Moon Time『月姫カクテル夜話』 

 

 
 
 
 

[Dream]

 ―― 2/14  St.Valentine's Day ―― [MOON TIME]

 

「行ってらっしゃいませ。どうか、お気を付けて」

  有り難う御座居ました。また、お越し下さいませ、と遠野志貴とアルクェイド=ブリュンスタッドの二人を店から送り出す。

  およそ30分後に遠野志貴が再度店を訪れるので、それまでに用意を済ませなければならない。

「………ふう」
 
 

  自身の姿を見やる。

  “店” ―― [MOON  TIME] ―― の制服(の、ひとつ)であるベーシックなメイド服に身を包んだ姿。

  紺色のワンピースにフリル付きの白いエプロンという、ある種、よくあるメイドサーヴァントの制服姿。

  もっとも ―― この店ではウェイトレスは、ウェイトレス服よりもメイド服の着用が主なのであって、人によっては ―― そう。ウェイトレス本人と、その主人となる人物の意向如何によっては ―― 『メイド服』そのものを大幅に逸脱した衣裳を身に纏っていることも少なくない。

  しかし、私は、一応は在り来りだがそれ故に安心出来る ―― 私にとっても、お客様にとっても、だ ―― ベーシックなメイドサーヴァント・ドレスを身に纏っていた。

「準備に入りまーす」

「はーい」

  バックバーに声を掛けて、スタッフルームに足を運ぶ。
 
 

  遠野志貴宛てに届けられた荷物を伝票と突き合わせて確認。

  届け物はチョコレートが3個。

  贈り主は『瀬尾晶』『シオン=エルトナム=アトラシア』『朱い月』
 
 

  ……………………………………………………
 
 

  志貴が屋敷に帰れば、自室で待ち構えていたレンちゃんからチョコを貰うことだろう。

  いつでも取り出せるようにバックバーに移動させ、入り口付近で待機。
 
 















月姫カクテル夜話番外編

《WHITE DAY》

『前篇』



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  


Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Shiki]

 ―― 2/14  St.Valentine's Day ―― [MOON TIME]

 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

  ここ二週間ほどよく見る ―― よく俺を迎えてくれるウェイトレスさん。

  名前が『ドリーム』ちゃんだったか。
 
 

  俺よりも頭半分低い背丈で、長めの髪を三つ編みに束ね、小さく丸い鼻眼鏡をちょこんと乗っけた、糸目の可愛い女の子。

  仕事に慣れていない所為か、少し動きが危なっかしいのがまた可愛い。

  以前、話を聞いたら2月1日から3月末までの期間限定バイトって言ってたしな。
 
 

「どうぞこちらへ」

  前に立って案内してくれる。

  時々 ―― 俺の動きが全て判っているかのようにフォローしてくれるのが、気になるところではあるけれど。
 
 

「こちらへ」

  テーブル ―― カウンターではなく、窓際の一人用の小さなテーブル席 ―― に案内してくれる。そして、鉱水(ペリエ)の入ったグラスが出される。

「志貴様、お届け物が御座いますけれど、お持ちさせて戴いてもよろしいでしょうか?」

  届け物………って………

「ひょっとして………チョコ?」

「はい。然様で御座います」

「えっと………誰から?」

「瀬尾晶様、シオン=エルトナム=アトラシア様、朱い月様の御三方からで御座います」

「晶ちゃん………は、いいとして………、シオンから?  それに、朱い月!?」
 
 

  吃驚だ。
 

  晶ちゃんは、最初にこの店に来た時に一緒だったから会員証を貰っているだろうけど、シオンはどうやってこの“店”に?

  それに、『朱い月』に至っては、あれはアルクの魂の中に封じられているもうひとりのアルクじゃないのか?

