新年が明けた。
家族団欒で迎えた朝は、おめでとうの挨拶で始まった。
孫家では恒例の母手作りのおせち料理が食卓を飾っていた。
もちろん普通のお重ではない。
通常の三倍はあろうかという程の大きさの器の中に、マグロの頭がどん、と乗っていた。
なぜおせち料理にそんなものが乗っているのか、誰も口には出さなかった。
「お雑煮作るけど、お餅、あんたたち幾つ食べる?」
母の問いに
「僕は3つください」と次男坊の孫権。
「俺5つ」と父、孫堅。
「僕も3つ」と一番下の孫匡。
「僕もー」孫朗も負けじと指を三本たててアピールしている。
「俺10個食います!」一番食欲旺盛なのはやっぱり三男の孫翊であった。
父の膝にいた末娘の仁も「たべゆー」と言って必死に声を出していた。
「わかったわ。多めに煮て置くから」
呉夫人は大きな鍋を用意して、ダシを取り始めた。
その間に、孫堅は子供達にお年玉を手渡していた。
「わー父上!ありがとうございます!」
「無駄遣いするんじゃないぞ?」
「はーい」
「わーい3万円!」
孫朗や孫匡がはしゃいでいると
「俺なんか5万だ!」
孫翊がお年玉袋から中身を取り出してみせびらかした。
「ちょっと、あなた?ほどほどにしておいてね」
「わかってるよ、奥さん。はい、権」
最後に父が渡した次男の孫権のお年玉袋は硬かった。
「あれ?父上・・・これ」
「クレジットカードだ。おまえのだよ」
「ええっ?」
「おまえは堅実だから、きちんと計画的にお金をそこから使いなさい」
「わあっ!父上、ありがとうございます!」
孫堅は子供達の喜ぶ顔が見れてご機嫌だった。
「おとうちゃま、仁は?」
「よしよし。仁にははい、これ」
父の出した末娘用のお年玉袋からは長い棒のようなものが突きだしていた。
取り出してみるとそれは大きな飴だった。
「・・・・」
「仁はもう少し大きくなったらいっぱいあげるからね」
めりはりのきいた父である。
幼い娘は首を傾げながらもその飴を舐めはじめた。
「ええっと、あと孫静おじさん、呉景兄、兄上、母上の親戚・・・と」
孫翊は紙に計算しはじめた。
「何か買う予定があるのか?」
孫権が孫翊に尋ねる。
「決まってんじゃん、デートだよ!」
「・・・あの、徐先生と?」
「婚約指輪買うんだ」
「ええっ?!」
父、母も驚いて孫翊を振り返った。
「孫翊、いくらなんでもまだ早いわ。あんたまだ中学生なのよ?」
「だってだって!俺が大人になる頃じゃ遅いんだよ!」
父と母は顔を見合わせた。
「・・・・そういや策もそんなこと、言っていたなあ」
「・・・そうねえ。やっぱり兄弟なんだわあ」
「・・・僕は違うのか・・・」
孫権がぼそっと言ったが、見事に流された。
三が日が過ぎて、真っ黒に日焼けした兄と周瑜が帰ってきた。
「ただいま〜」
「兄上、周瑜さん、おかえりなさい!」
「ただいま。お土産いっぱい買ってきましたよ」
「わーーーい」
孫策は周瑜と2人、南蛮で正月をのんびりと過ごしてきたのだった。
それとほぼ同時に、東呉商事の重役連中が年始の挨拶にやってきた。
二張、魯粛、顧雍、孫静、呂範、諸葛瑾、呂蒙、陸遜たちである。
「よ、おまえたち」
「あけましておめでとうございます、社長」
彼らを迎えて、孫家の広いリビングのテーブルはいつになくご馳走が並んだ。
熱燗も出されて、正月っぽい感じになってきた。
孫家の子供達も喜んだ。
もちろん、お年玉目当てだったのだが。
困っていたのは呂蒙だった。
当然だが、重役のお歴々クラスの金額のようにはいかない。
若いという点では陸遜もそうだが、彼の家は金持ちなのだ。
呂蒙は苦笑いしながら、そっと遠慮がちに子供達にお年玉袋を手渡した。
(あーあ、きっと中身を見て、ケチとかいうんだろーなあ・・)
ところが、受け取った孫翊らからは思いも掛けない反応が返ってきた。
「呂蒙さん、ムリしちゃって。こんなに良かったのに」
「・・えっ?」
「これ、叔弼。失礼よ」
「あ。いえ、いいんですよ」
苦笑いが愛想笑いに変わった。
(あからさまな反応というより・・・俺、同情されてんのだろうか・・・)
「さあさあ、みんな、食べてちょうだい。うちの実家からとれたてを送ってきたのよ」
呉夫人はまた派手な料理を運んできた。
「おおっ」
どよめきが起こる。
直径60p以上はある大きな皿の上にはこれでもか、といわんばかりの蟹が乗っていた。
「す、すごい!こんなにたくさんのご馳走・・・」
呂蒙はもうひたすら感動していた。
はっきりいってこれだけでお年玉で出費した分の元が取れる。
「いただきますっ!」
パキッ
ペキッ
ちゅるっ
パキパキッ
孫一家とその他大勢は一言も発せず、ひたすら蟹を貪っていた。
40分後−
「はーーっ美味かった!!」
孫堅が発した言葉が沈黙を破った。
「うんうん、美味かった。な?公瑾」
「はい」
