はそう言いながら呆然としている孫策を起きあがらせて、何事もなかったかのように部屋へと戻っていった。
こうして南蛮の最後の夜は更けていったのである。
(終)