「シオン様は、『レッド・アイ』様が当店に案内されたのが縁で、当店の会員になられたと、伺っております」

「『レッド・アイ』さんが?」

  昼間に会った彼のことを思い出す。

  ロリ秋葉をお姫様抱っこで抱えて歩ける神経の図太さは只者ではないと思ったが。

「はい。『レッド・アイ』様は………日本最初の、そして最古の『吸血鬼』ですから」

「……………………………………………………なんだって?」

  吃驚だ。

「志貴様は、『吸血鬼』というとどのようなイメージをお持ちですか?」

「そりゃー……………………………………………………………あ」

  ドラキュラ、と言うイメージが強くてそれ以外に考えられない。
 
 

  アルクも考えたが、あれを『吸血鬼』と言うにはあまりにも無理があり過ぎるし。
 
 

「『日本源種』と。かつては、夜を照らす月の名を冠されていた時期もあったとか」

「はー」

  ひょっとしたら、遠野をはじめとする『妖(アヤカシ)の血を引く人間』の大元かもしれないな。

  でも、シオンとは……………………………………………………そうか。

「シオンは、吸血種から人間に戻る方法を探してた。それで?」

「はい」

  そう言いながら、可愛らしくラッピングされた包みをみっつ。

「シオン………この店の会員なの?」

「はい。ハイクラス・メンバーで、アルカナは『タタラ』で御座います」
 
 

『タタラ』 ―― 『女教皇』。技術者 ―― 造り出す者のスート。

  シオンが『アトラスの錬金術師』だからかな?
 
 

  そうすると ――

『朱い月』は、どうやって?

「『朱い月』様は、オーナーと、オーナーの友人である『混沌と矛盾の領主』の古くからの知人だそうですので」

「いや、それはいいんだけど。っていうか、『朱い月』って、アルクの人格の一部じゃなかったかな?」

「先程、申し上げました」

「……………………………………………………?」

「 ―― 『朱い月』様は、オーナーと、オーナーの友人である『混沌と矛盾の領主』の古くからの知人である、と」

  わからない。

「アルクェイド様が存在しているのに、同一の存在である『朱い月』様が存在しているのは、あきらかな『矛盾』です」

「……………………………………………………」

「そして、そう言った『矛盾』を『当然』のこととして『現出』させることの出来る力を持った『混沌と矛盾の領主』の知人であるが故に ―― 『アルクェイド様』と『朱い月様』は ―― 同一でありながら別個の存在として成立しているのです」

「……………………………………………………」

  ますます、わからない。

「では、当店において基本事項のひとつである『流れていると同時に止まっている時間』は、どのように説明するのです?」

「……………………………………………………あ」

「すべては………すべての『矛盾』を『当然』のこととして『現出』させることの出来る『力』を備えた『混沌と矛盾の領主』のお力添えのお陰あってのことですから」
 
 

  ……………………………………………………
 
 

  今、嫌な考えが頭を過(よぎ)った。
 
 
 
 

  『アルク』と『朱い月』が同時に存在出来る、ということは ――

  『シエル先輩』と『エレイシア』も同時に存在出来ると言うことになるのか。

  そうすれば ―― オレと『七夜の殺人貴』も。

  悪夢………それも、とびっきりの。
 
 
 
 

「ただ、ひとつ。御安心戴けることがあるとすれば………」

  微かな苦笑を浮かべてドリームちゃんが言う。

「店内では如何なる理由であれ ―― 私闘は禁止されている、と言うことでしょうか?」

  ですから、

「ですから、貴方が恐れているような事態にはなりません。譬え ―― アルクェイド様が『血の渇き』で暴走したとしても、貴方の恐れるような、最悪の事態には至りませんから」

「それは………どういう………」

「多元に接続された『パラレル・ワールド』のそれぞれの世界の『主神格』である方々が、当店ではお客様として訪れていらっしゃいますから。こう申し上げるのも変な言い方ですけれど、『神々の争い』の前では、私達などちっぽけな存在なのでしょうね」

  『ヒト』の儚さというものでしょうか?  と。

「そうすると………俺の………」

「『直死の魔眼』も『能力のひとつ』でしょうから。………『魔』を封じる方法は、幾らでもあるようですし」

  事もなげに言い放つ。
 
 
 
 

