Moon Time『月姫カクテル夜話』 

 
 
 
 



 

「………一体………なんなんですか!?    これは!?」

「それはこちらのセリフです!」

「志貴様が………志貴様が………」

「………志貴ってば器用ねー」

「………器用で済む問題でしょうか?」

「「……………………………………………………」」

  秋葉とシエルが憤り、翡翠は呆然自失状態であり、アルクは何も考えていない様子でケタケタ笑い、琥珀は困惑に眉根を寄せていた。

  志貴は、お互いに顔を見合わせたまま、どうコメントするべきか、あるいはこの事態をどうするべきか、悩んでいる様子だった。
 
 













月姫カクテル夜話番外編

《APRIL  FOOL》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「うむ。久しいな」

  のっそりと入って来た濃いグレーのコート(のみ)の長身の男は、むっすりとしたいつもの表情のまま、ぐるりと店内を見渡した。

「ここも、変わらずか」

「あら、変わらずにいられることは、それだけで変わり続けていることでもありますよ?    ネロ・カオス様?」

「ふむ」
 
 
 
 

  と ――
 
 

「あ、ネロさんだー。ネロさんー」

  とてとてと足音を立ててチェリーが走り寄って来る。

「ネロさんー、トップ出してトップー」

「うむ」

  言葉少なく応え、コートをはだける。

  一見変質者だが ―― 実際、裸体にコート一張はまんま変質者としか言いようがないが ―― 彼の身体そのものが『獣の巣』と呼ばれる特異な結界であるため、今は変質者議論をするべきではない。

  コートの内側から、彼の身体の体積よりも大きな『虎』がにゅるりと滑り出る。

「トップー」

  ゴロゴロと喉を鳴らしながら頭を擦り付けて来る虎を撫でながら、チェリーはいたく御満悦。
 
 

「久しぶりやな、ネロ・カオス」

「久しいな、『全き混沌』」

  顔見知りらしい。確かに『混沌』としている点では、両者とも似たようなものだ。

「私は………この世界では『死んだ』のではなかったかな?」

「ウソをつかん為には、因果律すら歪めんで?    今日のワェはな」

「……………………………………………………ふむ?」

  片目を瞑り、疑問を投げかける。

「己の言うた言葉を『ホンマ』にするためやったら、死んだ奴を一時的にでも生き返らせるし、物理法則すらヘチ歪めるし、因果すら喧嘩売んで、今日はな」

「………何故に?」

「ま、もうちっと間待っとってくれ。頭数が揃たらイベント始めんで」

「了解した。では、待たせてもらうとしよう」

  ウェイトレスたちのリクエストに応えて ―― 中には『幻獣』や『魔獣』をリクエストする者もいた ―― 身体から『獣』を出しながら、奥の方のテーブルに腰を落ち着ける。

「………こらこら、あんまりデカい奴出さしたるなや?」

  『混沌と矛盾の領主』は、苦笑混じりに窘めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「しーきー」

「………アルク」

「ねぇ、志貴の所にはさ、招待状来てた?」

「………ああ、『APRIL FOOL FAIR』だろ?    きてたよ」

「じゃ、一緒に行こ?」

「………ああ」

  何処か、疲れた感じのする志貴。

「志貴………何かあったの?」

「………まあな」
 
 

「待ちなさいアーパー吸血鬼」

  横合いから声がした。

「何の話をしていやがりますか、あなたは」

「………デカ尻エル」

「だれがデカ尻ですか、だれが」

「じゃあ、なんちゃって女子高生」

「………800歳のおばあちゃんに言われる筋合いはありません」

「シエル先輩、先輩のところには来なかったの?」

「何がですか?」

「招待状」

「何のです?」

「………『APRIL FOOL FAIR』の。[MOON TIME]から、葉書来てなかった?」

「………いつです?」

「ホワイトデーの直後ぐらい」

「来ていませんよ、それ。初耳です」

「……………………………………………………?」

「あぁ、わかった」

  アルクが『ニヤリ』と嗤いながら言う。

「シエルってば、『一般会員(スタンダード・メンバー)』だからじゃない?    私は『上級会員(ハイクラス・メンバー)』だから〜」

  勝ち誇ったかのように嗤う。

「……………………………………………………くっ」

  ぎりり、と、歯を食いしばるシエル。

「ま、まぁ、先輩も。せっかくだから、一緒に行こう?」

「えー?」

「えー?    じゃないだろ、アルク」

  一瞬、ギン、と厳しい視線を交わすと、アルクは右腕に、シエルは左腕に己の体を絡ませると、半ば強制連行にも近い形で歩きだした。

  傍目には『両手に花』だろうが、当人に取っては精神衛生上、非常に良ろしくないだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「お帰りなさいませ、志貴様」

