Moon Time『月姫カクテル夜話』 

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[El Presidente]
 

「ふむ………もう、二月か」

「然様で御座いますな」

  私の呟きに、爺やが答える。

「そろそろ女性陣は、来るべき日に備えて準備をなさる頃かと」

「バレンタインデー、か?」

「然様で」

「………坊ちゃま、婆やからひとつ、お願いが御座いますが」

「………なんだ?」

  珍しい。いつも私を差し置いて色々企む婆やが。

「アルクェイド嬢ちゃまに会われたら、是非、お屋敷に来て下さるよう、頼んで貰えませんか?    老婆心ながら、婆やの方からもアドバイスしたいことが御座いましてな」

「………なるほどな」

  私との話からでしか無いが、婆やも婆やなりに彼女を気に入っている、と言うことか。

  確かに、純粋で素直で――魅力的な女性だからな。

  私がアドバイスするたびに、それを受け入れ、美しく、魅力的に磨かれていく。

  まるで――娘を育てているかのようだ。

「わかった。受け入れてくれるかどうかは判らないが、誘ってみよう」

「お頼みします」
 
 


















月姫カクテル夜話番外編

《St.Valentine’s Day》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Arcueid]
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「あら、アルクェイド様。ようこそお越し下さいました。………お待ち兼ねですよ?」

  お待ち兼ね、と言うのはエルの事だろう。

  いつも来ると一緒にお酒を飲み、色々教えて貰っているからだ。

「やっほー。今日も来たよー」

「これはこれは、アルクェイド様。いらっしゃいませ」

  『バーテンダー』がカウンターの向こうから声を掛けて来る。エルは………いつもの場所でいつものカクテルを飲んでいた。

「いつもどおり、ね?」

「ま、それが『常連』というものだからな」

  いつものように、すまして答え、私が来たから、本を閉じる。

  志貴も、こんなかっこいいオジサマになるかな?

  いや、この場合、『私が格好よくしてあげる』んだ。

  エルが言うには『漢はいい女によって磨かれ、いい漢に変わっていくものだ』だもん。

「いつもの」

  ぴし、と、指一本立てて言う。最近は、これで通るようになった。

  わたしも、これで常連ぽくなったかな?

  つい、と、コースターに乗ってカクテルが差し出される。

  エルと飲み出したころに造って貰ってから、最初は『これ』って決めてるカクテル。

  白の淑女(ホワイト・レディ)。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ホワイト・レディ『White Lady』★

  ホワイト・ペパーミント………1/2
  ホワイト・キュラソー………1/4
  レモン・ジュース………1/4

    シェークして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、さ」

「何かな?」

  いつも通りのスタンスで――席ふたつ分空けて――座りながら、聞いてみる。

「バレンタインデーってさ、志貴って、何したら喜んでくれるのかなぁ?」

「………ライバルが多いからな、君は」

  苦笑混じりに答えて来る。

  そう。ライバルは多い。
 

  以前と違って、エルに教えて貰ったように『無理に押し込まない』とか『ライバルの邪魔をしない』とか『志貴の都合を考えてから動く』とかを守っているから、志貴も結構私のことを気にしてくれるようになった。

  でも、シエルも妹もヒスコハも、あと、妹の後輩とか、志貴のクラスメイトのツインテールとか。

  ………レンも、考えとかなきゃ。

  ライバルいっぱいだし。
 

「まずは………先に予約してしまうことかな?」

「………予約?」

「そう。今なら、まだまだ2月が始まったばかりだから、二週間後のバレンタインデーの行動予定などほとんど立てていないだろう。志貴君自身にしても、他のライバルたちにしても。だから、あらかじめ、『バレンタインデーに、夜、この店に来て欲しい』と予定を入れさせておいたらいいだろう」

  ………そっか。

  前にもあったけど、予定の約束しておけば、多少のことが会っても約束守ろうとしてくれるもんね、志貴は。

  ………シエルの約束でほったらかしにされて、私がこの店にヤケ酒飲みに来たのが出会いだったんだよね。

「………場所は、これから見に行こう。この店の奥に、誂え向きの場所がある。場所を予約しておけば、更にいいだろう」

「………場所?」

「せっかくふたりっきりで大切な日を過ごせるのだ。素敵な雰囲気の場所でムードに浸るのも、悪くは無いだろう?」

  そう言って、席を発つ。

  カクテルを飲み干し、わたしも後に続く。

  そして、案内して貰った場所は――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Akiha]
 

「………こんなもの………かしら?」

「そうですね、結構うまくいきましたね」

  琥珀の言葉に、ようやく肩の力を抜く。

  兄さんのためのチョコレート。

「あとは………」

「冷めて固まるのを待って、ラッピング、ですね」

「そうね。………あなたたちは?    造らないの?」

「ええ。今年は、私も翡翠ちゃんも造らないことにしたんです。ですから、出来合いで間に合わせるんですよ?」

  ………何か企んでいそうだけれど、手作りとなるとどうしても琥珀には勝てない。

  まぁ、翡翠には勝てるとしても、そのことで兄さんに印象を悪くされても困るし。

「ですから、こうやって、ゆっくりお手伝い出来るんですよ」

  随分自然な笑顔になった琥珀。

  兄さんの所為か、あるいは………

「………けっこう、[MOON  TIME]の方に顔を出してるみたいだけど?」

「あはー」

  ごまかしているのか、ただ事実を突き付けられただけなのか。

  こんなときは、昔の『仮面の笑顔』を浮かべる。

「………ま、いいわ。とにかく、ありがとう、琥珀。これでようやく形になったわね」

「後は、あしたの朝を待つばかりですね」

「ええ、そうね」

「………早起きして下さるといいですね………」

  心なしか、笑顔が陰る。

「………琥珀?」

「やっぱり、造る方としては、時間がなくて、ただかき込んで食べるより、ゆっくりと味わって欲しいものですからねぇ」

  ほう、と、苦悩に満ちた溜め息を吐く。

「………そうね」

  私も、食後のティータイムぐらい一緒にいて欲しいし。

  まったく――あのネボスケは。

「それに、時間がたっぷりあれば、色々とお出し出来ますし」

「………まったくね」

  二人、顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

「で、兄さん、大丈夫かしら?」

「夜にアルクェイド様とお店の方で会う約束をされていたようですけれど………」

「………なんですって?」

  自分でも髪が紅くなっていくのがわかる。

「門限までには必ず帰るから、と、念押しされましたから、大丈夫でしょう。最近は、夜遅い場合は必ず事前に連絡して下さるようになりましたし」

「それは………そうね」

  出たっきりの鉄砲玉――あるいは糸の切れた凧――のように、ふらふらしていることが少なくなった。

  まぁ、それでも何か事件があると首を突っ込まずにはいられない性分だから、夏の『吸血鬼騒ぎ』の時も結構、夜遅くに出歩いていたみたいだったし。

  [MOON  TIME]関係でも結構『戦力』として扱われているみたいだから、時々お店の方から兄さんに力を貸して貰っているようなことの連絡が入るときもあるし。

「夕食は食べてから行かれるそうですから、たいして時間は掛からないんじゃないでしょうか?    私ほどじゃないにせよ、結構お店の方に顔を出しておられるようですからね」

「………あなたね」

  ――私ほどじゃないにせよ、って、どのくらいの頻度で店の方に行っているのかしら?