  ………うわあ。

  なんてところだ………ここは。
 
 
 
 
 
 

「世界“が”造り出した、世界の中でしか存在出来ない『存在』と、世界“を”造り出した、世界の外からでも存在出来る『存在』と、どちらが強いと思いますか?」

「……………………………………………………」

「あえて譬えるなら、ゲームキャラとプログラマーの関係にも似ていますね。キャラクターはゲームの中でしか存在出来ず、ゲームの中の法則に支配されますけれど、プログラマーはゲームそのものを設定し、ゲーム世界のルールを造り出すことが出来ますから」

「それじゃ………オーナーや、その『混沌と矛盾の領主』っていう人も?」

「はい。世界と対等にある………『世界認識者』ですよ」

「……………………………………………………?」

  わからない。

「スティーヴン=ホーキンズの相対宇宙論にあるらしいです」

  私も、ちゃんと読んでいないので虚覚えですけれどね、と、続ける。

「なんでも、 ―― 『観察者を持たない世界は存在しない』 ―― とか」

「……………………………………………………」

「『世界』を『世界』であると認識出来る『観察者』がいるからこそ、『世界』が『世界』として成立出来るのだそうです。言ってみれば………『我、思われるが故に、我あり』と言ったところでしょうか?」

「………それって、『我、思う故に、我あり』の間違いじゃない?」

「………思うだけで存在出来るほど、世界は空虚ではありませんよ。それこそ ―― 『永遠の世界』です」

  ことり、と、テーブルの上にコーヒーカップと、チョコを置く。
 
 

「自らを主張しても、それが認められなければ、存在していないのと同じなのですよ」
 
 

  その目は………ひどく暗くて、重くて………
 
 

「私が『遠野志貴である』と主張すれば………私は『遠野志貴』でいられますか?」

「いや、それは無理だろ?」

  そもそも、遠野志貴は俺だって。

「貴方が………旧姓の『七夜志貴』を主張すれば、『七夜志貴』で居られますか?」

「………それも、無理だと思う」

  そう。

  槙久の手で滅ぼされ、法的にも物理的にも抹消された七夜一族。

  だから、俺は ―― 『遠野志貴』なのだ。

「……………………………………………………」
 
 
 
 

  あれ?

  テーブルの上にコーヒーカップと、………チョコ?
 
 
 
 

「………これ、は?」

  頬を少し赤らめて、そっぽを向くドリームちゃん。

「ありがとう」

「わ、私は………」

  しどろもどろになりながら、何とか言葉を紡ぐ。

  説明の時の流暢さとは大違いだが、それがまた、可愛い。
 
 

「私は………貴方を………好きに………好きになっては………いけない。そう………ずっと………思って………いました。………でも」

  でも、と、続ける。

「ありのままの………貴方を………好きに………好きになりたい………あ、愛したい………と、そう………思えるように………なりました。そうでなければ………私は………私を………認めることが………出来ませんから………」

  うっわ。

  これはこれでストレートな。

  チョコ ―― 小さいハート型のチョコが小山を成している ―― をひとつ摘まんで口に運ぶ。

  ビター・チョコ。

  なるほど、まだまだ甘くない、と言うことか。

  コーヒーを口に含み………

  違和感を感じた。

「この、コーヒーは?」

「あ、はい。『モンクス・コーヒー』というものです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★モンクス・コーヒー『Monk's Coffee』★

  深炒りコーヒー………1杯分
  ベネディクティン・D.O.M.………適量

    コーヒーの中に、シロップとしてベネディクティン・D.O.M.を注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  シロップ代わり、と言うことか。アルクの『ティー・コアントロー』と同じ感覚。

「うん」

  美味しい。

  ベネディクティン・D.O.M.の甘さとコーヒーの味と。

  ビター・チョコのホロ苦さと。

  まだまだ………甘くないって事か。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Dream]

 ―― 2/14  St.Valentine's Day ―― [MOON TIME]

 

