「旅行も終わりかあ〜なんか寂しいな」
大きく伸びをしながらロビーのソファでくつろいでいるのは営業部の面々であった。
「あーみなさん、揃いましたか?」
そう言いながらロビーに現れたのは真っ黒に日焼けした驢馬・・もとい諸葛瑾であった。
「ここで残るのは全jさんと孫魯班さんだけですね」
諸葛瑾がそう言うと、男性社員の目が一斉にキッ!となって全jを射抜いた。
「は〜〜〜〜い」
全jはアロハシャツに短パン姿で小さく手を振っていた。
魯班はその全jの腕に腕を組んでニコニコしていた。
「魯育ちゃん、ごめんねえ〜アタシだけ幸せんなってさあ〜」
魯育は片方の眉をピク、と動かして「ふん」とそっぽを向いた。
全jは満面の笑顔ですでに来るときのソース味の蕎麦のことなど忘れていたようである。
なにやらドデカイ包装紙にくるまれたものを持ってロビーに現れたのは陸遜だった。
不審に思った呂蒙はそれを指さして尋ねた。
「伯言、なんだ?それ」
「ああ、これは南蛮焼きの壺ですよ。すごくいいもので思わず衝動買いしてしまいました」
「・・・おまえって骨董の趣味なんかあったんだっけ」
「はい。いいませんでしたっけ?趣味、盆栽と骨董品集めだって」
「・・・・・ジジムサイ」
「何か言いました?」
「い、いや何でも」
他の面々も皆大きな荷物を持ってロビーに集合していた。
「お父さん、楽しかったね」
真っ黒に日焼けした凌統は父に向かってにこやかに笑った。
父も息子に満足して貰えて喜んでいた。
「おや?それはどうしたんだ?公績」
息子の腕に見慣れないブレスレットがあった。
「ああこれ。南蛮のビーチでしりあった子に貰ったんだよ」
「ふ〜む。女の子か?」
「う〜んどっちだろ」
「何?わからんのか?」
「うん、何しろ毛深かったから」
「け・・!毛深・・・!」
凌操はドキドギした。
(毛深いって、毛深いって!いくら夏のあばんちゅーるとはいえ、女の子とそ、そんな!)
「い、いや公績、いくらなんでもな、女か男かくらいはわかるだろう」
「う〜ん、どっちかっていうとメス、かなあ」
「め、メ・・!!」
いくら南蛮で、ビーチで出会ったとはいえ、女の子をメスとは!父・凌操の頭の中は妄想と息子への不安感でぐるぐるとまわり、眩暈を覚えていた。
(お父さんは、お父さんは、おまえをそんな男尊女卑に育てた覚えは・・・!!)
「誰かに飼われてるオランウータンかなんかだと思うんだけど、すごく人になついててさ。貝殻拾い集めて作ってくれたんだよ」
父は我が息子の育て方をどこで間違ったか、と考えに沈んでいて凌統のそこから先の話を全然聞いていなかった。
「それにしてもあの象寿司はすごかったのう」張紘が言う。
「ほんとじゃ。あれはいい土産話になるぞい」黄蓋が頷く。
ご老人連中が盛り上がっていたのは南蛮で食べた象鮨のことであった。
「でっかい寿司じゃったのう〜」
「何しろ象の足サイズだったからなあ」
朱治は呆れていた。
「それにしても二喬は儂らの三倍は食っとったな。どこにあんなにはいるんじゃろう」
「なにやらワケのわからんものがすし飯の上に乗っとったがあれはなんじゃったのかのう」
「ああ、あの店の主人が「とっておき」とか言っとったアレか」
「なんじゃ、食ってわからんかったのか?」
韓当が物知り気に言う。
「なにやら生臭かったが」朱治が嫌な顔をした。
「ありゃラフレシアじゃ」
「ラフレシア?」
一人を除いて全員が声をあげた。
「ラフレシアってあの食虫植物の王様か」
「食肉じゃなかったか?」
「・・・・ハエとか蛾とかそこらへんに飛んどるのを食べるアレか?」程普の言葉には怒気が含まれていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
「おえーーーーっ」
「わ、儂ぁなんか腹がいたくなってきたぞい・・・」
「黄蓋殿、うまいうまいって幾つも食べてたではないか」韓当が横目で見る。
そして全員がチラッと隣で笑っている二喬を見た。
「・・・・あの子たちには言わん方がいいだろうなあ・・・」
「みなさ〜ん、忘れ物はありませんねえ〜?」
「は〜〜い」
「いない人はいませんねえ〜?」
「は〜い」
「いない人は返事してくださ〜い」
「し〜ん」
「はい、よくできましたーじゃあバスが来ていますので順次乗って下さいね」
「は〜〜い」
一般社員たちが空港へ向かった頃、孫策はまだベッドに横になったままだった。