  ここから歩いて30分ほどは掛かるのに。

「………どうやってお店の方に行っているのかしら?    琥珀は?」

「あぁ、それでしたら、お店のウェイトレスさんとなかよしさんですから、電話して送り迎えしてもらってますよ?」

「……………………………………………………」

  琥珀ってば………

「片道5分ぐらいですから、夜の見回りの後なんかにチョコチョコっと寄って、軽くお話しして、帰って来る程度ですね。まぁ、一時間も掛からない程度ですから」

「……………………………………………………」

  琥珀のプライベートに踏み込む心算も無いし、琥珀の自由時間だからとやかく言う権利も無いけれど………
 
 

  ………兄さんと二人で出掛けていないだけましとしましょう。

  ………ええ。
 
 

  ………とりあえずの自己完結を終えると、冷めて固まったチョコのラッピングに取り掛かった。

「………秋葉様、その、こちらの小さめのチョコは?」

「ああ――そっちは義理よ。お世話になった方に贈らないのは失礼に当たるでしょう?」

「それは………そうでしょうけれども。………それで、どなたに贈られるんですか?」

  ネタを見付けたとばかりの含むもののある笑みで聞いてくる。

「………[MOON  TIME]のオーナーを始めとするスタッフの方々よ。以前、兄さんと二人で出掛けたときにお世話になった『ミレニアム』の………『ブラックドッグ』さんと『セヴンスヘヴン』さんと『パーペチュアル』さん、あと『バーテンダー』さんと、『レッド=アイ』さんと………」

  ………そう、兄さんとふたりで出掛けた『ランドスケープ・フェア』の時に。

  兄さんとふたりっきりの………あまい………思い出すだけで幸せな気持ちになる素敵な時間を過ごせた夜の。

  舞台セッティングや雰囲気造りに協力してくれた人達だから、こういうときぐらいはお礼をしなくちゃ。

「なるほど………」

  くすくす笑いながら片付けを始める琥珀。

  ………ま、いいわ。
 
 

  そう、手作りチョコで兄さんの『はぁと』を!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Kohaku]
 

「もうすぐバレンタインデーよね?」

「そうですね」

  もう恒例となった………日課にも近い、常連になりつつあるこの時間。

  いつものようにチェリーさんに電話を掛けて迎えに来てもらって、軽くお喋りしながらのCocktail Time。

「でさ、琥珀ちゃんは志貴くんにチョコ作るの?」

「そうですねー。そのつもりですけど?」

  チェリーさんが、実はアルクェイドさんよりも歳上――実年齢900歳以上――だと聞いてから、こう呼ばれるのも違和感がなくなりました。

  外見こそ年下でも実際、色々相談に乗ってくれるお姉さんのような感じになったチェリーさんを相手に、時には肩を並べて、時にはカウンターを挟んで、その時々にカクテルを作って貰いながらお喋りをするようになってから、だいぶ経ちました。

「………それじゃ、翡翠ちゃんは?」

「えーと、私が作るのを手伝うつもりですけど?」

「………琥珀ちゃん、お料理が上手って言っても、ただたんに『手作り』だけだと、ライバル多いでしょ?    秋葉ちゃんも『私も作る』とか言い出しそうだしね」

「………あはー」

  そう言えば、そうでした。

  秋葉様も『手作りのチョコを兄さんにプレゼントする』と息巻いておられましたし。

  シエルさんは………カレーチョコでしょうか?

  目下、謎なのがアルクェイドさんですけれど、現段階でこのお店で待ち合わせを志貴さんに約束されているあたり、何か考えておられるのでしょうか?

「………そう言えば、チョコレートのカクテルって、あるんですか?」

「結構あるわよ?」

  即答されました。

「まんまそのものでよければ――『クレーム・ド・カカオ』に『カカオ・リキュール』に『ショコラ・ロワイヤル』に『ゴディバ』に『モーツァルト・チョコレート・クリーム・リキュール』に………」

「……………………………………………………」

  言いながら、カウンターの内側やバック・バーの棚からボトルを取り出してカウンターに並べていきます。

「………色々あるんですね………」

「ま、ね。ここからカクテルを作るとなると、更に増えるわよ?」

  当然のことながらね?    と。

「……………………………………………………」

  ちょっと、唖然とします。

「えーとね………」

  メイド服のエプロン――の内ポケット――から手帳を取り出すと、ぱらぱらと捲り、
 

「いい?    えっと、チョコレート系の名前のカクテルなら………

『ショコラ』

『ショコラ・オー・ドゥ・バルファン』

『チョコレート・カクテル』

『チョコレート・ソルジャー』

『チョコレート・パンチ』

『チョコレート・フリップ』

『チョコレート・マティーニ』

『チョコレート・アーモンド』

『チョコレート・キッス』

『チョコレート・コーヒー』

『チョコレート・スイン』

『チョコレート・デイジー』

『チョコレート・トーネイドゥ』

『チョコレート・バナナ』

『チョコレート・フリップ』

『チョコレート・ミルク・シェーク』

『チョコレート・ミント』

『チョコレート・ラム』

『ココア・リッキー』

………ってところかな?    名前の途中に『チョコ』が付くのは、ちょっと書き込んで無いけど」
 

「……………………………………………………」

  ………すごい数です。

  それ以前に、そういったものを手帳にメモしておくのもすごいと思いますし。

「まぁ、毎年のことだからね、このイベントも。だから、この時期用に、メモった手帳を持ってるだけよ?」

  需要が高いからね、と。

「………だもんだから、あたしたちウェイトレスが常連のお客様に出すのもこの中からって事が多いかな?    『義理チョコ・カクテル』ってね?」

  どうよ?    と、胸を張って。

「でさ、琥珀ちゃん、ものは相談なんだけど………」

「?    なんでしょうか?」

「ただ手作りだけじゃなくてさ、ちょっと一捻りしてみない?」

「ひとひねり?」

「うん。志貴君が呑みに来た時に聞いたんだけどね、昔はちょくちょく『一服盛って』たらしいじゃない?    だからさ、迂闊にイベントで『手作り』となると警戒されない?」
 