「行ってらっしゃいませ。どうか、お気を付けて」

  有り難う御座居ました。また、お越し下さいませ、と遠野志貴を店から送り出す。

  これで………今日の仕事はお仕舞い。
 
 

「………ふう」

  ひとつ、息を吐く。

「『ドリーム』ちゃん、お疲れさま」

「あ、『チェリー』さん」

  とてとてと、10歳くらいのツインテールの少女が走る。
 
 

  よかった………今日はちゃんとしたメイド服を着てる。

  初代『タタラ』の二人に造り出された錬金自動人形(アルケマトン)の設定のお陰で、デフォルトが『ロリ体型』『ランジェリー姿』と言うのは………

   ―― 一体何を考えているのやら。
 
 

「後はもう大丈夫だから、あがっていーよ?」

「はい」

  バックバーからスタッフルームへ。

  休憩室の椅子に腰を降ろし、一息入れる。

「お疲れさま、『ドリーム』ちゃん」

「あ、お疲れさま、『メイ』さん」
 
 

  カクテル・ネーム『ブラッディ・メイ』

  本名 ―― 弓塚さつき。

  さつき ―― 皐月、故に五月であり、それ故の『メイ』なのだろう。

  私よりも先にこの店でバイトをしている。
 
 

「………あなたも、遠野君にチョコ渡したんだ」

「あ………はい」

  ………ちょっと気不味い。

「かっこいいもんね………でも、ライバル多いよ?  私が言うのも変な話だけどさ」

  聞けば、中学時代に救けてもらってから、ずっと想い続けていたらしい。

  そして………一度は『死徒』として殺されたこともある、と言う。

  この店の『オーナー』と、『オーナー』の『個人的な友人たち』の手で『幽霊』状態からこの世に ―― 文字通りの意味で ―― 黄泉帰った。

  その時の事件に晶ちゃんが巻き込まれてエライメに遭ったらしいけれど、それが元で晶ちゃんはこの店によく来るようになった、とも。

  何が災いで何が幸いになるか、よく判らない。

「それは………よく、判っています」
 
 
 
 

  そう。

  こうやって見れば、よく判る。

  遠野志貴が、自分自身に ―― 立ち居振る舞いを初めとして、自己の生命のあり方にすら ―― 無頓着であることも。

  それ故に、傍に居る女の子たちがやきもきしていることも。

  今になって、よく判る。

  遠野志貴について一番良く知っていなければならない『私』が、実は、全然判っていなかったことに。
 
 
 
 

「………大変よね、彼のことを好きでいるのって」

  それでも、とても嬉しそうに話す。

「ずっと、彼のことを想ってた。それは、まぁ、遠野君の妹さんやメイドさんたちよりはまだ時間が短いかもしれないけど、想いの強さ、って、時間じゃ無いしね」

「そうですね」

  私も ――

  ホンの二週間の間で、こんなに彼に惹かれるなんて、思ってもいなかった。

  好きになってはいけない、と、ずっと考えていたハズなのに。

  加速度的に、意識してしまう。
 
 

  ホント ―― どうしちゃったんだろう………

  そして ―― どうなっちゃうんだろう………
 
 

「私はもう一仕事残ってるけど、『ドリーム』ちゃんは?」

「あ、私はもう………」

「そっか。じゃ、お疲れさま」

「あ、はい。お先に失礼します」

  そう言って、“店”の“奥”の居住スペースに設定された自室へと赴いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Shiki]

 ―― 2/14  St.Valentine's Day ―― [Mansion of Tohno]

 

「………ただいま」

「お帰りなさいませ、志貴様」

「あらー。意外と早かったですねー」

「おかえり、お兄ちゃん」

  屋敷に帰ると、いつものように翡翠が出迎え、珍しく琥珀さんと………ロリ秋葉が出迎えてくれた。

「お兄ちゃん、レンちゃんがね、お兄ちゃんにチョコ渡すって。お部屋で待ってるから、行ってあげてね?」

「うん、わかったよ」
 
 
 
 

