[Red‐Eye]
「…………………………………何か企んでいるな。」
「当然だろ? オレの師匠、『矛盾と混沌』の領主だぜ。」
――そりゃかなわん
『ブラックドッグ=ミレニアム』と別れて、さて、『ヴェイル』でもけしかけに行こうと思った私は、妙な胸騒ぎを覚えた。
彼の能力を疑うわけではないが、一抹の不安をぬぐうことが出来ない。
だが、この時の私には時間がなかった。
だから私は、不安など何もないと、強引に自分を納得させることにした。
ブラックドッグによろしく
〜Play water over drunken persons!!〜
[Dream]
その日の遠野家は、当主の秋葉様と、長男の志貴様がいらっしゃらないというのに、宴が催されていました。
最初は別の話し合いであった筈なのに、琥珀さんが秋葉様秘蔵のお酒を持ってきたのを皮切りに、皆さん飲み始めてしまい、夜も更けた今に至っては酒盛りとすら言えない、酔っ払いの巣窟となっていました。
そもそもの発端は、私がお世話になっていた店、[MOON TIME]のイベント、『ランド=スケープフェア』でした。
フェアの数日前、『ブラックドッグ=ミレニアム』という名の少年が遠野家を訪れました。
彼は、内密の話があるといって秋葉様と密談しました。そこで何を話したのかは分かりませんが、秋葉様がある日時――今日の事です――を指定し、其れに合わせて、スケジュールを調整したのは、それから程なくしてのことでした。
秋葉様は浮かれていました。朝、紅茶を召し上がっている時にやけたり、時折何か話したくてたまらないといった様子でこちらを見たり、ご自身は隠しているつもりでも、誰の目にも浮かれている事が明らかでした。
…もしかしたら、それとなく自慢していたのかもしれません。
こういう状況で最初に動いたのは、やはり琥珀さんでした。主人の明らかな浮かれっぷりに女の勘がビビッときた彼女は、秋葉様にカマをかけました。しかし、今回に限っては、秋葉様は余裕を崩しません。さすがに不安になった琥珀さんは、目的地としての確率が最も高い場所[MOON TIME]を訪ねました。
果たして、琥珀さんの予想は的中していました。彼女は顔なじみのウェイトレス『チェリー』さんから『ランド=スケープフェア』のことを聞き出したのでした。
『ランド=スケープフェア』は、『セブンスヘブン』・『パーペチュアル』・『ブラックドッグ』のミレニアムトリオの料理発表イベントで、新規スペシャルメンバーの歓迎も兼ねています。出席できるのはスペシャルメンバーのみ。
パーティーには、女性を一人随伴させる事が決まりで、秋葉様の狙いは一目瞭然でした。
すぐに琥珀さんは、この事実を他の女性陣にも伝え、色々と準備に取り掛かりました。
彼女の言葉を借りるのなら、「お楽しみは皆で分かち合うもの」なのだそうです。
しかし、店から招待状が届いたとき、琥珀さんは愕然としました。
招待状には、志貴様と秋葉様が指名されていたからです。
女性陣一同不審に思ったのですが、主賓である志貴様があっさりと信用――「いつもの騒動がなくて助かる」(by志貴)――してしまったため、黙らざるを得ませんでした。
『フェア』当日、秋葉様は何処かしら勝ち誇った様子で、いそいそと出かけて行きました。
そして、今に至ります。
私はと言えば、被害を最小限に食い止めようと、ホストの如く――『ホステス』なのかも知れませんが――立ち回っていました。
アルクェイド様は、酒瓶の山に半ば埋りながら、宴が始まった頃と同じペースで飲んでいます。
シエル様は、肴をあらかた食べ尽くしてしまい、何処から持ち込んだのかカレー粉を舐めながらお酒を飲んでいます。
塩と日本酒と言う飲み方はありますが…
翡翠さんは、コップを掴んだまま宙を睨んでいるし、琥珀さんにいたってはお酒を持ってきた時に既に出来上がっていたらしく、酔いつぶれてケラケラ笑っています。
……翡翠さんはお部屋で休ませたほうがいいかもしれませんね。
「翡翠さん、大丈夫ですか? 大分酔っているようだし、お部屋で休みましょう?」
「…………酔っていません。」
即答されました。酔っていても相変わらずの態度に、私はちょっと笑って、
「もう、そんなこと言って! …ほら翡翠さん、この指何本に見えますか?」
