孫家の雛祭り




孫家では尚香が生まれてから実に巨大な雛人形を購入した。
孫堅にしてみれば初めての女の子で、もうとにかく目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようだった。

実物大。

孫家の雛壇の上にはまるでマネキンのようなリアルな人形が置かれていた。
初めてそれが家に来たとき、父と母以外家族全員が驚いた。
孫匡などはこわがって、雛壇のある部屋に入ろうとしなかった。

「いつ見てもすごいよね・・・」
孫権は溜息をついた。
「うん・・・こどもの日の鎧武者にもびびったけど・・・こっちの方が人数多い分怖いよ」
孫翊も同意した。
何しろ八段飾りの雛壇に実物の大人大の人形が座っているのである。
あまりにも背が高いため、雛壇を入れてあるその部屋は吹き抜けになっていた。
しかも雛人形の顔は、人形独特の表情のない、不気味さをたたえている。

「なんだか動き出しそうだよね・・・」
「うん」
母親に言われて、雛壇の飾りに菱餅と雛あられを供えに来た孫権と孫翊だったが、そのリアルな人形に恐れおののいていた。
ぼんぼりに電球をセットしようとして人形に近づいた孫翊は、横目でちら、と三人官女を見た。
真っ白い顔、真っ黒な髪。
本物の人間の髪の毛みたいに見える。

「こ、こええ・・・」
「大丈夫だよ」
孫権は自分の怖いのを抑えてなんとか励ます。
「!」
そのとき、孫翊が固まった。
「ひっ」
「・・・どうしたんだい?」
「ね、ねえ・・権兄・・・こ、この官女ってさっきから顔の向き、こうだった・・・?」
「ん?」
孫翊が指さす方向には三人官女が座っている。
だが、一番右端の官女の首の向きだけが孫翊の方を向いていた。
「・・・・」
孫権はごくり、と喉を鳴らした。

「さ、さあ・・・は、は。なんか、叔弼が触っちゃったんじゃないのか?」
「お、俺触ってなんか・・・・・」
「またまた〜」
そのとき、真ん中の官女の首が、孫権の方を向いた。
「わ!」
「み、見たか?!今の」
孫権はびびって後ずさりした。
「み、見た!!確かに今動いた・・・」
孫権と孫翊は顔を見合わせて、急いでその部屋を出た。

母親は尚香を保育園に迎えに出かけていた。
父も、兄も会社である。
孫匡たちは遊びに出かけている。
時刻はそろそろ5時になろうとしている。

孫権と孫翊は留守番を任されているため、家を空けることもできない。
「・・・ど、どうしよう・・権兄〜〜あれ、こわいよ!」
「そんなこと言ったって、仕方がないだろ!とにかく母上が帰ってくるのを待とう」
リビングで二人はソファに腰掛け、TVを付けた。
バラエティ番組をやっているが、隣の部屋が気になって仕方がない。

カタン。

孫権と孫翊の神経は飛び上がった。
「な・・なに?今の音・・・」
「な、なんか落ちたんだろ、きっと・・・・」
「・・・なにが?」
「さ、さあ・・・・」
「権兄・・見てきて〜〜」
「やだよ。おまえが行けば?」
「そんな〜〜」
「まったくもう・・・じゃあ一緒に行こう」
孫権と孫翊は二人で同時に部屋の扉を開けた。
「せーの」

バタン。

開いた扉の奥を二人は覗き込んだ。

「・・ぅわ!!」
「ひいぃ!!」

二人が見たものは、なんとも怖ろしい光景だった。

なんと雛人形(実物大)が全員雛壇の上に立ち上がっているのだ。

「な、な、な!!」
「立ってる・・・・!!!」
「うわああああっ!!!」

二人は部屋から慌てて逃げ出した。

玄関まで逃げてきて、息を弾ませる。
「な、なんなんだ、あれ・・・」
「立ってる雛人形なんて、聞いたこと無いぞ」

ピンポーン。

「うわっ」
突然玄関のチャイムが鳴った。
「な、なんだ来客か・・びっくりした〜」
孫権は、驚きながら玄関先でドアフォンを取る。
「あ!周瑜さん・・・・!」
その声に、孫翊も安堵して、表に飛び出した。
ちょうど門から入ってきた周瑜は飛び出してきた三男坊に驚いたが、すぐ笑顔になった。
雛祭りのパーティをするからと言うので、母が周瑜を家に招いていたのだった。


