正義の味方になりたかった。

正義の味方に成ると決めた。

守りたかった。

しかし、自分は、守られていたのではないか?

遥か彼方へと続く、あの赤く広い、逞しき背中。

セイバーの進む道程は、どこまで果てしないのだろうか?
 
 
 
 

桜は、相変わらず衛宮家へと、家事の手伝いへとやって来ていた。

しかし、ここ暫くは、実家に用事があるとの事で、顔を見せていない。

倫敦へと旅立った凛を追う様に、イリヤも一時、日本から飛び立った。

「私がいないと、寂しいでしょうけど、泣いちゃだめだよ。シロウ。」

内緒話をする為か、人さし指でちょいちょいと呼ばれ、屈んで顔を近付けると、唇を奪われた。小さいが、艶かしい花弁が、口の中を蹂躙しつくし、魂までも吸い取られた感じだ。
 
 
 
 

 空港のロビーに虎の咆哮が轟きわたり、桜を中心に黒い影が広がり、なんだか何人か沈んでいったのは、気の所為だろうか?
 
 
 
 

 翌日、帰宅すると、赤い西日が部屋を満たしていた。まるで、鮮血をぶちまけた様に。その光景は、なにかあの日々を思いださせ、士郎の胸に、拭い様の無い痛みを残した。

無人の家とは、こんなにも静寂だったのだろうか。寂寥感の中、縁側へ、腰を下し見るとは無しに庭を眺めていた。西日の温もりが、士郎に睡魔魔を呼び込ませる。
 
 
 
 

 どれくらいまどろんでいただろうか?  なにか、柔らかく、懐かしい感触が、優しく士郎の頬を撫でていた。鼻孔をくすぐる柑橘系の甘やかな香りが、ゆっくりと士郎を覚醒へと導いた。

「あ、目が覚めた?だめだぞ。こんな所でうたた寝してちゃ。風邪ひくぞ。」

いつのまにか、毛布が掛けられ、藤村大河の膝に頭を預けていた。

外は、夜の闇の支配する星空へと変わっていた。

「藤ねぇ・・・。」

部屋からの逆光で、見下ろす大河の表情は良く掴めず、なんとなく”あの人”を連想させた。
 
 
 
 

「なんだよ、藤ねぇ、そんなに顔撫で回して。」

「ん〜、なんだか、この頃スキンシップが足りて無い気がして。」

すりすりと、士郎の頬を撫で回す藤村大河は、なにやら、子虎を舐め廻す母虎と言う趣であった。士郎がふと周りを見回すと、オレンジ色のヒトデが散乱していた。柑橘系の匂いの正体は、これであった様だ。
 
 
 
 

「なんだか、いきなり静かになっちゃったね。」

「なんだよ、元に戻ったたけだろ。」

「ふふ、そうだね。」

士郎が枕にしている大河の膝からは、牡の本能をくすぐる、成熟した香りを醸し出していた。
 
 
 
 

「そうだ、バレンタインデーだったね。」

『ば、バレンタイン?!ふ、藤ねぇがぁ?!』

なんとか、声に出す事を防ぐのに成功した。そんな事を言えば、どこからともなく、虎のストラップの付いた竹刀が湧き出て、ぼこぼこにされて、何故か故郷に帰っているはずのイリヤが、魅惑のブルマーで、魔道場に笑顔で迎えられてしまうはずである。
 
 
 
 

「はい、これ。」

小さな立方体、所謂、チ○ルチョコ。2、3個あっても、全然かさばらない、どこからみてもチロ○チョコである。らしいと言えば、まぁ、これ程大河らしいチョコもないだろう。

 なんだか、大河に”女”を感じた自分が急に気恥ずかしく感じた。そんな士郎の懊悩にも気付かぬ様に、鼻唄を歌いながら、チョコの包装を取り払うと、次々と口の中へと放り込んだ。

「な、なんだよ、俺にくれるんじゃないのかよ。」
 
 
 
 

もごもごと暫く咀嚼した後、がっしりと士郎の両頬を掴むと、にこ〜と、大河は微笑んだ。

『く、喰われる!!』

士郎は本能的に恐怖し、そして、諦めた。

『うう、ヤるなら、一気に。せめて苦しませないでくれ〜。』

上下逆となった大河の顔が、ゆっくりと近付いてきた。ファンデーションの微かな香りと、薄桃色をした口紅。
 
 
 
 

『そうか、藤ねぇも化粧をしてるのか。』

気取られれば、一発で道場行きの罰当たりな事を考えていた。

唇を重ねると、大河の舌は、易々と、士郎の防壁を突破すると、みかんの果汁と、大河の唾液、チョコのカクテルされた神酒(ネクタル)を注ぎ込んだ。

 大河からチョコを与えられたのに、士郎は、なんだか、自分が大河に食べられてしまった様な気がしていた。

「ふふ、どうしたの士郎?なんだか酔っ払ちゃったみたいだぞ。」

「っく、な、何言っているんだよ。みかんの皮、片付けとけよ!」

照れ隠しから、慌てて立ち上がると、台所へと歩を進めた。
 
 
 
 

「ふ、藤ねぇ、今晩の献立はどうする?」

「士郎がたべたいぞ、がぉ
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あとがき

 と、言う訳で、頂いたバレンタインSSのカウンターです。藤ねぇ一人勝ちです。

作中では、叙情的に母虎の子虎舐めを書きましたが、猫科の動物は、歯の構造上、咀嚼する事が出来ません。どうするかと言えば、刺の生えた舌で、肉を削ぎ取るのです。ですから、虎に舐められたら、おろし金で、顔をおろされる様なものです。

しかし、このザラザラがないと、子猫や子虎は、排泄行動が出来ません。だから、まぁ、愛情が籠っている事は、確かです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Lost-Way後書き

以前に『草稿』として贈ったバレンタインSSのお返しを戴いてしまいました。
バレンタインといえば、今は『一応』、女性から男性へ、のはずです。
………ホワイトデーには早いよ(笑)
ホワイトデーネタのSSも贈れるように頑張りますね?
では。Lost-Wayでした。