「あ、ああ。ただいま」

  朝もまだ明けきらない時間帯。

  秋葉の基本通学時間帯であるため、その早さは推して知るべし。

「昨夜は如何でしたか?」

  ある種、強烈な嫌みではあるが………

「……………………………………………………うん」

「?」

  志貴にとって、それは陰鬱な、そして触れられたくない記憶でもあった。

「………秋葉は?」

「秋葉様は、先ほど朝食を終えられました」

「そっか………」

  意気消沈、と言う言葉が相応しいヘコミっぷりだ。
 
 
 
 

「お早う御座います、兄さん。昨夜は………」

  随分お楽しみだったのではないですか?    と、続けようとして、志貴の表情に眉根を寄せる。

「………何が、あったのですか?」

「………いや、なにも」

  言葉少なく、ボソボソと答える志貴。

「そう………ですか。では、夕刻に皆で出掛けますから、その心算で支度していて下さいね」

「………?    何かあったのか?」

「……………………………………………………」

  呆れた、と、言いた気な表情を浮かべると、

「兄さんの方から誘って下さったんじゃないですか。[MOON TIME]で『APRIL  FOOL  FAIR』があるから、と」

「………ああ、そうだっけ」

「………何があったか、は、聞きません。ですけれど、兄さんから誘って下さったのですからね?」

「………ああ」

  じゃあ、部屋で休んでるから、と、居間を出て行く。
 
 
 
 

  と ――
 
 

「なぁ、秋葉」

「?    何ですか?    兄さん」

「俺は………遠野志貴だよな?」

「………何を当たり前のことをおっしゃっているんです?    兄さんは『遠野志貴』以外の誰でもないでしょう?」

「……………………………………………………そうか。やっぱり、そうなのか」

  それだけ言うと、自室に戻るために部屋を出て行く。

「「「?    ?    ?」」」

  後に残されたのは、疑問符を浮かべまくった遠野家姦し三人娘。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………『ドリーム』………」

  自室のベッドに寝そべり、天井を見上げる。

「俺は彼女で、彼女は俺で」

  でも、と、考える。

「さっきまでは、『ドリーム』だったはずなのにな」

  今では『遠野志貴』としての意識と感覚しかない。

  映画で見たような、小説で読んだような、現実味のない記憶しか浮かばない。

  『ドリーム』として志貴 ―― 自分自身 ―― に抱かれ、腕の中で消えていった悲劇のヒロイン。

「………あるいは、喜劇のブラック・ジョークか」

  問答無用で黙らせる意味では、ギャグ(猿轡)か?

  自らの心の隙間を埋める存在として、『人』は自分意外の『誰か』を求める。

  それが、俺にとっては他ならぬ『自分自身』だったとは ――
 
 
 
 

   ―― 『アニマ・アニムス』。

  『男性』の中の『女性人格』、『女性』の中の『男性人格』。
 
 
 
 

「確かに………全てを分かり合っても、何ひとつ恥じることはない、か」
 
 

   ―― 自分自身に他ならないのだし。
 
 

「………最高の『自己偏愛(ナルシズム)』だな」

  苦笑を浮かべる。

「夢の中でなら、会えるかな?」

  彼女自身が『ドリーム』だし。でも、レンに頼むのは危険かな?