目の前で人差し指を振りました。
拗ねている翡翠さんは、なんだか放って置けなくなるのです。
翡翠さんはしばらく、ポ〜〜〜ッと私の指を見ていました。
なんだか子猫を相手にしているような気分で、私は翡翠さんの顔を見ていました。
「………………………」
パクッ
「…って何で私の指を咥えるんですか?!!!」
「ああぁぁぁぁぁっ!! ドリームさんが私の翡翠ちゃんに指チュパさせてるー!!」
「なんですって?! 眼鏡に、ブルマ、下着漁りに飽き足らず、そんなマニアックなプレイを?!」
「ええ〜っ? 私にもしたことないのに〜!!」
そりゃそうでしょうとも
「む〜っ、私にもしてくれないのに、翡翠ちゃんに指チュパをさせてるなんて酷いです。裏切りです。」
「何でそうなるんですかっ!?」
「ですからお仕置きとして…」
言って、琥珀さんがフッフッフッと不気味に笑います。
ナンダカ嫌な予感が! 頭の中で、ニゲロ、ニゲロ、ニゲロと、警鐘が。
「あらあら、逃がしませんよ。」
シエル様が、ドアへの進路を塞いでしまいます。
「ドリーム、もう諦めちゃえば〜?」
アルクェイド様は、いつの間にか窓の前に陣取っています。
……退路なし。
「ドリームさんには志貴さんの感覚にリンクして、“あちら”の様子を見てもらうんですから、逃げようったって逃しません。ですから諦めてください。クスッ 諦メルノッテトッテモ楽デスヨウ?」
なんか口調が怖いです
「というわけで、リンク、リンク〜♪」
「それはとてもいい考えです。姉さん」
うわっ! 離れた! 琥珀さんの言葉を聴いていきなり離れるなんて………演技?
「いいですね。賛成です。」
「へ〜、面白そう!」
シエル様や、アルクェイド様まで乗ってきます。
「あ、あの、皆さん?何をそんなに盛り上がっていらっしゃるんですか?」
「あら〜っ? とぼけたって無駄、無駄、無駄です。ドリームさんは志貴さんの同一存在で、感覚がリンクしているでしょう? と、言う事はいつでも志貴さんの行動を何から何まで覗き見ることが出来るということです。何から何までですよ、何からナニまで! もう〜っ、羨ましいですね、コンチクショー!!」
私の背中をバシバシ叩きながら、一人テンションを上げる琥珀さん。
「わ、私たちはもう、リンクは切ってますし、それに出歯亀なんて行為はよくないと思います。」
「フフフ、そんな事を言っていると、志貴さんの代わりに………ジュルッ」
その涎は? その笑みは? 何で皆して指をワキワキさせてるんですか?
ま、まさか?
「ドリームさんは志貴さんと同一存在なんですから、つまりは志貴さんなわけで、と言う事は鬼(秋葉様)の居ぬ間に魂の洗濯です。私と翡翠ちゃんと、くんずほぐれつ……フッフッフ。さらに皆で………ふふふふふ……乙女の夢はendless」
「グスッ ……覗かせていただきます。(涙)」
………私は結局、酔っ払いどもに屈したのでした。
[Veil]
「どうしたの? 浮かない顔ね?」
私は、『チェリー』に話しかけた。いつも元気なこの子の様子が、少しおかしかったからだ。
私にどうこう出来る事ではないだろうが、話すだけでも随分と気分が変わってくるものだ。
「えっ? あ、『ヴェイル』さん。そ、そんなことないですよ」
予想以上に気のない返事、私は嘆息した。このままお別れという訳には行かなくなった。
「普通に仕事してたし、大した事ないと思ってたんだけどね、そういう反応見ちゃうと放って置けないわ。ま、話して見なさい。」
「いえ、そんな大した事じゃないし。」
「あのね、浮かれた男どもはともかく、スタッフの娘達はみんな気付いているわよ? 客に不安な顔を見せちゃいけないってのは分かるけど、もう、仕事なんて終わったも同然なんだし、それに、話した方がスッキリするものでしょ?」
ようやくその気になってくれたのか、『チェリー』は私の顔を見上げ、
「あ、はい。その……じつは、」
珍しく、歯切れの悪い口調で話し出した。
『チェリー』の話によると、今回の『フェア』の主賓、遠野志貴のパートナーを決めようとして一悶着あったらしい。
魅力的な女性が周りに多いというのに誰かに決めようとしない遠野志貴。
彼に対する恋の鞘当は、[MOON TIME]の常連客やスタッフを巻き込んで、ちょっとしたブームになっていた。
