東呉学園高等部に今年入学したばかりだ。
赤い髪と青い瞳、利発そうな眉目、おまけに東呉商事の社長の弟ともなれば、女子からモテモテでも仕方がない。
おなじクラスで仲の良い朱然からすれば羨ましいかぎりである。
その日の朝もいつものように孫権は学校に出かけた。
「・・・おい、出てきたぞ」
学校へはバスで通う孫権であった。
「よし、尾行しろ」
孫権のあとを黒塗りの国産車がのろのろと後をつける。
孫権は気がついてはいないようだ。
バスを降りるとすぐ前が学校である。
「おはよう、孫権くん」
さっそく女の子に囲まれる彼であった。
「孫権くん、おはよう!この前のテストまた一番だったんだね!」
「ああ、おはよう王さん。えっと・・・」
「私は王美の方よ!王世は今日お休みなの」
王、と呼ばれたのは茶髪をストレートロングにした女の子である。もう一人、王、という女子がいるらしい。
「ねえねえ、孫権くん、今日お弁当作ってきたの。一緒に食べようね!」
髪をポニーテールにした女の子がそう言って近寄ってきた。
「袁ちゃん・・・ごめん今日は母上がお弁当を持たせてくれちゃってて・・・」
「あら〜そうなの?でもいいじゃない!一緒に食べようよ」
「バカね、あんた。孫権くん迷惑なの、気がつかないの?」
袁、と呼ばれた女子の横から彼女を突き飛ばすように間に割り込んできたのは徐である。
「ねえ、孫権くん?私今日デザートに1個3万円もするメロン持ってきたのよ〜お食事のあとに食べましょうね〜」
「・・・・」
徐はスタイルバツグンの妖艶な美女系である。
「ひっど〜い!突き飛ばすことないじゃない!」
袁が怒る。
「ああら、ごめんなさい。いたの気がつかなかったわ〜ほほほ」
勘弁してくれよ〜とばかりに孫権は「急ぐから・・・」といってその場を脱出した。
「おまえってモテモテでいいよな・・・」
教室で孫権の前に座っている朱然が振り向いてそう言う。
「そうでもないよ」
「うわ〜余裕の発言!」
朱然は体育会系のノリの少年だった。
決してもてないわけではないのだが、孫権と一緒にいるとどうしてもかすんでしまう。
「で?昼はどうすんだ?」
「うう〜ん・・・」
女の子は好きだけど、あんまりしつこいのは好きじゃない。
あの様子だと、昼休みになったら教室に押し掛けてきそうだ。
何とかその前に脱出しないと。
四時間目が終わると同時に孫権は教室を出ていった。
孫権のいない教室に女の子たちが押し掛けてきて朱然が行方を聞かれてつるし上げられたことは言うまでもない。
東呉学園は巨大学園都市になっていて、小等部、中等部、高等部、大学、大学院まである。
創始者は孫武、学園長は橋玄公で、二人の娘がいるが二人とも東呉商事で秘書をしている。
孫権の父も学園の顧問をしている。
孫権は高等部から大学の方への遊歩道を歩いていた。
大学の敷地内には入れないが、そこへの遊歩道はレンガが敷き詰められ、道の両脇には針葉樹が植えられ芝生がしかれている。
その芝生に寝っ転がって音楽を聴いている者やカップルでランチを採っている者もいる。
孫権はそこの一番端の空いているベンチに腰掛けてお弁当を拡げて絶句していた。
「・・・・母上・・・」
孫権の膝の上で拡げられた弁当箱の中には保冷剤と一緒にウニが殻付きのまま丸ごと3こ入っていた。
そういえば今朝、
「今日のお弁当のおかずは取れたて新鮮の海鮮物よ!美味しいんだから〜〜」
とかニコニコしながら言っていたっけ・・・
ご丁寧にウニ用のスプーンも一緒に入っていた。
「・・・・普通のお弁当が食べたいなあ・・・」
深い溜息をもらす孫権であった。
しかしそこは孫家の次男、ちゃんとウニのイガイガを割って中身をスプーンですくって食べ出した。
「あ、でも美味しいや」
とかなんとかいいながら全部のウニをご飯と一緒に平らげた。
「ふう・・・ごちそうさま」
といって弁当箱の蓋を閉じたとき、背後から声をかける者がいた。