  そのまま、俺は夢すら見ない眠りに堕ちていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「志貴様、ようこそいらっしゃいま ―― 」

  ひきっ、と、顔を引き攣らせる。

「先刻、御案内しませんでした………!?」

「?」

「先程、アルクェイド様とシエル様と三人でいらっしゃいませんでした!?」

  驚愕に顔を歪めて指さす。

「………何の、事?」

  そのまま、緊迫感に満ちた時間が過ぎ ――

  それは、無闇矢鱈に能天気な掛け声で中断された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「HAPPY!!    MERRY!!!」

  一拍の『溜め』の後 ――

「APRIIIIIIIIIL!!!!  FOOOOOOOOOOOOOL!!!!!」

  いえー、と、掛け声がかかる。

「さあっ!    今年もやぁぁぁって来よりましたっ!!    『嘘偽りの日』っっ!!!    えいっぷりるっふううぅぅるっ!!!!」

  おーいえー、と、どこからともなく掛け声がする。

「今年も、例によって例のように『嘘』を探すんじゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

  いやーはあー、と、無駄に威勢のよい掛け声がする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………で」

  緊迫感に満ちた組み合わせがひとつ。

  アルクとシエルは、カウンターで志貴の左右に座り ――

  秋葉と琥珀と翡翠は、志貴と同じテーブルにつき ――

  志貴は、志貴と、顔を見合わせたまま、困惑していた。
 
 
 
 

「………どうして」

  周囲も今や事態を見守っている。

「どうして………兄さんが………ふたりもいるの?」

「「俺が聞きたい」」

  コンマ1秒のタイムラグもなく、同時に言う。

「でさ、どっちが偽物?」

「「わからない」」

「正解はワェが知っとるしー?」

  『混沌と矛盾の領主』が、面白そうに言うと、五人が五人とも勢い込んで、

「答えなさい」

「どっちが本物ですか!?」

「本物を返して下さい」

「片方私に下さいな」

「偽物でいいから持って帰っていい?」

  と、迫る。
 
 
 
 

「正解は………」

「「「「「正解は!?」」」」」

「この『APRIL FOOL FAIR』で勝利した方にっ!」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

「「それは………俺も含まれるのか?」」

「たうぜん(当然)やね」

  にやにやと、笑みを浮かべて言う『混沌と矛盾の領主』。

「それで、勝利する、とはどういうことです?」

  毎年のイベントなんやけどね、と続ける。

「これからタイマーセットした1時間の間、ワェは何かひとつ、『嘘』を吐く。その『嘘』を証明したら、『剛化素品(ごうかそしな)』か『マジック・カクテル』をプレゼント」

  副賞として、正解を、と。

「………『マジック・カクテル』?」

「最近のコトで分かり易い例を譬えたら………ホワイトデーで秋葉ちゃんが、いつもとは違て『巨乳』やったやろ?    あんな感じに、『カクテルの持つ意味』を『ホンマ』に変える事が出来るようになるねん」

  一種の『霊薬(マジック・ポーション)』やね、と、続ける。

「せやから、欠片程(カケラほど)も『萌え』へん娘でも、『萌え萌え』になるカクテルとかもあるよ?    正味な話」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

「勿論、一生涯愛させるような奴かてあるし」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

「スタイルを補正するものもあるし」

「……………………………………………………」
 
 
 
 

「よし、勝負だ」

  アルクが。
 
 

「勝ち取ってみせますよ」

  シエルが。
 
 

「兄さん………待っていて下さいね」

  秋葉が。
 
 

「あはー。勝利は我が手にあり、ですー」

  琥珀が。
 
 

「私を、勝利者です」

  翡翠が。
 
 

「「………自分で勝った方がいいかもな」」

  志貴も。
 
 

「さて………始めるで」

  カチリ、と、巨大な掲示用のタイマーがセットされる。

「READY………」

  ゴクリ、と、息を呑む音がして ――

「GO!!」

  チッ、と、スイッチが入る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「さあ、これから一時間の間に、ワェは嘘を吐く。その嘘とは一体何かー?」

「何もしゃべらないのは………」

「ああ、それはない」

  パタパタと手を振りながら、営業マンスタイル通りの営業マンスマイルを浮かべ、

「色々喋くり倒すで、だんまりに逃げへん。それは安心し。わかれへん事はわかれへん言うし」

「面白い趣向だな」

  奥からのっそり現れた姿に ――

「「!!」」

  アルクとシエルは驚愕の表情を浮かべた。
 
 
 
 