 

  ………確かに。

  危惧している要素ではあります。

  それは、翡翠ちゃんの作る料理が『味音痴』であることと同じくらいに。
 
 

「だからさ、警戒心を解くためにもね、封の切っていない『チョコレート・リキュール』でさ……………………………………………………ね?」

「あはー……………………………………………………そんなことが?」

「………そ。あたしが2年前に御主人様にやった手だけどね」

  それは………確かに、すごい手です。

「翡翠ちゃんとふたりでやれば、挟み撃ちになって逃げられないでしょ?」

「そうですね。………でも、出来る時間帯が限られて来ますよ?」

「午前零時を過ぎれば日付は変わるわ。『機先を制す』ってね?」

  なるほどー。

  それは、いいアイデアですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Hisui]
 

「………と、言う訳で、買ってきちゃいましたー。あはー」

「………姉さん」

  また、この人は。

  何をやるにしても、どんどん独りで企んで状況を進めて行くのだから。

「………志貴様がお休みになっていた場合は、どうされる心算ですか?」

  一度寝付くとそう滅多なことでは眼を覚まさない志貴様。

  ………だから、いつもその、彫像のように美しい寝顔を拝見出来るのですが。

「あはー。だから、お夕食に一服盛りますよー」

「………志貴様はそれでよいとしても、秋葉様の問題もあります」

「当然、一服盛りますよー。あはー」

「……………………………………………………」

  全く。

「秋葉様は手作りされるとおっしゃってましたから、その時間は危険なのでは?」

「大丈夫ですよー。そのための『秘薬』もいただいてきましたし」

  ………お店の方とそこまで仲良くなったのでしょうか。

「………志貴様と秋葉様はそれでいいとしましょう。しかし、レンさんはどうされるのですか?」

  何よりも問題なのは、志貴様と『契約』を交わされた『使い魔』のレンさん。

  『猫』であることを最大に利用して、志貴様の布団の上で寝ていたり、膝の上で寝ていたり、抱っこしてもらったり………

  ………うらやましい。

「あはー。レンちゃんに関しても、『秘密兵器』を借りてきましたからー」

「……………………………………………………」

  ――何から何まで。

「………わかりました」

「………ちゃーんと、からだじゅうすみずみまできれいにしてー」

「……………………………………………………」

「しょーぶぱんつでー」

「……………………………………………………」

「ころんもふりかけてー」

「……………………………………………………」

  どうして、こんなにうれしそうなのだろう。

  私なんて………作戦を聞いただけでドキドキしているというのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Arcueid]
 
 

「やっほー。しーきー」

  学校へ行く志貴をつかまえると………いつものようにシエルがくっついていた。

「………朝っぱらから何の用ですか、このアーパー吸血鬼」

「あ、シエルには用は無いわ。ねぇ、志貴、2月14日って、予定、まだ無いよね?」

「………いきなりだな、おまえも」

  アッケに取られて答える志貴。

「まぁ、まだ何の予定も無いけど?」

「じゃあさ、夜でいいから、“お店”の方に来てくれないかな?」

「“店”って………[MOON  TIME]のことか?」

「そ。………だめかな?」

  ちょっと不安になったり。

「………わかった。時間は?」

「夜………そうね、志貴が晩ごはん食べた後ぐらいで。どうかな?」

「………まぁ、その時間帯なら何とか都合付けて出て来るよ」

  シエルがすごい顔をして睨んでいるけど、そんな事は気にならない。
 

  ――君はあくまでも提案するだけのスタンスを取ること。そして、決断は志貴君自身にさせること。
 

  ………だよね?    エル。

「そんなに遅くに出て越させてどうする心算ですか?」

「………シエルはバレンタインデーにチョコ渡さないの?」

  ………ひょっとして、シエルって、バレンタインデーのことを知らないのかな?

「……………………………………………………って、ああ!?」

  志貴が吃驚した声を上げる。

「………アルク、門限までには帰れるようにさせてくれるか?」

「うん。妹もヒスコハもいるもんね」

「助かる」

  ほっとした顔になる志貴。
 

  ――大切にしたい人が多いほど、すべてに対して『いなくなったらどうしよう?』という恐怖を覚えるものだ。
 

  ………うーん。わたしには志貴が一番大切なんだけど、志貴が大切だって考えるなら、妹やヒスコハの事も考えてあげなくちゃ、ね?

「多分、レンもチョコ渡そうとすると思うから、ちゃんと受け取ってあげてよね?」

「………ああ、わかってる」

「……………………………………………………」

  ふふん、シエル、ものすごく驚いてる。

「………シエルのは、捨てちゃっていいから」

「なんでですかっ!?」

「………おいおい」

「………なーんて、ね?    志貴、わたしが聞いた言葉だけどね」

  言い置いて、続ける。
 

「『誰をも大切にしたいなら、誰をも大切にできるだけの器を持っていなさい』だって」
 

「……………………………………………………アルク?」

「だから………わたしのことも大切にしてよね?」

「………ああ、そうだな。お前を殺した責任は取らなくちゃな」

  照れ臭そうに言ってくれる志貴。

「志貴ぃ………だーいすき(はぁと)♪」

  そのままぎゅっ、て抱き締めて、すぐに離れる。

「おわっ。あ、アルク!?」

「こン………ンのォ………!!」

  さて、ここらが引き時かな?

