一時限目が終わり、休み時間を気だるく過ごしていると、なにやら廊下が騒がしいことに気が付く。
そういえば今日は二月十四日、バレンタイン。朝から女子が騒いでいたっけ。誰かが告白でもしてるのかな?
そんなことを思い、何気なく教室の入口の方を見て、俺は言葉を失った。
ア、アルクェイド・・・・
騒ぐはずだ。教室から見える廊下、そこには学校という特異な場所では違和感がこれでもかという程ある、金髪の美女が立っていたのだから。
たしかに、制服だらけの学校という空間には居るはずの無い存在に、生徒が騒ぐのも当然である。
生徒の注目を一身に集めるアルクェイドがきょろきょろと辺りを見回し、こっちを見て俺を発見すると嬉しそうに手を振る。
その行為で、物珍しさにアルクェイドを遠巻きに見ていた生徒達の視線が、一斉に俺に集まった。
俺の大事な平穏無事な学校が、一瞬にして崩れてしまった。
ああ、俺の平穏を返せ…
例えようも無い脱力感に襲われる俺の事などお構い無しに、嬉々として駆け寄ってくるアルクェイド。
これ以上学校での俺の立場を無くしてたまるか。
あわてて席から立ち上がると、アルクェイドの手を取りダッシュでその場を離れる。
「はぁはぁはぁ」
人の少ない裏庭まで全力疾走したので息が切れる。
「どうしたのよ。志貴」
よくわかってないアルクェイドが間の抜けた声を出す。
「お前、なんだって学校に来たんだよ」
そう言う俺に向かって、両手を前に突き出した。
「はい。志貴」
突き出されたアルクの両手には小ぶりの白い深皿が収まっていて、その中にはビー球程のチョコが半分くらい入っていた。
「志貴、今日はバレンタインって言うんでしょ」
「ああ」
「だからね。私も志貴にプレゼント」
バレンタインの、チョコ?
アルクの奴。ますます世俗に染まってきたな。
「ったく。それだけのために来たのか、お前は…」
「はい、志貴」
可愛くラッピングがしてあるわけでも、凝った作りのチョコでもない。微妙に形の崩れたチョコ。
「手作り、か?」
「うん」
意表を突かれた。TVか何かで情報を得たと思っていたから、市販のチョコレートだと思っていたのだ。
「一生懸命作ったんだから」
そう言って笑うアルクェイドの顔は、可愛すぎる。
じゃ、ありがたく頂こう。
皿からチョコを取ろうと手を伸ばすが、俺の手から逃げる様にひょいと皿を引く。
「あ、食べちゃだめなのか?」
俺がそういうと、アルクェイドの奴はにっこりと意味深に笑って、皿の上から一粒つまみ、
「志貴ー。あーん」
こ、こいつ。なんて恥ずかしいことを……。
反応に困ってしばらく黙っていたけど、アルクェイドがチョコを引っ込める気配は無い。
仕方ない。
目を閉じて軽く口を開ける。
その口に、アルクェイドが甘いチョコレートを入れて―――こない。
代わりにガシッと顔を掴まれる。
―――!?
思わず目を開けると、目前にアルクェイドの顔が近付いて…
んむっ
唇に、暖かくて柔らかい感触。
そして、甘い、甘いチョコレートの味。
ん、んっ。
チョコレートが半分くらい溶けてから、ようやく我に返ってアルクェイドを突き放し、
「ア、アルクェイド、いい加減にしないと怒るぞっ」
そう、叱り付ける。
「えっへへー。良かった、喜んでくれて♪」
叱られているのに、嬉しそうに笑うアルクェイド。
それもそのはずだ。こんな恥ずかしい事されて怒っているはずなのに、アルクェイドの言葉通り俺の顔は緩んでしまっている。
目を合わせられなくって、右手で口元を押さえ視線を逸らして赤面する俺の事を、アルクェイドは下から覗き込むように見て満足そうに頷く。
「うん。用事も終わったし、帰るね」
そう言って赤面しっぱなしの俺を置いて帰って行った。
まいったなぁ。緩んだ頬が戻らないや。
アルクェイドのやつ。ホワイトデーに仕返ししてやるからな。
―――― 了 ――――
2004/02/14 you
Lost-Way後書き
youさんのところにバレンタインネタを贈ったら、お返しを戴いてしまいました。
………ホワイトデーも頑張りますからね?
返品不可ですよ?
では。
『チョコよりも甘い接吻を』
Lost-Wayでした。