「おかわり、まだあるわよ?呂蒙さん、どう?」
「は、はあ・・・し、しかし自分ももう丸ごと5杯も食っちゃってますし」
「あら、若いんだからもっと食べないと。陸遜さんもね?」
「は・・はあ」
「ああ〜そうね。刺身ばっかじゃ飽きるわね。じゃあ今度は焼き蟹でいきましょう」
今度は呉夫人は七輪を持ってきた。
二張、顧雍らは「まだ食うのか」という目で呂蒙たちを見ていた。
その目には半分同情が含まれていた。
パチパチ・・・
火の粉があがる。
蟹の焼ける匂いが充満する。
「うわ・・・」
思わず呂範が声をあげる。
「やばい、蟹の匂いが服に付く・・・」
「匂いがつくと何か?」諸葛瑾が尋ねる。
「ああ、うちの奥さんが蟹、大好きなんもんで・・一人で食べたとばれたら怒って実家に帰ってしまうかも」
「そんな・・・たかが蟹くらいで」
孫堅はそう言うが、呂範としては是非言いたい。
「社長や会長のとこと違ってうちは平均的夫婦なんですよ」
「平均的ではなくてやや妻上位ですな」
張昭がぼそっと言う。
「じゃあお土産に少し持って帰ってはいかが?」
「ええっ!?い、いいんですか?」
呉夫人のありがたい仰せに呂範は目を輝かせた。
「いいわよ。あとで包んであげますから」
「やれやれ、キミも奥さんに弱いですねえ。今年こそ、どーんと男らしく、だね」
諸葛瑾が言う。
「そういうロバ・・・諸葛部長だってこの前浮気がバレて大変だったって聞きましたけど?」
魯粛が笑いながら言った。
「い、いや、それは誤解ですってば!」
諸葛瑾は焦りながら言った。
「そうだ、皆、新年にあたって今年の抱負ってのを聞かせてもらおうか」
孫堅が思いついたように言った。
「じゃあ、まず俺から。うぉっほん」
孫堅は咳払いをして、始めた。
「あー、今年は昨年以上に、家族を大事にしたいと思う」
そう言って、孫堅は妻に目をやった。
彼女はにっこりと微笑んだ。
「次ぎ、張昭」
「あー私ですな?今年は書きかけの書物を書いてしまいたいと思っとります」
「張紘は?」
「運動不足なんもんで、毎朝縄跳び100回飛んでから出勤したいと思っとります」
「魯粛」
「あーはいはい。私は周瑜室長のように人望を集められるような人物になりたいと思います」
「魯粛さんはその前に無駄遣いを止めましょうね」
周瑜が笑いながらツッコミを入れた。
「聞きましたよ、この前等身大の何かのフィギュアを買ったんですって?」
「・・・ど、どうしてそれを・・!」
「みんな知ってますよ。写真見せてまわってたじゃないですか」
「・・・うう・・あ、あれはヤフオクで買った○ャア専用の・・・で・・・まだ50台しかなくて・・・」
ボソボソと呟いていたが、孫堅の声に一蹴されてしまった。
「次、諸葛瑾・・・・は浮気はしない、だったな」
「ええっ!?」
「じゃあ次、幼台」
「・・・・真面目に生きます」
「・・・そうか」
孫堅はその一瞬、弟と目を会わせた。
「・・・がんばれよ」
孫静は無言で頷いた。
「よし、次。呂範・・・・は奥さん大事にしろよ。顧雍」
有無をいわせず飛ばされたが、呂範はそれにうんうんと頷いていた。
「・・・・・・」
「どした?顧雍?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・わかった。もう少し、口数を増やせ。な?」
顧雍は黙って頷いた。
「じゃあ、呂蒙」
「は、はいっ・・ええーと・・・・あの、その・・ううっ・・・」
狼狽える呂蒙の肩を、孫策がぽん、と叩く。
「おまえは落ち着きのある男になれ。いいな」
「は・・はいっ」
「じゃあ陸遜」
「はい。私は今年、もうひとつふたつ大ヒット商品のアイデアがありますので、それを成功させたいと思っています」
「そうか。それは頼もしいな。よろしく頼む」
「はい。お任せ下さい」
落ち着き払ったその態度の陸遜を見て、呂蒙はちょっとだけ自己嫌悪に陥った。
「じゃあ、最後は公瑾だな」
「はい。今年も社長と会社のために、頑張りたいと思います」
「そうか、よろしく頼むぞ」
「俺には訊いてくれないのか?」
孫策が言う。
「・・・おまえはいい」
「どうして?」
「おまえの言うことはもうわかっている」
「そんなの聞いてみないとわからないだろ?」
「・・・・じゃあ言おうか。おまえの今年の抱負は、公瑾と結婚することだ。違うか?」
「うーん、さすが親父。だがちょっと違うんだなあ」
「どう違うんだ?」
「公瑾とラブラブでアツアツのまま結婚するんだ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
一同に沈黙が訪れた。
周瑜は頬を赤らめて俯いたままだった。
「・・おほん」
咳払いをしたのは呉夫人だった。
「話題が落ちたところでこれにて締めさせていただくわ。皆さん、今年もどうぞよろしく」
(終)