「じゃ、ね?    約束忘れないでよー?」

  そのまま離れる。
 
 

  あとから………

  ………シエルの雄叫びが聞こえて来た。

  後は、練習あるのみ。

  うん。がんばるぞー。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Satsuki]
 

「………よし。出来た」

  ハート型のチョコ。

  真ん中にはホワイトチョコで『LOVE』の文字。

「………ここはオーソドックスに、スタンダードに」

  そう。

  奇をてらった物より、安心出来るスタンダードを。

「………こういうときに、あのお店でバイトしててよかったなー、とか思っちゃうよね」

  うん。

  遠野君が会員のBar[MOON  TIME]

  色々ないきさつで、ウェイトレスのバイトをするようになってから、遠野君とも近付けたし。

  なにより、ライバルの情報がほとんど筒抜けだって言うのが強い。

  お料理に関しても、他のウェイトレスの先輩たちに教わったり。

  遠野君の個人情報をスタッフ権限で覗き見たり。

  ――いいバイト先よね。

  ………時々、危険なことをさせられるけど、そんなときは遠野君もかかわってくれたりするし。

  ――殺されたもんね、一度は。

  遠野君。

  ――後は、クラスメイトであるという状況を利用して。

「うん。がんばらなくちゃ」

  さあ、あしたの朝までに――

  ――どんな渡し方をするか、考えないとっ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Ciel]
 

「迂闊………でした」

「………うーん。分が悪い、っていったら、とことん分が悪いよ、あんたも」

  ヨランダと並んでカクテルグラスを傾ける。

「お店の『席』を予約しようにも………」

「うん。遅かった」

  聞けば、あのアーパー吸血鬼は2月入ってすぐに予約したらしい。

  その辺りにさっき、ヨランダの案内で連れて行ってもらったが、もお、どうにも『負けました』としか言葉が出ない。

「女の子の勝負時だからね。クリスマスは男の勝負時って感じが強いけどさ」

  あと、来月のホワイトデーもそうか、と続けるヨランダを横に、己の迂闊さに潰されそうになる。

「でもさ、おんなじ学校に通ってる『先輩』なら、それ相応のやりかたってモノがあるんじゃない?」

「……………………………………………………しかし」

「迂闊に奇をてらうよりもさ、ベーシックなやりかたで安心させたげるってのも手だよ」

「……………………………………………………」

「先輩なんだろ?    一緒に学校に行ってるのなら、待ち合わせ場所で『はい』って手渡すのがオーソドックスなんじゃないか?    変に作戦練って追い詰めるよりかは、長い目で見てスタンスを合わせて行ける方がいいと思うけどね」

「……………………………………………………」

「その時は『勝った』とか思っても、結果的に選ばれなくなったら無意味だろうし、さ」

「……………………………………………………」

  いろいろ助言してくれる。

  それは………ありがたいのだけれど。

「『当たり前のようにそばにいる関係』ってのが、実は一番なんじゃないかな?    あの志貴ってボーヤには」

「……………………………………………………ええ。そう………ですね」

  よし。

  落ち込んでても仕方がない。

  出遅れたなら、出遅れたなりになんとかしましょう。

  そうと決まれば………

「――秘伝のレシピって、あります?」

「当然。――まかせなさい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Arcueid]
 

「ようこそいらっしゃいました。アルクェイド嬢ちゃま」

「おっじゃまっしまーす」

  ――場所は確保した。

[MOON  TIME]って、あんな素敵な場所もあったんだ。

  その後、エルが「婆やに会ってくれ」って言うから、エルの所に来たんだけど。

  志貴の家みたいな大きな屋敷だった。

  出て来たのは、腰の曲がった、しわくちゃのおばあちゃん。

  でも、結構元気でシャキシャキした動き。

  そのまま、客間に通され、お茶が出される。

「さて、坊ちゃまからお聞きかと存じますが」

「………坊ちゃま?」

「………私のことだ」

「………エル?    エルって坊ちゃま?」

  何か………苦そうな顔をしてる。

  お紅茶苦いのかな?    こんなに美味しいのに。

  婆やは婆やでくすくす笑ってるし。

「バレンタインデーに、意中の殿方と過ごされるとか」

「うん。………でも、お店に予約しただけなんだけどね、まだ」

「それでよう御座います。ですが、チョコレートはどうされます?」

「あ。………うーん」

  考えてなかったや。

「宜しければ………この婆やと一緒に練習されますか?」

「………練習?」

「はい」

「チョコレート作るの、手伝ってくれるの?」

「はい。とは申しましても、実際にアルクェイド嬢ちゃまがお作りしなければ、嬢ちゃまの意中の殿方に心には届かないでしょうけれども」

「うーん。作った事無いから………」

「ですから、練習しましょう。今からなら、10日以上ありますから………じゅうぶん、間に合いますよ」

「でも………いいの?」

「その為に、坊ちゃまにお願いして、嬢ちゃまにお越し戴いたのですよ?」

  そっか。

  エルだけじゃなくて、エルの婆やさんも手伝ってくれるんだ。

「じゃあ、おねがいね」

「はい」

  婆やさんがにっこり笑う。
 
 

  ――そして、今までになかった『苦難』が始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Swy-Swy-Swim]
 

  スイム―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――(水夢驚愕擬音)!!!!
 

  オレは………マウントポジションを取られていた。

  相手は『マヤ』

  オレの――オレ専用の『ロリツインテールネコミミネコシッポデカリボンイモウトメイド』

  マウントポジションに騎られている。

  騎られているのであるっ!
 
 

  時は2月14日。

  世間様では「バレンタインデー」と称する日。

  御菓子産業に躍らされた頭の悪い小娘共が意味もなくチョコをバラ撒く日。
 
 

  そう、考えていた。

  ついさっきまでは。
 
 

  しかし――

  しかし――今日は――オレも貰える側になった。
 
 

  それが――

  ――それがこの――有り様。
 
 

「な………なにするロリ(語尾)?」

「えへへへへ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。お、に、い、ちゃ、ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」

  艶っぽい『女』の笑みを浮かべて、オレの動きを封じる。

  そして、手に持った小さなハート型のチョコを口に咥えると――
 
 

  スイム―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――(水夢“超弩級”萌死擬音)!!!!!!!!!!!!
 
