「タンデム」



 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “綾音"

 
 
 

 聖杯戦争から短いとは言えない時間が過ぎた。
 俺、衛宮士郎は変わる事無くこうしてキッチンに立っている。
 セイバーは居なくなり、俺の傍には凛や桜にイリヤ、そしてライダーが居るようになった。
 あの死と隣り合わせの状況の中で、色々な選択をして、その結果で得た物も失った物もある。
 それを、決して悔やんだりなんかしない。 
 それがアイツに教わった事だから。

「シロウ?」
「うわぁ!」

 突然の呼びかけに洗っていた皿を落としかけ、慌てて手を出そうとした所で横から伸びた手にその皿は受け止められる。

「大丈夫ですか?」
「ら、ライダーか。びっくりした。あぁ、ちょっと考え事してただけだよ」

 いきなり現実に引き戻された衝撃に、心臓がドキドキしているのを押さえ込む。

「すみません。何度呼びかけても返事が無かったものですから……」

 うわ、全然気が付かなかった。
 横から?マークを出しつつ覗き込んで来たライダーの顔に、ドキリとする。
 さすが神話に出てくる美人というかなんと言うか、何度見てもライダーは綺麗だった。
 もちろん、顔だけじゃないけど。
 闘う時の、あの真摯な顔を含めてライダーは綺麗だった。

「で、どうしたの?」
「あ、はい……」

 なぜかあたふたとしながら、顔を赤らめつつライダーが言葉を続ける。
 聖杯戦争の頃には、考える事も出来なかったこの姿。
 やっぱり、女の子には笑っていて欲しい。
 あいつに聞かれたら、どんな顔されるのか分かったものじゃないけど、俺はそう思う。

「明日、空いてますか?」
「あぁ、空いてるよ」
「如何ですか?」

 最近のライダーの趣味、それは峠攻めだった。
 雷画じいさんのバイクの修理を請け負った際に、修理中の「それ」をみてライダーは一目ぼれしたらしい。
 気が付けば、我が家にバイクが一台置いてあった。
 俺はといえば、それの改造を請け負っている事になっているが、実際にはもうちょっとあったりする。
 それは、ライダーからのデートの誘いだった。

「断るわけ無いだろ。それよりも……」

 ちらっと居間の方に目をやる。
 毎度のことながら、ライダーと出かけるとなると3人の悪魔が居間に降臨する。
 一人はにっこり笑ってガントを撃ち、もう一人は黒い帯が背後に出現する。
 最後の一人は、「お兄ちゃん、覚悟しといてね」と呟いて消えたかと思うと、翌日には如何に厳重な警戒をしていても俺の横で寝ていたりする。
 結果としては、残りの三人から洗礼を受けることになり、これが一番痛かった。
 もちろんあのぷにぷに感は至福といえば至福なのだが……

「大丈夫ですよ」
「へ?」
「三人とも明日はリンの家で何かの研究だそうですから」
「了解了解。じゃ、弁当作るよ」
「はい! あ、私も皿拭き程度でよければ手伝わせてください」
「あ、良いって良いって」

 結局は押し切られる形で、ライダーに皿拭きを任せてしまう。
 チラッと視線を向けると、本当に嬉しそうな表情のライダーが居た。
 これだけでも、俺には過ぎたものなのかもしれない。
 だけど、ライダーは俺の傍に居てくれる事を約束してくれた。
 もちろんセイバーの事を忘れたわけじゃない。だけど、セイバーは自分の心の中でまだ生きている。
 セイバーがまた俺の前に現れた時の事にどうするか自分にも分からない。
 そう伝えたライダーは、はっきりとこう言ってくれた。
『その時はその時。シロウがどうであれ、今も、これからも私があなたに好意を抱いているという事に代わりは無いんですよ』
 完敗だった。
 その言葉を聞いて、本当にライダーが俺の事を好いていてくれるがはっきりと分かった。
 ライダーと付き合い始めたのは、それから数ヶ月過ぎ、自分の中でセイバーに関する一区切りを曖昧ながらつけてからだった。
 
 

 これまでに無い風を生みながら、ライダーの操るバイクはさらにその速度を上げていく。
 わずかな動きを見逃さずに体を傾け、重心を移し、ライダーと一緒になってこの走りを楽しむ。
 行き先は無い。
 ただ、お互いに気の済むまで走り、どこか適当な場所で食事を取る。
 これが、俺達の言う「デート」だった。
 もしかして遠慮しているのじゃないかと不安になった俺は、機会を見てライダーに聞いところ、
「一緒に居れる事自体が嬉しいのに、ましてこうして一緒に乗っているのです。これ以上望む事はありませんよ」
 真っ赤な顔でそう呟かれてしまった。
 それ以来、こうして機会有るごとにいろんな道を2人で走っていた。
 峠を走ったときは豆腐屋と書かれた86と互角に勝負をしたし、別の坂では女性の方からかなりの魔力を感じるカップルの乗る
舟付きBMW Rennsportと走ったりもした。後でライダーから聞いたところによると、かなりの神格だったらしい。

