Moon Time『月姫カクテル夜話』 

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「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

 耳に優しい迎え入れは、志貴の脳みそに入ってはいなかった。

「これは一体・・・・・・どうなってるんだ」

 志貴は、自意識が無視し続ける事実を、無意識で口にする。
 
 
 
 

 志貴が何時ものように、MOON TIMEの扉を開けると、そこには笑いと
 
 
 
 
 

「幻覚だ。これはきっと、何時も何時も何時も他人に振り回されている所為で見る幻覚だ」
 
 
 
 
 

 志貴は頭を振って、もう一度見る。
 
 
 
 
 

「はは、可笑しいなぁ。何でまだ見えるんだろう」
 
 
 
 
 

 桜が一本立っていた。

  樹齢千年と言われても納得できるほどの巨大なすだれ桜だ。

  赤より淡く、白より暖かい。

  よく桜は下に人の死体があるから美しいと言われるが、それが間違いである事を体現するほど美しい色だ。

  こんな美しい色は、人の赤黒い血からは生まれない鮮やかで、澄み通った色。
 
 






















一万ヒットおめでとうございますSS
 
 
 
 
 

ある男との出会い
 
 
 
 
 

〜志貴さん、あなたは不幸になりますねー〜



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

written by AAA

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 一万人目の新たな客が生まれたらしい。

  そこで、それを記念してその客の願いを一つかなえる、と混沌と矛盾の領主が言い出し、オーナーもそれを許可した。

  まさかこうなるとは、二人とも考えなかったようだ。
 
 
 
 

「まあ、そう考えれば納得できるなぁ」

 混沌と矛盾の領主、彼にかかれば、店の中に桜の一本なんて簡単な事だろう。

「なんせ、時間すら止められるんだからなぁ」

 志貴は説明と共に貰ったカクテル、ファンタスティックを口に含む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ファンタスティック(Fantastic)

 技法
 ブレンド

 使用グラス
 フルート型シャンパングラス

 材料
 クランベリーシロップ30ml
 グレープフルーツジュース15ml
 パイナップルジュース15ml
 レモンジュース15ml
 クラッシュアイス2/3カップ
 トニックウオーター適量
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 カクテルの名前を思い出し、志貴は苦笑する。確かにこの空気にふさわしいカクテルだ。
 
 
 
 

 桜の鮮やかさを見ながら、志貴は思う。もし自分が願いを一つかなえられたら、何を願うか。
 
 
 
 

 アルクェイドの吸血衝動を消してもらう。

 シエル先輩の不死身をなくしてもらう。

 秋葉を遠野家の呪縛から救ってもらう。

 翡翠の舌をまともに直したい。

 琥珀さんに大人しくして欲しい。
 
 
 
 

 他にも色々頭の中に浮かんでは消える。どれも大切で、どれも切実な願いだ。それでも、志貴は一つしか無いというのなら、願う事は決まっている。
 
 
 
 

 四季、彼を、吸血鬼となってしまった彼を、遠野志貴が殺してしまった彼を、生き返らせて欲しい。
 
 
 
 

「ファンタスティックなんて中々皮肉が利いてるとは思いませんかねー」

「え」

 横を見ると、何時の間にか一人の男が座っていた。ここ雰囲気にはそぐわない、チンピラ風の男だ。ヘラヘラと、笑みのたえない顔が、志貴の知っている人に似ていた。

「ファンタスティックは空想的と言う意味です。現実にあるが空想である。この桜をどんな風に感じているか分かると思いませんかねー」

「えっと、あなたは?」

 志貴は見知らぬ男に戸惑う。彼が何故、声をかけてきたのか分からないのだ。

「名前なんて必要ないですが必要と言うならば二つ名を答えましょう」

 男は体重が無いようかのように椅子から飛び降り、馬鹿丁寧な礼をする。

「闇の中でも笑わせましょう。絶望と恐怖で笑う以外を消し去りましょう。 『ピエロ』 それがわたしの二つ名です」

「はぁ」

 芝居がかった動きに、志貴は当惑した。
 
 
 