  ……………………………………………………ああ。

  ああ………秋葉………

  普段からこんなに素直で可愛ければ………

  お兄ちゃん、もっとお前を可愛がってあげるのに………

  どうしてお前は………言い方とかキツイんだ………

  お兄ちゃん、ちょっと悲しいよ………
 
 
 
 

「あはー。ちゃんと門限に間に合いましたねー」

「………そりゃあ、まあ」

  いくら時間がない、とは言っても、そのぐらいの時間をショートカットするぐらいは出来る。

  しがみついてくるロリ秋葉を抱き上げると、俺は門をくぐった。

「………琥珀さん、何か嬉しそうですね?」

「………あはー」
 
 

   ―― 企んでいる。

   ―― 何か企んでいらっしゃる!
 
 

「………言っときますけれど、秋葉を『こんな』にしたお酒、封印が架けられて『ハイクラス・メンバー』でなければ出せないようにされたみたいですよ?」

「ええっ!?」

   ―― やっぱりか………

「で、誰に試す心算だったんです?」

「あ、あはー………」

  ちらり、と、翡翠の方に視線を走らせる。

「………姉さん」

  きつい視線を返す翡翠。
 
 

  うわあ………

  ヤル気満々でしたか。
 
 

「琥珀さん?」
 
 
 
 

「マジカル・アンバー・ボンバー!」

「暗黒翡翠拳・乱れ舞!」
 
 
 
 

「……………………………………………………おーい?」

  庭を ―― アルク対シエルの如き勢いで ―― 破壊しながら暴れる、暗黒翡翠拳とマジカルアンバーで戦い始めたふたりを、処置ナシと言った感じで諦めると、俺はロリ秋葉を抱えて屋敷へと入った。
 
 

  ぐずる秋葉を何とか寝かしつけて、自室に戻れば、ベッドの上に、チョコンとレンが座って待っていた。
 
 

「………ただいま、レン」

  おかえりなさい、と、笑みを浮かべる。

  チョコレートなの。

「うん、ありがとう」

  くしゃ、と、頭を撫でると、そのままチョコを受け取り、封を開けて一口齧る。

「ん。美味し。うまくできてるよ」

  ホントなの?  と、それでも嬉しそうにしがみついてくる。

  ポンポン、と、頭を撫でる。

  よかったの。

  満面の笑みを浮かべたレン。
 
 

  そのまま、チョコレートを食べ終えた俺は、いつものように、枕元で丸くなって眠る『猫型』のレンと、枕を抱えてやってきた秋葉と共に、眠りについた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Dream]

 ―― 2/15 ―― [Private Room of Dream]

 
 

  シンプルな2LDK。

  独り暮らしの身としては、この上なく豪華で ―― 同時に空虚だった。

  2カ月の限定住居にしては大き過ぎる。

「………ただいま」

  返事を返す相手もいない。

  当然のことだ。独り暮らしなのだから。

  逆に言えば、アルクェイドやシエルも同じ気分で生活しているということになる。

  いや、シエルには第七聖典の精霊 ―― ななこちゃんが居たはずだけれど………

  ………ああ、そうか。

  ななこちゃんは今、有彦の所にいるんだっけ。

  のそのそとメイド服を脱いで、部屋着に着替える。

  ぺたぺたと裸足がフローリングの床板に立てる足音を、すぐ傍でありながらどこか遠くの物音として聞きながら、キッチンに立って食事の用意をし、独りもそもそとかき込む。
 
 

   ―― 味気無い。
 
 

  料理そのものに味はある。しかし、味気無いのだ。

「………はぁ………」

  ぺたり、と、床暖房されているから特に冷たいというほど冷たくもない床に座り込み、何をするでも無く、テレビを点けて雑誌を眺める。
 
 

   ―― 無性に、誰かに会いたい。

   ―― 声が聞きたい。
 
 

  そんな気になる。

  部屋のテーブルの上に乗っかかったセルラー・ターミナル ―― いわゆる携帯電話の豪華版 ―― に手を伸ばし………

  途中で引っ込める。
 
 

  誰に電話するのか?