「策よ、なんという情けなさだ」
父も彼を見舞いに訪れていた。
「二日酔いだなんてみっともない」
母もその隣にいた。
この旅行で随分と仲良くなったようだ、と孫権たちにもわかるくらい、彼ら夫婦はベッタリしていた。
「しかもなあに?その顔」
母が言うように、孫策の頬には手の後がまだ残っていた。
周瑜が盆に冷たいタオルと二日酔いの薬、水を乗せて持ってきた。
「はい、起きられるのならこれを飲んでください」
「ん・・」
ゆっくりと身体を起こして薬と水を口に運ぶ。
「ほんとに、大丈夫ですか?・・それにその頬」
孫策はちら、と周瑜を見た。
「一体どうしたっていうんです?どこかで喧嘩でもしたんですか?」
「えっ」
孫策は思わず声をあげた。
「おまえ・・・」
「何ですか?」
周瑜は真顔だった。
「おまえ、おぼえてないのか?昨夜のこと」
「覚えてますよ。伯符に肩を貸してホテルまで運んだの、私ですよ?」
「・・・・ホテルまで帰ってきたのは覚えてるんだな」
「ええ。なにか途中で転んだような気もしますけど、そのあと部屋まで行きましたわ」
「・・・・・」
気もする、で片づけられてしまった。
まあ、いいか。
孫策は今更蒸し返してもしかたがないな、と思い、そのまま話を流した。
「どうする?具合が悪いのならもう一泊ここにいても構わんぞ。俺達は帰るがな」
「そうよ、ゆっくりしていらっしゃい。私達は帰るけどね」
なにやら二人してやたらと「帰る」を強調している。
「なんだよ、帰る帰るって。帰ったって何するわけでもないんだろ?」
孫策の問いを待ってました、とばかりに彼の両親はニヤリと笑った。
「指輪を買いに行くんだよ。な、奥さん」
「ええあなた。指輪を買うのよね」
いちいち反芻しなくたっていいじゃないか、とも思ったがあんまり嬉しそうなのでほうっておくことにした。
「どうします?伯符」
「・・・・もう一泊していく」
「じゃあそうしろ。権たちも一緒に帰るからな、二人きりでゆっくりするといい」
「帰りは南蛮航空のファーストクラスで帰ってらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます」
周瑜は丁寧に頭を下げた。
そうして部屋は二人きりになった。
周瑜は孫策の額に冷たいタオルを乗せた。
「・・・気持ちいい」
「お昼まで寝ていれば少しはよくなりますよ」
「すまん」
「いいんですよ」
周瑜は微笑みながらそっと孫策の頬に触れた。
「・・・・・あら」
頬の手形の跡の上に自分の手がピッタリと重なった。
(・・・まさか)
周瑜の眉間が険しくなった。
「・・・どうした?」
「・・・・昨夜、私何かしました?」
「何かって」
「・・・もしやこれ、私が?」
孫策の頬に触れながら言った。
「・・・・・」
孫策は答えなかった。
「・・・私が殴ったんですね?」
「・・・・おまえも酔っていたんだ」
「・・・でも!社長を、しかも顔を殴るなんて!わ、私・・・私・・・」
孫策は狼狽える周瑜の腕を取った。
「いいから。元はと言えば俺が人前でおまえに抱きついたりしたからなんだ。気にするなって」
「ごめんなさい。私もう・・・お酒は飲みません」
「昨夜はおまえも俺も飲み過ぎただけだ」
周瑜はベッドの脇に跪いた。
「たまには刺激があっていい」
謝る周瑜の髪を撫でながら孫策はのんきなことを言った。
「それにしてもおまえ、二日酔いしないのな。ヘタすると俺より飲んでたかもしれないのに」
「あら、社長。しらないんですか?これ」
周瑜は自分のポケットから遮光の小瓶を出した。
ラベルには「スカッと一発!二日酔い`この酔いと〜まれ`」と書かれていた。
「企画室がこの年末向けに販売を決めた二日酔い止め薬です。すごく効くんですよ」
「・・・これ、酒を飲む前に飲むのか?」
「はい」
「昨夜も飲んだのか」
「はい、試しに」
「・・・・」
孫策は周瑜のビンタの原因がそこにあったのではと推測した。
それが二日酔いしないための副作用だとしたら。
「・・・商品化の前にうちの営業部員全員で臨床実験をやらせろ」
「・・・はい?」
周瑜は不思議そうにして頷いた。
帰国後、臨床実験の結果、企画室・開発室の面々はひどいご面相になったコトは言うまでもない。
その後改良されて、発売に到るのだったが、それまでのあいだ、営業部員達はタダ酒にありつけるとあって非常に喜んだのであった。
(終)