「「ネロ・カオス!?」」

「久しいな、姫」

  一切の動揺もなく、佇む。

「何だって、あんたがここに………」

「この店の会員だからだ。客として訪れるのに何か不都合でもあるのかね?」

「………こんな危険な奴が、何だって会員なんですか!?」

「御挨拶だな、代行者。危険性で言うならば、我を上回るものなどいくらでもいる」

「!?」

「でもま」

  『混沌と矛盾の領主』が、言葉を引き継ぐ。

「この店ン中は、『認められた“競技”としての《戦闘》以外の《私闘》』は、一切禁止されとうから。平和なもんやよ」

「うむ」

  鷹揚に頷き、スツールに腰を下ろす。

「いつもの」

「かしこまりました」

  当然のこととして受ける『バーテンダー』。

「……………………………………………………いつもの?」

「ああ、ネロはいっつも『ジャングル・ファンタジー』を呑みよるでな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ジャングル・ファンタジー『Jungle Fantasy』★

  グリーン・バナナ・リキュール………1/4

  パイナップル・ジュース………3/4

    氷を入れた10ozタンブラーに注ぎ、軽くステアする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「「「……………………………………………………」」」

  誰なのか分かっていない遠野家姦し三人娘は、姿形から『変質者』以上の感想を思いつかなかったらしい。

「それで………あなたのおっしゃった『嘘』ですけど」

「おう、もう早(はや)判ったんか?    早いなー」

「………冗談は程々になさってください。兄さんはどうして二人になったのです?」

「正解は、そっちの正解と引き換えに、やけどね。………まぁ、ええわ。答えたる」

「……………………………………………………」

  最初からそうしろよ、と言いた気な。

「正解は………『どっちも本物』や」

「判りました。それが『嘘』です」

  秋葉は勝ち誇って言う。

「………証明出来るか?」

「ええ。だって、私は兄さんと生命を共有していますから。その感覚を辿れば………辿れば………」

  にやり、と、笑みを浮かべる『混沌と矛盾の領主』。

「辿れば………辿れば……………………………………………………ど、どうして!?」

「「………秋葉?」」

「そんな……………………………………………………うそ………!?」

  顔面蒼白に、震える。

「秋葉様?」

  琥珀が慌てて支える。

「そんな………両方共に繋がっているなんて………」

「「……………………………………………………」」

「やから、両方『本物』やて、言うたやろ?」

  ホンマのコトやでー、と、笑みを浮かべる。
 
 

「DNA鑑定は………」

「この店の“奥”の世界やったら、クローン作れるところもあんねんけど?」
 
 

「魔術回路」

「調べられるんかいな、あんたが」
 
 

「ゆ、指ちゅぱ………」

「一緒やと思うけど?    同一人物なんやし」
 
 
 
 

「………分裂するか。面白い能力を有しているな、少年」

「「笑い事ですか?」」

「概念としては、我に近かろう」

「「?」」
 
 

「そうだ!」

  アルクが手を打ち鳴らして言う。

「『直死の魔眼』よ。ないほうが偽物………」

「「いや………見えるんだ」」

「………え?」

「「死線と死点」」

  はい消えたー、と、ぱしん、とテーブルを叩く。
 
 

「記憶!    記憶の違いは………!?」

「「多分、一緒じゃないかな?」」

  残念賞ー。
 
 
 
 

  と ――

「ネロさんー」

「………娘」

  チェリーが、ただきちさんにのったちよちゃんのように虎の上に騎って現れる。

「ありがとー」

「うむ」

  コートをはだけ、そのなかへにゅるりと入り込む虎。

「また撫でさせてねー」

「うむ」
 
 
 
 

「……………………………………………………信じられませんね」

「何がかね?    代行者」

「子供相手に『獣』を出すことが、です」

「ここでは私の能力は面白がられるのでな」

「ウェイトレスたちに大人気やからね。普段、触りとうても触れん『獣』を撫で回せるんは」

「それに甘んじるあなたもあなたね」

「姫、姫も撫でてみるかね?    要望があれば出すが?」

「………結構」

  頭痛い、と言わんばかりに額を押さえる。

「少年、少年はどうする?」

「「いえ………遠慮しておきます」」

「そうか」
 
 
 
 

  と ――

「お、志貴。元に戻って………ねぇのか。分裂したまんまかよ?」

  現れたのは ――
 
 

「あ、御主人様」

  チェリーが嬉しそうな声をあげる。

「「『セヴンスヘヴン』」」

「よお」
 
 

  幾分煤けた様子だ。
 
 