  相手もいないのに?
 
 

   ―― いや。

   ―― いない訳じゃない。

  でも、今の状況からでは、かけられないのだ。
 
 

  声を聞きたい相手でも、聞くことが出来ない。

  独りで生きてきた。

  誰とも距離を置いていた。

  そんな心算は無かったけれど、そうだったらしい。
 
 

  ましてや、今の私は ――
 
 

  “店”の中という、周り中に人が居て、仕事している状況だと、考えずに済んだことが一気に吹き出す。

  認識されなければ、存在していないのと同じことに。
 
 
 
 

  私は ――

  私は ―― 『ドリーム』

  Cocktail Bar  [MOON TIME]のウェイトレス。

  それが ―― 今の私の ―― すべて。

  それ以外に ―― 何もない。

  そんなはずじゃ ―― ないのに。
 
 
 
 

「………遠野、志貴」

  知らず ―― 名前が浮かぶ。

   ―― 声に出る。

  今の貴方には ―― 判らないでしょうね。

  拒んでも ―― 独りで居られない。

  常に ―― 周りで誰かが騒いでいる ―― 貴方には。

  独りの ―― 状況が。

  この ―― 孤独の痛みが。

  不安が ――

  焦燥感が ――

  どうして ――

  どうして ―― 貴方の笑顔が浮かぶの?

  どうして ―― 貴方を求めてしまうの?

  どうして ―― ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[Shiki]

 ―― 2/15 ―― [MOON TIME]

 

「時に、志貴よ、お前はホワイトデー、どうするつもりだ?」

「……………………………………………………なに?」

  ヴァレンタインデーの翌日。

  いつものように学校帰りに軽く寄った俺に、この店で時々会う『ミレニアム』の面々が声を掛けてきた。
 
 

「………って、昨日ヴァレンタインデー終わったばかりじゃないか?」

「女性から贈り物を受け取ったら、その瞬間からお返しのことを考えるのが、男としての礼儀というものですよ?」

  すまして切り返すのは『パーペチュアル=ミレニアム』。
 
 

  俺と同年代の少年。

  右眼の上を縦一文字に走る刀傷の跡を持った、それ以外は穏やかな容貌の少年。

  右眼が金色、左眼は黒。黒髪の、芒洋とした平均的な日本人顔。

  しかし、その正体が ―― 本来の存在として ―― 世界をあっさりと滅ぼせる『異世界の魔王』の一柱であることを知ったのは、彼と最初に出会ってから随分と後のことだったが。
 
 

「そこまで細かいのもどうかと思うけどよ?」
 
 

  そう、軽く返すのは『セヴンスヘヴン=ミレニアム』。

  左目の上を斜めに横切る刀傷が厳ついが、それを含めても穏やかな印象を受ける。

  正体は、『冥府の使者』。俗な言い方をすれば、死神。

   ―― 斬魄刀を持ってはいないが。
 
 

「女性というものは、細かいものです。特に、男性に言われたことや記念日に関しては。そう言ったことを受け止められないと、結果として女性に嫌われますよ?」

「………流石は嫁さん持ち。考え方が違うな」
 
 

  そう呻いたのは、『ブラックドッグ=ミレニアム』。

  やんちゃな男の子をそのまま大きくしたような感じだが、左頬の、虎縞にも似た横三本の傷痕が印象的だ。

  正体は、いわゆる『サイボーグ』らしい。

  しかも、錬金術天弧盛(てんこもり)の。
 
 

「あなただって一緒に暮らしている『ママ先生』がいるでしょう?」

「ありゃあ………まぁ、その」

「大変だよな、お前ら」

「「メイド持ちが言わない」」

  『セヴンスヘヴン』が呟くと、『パーペチュアル』『ブラックドッグ』の突っ込みが入る。

  チェリーちゃんの御主人様だもんなぁ、『セヴンスヘヴン=ミレニアム』は。

「………三倍返しが基本だっけ?」

「ヤな風習だよな」

「「「まったく」」」

  四人してうんうん、と、頷く。

「でも、正味な話、どうするんだ?  チェリーから聞いたけど、志貴よ、お前、お前を本命とした相手が多いんじゃないか?」

「そうですね。私も秋葉さんにチョコを戴きましたから、お返しを考えなければなりませんし」

「秋葉、から?」

「ええ。『ランドスケープ=フェア』でのことで」

「……………………………………………………」
 
 