 そんな事を経験しながら、時間はゆっくりと早く過ぎていった。
 気が付けば、セイバーとの事はアルバムの一番上にカラー写真で保存されるようになっていた。
 分かりやすく言えば、引きずるのではなく、自分の1ページとしてすぐに見れる場所に置けるようなった。
 これも一重に、以前と変わらず接してくれたみんなと、ライダーのおかげだった。

「ライダー」
「はい?」

 当ても無く走っていた道すがら、偶然見つけた草原に二人して寝転んでいると、思わずライダーの名前が口を付いた。
 
「なんでもないよ」

 腕枕していない方の手を使って、ライダーの頭をそっと撫でる。
 ライダーのお気に入りの一つだった。
 以前居間でやった時には、桜やイリアがすぐに「私も……」と寄って来て、凛は凛で何かを酷く悩んでいたっけ。
 ……むろん、3人を撫でた後にライダーにもう一度撫でさせられたのだった。

「ただ、空が綺麗だなって」
「本当に、綺麗ですね」

 ちらっと横を見ると、ライダーも同じように空を見ていた。 
 あの瞳には、今がどんな風に映っているのかは分からない。

「ありがとうな、ライダー」
「……」
「俺は、みんなが、そしてライダーが傍で支えてくれたからここまで来れたよ。
 なんとなくだけど、聖杯戦争に関係する事全部に決着を付ける事が出来たと思う」

 それに対するライダーの返答は、優しい抱擁だった。
 文字通り、あっという間に抱き締められた俺は、胸に顔を埋める形だった。
 軽く広がる、女性の匂いに脳内がクラクラとする。

「ぇ、な、あ、あの」

 焦り気味の俺を無視してライダーが背中を軽く撫でてくれる。
 不思議とそれは懐かしく安心できるものがあり、俺の心は落ち着いてしまった。

「おつかれさまでした」

 背中を撫でるライダーの手の暖かさと、同じだけの暖かさを持つ労いの言葉。
 ライダーも、きっと何かを感じてくれたんだと思う。

「ライダー、俺さ、前に進むよ」
「……ええ」
「みんなの笑顔を守れるように、不器用なりに頑張っていく事にしたから」
「そうですか」

 暫しの沈黙の後に、一番伝えたい言葉を伝える為に口を開く。
 こうして傍でいつも励まし、気が付けば俺の傍に居てくれたライダー。
 その想いに答えるためにも、魔眼封じ越しにではあるけれどしっかりとライダーを見据える。

「ライダー、これからも傍に居て、不器用な俺を支えて欲しい。もう、ライダー無しじゃダメなんだ。
 凛や桜、イリヤも居なくていいわけじゃない。だけど、ライダーには傍に居て欲しいんだ」
「……シロウ、少し立って頂けますか?」
「あ、あぁ」

 突然の要請に戸惑いつつも、言われたとおりに立ち上がる。
 すると、目の前でライダーがメガネをつけたまま戦闘用の服に入れ替わると、手を伸ばしてきた。
 迷う事無くその手を受け取る。

「誰にも、渡しません。神にも、凛にも、桜にも、イリヤにも、この世のあらゆる全てにさえ、そして、死の顎にさえ……
 何者にも渡しません。私の腕で、シロウを抱きとめてみせます……心から、愛してます」

 ライダーの一言一言に、俺が殺されていく。
 もう、俺に言える言葉なんか……無い。

 握った手を思いっきり引いて、寄ってきたライダーを抱き締める。
 ただ、それだけが唯一無二の俺の答えだから。
 
「ライダー、俺もだ」

 そう言うと、俺たちはお互いに気が済むまで抱き締めあい続けたのだった。
 
 
 

「あ、そうそう……」
「ん?」
「浮気したら、石化させちゃいますからね♪」
「肝に銘じておきます」
 

−たぶんFin−



 

 あとがき
 
 言う事は……怒っちゃイヤ(ハート)
 色々なネタが入ってますけど、気にしない様に。
 作者はこよなくライダーを愛してます。
 これはIF物なので、結構設定無視してたりしますけど、楽しんでは頂ける様にして見たつもりです。
 感想などは、私のHPである『綾音の本棚』か、主催者の春日野様のHPへお願いします。
 構想1日執筆2日の本作品、電波が所々あるのでご注意下さい。
 最後に、楽しんで頂けたのなら幸いです。

               ライダーはきっとあの後シロウを食べたに違いないと思ってるダメ作家 綾音
 


Lost-Way後書き。

 いつも御世話になっている綾音さんに、お礼方々SSを贈ったら、お礼を戴いてしまいました。
 ラブラブ甘々な二人。
 私はバイクに乗らないので感覚はわかりませんけれど、こういう風に一緒に歩いて行けたらな、と思いました。
 綾音さん、有り難う。
 このお礼は、また、いずれ。
 柔らかなSSでお返しさせて頂きますね。

 では。
 『それでも多少はネタが解ってクスクス笑ってたり(笑)』
 Lost-Wayでした。