当然にも、贔屓の娘がいたわけだが、今回は上手くいかなかったらしい。
『チェリー』が沈んでいるのは、約束が守れなかった以上に、力になれなかったことがつらいのだろう。
「んー、つまり、フェアで協力するって約束した娘がいるのに、約束が守れなかったと。しかも、相手があの……」
視線を飛ばす。その先には、眼鏡をかけた少年と、寄り添う長い黒髪の少女。
「はい……」
『チェリー』が肯く。先程までは全霊をこめて磨き上げた至宝の玉だったが、事情を知ると、
「むかつくわね…」
「はい?」
「気にしないで。独り言。」
「はあ…」
私は、遊歩道へ歩いていく二人を見つめた。
気に入らないな。
別に彼女がどうこうと言う訳ではないが、釈然としないのも確かだ。
私のお気に入りである志貴が選んだ娘だと聞いたから、気合を入れたのに。
今から追いかけて行って志貴にキスでもしてやって、全部ブチ壊しにしてやろうかしら。
もっとも、それが出来るほどには子供でなくなったから、こんな所で睨んでいるわけだが……
……………………………………………………………………………………………………
どのくらいそこに居ただろう。我ながら何をしているのだろうと思いはじめた時、
「失礼、『ヴェイル』さんですか?」
声をかけられた。
「初めまして、それとも、また会いましたね、かな?」
意外な人物だった。少しお願いがあると言ってきた。
私に異存など、ある訳がなかった。
[Dream]
「…あ、部屋の電気を消しました。秋葉様が手を…ってこれは!?」
志貴様の目を介した映像が私にも流れてきます。
志貴様とのリンクを受信モードに設定した私は、今まさに、二人のご様子を実況中継中していました。
とは言え、
「何々? 妹がどうしたの?」
「い、言えません! こればっかりは、人として、“姉”として言っていいものではありません。」
意表をつく秋葉様の格好は、しかし、この人たちに知らせる事ができないほど大胆で…
って、
「さらにそんな秘密が?! 嗚呼、なんてこと。」
まさかそこまで? ふつう引きますよ? という映像に、私は呆然とするのみです。
「貧乳ですね? 貧乳なんですね? 私たちが考えていた以上の! 私たちが見ていた微かなふくらみさえパッドなんですね?」
シエル様が非道いことを言っています。普段そんなこと考えてたんですかあなたは。
「今まで慎ましくも育っていたのに、共感を切ったとたん縮むなんて、おいたわしや秋葉様。」
琥珀さんも嘘八百を並べ立てています。
「それで? それで? 妹は貧乳をどうしてたの?」
「志貴様は? 志貴様は秋葉様をどうなさるおつもりなんですか?!」
アルクェイド様が興味津津の様子で、翡翠さんは泣きそうな顔で聞いてきます。
夜明けは遠そうでした
[Red=Eye]
濃密で情熱的な一時を過ごした私たちは、再び遊歩道にいた。川のせせらぎを聞きながら、流水に手をひたす。指の間をすり抜ける水が心地よい。
だが、私の関心は、年若いカップルへと向いてしまう。私は背後の義妹に向かって、背中越しに尋ねた。
「なあ、『グリーン・アイ』。」
「何ですか? 義兄様。」
義妹が応じる。
「あの二人は、うまくいったかな?」
そのとたん、目が険しさを帯び、射抜くような視線が私の後頭部に突き刺さる。
「おいおい、そんな顔をしないでくれよ。」
私は苦笑して立ち上がる。義妹はむくれていた。
「可愛らしい方でしたものね。そうですか、そ〜うですか。」
丸くなったと言っても、昔に比べればの話で、彼女は相変わらず強情なところがある。
私は困ってしまった。久しぶりに地雷を踏んでしまったらしい。
どうしようかと困っていると、頭に閃くものがあった。『ブラックドッグ』に説明させよう。あいつに証言させれば、『グリーン・アイ』も分かってくれるはずだ。
多少強引に説得して、私は『グリーン・アイ』と共にフロアへ向かった。
[Dream]
肌を重ねるお二人を見ながら、私は、もう十分なのではないかと思いました。
離れた所でこんなことを言い合うのは、気持ちの良いやり方ではありません。皆さんも薄々気付いているはずです。
「やっぱり止めませんか? 出歯亀なんて行為はよくないと思います。」
「あら〜? 一人だけいい子ぶろうとしても駄目ですよう?」
うなずく皆さん。ぜんぜん思ってない?!
