事件の顛末(後編)
昼過ぎに、孫策の携帯が鳴った。
「おおい!策!!たた、た、たい、たいたいへんだっ!!」
孫堅からである。
「父上。落ち着いて。今どこにいるんだ?」
「え?あ?あん・・・?ここ、どこだ?」
「監禁されてるのか?」
「・・・・あ、そうみたいだけど。どこかなーここ。ホテルみたいだけど」
「縛られてはいないんだな。携帯もあるってことは」
「うん・・・て、そうじゃない、大変なんだ!」
「・・・公瑾が攫われたってことか?」
「なんだ、知ってたのか」
「昨夜、会社から公瑾を連れ出したのは父上か?」
「ん?んーーーなんのことかなーー??」
「とぼけんな。白状しろよ、写ってたんだよ。カメラに小細工までしやがって」
「そ、それは、だな・・・いろいろ事情があって・・・だな」
「詳しい話は後で聞く。部下を迎えにやるからおとなしくそこにいてくれ」
孫堅が孫策の前にバツが悪そうに現れたのは、それから30分後であった。
「・・・聞かせてもらおう」
昨夜、周瑜を連れ出した孫堅は、彼女を車に乗せたところで後ろから何者かに殴られ気を失ったと言う。
「だいたい、なんで公瑾を連れ出したんだ?」
「そ、それは・・・」
「なんだよ」
「うう・・・」
孫堅は急に孫策の前で土下座をした。
「すまん!策・・・袁術に頼まれたんだっ」
「なにぃ!?」
「いや正確には袁術のとこにいる公瑾の叔父からなんだが・・・」
「なんだよ、それ。どういうことだ?」
「先日、袁術との接待があってだな・・・その席で公瑾の叔父がな、公瑾の仕事が忙しすぎることについて文句を言ってきたんだ。まあ、酒も入ってたこともあって袁術がやけにそれについて指示してだな・・・」
孫堅はごにょごにょとだんだん小声になっていった。
「なんだよ、聞こえねえ!ちゃんと言えよ!」
「だ、だから・・・つまり、だな。公瑾を誘拐したと見せかけて、その・・・社長であるおまえに公瑾をもっと大事にするよう要求しよう、ってことに・・・」
「なんだ、それ。そんなこと、俺に直接言えばいいじゃないか!」
「以前も一度言ったことがあるぞ。だが結局公瑾の忙しさは変わらなかった。だからもっとインパクト与えないとダメだってことになってだな・・・」
孫策ははーーっ、とため息をついた。
「つまり、狂言誘拐を企てたというわけか」
「そ、そういうことなんだが・・・」
「そいつがどうやらホンモノになっちまったってことか・・・心当たりは?」
「まったくわからん・・・」
「この計画知ってたヤツは?」
「袁術、周異、張勳、王晟・・・くらいか」
「ん?王晟って・・・嘉興のか?」
「ああ。その接待の時一緒だった」
「・・・父上。その王晟に連絡取ってくれ」
「いいが・・・なんだ、ヤツが公瑾を横取りしたと?」
「王晟の嘉興工業はうちと取引があったんだが、ミスが多くて先月契約を打ち切ったところだ。その窓口を公瑾がやってたんだ」
「ふむ。逆恨みして・・・か?」
「ありえない話じゃない」
「わかった。連絡取ってみよう」
孫堅は孫策の元を去ろうとしたが、気になっていたことをひとつ聞き忘れていた。
「そういえば、誘拐犯から要求の連絡はあったのか?」
「いいや。あれっきりだ」
「・・・・そうか」
そこへまた部下が伝令にやってきた。
「社長、報告します」
「おぅ」
「しらみつぶしにここ一帯を洗い出したところ、不審な家を数件、ピックアップしました」
「よし、赤外線探知機を使ってさらに絞り込め」
「はっ!」
王晟に電話したはずの孫堅が孫策の元へ戻ってきた。
「どうだった?」
「それが、なんだか慌てた様子で急に切られたんだ。それ以降留守番電話になってしまってだな・・」
「あやしいよな」
「うむ・・・」
「銭銅、鄒他、おまえたちはそこを放棄して逃げろ」
「へっ?で、でも、いいんですかい?」
「なんだかバレてしまったようだ。この計画は失敗だ」
「ガ━━ΣΣ(゚Д゚;)━━ン!!」
王晟からの電話はそれっきり切れた。
「アニキ、どうしよう・・・逃げるっつってもさ〜〜この警戒の中動けないじゃん」
「バカ、もう人質もいねえんだから、俺たちにゃなんの嫌疑もないんだって。堂々としてろ」
「あ、そっか。俺たちが電話の主だってことさえバレなきゃOKなんだよね?」
「そういうことか〜なんだ、安心したらなんだか腹減っちゃったッス」
「そうだな、俺トイレいってくるわ」
鄒他がトイレに行っている間に、銭銅は携帯を取り出し、どこかへ電話をかけた。
「あ、東呉ピザ?ワイルドミックスピザのLサイズ、玉ねぎ抜きで・・・」
その途端。
ドカッ!バーン!!