「仕事帰りでよ、煤けてるのは勘弁な」

「はい、御主人様」

  蒸したおしぼりを手渡す。

「「ちょっと………待て」」

「ん?    どうかしたか?」

「「その………『分裂したまんま』って言うのは………」」

「『夢』と『現実』の同時存在やってたろ?    昨日(三月末)まで」

「「……………………………………………………」」

「オレは『冥府の使い』っつー商売上、『魂の形』の見分けと『魂魄波形(スフル)』の感じ分けが出来るから。『ブラックドッグ』も、あいつは『時空制禦超能力(クロノ・キネシス)』が使えたから、『時間の流れの不統合』で見抜いてるんじゃねぇか?」

「……………………………………………………何の話をしてるのよ?」

「いや、こいつが二人同時に存在してる理由」

「「「「「知って」」」」」

  いるの?    いるんですか?    などと、口々に語尾は違うが、迫って来る。

「いや、オレよか『混沌と矛盾の領主』に聞けば?    この事態の張本人だしよ」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

「競技で、嘘が怖いってんなら、つく嘘はひとつっきりだから、かえって安全だぜ?」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

  ゴシゴシと顔を拭きながら、答える。

「で、両方とも『本物』って言われたのか?」

「ええ、そうです」

  秋葉が答える。

「それは正解。この場合、スイッチの切り替えが出来ていないだけだろうしよ」

「「………スイッチ?」」

「ただ、ひとつ聞いておきたいんだけどよ、秋葉さん」

「何です?」

「両方ともキミの兄『遠野志貴』であるとして、両方共を認め、受け入れ、屋敷に住まわせる覚悟はしてもらえるだろうか?」

「ええ。両方とも『本物』であるなら、当然のことです」

  譬えふたりいたとしても、余計な虫に渡してなるものですか、と。
 
 
 
 

「いもうとおーぼー」

「秋葉さん、欲張りですよ」

「だまらっしゃい!」

  怒鳴りつけて、『混沌と矛盾の領主』に向き直る。
 
 
 
 

「………両方とも本物やとして、これから先、姿形が変わり果てても、あんたが面倒見る気、ホンマにあんのか?」

「当然でしょう?    兄さんは兄さんなのですから」

「ホンマやろね?」

「ええ」

「………誓約書書け言うたら、書けるか?」

「書きますわ。当然でしょう?」

「………言質、取るで?    それでも?」

「構わないと言っています」

  ただし、と、続ける。

「こうなった理由を教えて下されば」

「………よっしゃ。んなら、教えたろ」
 
 
 
 

  と ――

「………今、気が付きました」

「翡翠?」

「このお店の会員証は、一枚きりなのでは?」

「「「「「「……………………………………………………」」」」」」
 
 
 
 

  一拍の静寂の後 ――
 
 
 
 

「「「「「「………それだ!!!!!!」」」」」」

「志貴、カード出して」

「遠野君、カード持ってますか?」

「兄さん、メンバーズカードを」

「志貴さん、カードをお持ちですよね?」

「「ちょ、ちょっと待って………」」

  同時にポケットを探り、財布を出し、カードを取り出す。

「「「「「……………………………………………………?????」」」」」

  両者とも、カードを持っている。

「「「「「……………………………………………………」」」」」
 
 
 
 

「はっはっは。どっちも『本物』やよー?」

  勝ち誇ったかのように。
 
 
 
 

「で、説明に入るわ。まず、志貴の『時間の流れ』から説明しやんとね」

「……………………………………………………」

「ここ二カ月程………せやね、昨日の3月31日に何があったかは、秋葉さん、知ってるやろ?」

「このお店でバイトをすることになったとかで、打ち合わせに来たはずです」

「せやね。そのときに『ドリーム』ちゃんといい感じになる言うことは………?」

「………不本意ですけれど、彼女がもう居なくなるというので」

「せやね。でもまぁ、それは半分正解で、半分不正解やねん。3月31日に『ドリーム』といい感じになって、まあ、『今生の別れ』言うか『最後の逢瀬』を重ねた後………」

  ぎしり、と、志貴が歯を食いしばる。

「………『ドリーム』は、志貴の腕の中で消えた。最も愛せた女性を、成す術もなく失うしかなかった『痛み』は、まあ、想像したってくれ」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

  しんみりと黙り込む。
 
 

「んでや、ここからはある意味喜劇にして悲劇や」

「大切な人を失った後が、どうして喜劇になるんですか!?」

  シエルが怒鳴る。無理もあるまい。彼女もまた、大切な人を目の前で失ったのだから。
 
 