「出歯亀と…抜け駆けは、別問題です。」
「ドリームさんだって秋葉様に何か思う所はあるんじゃないですか〜」
そんな、
「わ、私は別に・・・」
秋葉様に思うところなんて…
ところなんて………………
なんて………………
…………………
そりゃ、ちょっとはありますよ?
今だって考えるとむかむかするし……
「で、でもこの屋敷に住まわせてもらっているのだって秋葉様のおかげで…」
――でも最初に猛反対したの秋葉様ですし。
――認めなきゃ出て行くって脅したもんね。
「そっ、それに普段きつい事を言うのだって、ちょっと素直になれないだけで…」
――あれは地ですね。半分楽しんでますよ。絶対に。
――あは〜、意地っ張り以前に、ああいう性格ですから。
「い、いい所だって探せば… 探せば……… きっと… ある………… はず……」
――むしろ容赦ないですよね。きつ過ぎて可愛げが無くなったり。
――そもそも、ドリ〜ムが志貴に絡んできたとき、すごい剣幕だったし。
「あ、あれ? ドリーム…さん?」
「どうしたんですか? 難しい顔をして。」
何でしょう? 酷く心が乱れます。
志貴様と秋葉様が遊歩道へ出たあたりから、私は冷静ではありません。胸にじくじくとした痛みを感じます。私は嫉妬しているのでしょうか?
「………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………ブツブツ」
なんですか? なんなんですか? この仕打ちは? どうして皆さんのご機嫌取りを私がしなくちゃいけないんですか?
それに何故、皆さんの前で、志貴様と秋葉様の〜〜〜〜な事を逐次報告しなければならないんですか?
毎日毎日、朝は秋葉様に愚痴られるし、昼は翡翠さんが相談してくるし、琥珀さんは怪しげな薬飲ませようとするし、アルクェイド様とシエル様の約束はすぐブッキングするし。
私と志貴様は確かに同一存在だけれど、でもだからこそお互いに触れ合いたくなる瞬間が生まれる。
二つでありながら一つの存在(或はその逆)だからこそ明確な境界を感じたくなる瞬間があるのに。
時にはほんの少し輪の外から眺めたい瞬間だって…
「ねえ、どうしよう? ドリ〜ム、なんかぶつぶつ言ってる!」
「あはー。色々ストレスが溜まっているんでしょうね。」
そもそも、この状況を作り出したのは、
作り出したのは………………………………………………
作り出したのは……………………………………………
作り出したのは!!
……決めた!!
