甘興覇のバレンタイン




さて、世の独身男性たちの試練の日がまたやってくる。

バレンタインデーである。

孫家の男達は毎年数え切れないくらいのチョコレートを貰うのだが、そんないい身分ではない者たちの方が世の中には圧倒的に多いのだ。
そしてここにもその象徴的な男がいた。

「な〜にがバレンタインだ!女々しい!チョコ屋に踊らされやがって!」

ぼやいているのは営業一部の甘寧であった。

「何を言っとるんだ。うちだってチョコレート販売してるんだからな。おかしなこと言うなよ」
ツッコミを入れたのは営業七部の朱治である。
七部は食品関係を全般に扱っている部署である。
当然だがこの時期、チョコレートは売れ筋商品ナンバー1なのである。

「ふえ〜い」

気の抜けた返事をする甘寧だったが本心はサビシイ男であった。
なにしろ、今までこの方女にモテたことがないのだ。
バレンタインをあさってに控えたこの日も甘寧は終業時刻が過ぎてから経営戦略室へと足を向けた。

「子明〜」
「おお。なんだもう終わりか?」
「つきあえよ、今日」
「いいけど・・・」
呂蒙は、ちら、と魯粛の方を見た。

魯粛と目があった時、彼はニコニコしていた。
「ああ、いいですよ。こっちはもういいから」

なんだか機嫌がいい。
なにかあったか、と魯粛に聞いてみると、彼の妻と娘が父のために手作りチョコを作ってくれるのだというので非常に楽しみにしているのだという。

「すみません」とだけ断って、呂蒙は甘寧と出かけていった。


いつものバーへと足を向ける。
「全jのやつも、くっついちゃったしなあ・・・」
バーボンのロックを注文して、甘寧はぼやいた。
「ああ、そうだったなあ」
呂蒙はそう言ってはは、と笑う。
それが妙に余裕に見えて、甘寧は不審そうに彼を見た。
「おまえも、誰かいるの?もらえそうなヤツ」
「え?俺?」
呂蒙は頭を掻きながら少々照れたように言う。
「いや、実は・・・いないことも・・・ない」
「ええっ?マジかよ!」
激しく反応する。
「だ、だれだれだれ?どんな女?」
「いや、こないだ二喬ちゃんたちに誘われて合コン行ったんだよ。そしたら妙に気の合う子がいてさあ」
「ご!合コン!?」
「そそ。そんでさ、電話番号交換しちゃって・・・」
「で・・でんわ・・・してんのか・・?」
「まあ、時々メールとか、な」
呂蒙は頭を掻きながら照れた。
「・・・か、かわいい子・・か?」
「ん・・・?ま、まあ・・・室長とかに比べたらかな〜り普通の子なんだけどな」
(・・ったりまえだ!周瑜さんクラスだったらぜってーコロス!)
甘寧は心の中でツっこんだ。

「ちきしょー!なんで俺だけモテないんだぁぁ!」

甘寧はカウンターで叫んだ。

「おまえはさ、モテないわけじゃ無いと思うぞ」
「そ、そうか〜?」
「ああ。ただ、ちょっと怖がられてるだけだと思う」
「・・・・そこが一番問題なんじゃないか・・・」
「じゃあさ、ちょっと抑えろよ。大声を出さないとか、怒らないとか」
「う〜〜・・・」
「あと笑顔だな」
「・・・笑顔・・・・こ、こうか・・?」
甘寧は呂蒙にぎこちなく笑って見せた。
「・・・おまえ、怖いよ・・・」
「だーーっ!おかしくもねえのに笑えるかっつーの!」
「逆ギレすんなよ。そーゆーとこがマズイんだって」
「・・・・・」
「ま、なんとか大人しくしてるんだな」


次の日。
つまりバレンタインデーの前日。

東呉商事・第一営業部はいつもと違う雰囲気に包まれていた。

「あのさ、部長、なんかあったわけ?」
謝旌が李異にひそひそと耳打ちする。
「さあ・・・なんか変だよな・・・」
「ああ・・・おとなしいっつーか静かっつーか・・・」
「なんか、不気味だよな?」
「腹でも下したか?」
「昼飯食ってないとか・・・」

部下達にそう噂されている甘寧は、昨夜呂蒙に言われたことをさっそく実行しているのだった。

「おとなしく、おだやかに、大声出さない、笑顔を・・・」
自分の机に座ってぼそぼそと呟いている様もなんだか異様に見えた。

「甘寧部長」

女子社員が呼びかけた。

「なんだね?」
白い歯を見せて甘寧は女子社員を笑顔で見返した。

「ひぃっ!」

彼なりに満面の笑顔のつもりだった。

「ぶ、部長・・わ、私なにかしましたでしょうか?!」
「は?」
「そ、そんな般若のよーな顔で私を睨むなんて・・・」
女子社員は怯えていた。
「・・・・般若・・・・?」
甘寧はショックを受けた。
彼の(自分自身では最高の)サワヤカ笑顔が「般若(はんにゃ)」とは。
あまりのショックに甘寧はがっくりと肩を落としてうなだれてしまった。