「さすがに孫家の弁当は違うな」
振り向くと、見知らぬ男だった。サングラスをかけているところが怪しい。
「誰・・?」
「おっと。一緒に来てもらおうか。おとなしくしていれば危害は加えない」
「・・・・・」
男はどうみても学生ではない。
孫権は言われるままに男と歩き出した。
校門の外まで来ると黒塗りの国産車が止まっていた。
「もしかして誘拐?」
孫権が後ろの男に訊くと「正解」と応えた。
一瞬の隙をついて孫権は走り出した。
「こらまて!」
校内ではなく校門から外への道を走りだした。
そのあとを車から降りた男達3人も一緒に追い掛けた。
しかし運動が苦手な孫権は歩道橋を昇ってすぐに追いつめられてしまった。
「手間、かけさせやがって」
男たちは孫権を取り囲むようにせまってくる。
「おまえを人質に、おまえの兄貴からたんまり金を脅し取ってやるのよ。おとなしくしな」
「くそっ!卑怯だぞ!」
「まて!」
声がしたかと思うと、男が一人歩道橋を反対側から昇ってくるのが見えた。
孫権はその男の方へ本能的に逃げた。
男は黒いスーツを着ていた。胸にTSKと書かれたバッジをつけていた。
(この人、兄上の警備会社の人だ・・・)
その男の背中に庇われながら孫権は思った。
「きさまら、山越組の者だな!」
「なんだ貴様!東呉の手の者か!?」
「俺は東呉商事の社長のSPだ!」
それを聞くと男達は手に武器をそれぞれ取りだした。
「ああっ、あぶない!」
孫権が叫ぶと同時に敵が襲いかかってきた。
こちらは素手である。
孫権の目の前で戦いは繰り広げられた。
やがて、警官がやってきた。
「こら!そこ〜!何をやっとるか!!」
「やばい、逃げろ!」
「逃がすか!」
孫策のSPと名乗った男は4人のうち、一人の腕を絡めとったまま、地面にねじ伏せる。
残り3人はそのまま逃亡した。
犯人一味の一人を警官に引き渡すと、SPは孫権の方を向いた。
「どこもお怪我はありませんか?」
孫権はその男の方が腕やら頬やらに怪我をしているのを見て
「あなたの方が心配です。はやく手当てしてください」
と言った。
「こんなものは舐めとけば治ります」
手の甲を切られたらしく血が滴っていた。
「あの・・・ありがとう・・・あなたは?」
「周泰幼平と申します。会社にエマージェンシーがあったので一番近くにいた私が駆けつけました」
「エマージェンシー?」
「ほら、彼女が報せてくれたんですよ」
周泰の指差す方向には三つ編みに下げた髪を両肩に長くたらした女の子が心配そうにこちらを見ていた。
「歩ちゃん・・・」
同じクラスの歩であった。
普段あまり目立たないが、密かに孫権は彼女のことを悪くない、と常々思っていた。
「彼女、東呉商事の歩隲さんの親戚なんだそうです。それであなたがあの連中に連れて行かれそうになったときそれを見ていて社に連絡をいれてくれたんですよ。あとでお礼を言っておいてください」
「ああ、もちろんだよ!」
「これから学校に戻りますか?そのままあなたの護衛につくよう言われているのでお待ちしますが」
「う〜ん、まだ午後の授業があるから・・・すまないけど、待っていてくれる?」
「わかりました」
そういって孫権を促して学校の方へ戻ろうとしたとき
「ちょっと待って。はい、これ」
孫権はポケットからハンカチを取り出し差し出した。
「手、血が出てるから、これで拭いてね。あんまり怪我しちゃダメだよ」
周泰はハンカチを受け取ると、無言でそれを見つめた。
「じゃあ、ボク行くね」
周泰は歩に声をかけて一緒に学校へと戻っていく孫権を見送った。
「仲謀さん・・・なんて優しい少年なんだ・・・・」
この日を堺に周泰は社長の孫策から孫権付きのボディガードとなった。
(終)
周泰はやっぱりここでもボディガードでした。
掲示板で孫権のGFの話があったので出してみました。
モテモテですね(笑)