 

「あなたはのお名前は何でしょう」

 そんな志貴の様子を無視して、ピエロは気楽に尋ねる。

「あ、と、遠野志貴です」

 自分が名乗っていない事を指摘された志貴は、慌てて名を名乗った。礼儀がなっていない事を秋葉が知れば、と言う考えが頭をよぎり、志貴は顔を青くする。
 
 
 
 

「あなたはあの桜をどう思います」

「驚きましたね。まさか、あんなものが存在するなんて思っても見ませんでしたから」

 志貴は、ユラユラと揺れて落ちては消える桜吹雪を眺めながら、答えた。

「そうですか」

 ピエロはウンウン、と頷く。

「それが聞ければ十分です。また会いましょう。もっとも生きていたらの話ですがねー。アハハハハハーーーーーー」

 ピエロは何処かおどけた歩調で去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「なんだったんだ」

 志貴は男の後姿を、呆然と見送る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「どや、楽しんでるかいな」

 タイミングを見計らったかのように、混沌と矛盾の領主が近づいてきた。

「まあ、楽しんでます」

 多少顔を引きつらせながら、志貴は答えた。楽しんでいないわけではないが、この非常識事態をまともに楽しんではいけない、と脳が命令しているため、どうしても歯切れが悪くなる。

「分からんでもない。ワェもまさか、こんなん願われるとは思ってなかったわい」

「そうなんですか?」

「ああ、あれの事やから、自分が殺した女房を生き返らせるか、自分が殺したおねぇを生き返らせると思ったんやが・・・・・・」

 混沌と矛盾の領主は何気無い口調で言った。

 その言葉の意味に、志貴は固まる。

「まあ、願いは人それぞれや。けど、あんな阿呆はあまり見なんなぁ」

「どうして」

 志貴には分からなかった。その客が、何でこんなくだらない事を願ったのか。

 混沌と矛盾の領主が言うように、自分の大切な人を生き返らせてもらえばよかったのだ。大切な人なんだから、それぐらいの事を願っても誰も責めないのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ワカラナイ」
 
 
 
 

 志貴は、何時もの口癖を呟く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ワェも分からん。本人に聞いてみたらどや?    おもろい答えが聞けるで」

「良いんですか?」

「かまわへん、かまわへん。あれは、喜んでくる」

 志貴の答えをまたず、混沌と矛盾の領主は呼んでくる、と言って席を立った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「待つしかないか」
 
 
 
 

 志貴は諦めて椅子に座りなおすと、その客が来るのを待った。女房、と言っていたから、たぶん男だろう。歳も、たぶんかなり年上だと思う。

 しかし、志貴にとってはそんな事はどうでもよかった。ただ、知りたい事があったのだ。自分が殺してしまった、自分にとって大切な人、自分の所為で壊れてしまった人、それが生き返るチャンスがありながら、何故それを願わないのか。その答えが知りたかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「連れてきたで」

 ちょうどカクテル一杯分を飲み終わったところで、混沌と矛盾の領主がやけに上機嫌で戻ってきた。

 挨拶をしようと、そっちを振り向いた志貴は固まった。
 
 
 
 

「あなたですか、私を呼び出したのは?」

 若い声だ。まじめそうな人が志貴の前に立っていた。姿勢はぴんと張られ、ただでさえ高い身長が更に高く見える。服は、ゆったりとしたローブのようなものだが、それを着ていても刃物のような空気は隠しようも無かった。
 
 
 
 

「それで、何が聞きたいんですか?」

 客は志貴が何も言わない事に怒りもせず、志貴の隣に座る。

 美形だった。美とはこの人のためにあるのか、そう思わせるだけの美しさがその客にはあった。しかし、志貴はそんな事を考えている余裕が無い。なぜなら、来た人物はアルクェイドやシエル先輩とも向こうはれるほどのスタイルの良い女性だったからだ。