「……店に行きます。」
「えっ!? 『ランド=スケープフェア』には、招待状が無いと行けないんですよ?」
翡翠さんが慌てたように言いますが、
「知った事じゃありません!」
「まあまあ、そんなことを言っても、秋葉様はもう志貴様と……ですし、ここは帰って来てから矢玉にあげると言う事で。」
いいえ、 いいえ、琥珀さん
「そんな事は最早どうでもいいのです。これは既に誰のものでもない、私の問題なのです。そう言う訳ですから、私はこれから[MOON TIME]へ行ってきますね。」
「そうなんですか…って、何でアルクェイドを引っ張って行くんですか!?」
さし当たってノリの良さそうなのが、アルクェイド様だからです。
「さあ、いざ行かん。酔っ払い供に冷水を浴びせんがため。」
「どーでもいいから、ドリームを止めてぇぇぇぇ!」
[Veil]
賑やかだったパーティーの熱も冷め、ホールは夜の森のように静かだった。大勢居た招待客たちも、ある者は部屋へ連れ立ち、ある者は“外”へ帰り、今は数組が静かに談笑するのみだ。
暗めに落とした照明が、じんわりと先刻の熱を忍ばせていた。
忙しく立ち回っていたウェイトレスたちも、暇を持て余し輪になって世間話に花を咲かせている。よく見かける『ヴァイオレット』に『チェリー』の他にも、青い髪の娘や金髪の娘に『バーテンダー』、さっきまでピアノを弾いていた『ソノラ』まで居た。皆、和やかに笑っていた。ちなみに彼女たちの服も私のコーディネートである。自分で言うのも何だが、よく似合っている。完璧だ。
私はと言えば、『ブラックドッグ=ミレニアム』と、『レッド・アイ』から今日の顛末を聞いていた。
『レッド・アイ』の同伴者で義妹の『グリーン・アイ』も同席している。
「…で、後は『レッド・アイ』の旦那の一押しで、目出度くゴールインと言うわけさ。」
「料理にそんな物入れてたんですか?」
『レッド・アイ』は中々に上機嫌だった。『ブラックドッグ=ミレニアム』は更に上機嫌だった。
「中々の慧眼ね、『ブラックドッグ』。会員兼、従業員は伊達ではないようね。」
「まあな、志貴みたいなタイプはドデカイ鉄の球みたいなものでさ、普段鈍い分、動き出したらそう簡単には止まらないのさ。」
うまい例えだと思った。普段はイライラするほど鈍いが、一度動き出すと止める事なんて出来やしない。
「『ブラックドッグ』様、お飲み物はいかがでしょうか? スタッフからのサービスです。」
そう言いながら、バーテンダースタイルの眼鏡をかけたウェイトレスがカクテルを持ってくる。
「ああ、ありがと。」
上機嫌の『ブラックドッグ』は、振り返りもせずに受け取り、早速口をつける。『レッド・アイ』は手をつける前に、
「ん? 飲まないのか?」
私に聞いてきた。カクテルは人数分あったが、私は手を出すことは止めておいた。彼らの前で飲むことはさすがに気の毒だった。
代わりに、目の前のカクテルの名前をつぶやく。
「『Take that you Fiend!』……か。こういう出し方は変わっているけどね。」
★テイク・ザット・ユー・フィーンド!
『Take that you Fiend!』★
テキーラ………1/2(30ml)
フレッシュ・クランベリー・ジュース………1/4(15ml)
フレッシュ・ライム・ジュース………1/4(15ml)
卵白………1個分
シェークして、カクテル・グラスに注ぐ。
『ブラックドッグ』が訝しげにこちらを見る。
「? どういう意味だ?」
「んー、つまりね…」
その瞬間だった。
「こ・れ・で・も・喰〜らえ〜」
背後から襲い掛かる影!! 『レッド・アイ』が息を飲み、そして私の言いかけた言葉を遮るように、突然ピアノが曲を変える。
「なっ…!!」
とっさに振り返った『ブラックドッグ=ミレニアム』の顔に、
ぽにゅ
デッカイ肉球付き猫グローブが突き刺さった。
ソノラの弾く『猫踏んじゃった』がそれまでのしっとりとした雰囲気をぶち壊し、リズミカルに、酔っ払ったように鳴り響く。
猫の着ぐるみを着込んだ女性が、笑いながらワシャわしゃと『ブラックドッグ』の顔を蹂躙する。
柔らかい肉球部分が顔面にフィットしているらしく、『ブラックドッグ』は苦しそうにもがく。
「もがー! もがー! ……ッ ………ぷはーっ 何しやがる!? って?!」
ようやく肉球地獄から脱出して、彼は呆然とした。
「アルクェイド…と、ドリーム… ?」
猫の着ぐるみを着込んだ女性と、バーテンダースタイルをした眼鏡の女の子が居た。
「始めまして…かな? ほとんど喋ったことないし。」
アルクェイド=ブリュンスタッドが、にまにまと笑う。
「私は“久しぶり”と言うべきでしょうか?