 

(………ここから先はえろえろのよーですので、検閲により削除します)

(………悪しからず、0.1秒以内に御了承下さいませ)
 
 

「も………萌え尽きたぜ………」

「萌え尽きて………真っ白だぜ………」
 
 

『ロリツインテールネコミミネコシッポデカリボンイモウトメイド』マンセー!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Hisui]
 

「翡翠ちゃん、用意はいい?」

「………ええ、姉さん」

  先程、秋葉様が床に就かれました。

  姉さんの話では、遅効性かつ強力な睡眠導入剤を盛ったとかで、朝まで「側で爆発に巻き込まれても起きて来ない」そうです。

  流石は人外魔境だけあるわー、と、嬉しそうに笑う姉さん。

  ――私は、これからのことにドキドキして、心臓が破裂しそうです。

  ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――ボーン――………

  広間の時計が、午前零時を鳴らしました。

  日付が変わり………バレンタインデー当日になった、と言うことです。

「さ、翡翠ちゃん、行くわよー?」

  ………志貴様。

「………今、参ります」
 
 

  コンコン――

「志貴さんー、起きていらっしゃいますかー?」

  あくまでも、いつものままで。

「あ?    琥珀さん?    どうしたの?    こんな夜更けに?」

  かちゃ、と、ドアを開けて志貴様が顔を覗かれます。

  起きていらっしゃいました。

  流石は、一服盛られているだけあります。

「はい、志貴さん。バレンタインデーですよー。誰よりも早く渡したくて、お邪魔しちゃいましたー」

  あはー、と、いつもの笑いを浮かべて。

「お部屋の中に入ってもいーですかー?」

「あ、うん。………いいよ、入って」

  そう言って、部屋の中に通して下さいます。

  ………幾分、警戒されているようです。

  無理もありません。

  相手はあの――妹である私が口にするのもはばかられる話ですが――割烹着の悪魔ですから。

「はい、志貴さん。バレンタインデーですので――チョコレートリキュールですよー」

「………琥珀さん………今年は作らなかったの?」

「はい。翡翠ちゃんも、[MOON  TIME]で見てもらったチョコレートリキュールです」

「………そっか」

  いきなり、肩の力を抜いて安心したような表情を浮かべられました。

  ――ほら、ご覧なさい。

  姉さんが意味もなく『一服盛る』から、志貴様は、過剰に警戒されておられます。

「いや、ありがとう。琥珀さん。翡翠」

「いえ、その………志貴様のためでしたら………」

「あはー」

  姉さんに買ってきてもらった――正確には、何の断りもなしに買ってこられた――チョコレートリキュールを手渡します。

  志貴様は、包装のシールの部分に目を凝らし――

  安堵したように息を吐かれました。

「?」

  あーよかったー、未開封だから大丈夫だ………と。

  ――なんだか危険なことを考えておられましたか?

  ――危険なのは

  ――本当に危険なのは、これからです。

「志貴さん………そろそろですねー?」

「?    琥珀さん、何が………!?」

  いきなり、グラリ、と蹌踉けて………

  そのままベッドに尻餅をつかれます。

「あはー。効いてきたようですねー」

「姉さん、その科白はまるっきり悪役です」

「………琥珀………さん?    一体何を?」

  ちゃ、と、グラスを二つ取り出すと、

「さ、翡翠ちゃん?」

「………はい。では………」

  私はグラスをひとつ受け取り、志貴様にプレゼントしたゴディバのチョコレートリキュールの封を開け、一口分、グラスに注ぎます。

「翡翠………?」

  がし、と、姉さんが志貴様を後ろから羽交い締めにし――

「こ、琥珀さん!?」

  グラスのリキュールを、私は口に含み――

「………って、翡翠………!    もしかして………!?」

  ――理解されたようです。

  でも――もう、遅いです。志貴様。

  私も、覚悟を決めました。

  ですから………志貴様もお覚悟を。

「……………………………………………………んんっっ!?」

  そのまま、口移しにリキュールを志貴様に。

「んっ………く。んんっ………」

「………んっ。んはっ」

  ぷは、と、二人、息を吐きます。

  口元に流れた滴も、ペロリ、と、なめとります。

「………ひす………い………」

  アルコール度数は高めです。幾ら量が少ないとは言え、回りは早いでしょう。

「翡翠ちゃん、次は、私の番ね?」

「はい、姉さん」

  姉さんと場所を入れ替わり、倒れないように後ろから志貴様を支えます。

「志貴様………」

「ふあ………こ、こはく………さん?」

「んっ………」

「んーっ!?」

  ――ああ、姉さん。

  ――そんなに沢山………

「んっ………んんっっ………」

「んふっ………んっ………」

  ………見ている方が酔っ払いそうな量を………

「「………っぷはぁ………」」

  ぺろ、と、零れた滴をなめ取り………

「さて、志貴さん?    バレンタインデーは、始まったばかりですよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Akiha]
 

「おはようございます、兄さん。………今日は早起きですね」

「あ、ああ。おはよう、秋葉」
 
 

  ――さあ、いまこそ!
 
 

「はい。バレンタインデーですから………」

  あ………しまった。

  ………ちょっと、素っ気無さ過ぎたかな?

「秋葉………お前………」

「とっ、とにかく、渡しましたから………」

「いや。――手、大丈夫か?」
 

  作る途中に失敗した時の火傷の跡。
 

  その手を、優しく包み込みながら言ってくれる兄さん。

「え、ええ。大丈夫です。大したことじゃ………」

「………ありがとうな、秋葉」
 
 

  ………夢………みたい。
 

  兄さんが――
 

  兄さんが――
 

  私の手を撫でながら、優しく微笑んでくれるなんて!

「それと、ちゃんと医者に行けよ?    跡に残ったら大変だからな?」

「………はい!」
 

  よかった。

  兄さん、喜んでくれた。

  さて――

  後は――
 

  お世話になった人達に、放課後にも渡しに行こう。

「琥珀、支度を」

「………はい」

  ふふん。
 

  ――勝った!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Satsuki]
 

「おはよう、遠野君」

「あ、弓塚さん、おはよう」

「はい、遠野君。これ」
 

  ――さりげなく渡す。そして、さりげなく言い放つ。
 

「本命だから」
 

「………って?」

「おー、弓塚。よかったな、やっとこ渡せたのかよ?    お前も長いこと遠野のこと想ってたもんなー」

  いつもは減らしてほしいと思う乾君の軽口も、この時は天の助けに思えた。

「………有彦、お前な!?」

「はっはっは。いつでも俺はお前のことを見ているぞー?」

  さわやかに笑いながら席に着く乾君。

「……………………………………………………えへへ」

「………ありがとう、弓塚さん」

  うん。

  よかった。

「でさ、さつき。義理チョコは?」

「なし。本命一本に絞ったから」

  きっぱりと言い切る。

「遠野、しっかり応えてやれよー?」

「………有彦ぉぉぉ………」

  うん。

  まずは、つかみはおっけー。

  少しずつ、近付いて行くから。

  待っててね、遠野君。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Arihiko]
 

「あ、遠野君、乾君。こっちですよ?」

「よっす、シエル先輩」

  時間は昼休み。

  俺たちはいつものように食堂に繰り出していた。

  遠野は最近、弁当持参で食堂に来ているが、俺はと言えばいつものように学食だ。

「はい、遠野君、乾君も」

  シエル先輩が………ハート型の包みを。

「あ、バレンタインデーっすか?」

「ええ」

  やりぃ!