「喜劇や。ある意味はな。タイムスリップを知っとうか?    時間旅行言うてもええ」

「ええ。過去に溯ったり、未来に行ったりすることでしょう?    それが何か?」

「そないな悲劇の別れをした後、志貴は、過去に溯った。1月31日にな」

「………それが、どう繋がるというんですか?」

「1月31日の翌日は?」

「2月1日でしょう?」

「2月1日から3月31日までの間は、他にどんな言葉で言える?」

「……………………………………………………?」

「………『月初から翌月末までの2カ月間』とも言える。聞き覚え、ないか?」

「兄さんのアルバイト期間ですわね」

「誰の入れ替わりて言うてた?」

「………『ドリーム』さんでしょう?」

「せや。『ドリーム』と入れ替わりで、月初から翌月末までの二カ月間っちゅう契約や。過去に溯った志貴は、昨日までの2カ月間、この店でバイトしてた。さて、誰かと一緒やないかな?」

「………『ドリーム』が、そんなこと言ってたよね?」

「そうですね」

  アルクとシエルが呟く。

「じゃあ………兄さんのアルバイトはもう終わっている、と?」

「せやね」

「………それが、一体どういうことになるんです?」

「ま、論より証拠やな。秋葉さん、しつこいようやけど、志貴君、両方とも連れて帰って面倒見るんやな?」

「しつこいですね。そうすると言っていますでしょう?」

「ん。よっしゃ。んなら、志貴、ちょっとイメージせぇ」

「「……………………………………………………なにを、ですか?」」
 
 

「ゲージランプ。10個の目盛りの入ったゲージをイメージ」

「「………こうですか?」」
 
 

[●●●●●●●●●●]
 
 

「お、ええ感じ。で、半分、青いランプ点けてみてくれ」
 
 

●●●●●●●●●●]
 
 

「「こんなところですか?」」

「そうそう。さて、ここからが問題や。残りの5個、赤いランプ点けてみてくれるか?」
 
 

●●●●●●●●●●
 
 

「「こんなところ……………………………………………………って、ええっ!?」」

「「「「「………?」」」」」

  傍目には、志貴が瞑想し、そのそばで『混沌と矛盾の領主』が何か言っているとしか思えない。

「聞こえたか?    繋がったな?    どや?    自分自身の感覚が繋がるんは?」

「どういうことです?」

「ああ、秋葉さん、ちょっと志貴君の頬っぺた捻ったってもらえるか?」

「………こうですか?」

  ぎりぎりぎりと頬を捻る。
 
 
 
 

  と ――
 
 

「「痛い痛い痛い痛い」」

  両方の志貴が痛がる。

  捻られていないカウンター側の志貴も、頬を捻られたかのように赤くしている。
 
 

「「って、これは?」」

「さて、これからが本題や。1月の31日に時間を溯った志貴は『ドリーム』になって、2カ月間のアルバイトを行いました」

「「「「「……………………………………………………」」」」」
 
 
 
 

  しばしの静寂の後 ――
 
 
 
 

「「「「「………………………………………うそっ!!??」」」」」

「いや、ホンマやって」

「「………本当のことなんだ」」

「やから、『志貴』すなわち『ドリーム』でもある」

「それこそ嘘ですー!!!!!」

「兄さん、嘘だと言って下さい!?」

「「いや………本当なんだ」」

「じゃあさ、どうして志貴が二人な訳?」

「それは、姫の行動に原因がある」

「わたしっ!?」

  ネロ・カオスが淡々と言う。

「この世界での姫は、少年の負傷を直すために、少年が仕留めた『我』の『創生の土』を用いて欠落した身体を補ったであろう?」

「………そう言えば」

「それ故に、『混沌』より派生した『モノ』が『自分自身の姿』を取ったに過ぎない。事実、我の『獣』も『使い魔』として感覚を共有出来るし、独自の自我を持って判断、行動することも可能だ。それに『全き混沌』が手を加えたとあれば、双方が『本体』として『独立』あるいは『連動』してもおかしくはない」

「「「「「……………………………………………………」」」」」

  最早、言葉もない、と言った感じだ。

「「じゃあ………『スイッチ』って言うのは」

「それぞれにゲージを思い浮かべてみ」
 
 