それとも、“さっきは世話になったな”かな?」
かつて、ここで働いていた、夢野恵こと、『ドリーム』がくすくすと笑う。
私は堪らずに噴き出した。お腹を抱えて大笑いする。
「『ヴェイル』! お前もグルか?!」
『ブラックドッグ』より先に我に返った『レッド・アイ』が恨めしそうに言ってくるが、私の笑いは止まりそうに無かった。
『ブラックドッグ』の言う所のドでかい鉄球が、本人を直撃したのだ。
[Red=Eye]
これは推測であるが、『ブラックドッグ』の盛った媚薬が、もう一人の志貴、ドリームにも効いてしまったのだと思われる。
媚薬といっても、たいていは興奮剤だ。相手に惚れてしまう効能など薬自体にはない。
だが、薬を飲んだことに気付いていない者は、自身の興奮を外的要因だと思い込む。
今回の志貴のパターンでは、元々私がプロデュースした秋葉嬢を見て、精神的にグラついていた。そんな所に、媚薬をそうと知らずに摂取した志貴は、完全にイッちまったわけである。
勿論、『ヴェイル』がコーディネートした秘中の秘、“虹”・“蝶”・“泉”は、薬など無くても成功していただろうが…。
しかし、『ブラックドッグ』の思惑通りに進んでいた事態は、思わぬ副作用をもたらしていた。ドリームにも効いてしまったのだ。
媚薬は、つまるところ興奮剤であり、己が媚薬を飲んだことに気付かぬ限り、己の興奮の原因を外に求める。ムーディーな雰囲気にあった『遠野志貴』は、その原因を最も近くにいた女性に見出した。
では、ドリームは? 秋葉嬢が他の女性陣を出し抜いた以上、彼女たちは心中穏やかならざる状況にあったに違いない。そのストレスを感じているところで興奮すれば、ドリームの感情はどう動くか。それはストレスに対する怒りに他ならない。彼女は、自分を不快にさせているもの全てに対し、攻撃を開始したのだった。
[Veil]
「お、お前! どうやってここに来た? まだ、『フェア』は終わっていないぞ」
『ブラックドッグ』が、混乱しながらアルクェイドに向かって怒鳴る。それに対して、ドリームがやんわりと答える。
「何を言ってるんです? 『遠野志貴』は二人いるんですから、連れてくる女性だって二人に決まってるじゃないですか。」
「!! おまえ、志貴か?!」
ようやくドリームの正体に思い至った『ブラックドッグ』が、言わずもがなな質問をする。
タネを明かせば、全く単純なことだ。志貴の同一存在であるドリームは、自身もまた、その姿を遠野志貴に変えて、堂々と来店してきたのだ。来店し、そして事の次第を知った志貴/ドリームは、首謀者に対し、仕返しをすることにした。先程も言ったが、遠野志貴の恋の鞘当は、[MOON TIME]の客やスタッフを巻き込んで、ちょっとしたブームになっている。『チェリー』や『エル・プレジデンテ』のような、特定の娘に肩入れしている者もいれば、私や『ソノラ』のように志貴を気に入っている者もいる。
『ブラックドッグ』が私に、今日の戦果を自慢していたとき、既に罠は発動していた。
「お前、俺に何の恨みがあって?」
「確かに、『ミレニアム』の皆様には、志貴様が色々と相談に乗ってもらっていますけど、その事と今回の事は別問題です。いくらなんでもやり方が悪趣味です。」
「だからって、今頃になって邪魔しに来たのか? ふん、残念だったな。遅すぎだぜ。今頃は二人で夢の中だ。」
「秋葉様のことですか? それなら尚更関係ない事ですね。」
「なに?」
「私が頭に来ているのは、貴方のやり方に関してです。だから、今来たんですよ。この時間なら志貴様も眠っていて、余計な心配がありませんし、第一、仕事の直後なら無防備になるでしょ、さすがの貴方でも。」
バーテンダースタイルのドリームが不敵に笑う。……こっちも素敵だなあ。
「さてと、『ブラックドッグ』様には、ちょっと覚悟してもらいましょうか。」
「俺とやりあう気か? 女の姿してたって容赦しないぞ。」
「まさか、そんな野蛮な手段は使いませんよ。私は話が聞きたいんです。『ブラックドッグ』様は『妹』がお好きだそうですね?