「開けてもいっすか?」

「どうぞ。食べちゃってくださいな」

「んじゃ……………………………………………………って」

  ――ハート型のカレーパン。

「遠野………おまえのは?」

「一緒だろ?」

  開けて確認するが、ハート型のカレーパン。

  ――シエル先輩らしい。

  ――思いっきり。

「先輩、ありがたくいただきます」

「はい。自信作ですから、味わって食べて下さいね」

  確かに。

  チョコが隠し味として効いちゃいるんだが。

  何かなぁ………

  ま、これもシエル先輩なりの愛情なんだろう。
 
 

  と――
 
 

「………乾有彦?」

  横合いから、声が掛かった。

  ダークグリーンのタイトなスーツを格好良く着こなした、ミラーシェードの女。

  美しい、と言うよりは格好いいとか、宝塚的の男役な雰囲気を持ち合わせている。
 

  って、この女………
 

「………『ドラゴン・レディ』………?    なにしに来たんだよ?」

  珍しい。と言うか、“店”の外で合うなんざ、初めてじゃねぇか?

「今日が何の日か知っているな?」

「………おい………まさか………?」

「受け取れ」

  有無を言わせず押し付けてくる。
 

  ――直径五十センチ、厚み4センチはあろうかという、ずっしりとした重量の――

  ――チョコ。
 

「それと、もうひとつ。………滅多に無いことだから、喜んで味わえ」

「………ンな?」

  言うなり――

  俺の襟首をつかんで――

  そのまま――
 
 

  唇を――奪われた。
 
 

  ――頭の中が、真っ白になる。

「乾有彦。もっと、いい男になれ。………じゃあな」

  そう言って、ミラーシェードを外す。
 

  おおぉー。
 

  周囲からどよめきが沸き起こる。

  そこには『格好いい女』がいた。
 

「………なんだったんだ?」
 

  カツカツとヒールを鳴らしながら立ち去る『ドラゴン・レディ』の背中に、ポツリと呟いてみる。

「………チョコを渡しに来たんじゃないのか?    有彦、女遊びもほどほどにな?」

「お前ほどじゃねーよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Shiki]
 

「………なんか、校門のところが騒がしいな」

  嫌な予感がする。

  大体、アルクとシエル先輩が顔を合わせるとろくなことにならない。

  今日の待ち合わせは夜だし、そのこともちゃんと覚えてるし。

  ブッキングしないように、気を付けてもいたし。

「遠野ー、お前に客だってよ。校門のところ」

「………わかった。今行く」
 

  アルクか。

  まったく、しょうがない。
 

「学校には来るなって言って……………………………………………………って………ツァリーヌさん?」

「あの………迷惑、でしたか?」

  いや、そんな可愛く上目遣いされると………

「いや、ごめん。人違いだった」

「そう、ですか。はい、これ。その………バレンタインデーですから」

  手渡された、可愛らしいラッピング。

「………その為に、わざわざ?」

「はい。………やっぱり、迷惑でしたか?」

「いや、そんな事ない。嬉しいよ、うん」

  意外だ。

  お店の外で会うなんて。

  ローブ姿の“店”の中と違って、アースカラーのコートがよく似合っている。

  相変わらず、髪の先っちょにはおっきなリボンだけど、それがまた可愛いし。

「よかった………」

  はにかんだ笑みを浮かべる。

  歳上のお姉さんなのに、妙に初々しい可愛さがあるんだよな、この人は。

「じゃあ………また、“お店”で」

「うん。また」

  そう言うと、彼女は待たせてあった車に乗り込んだ。

  運転席には“店”の中で何度か見た白衣姿の女性が。

  俺は、走り去る車に軽く手を振ると、そのまま家路をたどった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Red-Eye]
 

「オーケイ。状況を認識しよう」

  呻きながら、目の前の事態を認識しようと務める。

  目の前にはチェリー。

  彼女は『セブンスヘブン=ミレニアム』の従僕たる魂魄封入型の錬金自動人形(アルケマトン)。

  彼女はいい。この店のウェイトレスのひとりだ。

  しかし、その後ろで目尻に涙を浮かべてフルフル震えている愛らしい少女は………

「………秋葉君………か?」

「良く判ったわね。正解よ?」

「………何をしたらこうなるのか、説明してくれるか?    スペシャル・メンバーの縁者に危害を加えたとなると、封印処分では済まないぞ」

  呻く。

「チェリー、君の主は?」

「はーい。さっきお仕事で出て行かれましたー」

「……………………………………………………まったく」

  以前、『ランドスケープ・フェア』で会ったときの凛々しさがかけら程も無い。
 
 

  ――ロリ秋葉――
 

  なぜか、そんな単語が頭をよぎる。

「あっ………あのっ………」

「ん?    どうしたのかな?」

  膝をつき、腰を落とし、視線の高さを同じにする。

  怖がる子供には、まず、視線を合わせることが必要だ。

「………ハイ」

  差し出してくる、手作りのラッピング。

「――チョコレート?」

「うん」

「私に………くれるのかい?」

「うん」

「……………………………………………………」
 

  ――なんて事だ。

  ――このために、わざわざ来てくれたのか?
 

「ありがとう。おいしくいただくよ」

  途端――

  ぱあっ、と、花が咲いたように笑顔を浮かべる。
 
 
 
 
 
 
 

「さて、どうしたものか」

  テーブルに着いて――無論、ロリ秋葉も一緒のテーブルだ――考える。

  チェリーは『バーテンダー』に呼び出されて“奥”に引っ込んだ。

  目下、ロリ秋葉の相手は私とヴァイオレットが務めている。

「状況から察するに………『魔酒(エリキシル)』でしょうね」

「それ以外に考えられんぞ」

  どの種類か、によって対処方法が異なる。

『ヴァンパイア・キラー』などなら、ただの酒と同質なので「酔いが醒めるのを待てばいい」が、中には儀式によって解呪しなければ効果が永続するタチの悪い物も多くあると言う。

「………おにいちゃん、おねえちゃん、どうしたの?」

「……………………………………………………かわいいな」

「ま……………………………………………………」

  とにかく。

「原因が分かるまで、相手しているしかない、か?」

「そうですね」

  それも、ありかな?