●●●●●●●●●●]テーブル側

●●●●●●●●●●]カウンター側
 
 

「んでや、テーブル側、比率『青:9、赤:1』で青にスイッチ。カウンター側、比率『赤:9、青:1』で赤にスイッチ」
 
 

スイッチ[●●●●●●●●●]テーブル側

スイッチ[●●●●●●●●●]カウンター側
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「「「「「うそー!!!???」」」」」

  女性陣、大絶叫。
 
 
 
 

  テーブル側の志貴には、変化はない。
 
 
 
 

  しかし ――
 
 
 
 

「………志貴、様………」

「………『ドリーム』………」
 
 
 
 

  カウンター側の『志貴』は………
 
 
 
 

「ああ………これで………誰憚る事なく………」

「うん………ずっと………いっしょだ………」
 
 
 
 

  『ドリーム』に姿を変えて ――
 
 
 
 

「志貴様………」

「『ドリーム』………」
 
 
 
 

  ふたり、見つめ合い ――
 
 
 
 

「「「「「いやー!!!???」」」」」

「どっちも、本物なんやけどね?」

「『ドリーム』の方が偽物です!」

「………いや、スイッチひとつでいつでも任意に切り替われるねん。やから、3パターンあるんよ。一つ目は[どっちも『志貴』]で、二つ目は[『志貴』と『ドリーム』]で、最後は[どっちも『ドリーム』]で」
 
 

「スイッチ次第で、切り替われるんですか?」

「いつでも?」
 
 

「うん。いつでも、スイッチ次第で。練習して、切り替わりと感覚同調、遮断を確実にせんと、色々難儀するで?」

「「頑張ります」」

  ん、よっしゃ、と、頷く。

「これこそが嘘です!    質の悪い冗談です!!」

「「秋葉、済まない。本当のことなんだ」」

「ハモらないでお願いー!?」
 
 
 
 

「そ………それじゃあ………」

  琥珀さんが、ふるふると震えながら、

「志貴さんふたりと、私と翡翠ちゃんの四人で組んず解れつー!?」

  皆まで言えず、どごす!    と、ボディーを喰らって撃沈する。

「姉さん………!!」

  ハアハアと荒い息を吐きながらボディーブロウを打ち込んだ翡翠。
 
 
 
 

「………ああ、そうすると、ダブル遠野君でちやほやされ放題にー!?」

  シエルはシエルで妄想大暴走。
 
 
 
 

「いーーーーーやーーーーー!?」

  秋葉は脳みそショート状態。
 
 
 
 

「志貴………ふたり居るんだから、片方は一緒にいてくれてもいいよね?」

  期待に満ちた目で見るアルク。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  しかし ――
 
 
 
 

  当人は ――
 
 
 
 

「志貴様………」

「ああ………『ドリーム』………」
 
 
 
 

  最も質の悪い自己陶酔真っ最中。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「人格そのものは別人だから、特に問題はないと思うが?」

「ネロ!    あんた理解よすぎ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「秋葉、頼みがある」

「………何ですか!?」

「離れをくれないか?」

「離れ………って、まさか!?」

「ええ。ふたり………ひとりかしら?    一緒に暮らしたいの」

「駄目です!    認めません!!」

「そうか、なら………」

「仕方ありませんね………」
 
 
 
 

「「あの屋敷を出て、暮らすから」」
 
 
 
 

「兄さんー!?    ほ、本気ですか!?」

「「ああ。俺たちはふたりでひとりの『遠野志貴』だから、認めてもらえないと、強硬手段にでも訴え………」」

「わかりました。わかりましたから私を置いて行かないでー!?」
 
 
 
 

  最早パニックだ。
 
 
 
 

「「ありがとう、秋葉」」

  二人で両側から抱き締める。
 
 
 
 
 

「仲良きことは、美しきかな」

「まったくかな」

  『混沌と矛盾の領主』とネロ・カオスがしたり顔で呟く。
 
 
 
 

「なによー!    もとはと言えばあんたがー!!」

「はっはっは。『誰かを本命に決めない志貴君に焦りを覚えていた』のは誰かなー?」

「「「「「……………………………………………………くっ」」」」」

「誰を本命に選んでも、彼が皆に優しいのんは変わらんやろ。寧ろ、本命が出来ることで更に優しなると思うねんけどな」
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