  雰囲気に飲まれて秋葉と二人で過ごした時間を思いだし ――

  視線を泳がせる。
 
 

「『妹』を愛することぐらい、別に大したことではないだろ?  っつーか兄として必然だろーに?」

「流石は『妹』と婚約しただけあるな、『ブラックドッグ』?」

「………『みなづき』とは、施設で一緒だっただけだよ。まぁ、女の子が年上の男の子を相手に『お兄ちゃん』というのはよくあることだろう?」

  照れ臭げに言うが、『ブラックドッグ』も、彼自身としての『本命』を決めているということか。
 
 

  配偶者のいる『パーペチュアル=ミレニアム』。

  メイドのいる『セヴンスヘヴン=ミレニアム』。

  婚約者のいる『ブラックドッグ=ミレニアム』。
 
 

  俺は………

  誰かを『本命』に決めておらず、誰をも求めている。
 
 

「……………………………………………………我が儘、かな?」

「皆が欲しいのなら、そう言えば?」

  事もなげに言う『ブラックドッグ=ミレニアム』。

「少なくとも、オレは言ってみて………何とか受け入れさせたぜ?」

「………やるなぁ」

  『セヴンスヘヴン』が、感心したように言う。

「『妹』を婚約者にしたうえで、5人の『ママ先生』を認めさせたのかよ?」

「………ついでに言えば、『委員長』もな」

「なんて奴だよ」

「皆が必要なら、そう言えばいい。失うことが嫌なら、必要だと主張すればいい。………ああ、考えてることぐらいは分かるぞ。『言うだけなら簡単だ』、とでも言いたいんだろうけどな。誰にでも出来て、しかし、ものすごく難しいことがある。何だと思う?」

「………わからない」

「『誠意』だよ。簡単そうにみえるけどな、こっちだって相応に苦労してるから、今の状況を作れたんだよ。何も失わずに何かを手に入れるなんてムシのいいことを考えちゃだめだってことさ。志貴、皆にいて欲しいなら、お前がするべき労力を惜しむなって事」

「……………………………………………………」

「そう簡単にいくわけないさ。だから、人は分かり合うために苦労するんだよ」
 
 

  穏やかに見えて、その実、苦労を見せていないってことか。

  やっぱり、彼らは凄いと思う。

  気軽にいろいろなことを相談しあえる間柄であることもその一因なのだろうけど。
 
 

「で、どうするよ?」

「………うーん」

  困った。

「……………………………………………………おーい?」
 
 

  考え込んだ俺の横で、『ミレニアム』の三人は顔を見合わせる。

「………『ミレニアム』の皆は?  どうするんだ?」

「オレは正味のところ、チェリーだけだからなぁ、本命で来た相手は」

「そりゃ、楽だな」

「おおよ。だから、秋葉さんには軽くクッキーでも焼いて贈ろうかと思ってるんだけど」

「………他の義理チョコは無いのかよ?」

「はっはっは」

  汗をかきながらあさっての方を見る『セヴンスヘヴン』。

「………それはそれでさみしいぞ、天七(あまな)」

「うるせいやい」

  『ブラックドッグ』の言葉に苦い顔をする『セヴンスヘヴン』。

「『パーペチュアル』は?」

「妻には当然、二人の時間をとる心算ですけれど?」

「………いや、義理チョコ相手は?」

「相応に贈り物をしますよ?  相手の数が数だけに、大変でしょうけれどね?」

  数が数だけにって、どれくらい貰ってるんだよ。

「何人ぐらいいたんだ?」

「元の世界で、会社の課長さんやってますからね。軽く500人少々と言ったところですか。正確には、もう少し多いですけれど」

「……………………………………………………うわお」

  どうやって返すんだか。

「………『ブラックドッグ』は?」

「オレか?  『みなづき』には、この店でのディナー………っつーか、コンパートの予約取ってるからな。『ママ先生』と『委員長』には、こっちのキッチンで手作りのケーキでも焼こうかって考えてる」