  そう、考えていると――

「原因が判明しました。試してみたようですな」

「試した………って、何をだ?」

  “奥”から現れた『バーテンダー』が、苦笑混じりに応える。

「『若さの泉』です。この酒の効果は一時的なものですから、そのままお帰ししても問題ないでしょう」

「そうか」
 

  よかったような、いまひとつ残念なような。
 

「ともあれ、秋葉ちゃん、志貴お兄ちゃんのところへ帰ろうか?」

「うん!」

  そのままぴとっ、と、しがみついてくる。

「?」

「だっこ!」

「……………………………………………………ぶっふ」

  ――死ぬわ。まったく。
 
 

「――秋葉?」

「あ、おにいちゃんだ。おにーちゃーん」

  学校から帰る途中の志貴少年を見付けた。

  やはり、吃驚している。

  まぁ、仕方あるまい。

  見た目には――児童誘拐犯に間違われても仕方がないからな。

  お姫様抱っこでロリ秋葉を運ぶ姿は。
 
 

「つまりな――」

「――なるほど。夜には元に戻ると?」

「らしい。確かめた訳ではないし、オーナーもいなかったのでね」

「うーん。いつ頃戻るかは判りますか?」

「『バーテンダー』の話だと、彼女の体質から日付が変わる頃になるだろう、と」

「………そうですか」

  何やら、ほっとした気配を見せる。

「今夜の待ち合わせかね?」

「………どこでそれを?」

「有名人だからな、君は。オーナーお気に入りの『初代』となると」

「……………………………………………………」

  まぁ、私自身も『アヤカシ』の『初代』ではあるがね。

  そのまま志貴少年にロリ秋葉を渡し(無論、抱っこさせた)、私は店に戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Shiki]
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「あら、志貴様。アルクェイド様がお待ちですよ」

「ああ」

  そのまま、案内してくれるウェイトレスについていく。

  案内された先は「ムーンガーデン」。

  全天井ガラス――いや、水晶か?

  夜空が見えるオープンテラス風のエリア。

  屋外風に見えるが、巨大な温室のように周囲が覆われている。

  しかも、パーティションが背丈以上の植え込みで囲われているので、それぞれの邪魔をすることもない。

  ――アルクも、よくこんなところを知っていたな。

「こちらです。――では、ごゆっくり」

  通路を退出して行くウェイトレスを見送ると、植え込みで造られたパーティションを曲がる。
 
 

  と――
 
 

「あ、志貴。お帰りなさい。おつかれさま」
 
 

  その光景に――

  俺は――またしても――アルクに心を――魂を鷲掴みにされた。
 
 

  シックなガーデン・テラス――

  パーティションの中央には小さめの円形のガーデンテーブル――

  向かい合わせに椅子がふたつ――

  傍らには簡易のキッチン――

  足下から仄かに照らし出す柔らかな色合いの玻璃燈(ランプ)――

  テーブルの上に置かれた、三日月型のキャンドル・スタンド――

  空には、満月――

  ムーン・ライトとキャンドル・ライトに照らし出されたアルクは――

  ロアの記憶で垣間見た姿とは別種の美しさを醸し出していた――
 
 

「あ、ああ。………ただいま、アルク」

「うん。おかえりなさい」

  そのまま、テーブルに歩みを進める。
 
 

  アルクは、いつもの白のセーターに紫のスカートではなく――

  襟刳りの大きく開いたクリーム色のトレーナーに、薄いベージュのスラックス。

  そのうえに、パステルグリーンのエプロン。

  胸元には、ふたつ寄り添うハートマークの縫い取り。

  テーブルには、チョコレートケーキと紅茶のポット。

  なんか――

  これって――
 
 

  ――夫の帰りを待っていた若奥様みたいだ――
 
 

「志貴………約束守ってくれて、ありがと」

「いや。………うん」

  余裕………なのかな?

  確かに、この店の中だと、余程の事が無い限り、邪魔なんて入らないから。

「志貴………あのね、バレンタインだから、チョコレートケーキ、焼いてみたんだ」

「うん。美味しそうだね」

  ああ、もう。

  ベタベタなバカップル会話しか出てこないじゃないか。

「うん。………いっぱい、練習したんだ」

「そうか」

  促されるまま、テーブルにつく。

「お紅茶抽れるね」

「うん」

  翡翠や琥珀さんほど鮮やかじゃないけれど、なかなか様になってる。

  言わないけれど、練習したんだろうな。

  そのまま、出された紅茶に、ミルクポットサイズの小さな器が添えられる。

「アルク、これは?」

「あ、それ?    『コアントロー』っていうお酒。『ティー・コアントロー』って言ってね、シロップ代わりに入れて飲むのよ」

「……………………………………………………」
 
 

  アルクも――

  ――変わっていく、と言うことか。

  ――時々、魅入られる。

  ――内側から変わる、アルクに。
 
 

  鼻歌を歌いながら、チョコレート・ケーキを切り分ける。

  そのまま、フォークで一口分刺して――

「……………………………………………………って」
 
 

  ――ここまで――お約束デスか?
 
 

「はい、志貴。あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「あ………あーん」

  口に含む。

  ふんわりとしたチョコスポンジ。

  甘すぎるしつこさも、パサパサした感じもない、しっとりとした食感。
 
 

  ――うまい。
 
 

  いつの間に――こんなものを作れるようになったんだ?

「……………………………………………………」

  俺がもぐもぐしているのを、幸せそうな、それでいて少し不安げに見詰める。

「うん。………うまいよ。お店に出してもじゅうぶんいけるんじゃないか?」

「ほんと!?」

「うん」

「えへへ〜〜〜〜〜〜」

  照れたようにはにかむ。
 
 

  なんか、こう――

  ますます、新婚カップルって感じになっていくんですけど――

  でも、悪い気はしない。

  むしろ――

  そう。むしろ――あたたかい。
 
 

「はい、志貴。あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「あ………あーん」

  二口目も口に含む。

  俺が口にふくんでいる間に――

  同じフォークで一口食べる、アルク。
 
 

  ――間接キス。

  ――なんか、こう――

  恥ずかしくって、萌死しそうなんですけれど?