ですから、『ブラックドッグ』様と『ブラックドッグ』様の妹さんの間にあった、こっ恥ずかしい――おっと――もとい、微笑ましいエピソードを聞かせていただきましょうか。」
『ブラックドッグ』の顔色が変わる。
「何で俺がそんな事しなくちゃならないんだ!?」
「いや、私も興味があるなあ、『ブラックドッグ』。」
「『エル・プレジデント』の旦那?」
言って隣へどっかり座る『カブト』の漢。同時に周囲から異口同音で賛成の声が上がる。
『ブラックドッグ』は、この時にいたって、ようやく自分を取り巻く状況に気付いた。秋葉嬢以外を応援している常連やスタッフが、己の周りを取り囲んでいる状況を。暴力を振るうつもりは無いが、逃がすつもりも無いことは明白だった。
『ソノラ』の『ドナドナ』が哀愁たっぷりに響き渡る。
『レッド・アイ』は『グリーン・アイ』を連れて、既に逃げ出していた。『パーペチュアル=ミレニアム』と、『セブンスヘブン=ミレニアム』は、見えないふりを決め込んだらしい。
『ブラックドッグ=ミレニアム』は正に、孤立無援であった。それでも抵抗しようとする『ブラックドッグ』
「手前ぇ、出鱈目とインチキにも、程があるぞ!」
「それは、あなたの師匠の専売特許でしょう? 弟子なのに切り返すことが出来ないからって、居直らないでください。」
「グッ!! ……言い返せねえ。」
『ブラックドッグ』は、がっくりとテーブルに突っ伏した。ドリームは表情を崩さず、
「さーて、『ブラックドッグ』様には早速白状してもらいましょうか。まだ、ごねると言うなら……」
眼鏡をキラーンと光らせ、
「可愛い声で啼かしますよ」
尚もプレッシャーをかける。
「な、何をする気だ?」
「ナニをする気です あっ、心配しなくても大丈夫、前も後ろも扱いには馴れてますから」
「もちろん、男同士なのよね?」
『ヴァイオレット』が興奮しながら聞く。腐女子の戯言を否定するでもなく、ドリームは、ふふっ、と曖昧に笑った。
『ブラックドッグ』の肌に、これまでとは違う冷たい汗が流れる。
「お分かりいただけました? あっ、勿論お話は、ゆっくり、詳しく、丁寧に。『鈍い』私が、『理解』するまで『何度でも』。」
「Noォォォォォォッ!!」
[Red=Eye]
少し気の毒に思ったが、私は『グリーン・アイ』を連れてその場を退散した。同じ話題を振られたら、とてもじゃないが、耐えられそうも無かった。
先程と同じように、遊歩道を歩くが。バツの悪さは払拭できなかった。
「いくらなんでもやり過ぎですよ義兄様。」
「…ああ、そうだったな。すまん、せっかくのデートにケチをつけてしまった。」
思えば何の関係もない義妹には、不快な思いをさせてしまった。
「私よりも他に、謝るべき人が居るのではありませんか?」
「秋葉嬢を見たとき、なんだか放っておけなかった。昔のお前を見ているような気がしたんだ。引き裂かれんばかりの想いを持ちながら、それを素直に伝えられないのは可哀想に思えてならなかった。」
「では義兄様は、年下の女性であれば誰だってよろしいいのでしょうね?」
「そんなことは無い、私はお前のことを愛している。私の知るどんな女性よりも。」
「そんなの嘘です。どうせ私をここに連れてきたのだって、物のついでだったのでしょう?!」
「…………え………?」
ああ、そうか。この娘は自分がないがしろにされていると思っていたのだ。
私の目が、他の誰かに向いていることが、こんなにも不安で、悲しかったのだ。
私は、この世で一番大切な女性を抱きしめた。
「それは違うよ。私はいつもお前のことを考えている。誰か他の女性に会った時でも、君の顔がちらついて離れない。その人が泣いていたら、お前まで泣いているような気がして悲しくなる。私の心はね、もうずっと前からお前に支配されているんだよ。」
「義兄様ぁ。」
『グリーン・アイ』が、私の腕の中で泣く。
静かな、とても静かな時間が流れた。
『グリーン・アイ』が泣き止んで、恥ずかしいところを見せたと、はにかんで笑った。