「でも、オレらが料理作るとなると、相手の機嫌悪くさせる可能性高いからなー」

  『セヴンスヘヴン』が苦笑気味に呟く。
 
 

  確かに、この“店”屈指のシェフをも兼ねている『ミレニアム』メンバーは、男でありながら、そこいらの女の子をはるかに上回る料理の腕 ―― だけではなく、家事一切の技術 ―― を持っているのだから。
 
 

「………女の子に、意見を求めてみたらいかがです?」

  『パーペチュアル』が、何気に呟く。

「そうすれば、意外に解決の糸口がつかめるかも知れませんよ?」

「そうは言ってもね………」

  誰に聞けばいいんだか。

「この店のスタッフで、気軽に相談出来そうな娘って、いないのかよ?」

  ………『セヴンスヘヴン』が聞いてくるが、そんな娘がいればこっちから聞きたい。

  店のスタッフとして、自身のメイド ―― チェリーちゃん ―― を持っているお前じゃあるまいし。
 
 

  と ――
 
 

「バーテンダーとして、もてなされては如何ですか?」

「………って、『ドリーム』ちゃん?」

「なんだ………いるんじゃん」

  慌てて振り返ると、ここ最近のいつものように、後ろで控えていた。

「………『もてなす』?」

「はい。皆様を………志貴様を本命としてチョコレートを渡された方を、当店に招待し、志貴様はバーテンダーとして接客されては?  そうすれば、皆様を相手にすることが出来ますし………」

「待て待て待て」

  確かに、言いアイデアかもしれない。
 
 

  が ――
 
 

  全員を ―― いっぺんに。

  なんて ―― 恐ろしい。

  最悪 ―― 大乱闘になるんじゃないのか?
 
 

「危惧しておられるようなことにはなりません」

  どうして、そんなに自信満々に言えるんだ?

「皆様、喜ばれます」

「見て来たみたいに」

「見て来ました」

「………おいおい」

「まあ、確かに………」

  『ブラックドッグ』が呟く。

「いい方法だとは思う。その娘たちが喧嘩状態なら、なおのことだ」

「………余計、事態が混乱しないか?」

  『セヴンスヘヴン』が聞いてくるが、『ブラックドッグ』は、事もなげに、

「その状態を『収める』のが、事態の中心にして当事者 ―― 張本人の志貴の『支払うべき対価』ってやつだろ」

「そうですね。具体的にどうするか、は、『ドリーム』さんに伺ってみるのもよいかも知れません」

  『パーペチュアル』が、いいことを聞いた、とばかりに頷く。

「もてなす………ったって、俺、カクテルの作り方なんて識らないし、一カ月で身につくようなことなのか?」

  言ってから、しまった、と思うが、もう遅い。

「このお店が、どのような場所か、お忘れですか?」

「うぅ………」

「そして、このお店では、時間はどのようなものでしょうか?」

「はう!」

「追い詰められたな」「だな」「ですね」

「御心配なく」

  『ドリーム』ちゃんは、澄まして ―― 幾分、頬を赤らめながら ―― それでもはっきりと宣言した。

「この『ドリーム』が、ホワイトデーが終わるまで、お相手を務めさせて戴きます」

「って、他の仕事は?」

「そもそも、私は………」

  顔を真っ赤に染めて、言い放つ。

「この2カ月間の限定ですけれど、 ―― 『志貴様の為にのみ、存在を許されたウェイトレス』ですから」
 
 

  これは、もう ――

  実質的な ――

   ―― 決定宣言だった。
 
 

「よかったな」

「何がだっ!?」
 
 
 
 

  continue………?

 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
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