  直接的でないぶん、余計にアルクの唇が意識されて――

  うああ。

  顔がどんどん赤くなる。

  それは、アルクも同じ。
 
 

  一切れを二人で食べ終わった後、もう一切れ切り分ける。

  それは――

  今度は――
 
 

「はい、アルク。あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「あ………あーん」

  ぱく。
 

「はい、志貴。あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

「あーん」

  ぱく。
 
 

  お互いに――

  ――バカップル丸出しで食べさせあう。
 
 

  でも、苦にならない。

  でも、あったかい。

  だから………安心する。

  ――ずっと傍に居てほしい、と――願う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………うわあ……………………………………………………きれー」

  キラキラと光る、蛍のような何かが周囲を飛ぶ。

「………ロマンチックだな」

「そだねー」

  手を差し出したアルクの指先にとまる。

  トンボのような虫。

  翅(はね)が、淡く光っている。

  そのまま、また飛び立つ。
 
 
 
 
 

「あははははっ」

  虫たちの光の中をくるくると踊るアルクは――

  エプロン姿なのに、なぜか幻想的で――
 
 
 
 
 

「あん……………………………………………………志貴?」

「アルク………」

  後ろから、抱き締める。

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

  そのままふたり、光の中で佇む。

「アルク………」

「………志貴ぃ」

  アルクのあごを軽く持ち上げ、そのまま唇を重ねる。

  そして――

「部屋を………」

「………え?」

「………部屋を………とってるんだ」

「……………………………………………………うん。いいよ」

  そして――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Red-Eye]
 

「………『エル・プレジデンテ』」

「レッド・アイ、君か」

  『ムーン・ガーデン』を見下ろせるカウンターについて、チョコレート・ケーキを相手に格闘している『エル・プレジデンテ』を見て、何なんだ?    と思ってしまった。

「………エル・プレジデンテ、チョコレートは苦手なんじゃ無かったのか?」

「苦手だよ。しかし、こればかりはそうは言えないのでな」

  苦笑を浮かべ、小振り――とは言え、ラウンド丸ごと――のチョコレート・ケーキを苦心しながら、それでも食べている。

「………無茶して食べるようなものか?」

「いや………美味しく戴いているよ。ただ、私がチョコレートを苦手としているだけさ」

「……………………………………………………」

  確かに、美味しそうだが、それ以上に苦労しているのが見て取れる。

「………当人には見せられないな、こんな姿は」

  エル・プレジデンテが苦笑混じりに呟く。

  私もスツールに腰を降ろし、昼間に貰ったチョコを取り出す。

「………甘い物は苦手なんだけど、な」

  とは言え………

  そうは言っていられない。
 

  これは………秋葉君の真心が詰まっているのだから。
 

「………『チョコ・カクテル』は?」

「「イヤ、結構」」

  横合いからのウェイトレスの言葉に、私とエル・プレジデンテの言葉が重なる。

  エル・プレジデンテの視線の先には、アルクェイド嬢と志貴少年の姿が。

「………成程。彼女の、か。それなら、美味しく戴かないとな」

「それは君とて同じことだろう」

  男二人、肩を並べて苦笑を浮かべる。

「アルクェイド嬢は、旨くやっているようだな」

「無論だ。………そうでなければ、ここまでお膳立てした甲斐がないさ」

「まるで娘を育ててるみたいだな?」

「でなければ………『パーフェクト・レディ』だろう」

「確かに。――欧州の真祖たちの中でも特別な存在の姫君だからな」

「………『日本源種』の『血を吸う鬼』の最古参である君が言うことかね?」

「………だから、さ」

  ハート型のチョコを齧る。

  ――甘い。

  普段なら嫌悪するだけの甘さも、そんなに苦にはならない。

  これは――やはり――

「秋葉君の真心――か」

「こちらはアルクェイド嬢のものだがな」

  漸く半分食べ終えたらしい。

「………流石に、小型とは言え、ラウンドのチョコレート・ケーキを丸ごと一個食べるのは辛いんじゃないのか?」

「誠意には誠意をもって返すのが基本だろう。そうして来たからこそ、我々がいるのだ」

  ――確かに。

「………いい、月夜だな」

「君の名も、祖の力を持つ。――そうだろう?」

  確かに。

  幸せそうに談笑するアルクェイド嬢と志貴少年の姿を見下ろしながら、窓から差し込む真円の月光を浴びる。

  彼等のいる『ムーン・ガーデン』は、月明かりに照らされて、幻想的な景色になっていた。
 
 

「………ほう、『月光虫(ムーン・フライ)』か」
 
 

  流石は『ムーン・ライト』。

  演出が違う。
 
 

  無邪気に『月光虫(ムーン・フライ)』と戯れるアルクェイド嬢を微笑みながら見ている志貴少年。

  そして――重なる二人の影。
 
 

  私と、エル・プレジデンテの前に、ことり、と置かれるカクテル。
 
 

  『ソノラ』の歌う《Jing−Ling》が流れて来る。
 
 

「………なるほど」

「………ふむ?」

  二人、顔を見合わせて頬の端に笑みを浮かべる。

「月の輝く夜に」

「月の輝く夜に」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★月の輝く夜に『Tsuki-No-Kagayaku-Yoru-Ni』★

  ライチ・リキュール………30ml
  シャンパン………適量
  ライチ………1個

    フルート・グラスに注ぎ、ライチを浮かべ、シャンパンで満たす。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「そして、すべての『恋する乙女たち』に」

「――すべての『愛し合う者たち』に」

「「乾杯」」
 
 

  月明かりは照らしだす。

  柔らかな時間を。
 
 

  ただ――

  ただ――静かに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 



 
 
 
 
 
 

後書き………のような駄文。

  時期ですからバレンタインデーネタを。

  水夢氏のホームページのチャットで出たネタを組み込んでみたり(苦笑)

  ………ロリ秋葉とか。

  最初と最後は、エル・プレジデンテとレッド・アイに決めてもらいました。

  アルクを可愛く描こうと思えばエル・プレジデンテが必須みたいです。私。

  ギャグキャラの有彦君にも、多少はいい目がないと、ね?

  あと、意図的に時間をバラバラにして描いてます。

  ですから、時間軸はまっすぐじゃありません。

  どのパートがどの時間帯なのか、は、読まれた方にお任せします。

  作者としての、ある程度の並べ方はありますけれどもね。

  現在進行中の『月姫カクテル夜話』の、少し先の時間のお話しですから、これから語られるエピソードやキャラが出て来てます。

  そのあたりも、おいおい、描いていきますから、もう暫くお待ち下さい。

  あと《Jing−Ling》は、劇場版「SPRIGGAN」の主題歌です。

  愛の歌で、結構気に入っているので、ソノラに歌って貰いました。
 
 

  ――あなたにも『Happy Valentine’s Day』

  ………現実は、なかなかうまくいかないですけれどね(苦笑)
 
 
 
 
 

  では。
  LOST-WAYでした。
 
 
 


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