  ジリリリリリリリリリリリリン………

  ゲームセットの合図がした。
 
 
 
 

「本日のゲームは『勝利者なし』ということで」

  おしかったねぇ、と。

「………今更ですけれど、何を偽られたのですか?」

  志貴ふたり………いや、『志貴』&『ドリーム』に耐えられなくなったか、逃避先に嘘捜しのゲームの結果に意識をやる。

「分かれんか?」

「ええ、さっぱり」

「正解は………『ワェは何かひとつ、『嘘』を吐く』と言うた事が『嘘』でした」
 
 
 
 

「「「「「「「……………………………………………………」」」」」」」
 
 
 
 

  沈黙の後 ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「「「「「「「わかるか、そんなの!!!!!!!」」」」」」」
 
 
 
 

  激しい突っ込みが入ったそうな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  その後 ――
 
 
 
 

  『ドリーム』は、“店”が用意した戸籍『夢野  恵』として遠野家のメイドとして雇用され、琥珀、翡翠の同僚として屋敷の維持・管理に当たり、志貴の世話の一部を行った。

  基本的に、志貴が『翡翠は俺付きのメイドだから』と、あくまでも『ドリーム』 ―― 『恵』の方を琥珀と翡翠の補助として扱うことにしたらしい。

  屋敷の仕事の合間に、遊びに来るアルクを『志貴』として相手するのも、ある意味、アルクやレンにとって良い結果になったと言える。

  また、学校ではシエルに対し、アルクとの遭遇を気にしなくても良くなったため、落ち着いて相手出来るようになったのも、シエルにとっての利点と言える。

  忙しい時、体が二つになれば、と言うぜいたくな悩みを現実のモノとして解決出来るようになったのは、志貴自身にも余裕を作り、自分を理解する最高のパートナーを得たことも、精神的な落ち着きをも齎した。

  秋葉にしても、それは言えることだった。

  今まではネボスケを待って苛立ちを覚えていた時間は、『恵』として早起きする『志貴』を相手に朝食と朝の一服を楽しめるようになり、蒼香や羽居をして「きれいになった」と言わしめるほどとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「多少は、感謝するべきなのでしょうね」

「何に?」

  夕食後のひととき。

  五人、ゆるやかにお茶を楽しむ。

「『混沌と矛盾の領主』に」

「………今にして思えば、それこそ『嫌み』のような気もするけどね」

「無自覚の『己』を見なさい、と、言うことでしょう?」

  秋葉の言葉に、志貴と恵が微苦笑を浮かべて答える。

  まるで、長年連れ添ってきた夫婦のような雰囲気に、時として嫉妬に駆られることもあるが、秋葉も琥珀も翡翠も、この穏やかな時間が好きだった。

  いや、好きになれた、と、言うべきか。

  志貴が誰を好きでいようと、私が好きなのは志貴なのだ、と。

  自覚し、認められるようになったのだから。
 
 
 
 

「今度のゴールデンウィーク、時間取れるかな?」

「ええ。兄さんのためでしたら、時間ぐらい、なんとかしますわ」

「じゃあ、何処に行くか考えておくよ」

「あ、でも………」

  秋葉は、悪戯っぽい笑みを浮かべて、

「あのふたりが来ないところを、お願いしますね?」

「はいはい」

  時間は、ただ、ゆるやかに過ぎる。

  自分自身を認められる程度にしか、他人を認められないのならば………

  自らの全てを認め、愛せるのならば………

  世界を愛せるはずだから。

  この、壊れやすい世界を。

  ありのままの姿で。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?

 
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 



 
 

後書き………のような駄文。
 

  さて、如何でしたか?

  『バレンタインデー』  →  『ホワイトデー』  →  『エイプリルフール』のコンボ。

  我ながら、よくこんな『ワカラナイ』話を書いたものだと思いますけれどね。

  志貴君にも『大本命』が出来たようですし(爆笑)

  さて、今後の彼がどうなるか、は、この後に書く(かもしれない)『番外編』で。

  次の『番外』は、ゴールデン・ウィークかな?

  未定ですけれどね。

  色々『オリキャラ絡み』の番外編のリクエストを戴いているので、そちらも書きたいですし。

  時間さえあればねぇ(苦笑)

  3月30日。MR.BIGのSHINEを聞きながら。
 
 

  では。
  LOST-WAYでした。
 
 
 
 


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