周泰の朝





東呉商事の警備を任されている東呉警備保障に務める周泰幼平29才。
独身である。
彼は社長の太史慈、親会社の社長の孫策からの直々の指令により、ここしばらく孫家の次男坊の護衛についている。

あれ以来、狙われることもなくなったが、やはり予断を許さない。
次男坊のみならず息子達全員の護衛となっているのだった。
いまや孫家の居候として寝泊まりする毎日である。

毎朝5時に起床。
歯を磨いて顔を洗って軽く町内をジョギングで一周する。
6時半になると母親が起きてきて朝食の準備を始める。
そのうちひとりずつ子供たちが起床し、朝食が始まる。
食事が終わると周泰は子供達全員を車に乗せて学校へ送り届ける。

授業中、彼は何をしているのかといえば、学校の裏で飼われている捨て犬の散歩に行ったり、ウサギのエサをやったりハトに米粒を蒔いたりしている。
だれもいない校庭の真ん中で、周泰が大量のハトに囲まれて満足そうにしているところを全校生徒が目撃している。それ以来彼はハムの人ならぬハトの人、と影でこっそり言われている。
学校に入ろうとしていた不審者を捕まえたことも何度か有る。
周泰は学校から感謝状まで貰っているのだ。

しかし寡黙な男である。
一日の殆どを黙って過ごしているのではないかと孫権は思う。
休みの日も平日も変わらぬ過ごし方をしている彼のことを、孫権は心配しているのだった。
「ねえ、もっとなんか話してよ」
周泰といるとき、孫権は口癖のように言う。
その都度、周泰は困った顔をするのである。

「幼平の趣味ってなんなんだろう」
そういえばよく知らない、と思う。
孫権は悪びれもせず周泰に聞いてみた。

「孫一家の安全を守ることです」
彼は言った。

それって趣味なのか・・・?
孫権は首を傾げた。
が。
どう見ても周泰が個人的になにかをしている様を見たことがない。ハトが好きなことくらいだろうか。
「彼女とかいないわけ?」
「いません」
さらっと流された。
その気になればもてるだろうに・・・と孫権は思うのだが、この男はおそらくデートをしていても無口なのではないかと思ってしまう。


「幼平、明日どこか遊びにいこう」
孫権は土曜の夕方にそう言った。
周泰は表情ひとつ変えずに言った。
「どちらへ?」
「それは幼平が考えてよ。幼平が楽しい!って思えるところじゃないとダメだからね」
「自分が・・・楽しい?」
「そう。僕がどうこうじゃなくて、幼平が、ね」
そう言われて周泰は複雑そうな表情をした。
そして、何かを思いついたように孫権の顔をみた。
「あの」
「ん?」
「非常に言いづらいのですが」
「うん、なんだい?」
「明日かなり早起きしていただかないといけません」
「いいよ、それくらい。何時にどこへいけばいいんだい?」
「朝5時に東呉公園です」
「・・・・公園・・・?」
「公園です」
孫権は頭の中でいろいろと公園情報を引き出していた。
東呉公園は市内でも最大級の公園ではあるが、とくに遊ぶ施設などがあるわけではない。
休日になると親子連れがキャッチボールをしたりするごくありふれた公園である。
その公園に朝5時にいったい何があるというのであろうか。
とにかく孫権は頷いた。
周泰の秘密がこれでわかるのかも知れない。

そして日曜日。
朝5時に目覚まし時計を止めて起き出した孫権は、眠い目を擦りながら着替えをし、階下に降りてきた。

「おはようございます」
玄関には周泰がジョギング姿でスタンバっていた。

「行きましょうか」
「う、うん」

まだ朝靄のかかった早朝である。
通りにも人はいない。

東呉公園までは少し距離があるのだが、周泰は走っていこうと言う。
孫権もそれに同意した。

距離にして8.4キロ。
それを朝から走破して公園につくころには孫権はもうへとへとになっていた。

「大丈夫ですか?」
「う・・・うん」
はあはあ、ぜいぜい、と息をつくと周泰について少し公園の中を歩いてみる。

どこからともなく音楽が聞こえてくる。
「あれは・・・なんだろう」
「ああ、あれはですね・・・」
周泰は林の中を指さした。
孫権がその方向を見ると、林の中で音楽に合わせて太極拳をやってる集団がいた。
「毎朝ここでやっているんですよ」
「へえ・・・」
よく見るとみんな高齢者ばかりである。
「まさかと思うけど、幼平も参加してるの?」
「ええ」
「へ、へえ〜〜」
感心していると今度はキャン、キャン、と犬の鳴き声がする。
孫権が振り向くと、周泰が犬に囲まれていた。
「い、犬?!」
「ああ、ジョンにタロー、ロッキー、ららちゃん」
(ら、ららちゃん!?)
孫権は耳を疑った。

「し、知り合い・・・?」
「あそこで太極拳やってる人の飼い犬です。毎朝会うのですっかりなついてしまって」
「へえ・・・」
めいいっぱい犬になつかれている。
知られざる周泰の人間関係である。

「あれ、周泰さんでないか」
「おお、おはようさん」
オジ(イ)サン、オバ(ア)サンの群れがこちらを見つけて押し寄せてくる。
あっというまに周泰の周りには人垣が出来ていた。

(幼平って人気者なんだなあ)
しかし、孫権はその様子を見てなんだか妙に納得したのである。
はっきりいって、オジサンオバサン連中は機関銃のようにしゃべりまくっている。
周泰はそれを嫌な顔ひとつせずじっと聞いているのである。


話を聞いてもらっているオジサン達の顔は晴れ晴れしている。
周泰は目を細めてそれを聞いている
(幼平のこういう顔はじめてみるなあ・・・。・・・なんか、いいなあ)

オジサンたちを掻き分けて、孫権の元へきた周泰はぼそり、と呟いた。
「楽しい、というのとは少し違いますが、なんだか落ち着くんです」
そう言う周泰の顔はいつになく優しげだった。
「・・・・」

周泰は聞き上手なのであった。
これからはもっとしゃべれとか余計なことを言うのはやめようと思った。

しかし。
(こりゃ当分彼女なんか出来そうに無いなあ・・)
青年らしくない趣味だ、と思い、少しだけ気の毒に思う孫権であった。








(終)