「えっと、あっと、その」

「何でこんな事願ったかが知りたいそうや」

 混乱してまともに話せない志貴の代わりに、混沌と矛盾の領主が尋ねる。
 
 
 
 

「そう言う事ですね」

 女は納得すると説明し始めた。

「ヒトの命は一回限り、だからこそ尊いのです。何度も蘇ったら、殺す事の罪が消えるます。そして、誰もが生き返ることを望んでいるわけではない。それに、わたしの命は後数年、蘇らせても責任がもてません」

 女の答えに、志貴は沈黙した。この人が本物かどうかは、どうでも良い事ではないが、彼女の言っている事は彼自身が納得できるものだからだ。確かに、そのとおりだ。生き返るから殺して良い、そんな旧時代的な事が世にはびこってはいけないのだ。
 
 
 
 

「でも、辛くないんですか?    助けたいとは思わないんですか?」

 それでも、理性についていけない感情が、志貴にそう尋ねさせる。
 
 
 
 

 女は苦しそうに顔をゆがめると、体重が無いようかのように椅子から飛び降り、馬鹿丁寧な礼をする。

「闇の中でも笑わせましょう。絶望と恐怖で笑う以外を消し去りましょう。私は『ピエロ』  道化を演じるがわたしの役目」

 悲しそうな笑みでそれだけ言うと、女は志貴に抱きついた。

「続きは次回の講釈ですよー」

 志貴の耳元で、女の口からピエロの声が発せられた。

「え、もしかして、ピエロ、さん」

 先ほどの動きで、まさかと考えた妄想が確信に変わる。

「その通りです。変装もわたしの特技の一つですからねー。それとこれはおかえしです。頑張って生き残ってくださいねー。アハハハハーーーーー」

 それだけ言うと、ピエロは体を離した。

「あなたがわたしをどう思うか分かりません。けど、私はあなたが好きです」

 目に涙をため、一生懸命な笑顔でそれだけ言うと、ピエロは走り去っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「頑張って?    生き残れ?」

 志貴はワカラナイと言う表情で、混沌と矛盾の領主を見た。

「まあ、後ろを振り返ればわかることやで」

 ご機嫌な笑みで、混沌と矛盾の領主は志貴の背後を指した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 後ろを振り返った志貴は
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「兄さん、今の女は誰ですか?、きっちり説明していただきますからね」

 全身から紅い陽炎を放出する秋葉がいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「あは、あは、あはははははは・・・」
 
 
 
 
 

 志貴はピエロの言葉どおり、これから起きる秋葉の宗教裁判を回避できない絶望と、その判決に対する恐怖で笑うしかなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 注釈

 どうも、あんまり好きではないんですが、注釈を入れないと勘違いされますので注釈を入れます。

 混沌と矛盾の領主と、ピエロは初対面です。何処かであったと言う事もありません。ピエロが過去を語ったわけでもありません。

 ああ言う願いを願うピエロに好奇心が沸き、本人の許可を取った上でピエロの人生を知った、というところです。死人を蘇らせることの出来る人ですから、不可能じゃないでしょう。
 
 
 
 
 
 



 
 

後書き、と言うか私信

どうも、AAAです。

Lost-Wayさん、一万ヒットおめでとうございます。

かなり時期外れですが、一万ヒットお祝いのSSを送らせていただきます。

月姫カクテル夜話、続き楽しみに待っています。
 
 
 
 



 

Lost-Way

まさか自分がヒット記念SSいただけるなんて思ってもみませんでした(苦笑)

確かに、彼なら出来ることですね。

ピエロが如何なる人物なのか、当人の過去に何があったのか。

色々想像してしまいますけれど、それがこのSSの味なのでしょう。

桜の季節には些か遅れてしまいましたけれど、あの店ならいつでもなんでもありですから(汗)
 
 

では。

Lost-Wayでした。
 
 
 
 
 

追記。

感想をBBSに御記入して頂けるとうれしいですね。
 


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