ドカドカドカ・・・
「ん?なんだ?」
鄒他はトイレのドアを開けて部屋の廊下に出た途端、何者かに羽交い絞めにされた。
「ななな、なんだ?おおい!」
鄒他のまわりを、外を走り回っていた武装した男たちがぐるりと囲んでいた。
「アニキ〜〜」
同じく武装した男たちに捕まった銭銅は片手に携帯を持ったままだった。
鄒他はその携帯をみてすべて理解した。
「・・・!このバカ!あの女の携帯を使ったのか!」
「ちょっと腹減ってたんでピザを注文しようかと思って・・・」
ピザを注文するのに、自分の携帯ではなく周瑜の携帯を使ってしまったため、このあたり一帯をしらみつぶしに調べていた彼らに、携帯の電波をキャッチされ、居所を教えてしまったのである。
「バカ!バカバカバカバカバカ!」
「ぅえ〜〜ん」
2人の容疑者が逮捕されたと報告を受けてすぐ、孫策と一緒にいた孫堅の携帯が鳴った。
王晟からだった。
孫堅はスピーカーをオンにして電話の内容を孫策にも聞かせた。
「・・・・は?」
「ですから、周瑜さんは私が保護しております」
「保護?」
「ええ。何者かに拉致されようとしていたところを私がお助けした次第でして」
「・・・・」
その『何者か』である孫堅は無言でいた。
まさか自分が拉致しようとした彼女を横取りしただろう!ともいえず-
「・・は、はは・・・そ、そうでしたか・・・」
愛想笑いをしつつ、孫堅のはらわたは煮えくり返りそうだった。
「それで、公瑾はいまどこに?」
「今私と一緒におりますよ。ご自宅までお送りしようかと思いまして」
「・・・・」
孫堅は孫策をチラッと見た。
苦虫を噛み潰したよりも苦い、渋い表情であった。
その孫策は孫堅から電話を奪い取った。
「あんた、王晟か。孫策だ。あんたの手下はすでに捕まえたからな。今からあんたの家に公瑾を迎えに行く。そこから一歩も動くなよ」
孫策はドスのきいた声で言った。
電話口から小さくひぃっ、と悲鳴が聞こえた。
孫策は電話を孫堅に返すと、すぐに出かけた。
王晟はあわてた。
「どどどど、どうしよう、どうしようか・・・動くなっていったけど、このままじゃ孫策に半殺しにされる・・・」
そのとき彼の背後から声がした。
「いい方法がありますわよ」
王晟の家に向かう孫策の携帯が鳴った。
「!公瑾か?」
「はい、私です」
「お、おまえ・・・大丈夫なのか?怪我は?」
「はい、大丈夫です。どこもなんともありません」
「今までどうしていたんだ?」
「ずっと眠っていたみたいです」
「今王晟のところか?」
「はい。王晟さんの家の電話からかけています」
「今そっちに向かっているからな、待っていろ」
王晟の家の前に着くと、周瑜が立っていた。
「公瑾!」
孫策は周瑜に駆け寄り、抱きしめた。
「心配したぞ・・・!」
「すいません」
「王晟はどうした?」
「ここにはいません」
「何?」
「彼は自首しました」
周瑜は不敵に笑った。
「は?・・おまえが自首させたのか?」
「ええ。半殺しよりはマシだと・・・いえ、私も王晟さんに有利なように証言するから、と言いました。・・・もとはといえば私の叔父のせいなんですし」
「・・・・おまえは被害者なんだ。気にすることはない」
「王晟さんに事情はききました」
「・・・親父が一枚噛んでたらしいな」
「会長も被害者ですわ」
「どこが!おまえを攫おうとしたんだぞ?」
「袁術に脅迫されたからです。それに・・・叔父があんなことを愚痴ったのは、私のせいなんです。叔父があまりにもしつこいので仕事にかこつけて無視していたんです」
「・・・・なんでそんな」
「しつこく縁談を持ってくるので・・・」
「えっ・・・?!」
孫策はその言葉にショックを受けた。
王晟に雇われた銭銅と鄒他は誘拐未遂の罪で逮捕された。
王晟は、実はその二人が逮捕される前に警察に自首していた。
「実際には何の要求もしていないのだし、大した罪には問われないんだろうな」
そういう孫堅も今回のことで少々懲りたようで、王晟を訴えることはしないと言う。
しかし、周瑜を攫おうとしたことは事実であり、孫策に大きな借りを作ってしまった形になった。
「ところで、父上。公瑾を攫って、どんな要求するつもりだったんだ?」
「公瑾を定時で帰らせろ、って・・・」
「・・・なんだよそれ・・・」
「・・・で、な。実は二喬の父の喬玄からもおんなじよーな苦情がきておってだな・・・」
「わーった!そこは考慮する!もう二度とゴメンだ!」
それからしばらくして、秘書室の女の子たちの退社時間が夜9時までと制限が付けられた。
二喬たちは喜んだ。
しかし孫策は不安げだった。
周瑜の叔父が縁談を持ってくると聞いて、周瑜が早く家に帰ったらその当の叔父が周瑜になかば無理やり見合いをさせるかもしれない。
それを見抜いたかのように周瑜は言う。
「私は仕事が終わっても社長がお帰りになるまで社にいますよ」
孫策の顔がだらしなく緩むのを、孫堅は部屋の扉の影から見ていた。
(終)