「都古、ほんとに一緒に行かないの?」
お母さんがそう言ってくるけど、夫婦水入らずに邪魔なんてできないよ。
「うん。楽しんできて」
今日のお母さんはお父さんと一緒にお出かけだ。なんでもバレンタインにチョコを貰ったお礼に、お父さんがお母さんをデートに誘ったんだって。まったく、いくつになってもラブラブなんだから。
でも、ちょっと羨ましいよね。
そういうわけで、私は夜までひとりでお留守番なわけです。
『ホワイトディの想い』
Written by “you"
あーあ。私も、一ヵ月前に勇気を出していれば、こんな寂しい気持ちにならなかったかもしれないのにな。
ちょうど一ヶ月前、自分の机の引き出しにしまい込んだ可愛くラッピングされた箱を思い出す。いっしょうけんめい選んで、恥ずかしいのを我慢して買った、お兄ちゃんにあげるはずだったチョコレート。
お兄ちゃんに会いにお屋敷まで行ったんだけど、なんて言っていいのか分からなくなって、呼び鈴も押せずに帰ってきた。私はいつもそうだ。お兄ちゃんが大好きなのに、いざお兄ちゃんに近付くと何も言えなくなってしまう。頭の中が真っ白になって言葉が出てこないし、あげくの果てに逃げ出すかお兄ちゃんをぶっ飛ばすかだもん。
「じゃ、都古。行ってくるよ」
そう言ってお父さんが玄関の向こうで「行ってきます」と手を振る。
いけないいけない。情けない顔してたら、お母さんたちが安心して楽しめないもんね。
「行ってらっしゃい」
私も笑顔でそう言って、二人を送り出す。
ちょっとだけいつもよりおしゃれしたお母さんが、お父さんに続いて玄関を出て、声をかける。
「それじゃ、志貴。都古の事、よろしくね」
―――え?
お母さんと入れ替わりに玄関から入ってきたのは、
お、お兄ちゃん!?
「都古ちゃん、こんにちわ」
見間違いでもなんでもなく、しょうしんしょうめいのお兄ちゃんが入ってきた。
で、でも。なんでお兄ちゃんが…
「え、あ… どうして……」
「ホワイトデーだからさ、都古ちゃんをデートに誘いに来たんだよ」
で、でも、でも、
「あたし…」
チョコレート、わたして無いのに。
「これ、ありがとう」
はっ とお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんの手には今も机の引き出しの奥で眠ってる筈の、渡せなかった筈のあたしが選んだチョコレートの箱。
「啓子さんがさ、送ってくれたんだ」
あっ、お母さんってば、あたしのチョコレート勝手に送ったんだ。
「都古ちゃんの、だよね」
うん。
「これ、俺が貰って良いんだよね」
うん。うん。
お兄ちゃんの問い掛けに、いっしょうけんめい首を縦に振る。
だって、声を出したら涙が出ちゃいそうなんだもん。
「秋葉に無理言って小遣いもらってきたんだ。さ、都古ちゃんデートに行こうか」
うん。お兄ちゃん♪
おせっかいなお母さんの起こした、ちょっとだけ恥ずかしくてとっても嬉しい、ホワイトデーの小さな奇跡。
Lost-Way後書き
贈ったらまたしてもお返しを戴いてしまいました。
このお礼はまたいずれ。
さて、どんなお返しをしましょうか。
では。Lost-Wayでした。