私も微笑を浮かべていると、近くのロッジから、カップルが出てきた。遠野志貴と秋葉嬢だった。秋葉嬢が少し恥ずかしそうに、そして幸せそうに微笑んで、私たちに挨拶してきた。
彼女の服装は、昨夜と同じ、体をきわどく透けて見せる赤いドレス。その過激な実態を知ってはいたが、私はあえて話題にしなかった。『グリーン・アイ』が昨夜とは打って変って、そっと秋葉嬢に話しかける。
一方、遠野志貴君は、複雑な顔をしてこちらを見ている。私も苦笑いしながら応じた。
全てを承知しているのだろう、彼も困った様な笑みを浮かべた。
「おはようございます。なんか、アルクやドリームがお邪魔しちゃって…」
気にしなくていいと、首を振り、彼に謝罪する。
「いや、私の方もすまない。確かにあれはやりすぎだった。だが、誤解しないで欲しい。あいつも決して悪気があったわけではないんだ。」
今度は志貴君が慌てて手を振る。その様子に安堵し、唯一気に掛かっていた事を聞いてみる。
「『ブラックドッグ』はどんな具合かな?」
志貴君の顔が翳る。
「再起不能になるまで、こっ恥ずかしいエピソードをリピートされてます」
恐るべし! 初代カブキ!!
そんな事とは露も知らず、秋葉嬢が話しかけてくる。
「兄さん、私のことを放っておくなんて酷い。どうして、『レッド・アイ』さんとばかり話しているの?」
わざと拗ねたような口調で話す義妹に、志貴君もまたおどけた様に答える。
「いいじゃないか、たまには男同士で話し込ませてくれよ。昨夜は……………………あ」
あっちゃ〜、と言って手を顔に当てる志貴君。何事かと聞こうとして、入り口から走ってくる二人の女性に気付く。
手をぶんぶん振る、金髪の女性と、バーテンダースタイルの眼鏡の女性。アルクェイドとドリームだ。
私たちが呆然と立ち尽くす間に、二人はやって来る。
猫の着ぐるみを脱いだアルクェイドが、先に駆け寄ってきて、
「うわぁ、妹きれい! どうしちゃったの?」
秋葉嬢に感嘆の声を上げ、
「おはようございます 志貴様。そして……秋葉様。パーティーは楽しめまして?」
ドリームは深々とお辞儀して、輝かんばかりの笑顔を浮かべた。
「………な…………なん…………で…………?」
ピシ……
遠野秋葉の、固まる音が響いた。
こんばんは。遅くなりましたが、BBSに書いたとおり、SSを投稿します。
このSS、第9夜を読みきった直後に考えつき、書き始めたのですが、カクテル夜話番外編は、本編の数ヶ月後という事で、ドリームが登場する隙なんて本来ないんですよね。
でも、私なりにオチを付けてみたくて、結局書き上げてしまいました。
キャラクターが色々暴走しているのは、酒が入っているせいと言う事で。
長いばっかりで、読みにくい駄文ですが、これもアリかな?
と、思っていただければ幸いです。
Lost-Wayより
いやー、面白かったー(笑)
確かに、彼女がいたら起こりそうなエピソードですねー。
お店の側の伽羅も上手に………わたしより!?………書けていますし(苦笑)
しかも、あのオチは………
同一体である志貴=恵(ドリーム)ならではのオチと言えましょう。
流石ですねぇ。
拙作を素敵に御理解頂けていらっしゃいます。
掛け値無しに『裏伝』が成立しています。
すごいですよ、本当に。
本編では書かれなかった『Red=Eye』のエピソードが過不足なく書かれてあったり、
当人もあんまり設定していない『ヴェイル』が活き活きと動いていたり。
有り難う御座いました。
では。
「自作のキャラクターがどんどん動き出していくのは、読ませてもらってすっごく幸せです」
Lost-Wayでした。
追記:
フェアに関してですけれど、『ランドスケープ=フェア』が正解です。
多少、書き直させて頂きました。
あと、記載に際して、レイアウトを変更させて頂きました。
申し訳ありません。
追記。
SSの感想はBBSの方にお願いしますね。
更に追記(2003/06/21)
『ハートマーク』と『汗ジト』を付けてみました。
では。