「・・・え?雛人形が動いた?」
周瑜は孫権から聞かされて、驚いた。
「うん。雛壇の上に、全員立ってたんだ・・・」
「まさか。立っている雛人形なんて」
でもそうなんだよ!」
「じゃあ見に行ってみようかしら」
周瑜はリビングのソファから立ち上がって雛壇のある部屋に行った。
少年二人もそれに付き従った。

周瑜の後ろに隠れるようにして、彼らはごくり、と息を呑んだ。
扉を開ける。

「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
三人とも、部屋の中を見て、無言になった。

雛人形は、ちゃんと雛壇の上に全部きちんと座っている。
「・・・・私にはどこもおかしいようには見えないんだけど・・・」
「た、たしかに、さっきはみんな立ってたんだよ!」
「ふうん・・・?」
周瑜は二人の少年を振り返った。
「し、信じてよ!周瑜さん!本当なんだってば!」
孫翊は不審な表情の周瑜に食い下がった。
「・・・そうね。そういうこともあるかもしれないわ」

孫権は不安になった。
(僕らは一体どうかなっちゃったんだろうか・・・)

そうしているうちに母が帰ってきた。
「ただいま〜」
「おかえりなさい!」
少年達が元気良く出迎える。
「あれ?父上も一緒なんだ」
「ああ。ちょうど途中で会ってな」
孫翊はちょっとだけ涙目になって父親に抱きついた。
「父上〜〜〜!」
「なんだなんだ?」

孫権と孫翊はさっき自分達がみたことを話した。
父と母は顔を見合わせた。
「おかしいわね・・・そんなはずないんだけど」
そりゃそうだ、と孫権は思った。
「誤作動かしら」

「え?」
母の言葉を孫権はもう一度聞き返した。

「ほほほ。今年はね、みんなを驚かせようと思って、雛人形に人工知能を積んでみたのよ〜」
「・・・え?人工知能・・・?」
孫権と孫翊が異口同音に発する。
周瑜が口を挟む。
「・・・そういえば伯符がそんなような設計図を持っていたような・・・」
「せ、設計図・・・?」
「早い話が、ロボットね」
「ろ、ろぼっと!!?」
孫権は驚いて、呆然としていた。
そして次の瞬間、怒濤のように怒り出した。

「どういう考え方をすれば雛人形をロボットにするなんて発想になるんですか!!悪戯もいい加減にしてください!こっちは真剣にびっくりしたんですよ!!」
「仲謀、怒らないの〜。ちょっとした趣向じゃないの」
母はあくまでも悪びれない。
「そうだぞ、権。雛祭りに雛人形と踊ったりできるんだぞ?すごいと思わないか?」
父も嬉しそうに言う。

だれがあんな不気味な雛人形と踊って嬉しいもんか。
孫権の心の叫びはまったく理解されていなかった。

「・・・もういやだ・・こんな家・・・」
孫権は呟いた。
「仲謀くん・・」
周瑜はそっと孫権の肩に手を置いた。
「いい家族じゃないの」
「周瑜さん・・・」
孫権は傍らで微笑む周瑜を見上げた。
彼女にはいま同居している家族はいないのだ。
「・・・・・」
それ以上、家族の悪口を言うことは彼にはできなかった。

ピンポーン。

「あれ?」
孫翊は玄関のチャイムに反応した。
「策じゃないのか」
孫堅が言うと、孫翊は「きっとそうだ」と言って玄関を開けた。

「うわわわ〜〜〜〜〜!!」

孫翊は腰を抜かした。
孫権も周瑜も驚いていた。

玄関に立っていたのは孫策ではなくて鎧武者だった。
しかも、歩いている。
ガチャ、ガチャ、と重厚な音を立てて。

その脇からひょい、と孫策が顔を出した。
「あれ?なんでみんな玄関に集まってるんだ?」
「やっぱり策か・・・。なんだそれは。翊が失神しとるじゃないか」
「ちょっと早いけど、こどもの日の予行演習にって・・・しまった。これじゃバレバレだな」
「・・伯符・・・今日は雛祭りですよ。何を考えているんですか・・・」
さすがの周瑜も呆れていった。
「雛人形の鎧武者バージョンだ。カッコイイだろ?」
孫策は得意そうに笑った。

孫権は我慢できずに叫んだ。

「兄上のバカーーーーーー!!!!」




(終)