その様子を苦笑しながら朱治たちは見ていた。

「気の毒すぎるな、あれは」
「どうしたんでしょうかね、一体」
全jが首を傾げながら言っていると、ちょうど呂蒙と周瑜が営業部にやってきた。
「あれ、あいつ・・」
呂蒙は甘寧を見て、いつもと様子が違うことに気付いた。
「なにか知っているのか?子明」
朱治が尋ねると、呂蒙は昨夜のことを話し出した。
「何と哀れな奴よ・・」
朱治は思いっきり同情の目を向けた。

一方、事情を知らない周瑜は書類を持って甘寧に話しかけると、

「はい?なんでしょうか」

と(自称)満面の笑みを浮かべて周瑜を見上げた。
その笑顔と目があった周瑜は−。

「・・・甘寧さん?どうかなさったの?」
「・・・はい?」

「おおっ・・・さすが室長・・・。あの般若の笑顔に笑顔を返したぞ!」
営業部員たちは固唾をのんで見守った。

「笑顔がこわばっているわよ」
「はあ・・・・」
「慣れないことをすると、顔面神経痛になるわ」
「・・・・」
甘寧は笑顔のまま凍り付いた。

様子を見守っていた営業部員達は笑いをこらえるのに必死だった。

「う・・・っ。じゃあ、どーすりゃいいんですっ!?」
「・・・どうしたいの?」
「う・・・俺、女の子にモテたいんですよぉ・・・」
情けない声を出して本音を言ってしまった甘寧の傍に呂蒙がやってきて肩にぽん、と手を置いた。
「チョコが欲しいんだろ」
「欲しい・・・・くれ〜〜!!」

周瑜は肩をすくめた。
「気持ちの問題だと思うけど・・・・」
「気持ちよりチョコですっ!」
きっぱりと言い切る甘寧に、
「ほ〜〜〜」
と言ったのは朱治であった。
「そんなに欲しいか、チョコが」
「欲しいッス!」
甘寧の言葉に「ほうほう」と頷いて、指を鳴らし、
「じゃあ、やる。おいおまえたち」と叫ぶと同時に
「へーーい!!」
と返事をしながら第七営業部員たちが大きな段ボール箱を二人一組になって次々と持ってきた。

「な、なんスか?これ・・・」
甘寧は自分の前に山積みされた段ボールを前にして、狼狽しながら朱治に訊いた。

「工場で出荷前にでたチョコのパッケージの不良品の山だ。おまえにやる。全部食えよ!」
「ええ〜〜〜〜っ!!」
「はっはっは!良かったじゃないか、甘寧」
呂蒙が愉快そうに笑う。
「さあ、部長、食べてください!段ボールひとつに500個ずつ入ってますから、四つで2000個です」
「げええ」
ゴツイ体育会系営業部員の連中がチョコを片手に甘寧に詰め寄る。
「い、いやだ〜〜〜!可愛い女の子からのがいい〜〜〜〜!!」
「ゼータク言うな!」
朱治が怒鳴った。
「いいか、全部食えよ!責任持って!食うまで帰さん」
「ええええーーー!!」


「気持ちよりチョコを選んだ罰ね」
その様子を見ながら周瑜はちっとも同情していなかった。
「ありゃ当分彼女はムリだなあ・・・」
呂蒙もその隣で呟いた。


そしてバレンタインデー当日。

「バレンタインチョコで〜〜す」
二喬が可愛らしいラッピングのチョコを各部長に手渡ししていた。
「へ〜ありがとう。全員の配ってるの?」
全jがチョコを貰いながら感心して言った。
「私たちからは部長さん以上にだけですよ〜!そっか、全jさんと甘寧さんは去年から部長になったから知らないのね」
それを横で聞いていた甘寧が吠えた。
「ええっ!?そ、そーだったのか?!」
「はい、甘寧部長にもチョコ」
「うおおぉおおおおおおおぉ!!!!」
大喬からピンクのリボンのかかったハート型のチョコを受け取って、甘寧は大喜びだった。

が。

「おい、甘寧」
朱治である。
彼もまた可愛いラッピングのチョコを貰っている。

ぎくっ、として甘寧が振り返る。
「わかってるだろうけど、そのチョコは昨日俺達がおまえにやったヤツ全部食ってから食えよな」
「そんなぁ〜〜〜!!」

甘寧の机の横にはチョコ入りの段ボールが山積みになったままである。
甘寧は朱治に内緒でモテなさそうな男性社員に片っ端からこの不良品チョコを脅すように渡して消化していったのであった。
おかげで東呉商事の男性社員の殆どが今年のバレンタインにはチョコレートを貰うことができたのであった。

「おまえも甘寧部長に貰ったのか?チョコ」
「ああ・・・なかば無理やり・・・」
「そうか・・・あのひと、そんなにモテるんだなあ」
「俺達にチョコをおすそわけするくらいなんだもんなあ・・・いいよなあ・・・」
「うちの部に甘寧部長に気がある子がいるんだがこれじゃあムリだよなあ」

一部の男性社員にはいい方に誤解を受けることになった。
それがまた彼から女の子を遠ざける原因になるとは気がつかなかった。





(終)