……最寄の空港で、協会事務員が大声で追いかけてきた時は刺客かと思った。

 あまりに切羽詰った顔で人の、自分自身気に入っていない、名前を呼んだりするから、
 
 

 空港が半壊したりするのだ。
 
 

 ……決して私が悪いわけじゃない…1/10くらいは。
 
 


『空上月華(前編)』(皇婿志貴第四話)





 に、しても興味深い手紙を持ってきたものだ、二通も。

 一方は手紙、といってもFAXをプリント・アウトしたものを封筒に入れただけの簡素なもの。

 招待状、と最上段にある。

『                   「招待状」

 寒さも一層深まって参りました近日、先生におかれましては益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。

 さて、この度妻のアルクェイドがゼルとメレムを伴い、

 27祖が5位オルトの動向を探りに出かけましたので、鬼の居ぬ間に、

 ではありませんが戦いの終結と平和を祝し、先生へのお礼を兼ねまして来たる

 1月下旬ささやかながら先生をお招きし、船上パーティーを主催したく存じます。

 参加いただける様でしたら、ご都合の良い日を以下の電話番号へお知らせ下さい。

 090?××××?××××

 警告 

 協会メンバー諸君へ、先生の名を語って上の番号へかけてきた者があった場合、連帯責任だ。

                                                皇婿 志貴=T=B』  

 正直、驚いた。

 協会に降伏勧告をしに来た魔道元帥は淡々と任務をこなすのみで、

 自らの主については全く語らなかったし、

 私自身、彼との間に会話は無かった。それがいきなりこれだ。

 世界を征服したと言う。

 全ての死徒を狩ったと言う。

 それでも、覚えていてくれたようだ。あの日の事を。

 素敵には、…なっているようだ。

 だが、これを素直に「教師への同窓会への出席のお願い」と受け取れないのが、取ってはならないのが今の互いの立場だ。

 さて……面白い事と、

 ……なるのだろうか?

 ……しかし、警告文の部分だけでも切り取ってから持ってくればいいものを、余程あせったとみえる。

 いや、無理も無い。
 魔道元帥はもう姫君に復命したとはいえ、

 協会は降伏した以上すでにあの一党の命が至上命令 だ。

 その初の命令文書を、こちらの事務員の如きが主観をもって切り取れようか。
 
 

 さてもう一方はといえば、封筒は装飾された逸品だが、

 中身はあせって書いたのかもしくは興奮の為か、字が実に歪んでいた。

『皇婿からの手紙を御覧になったら、すぐにこちらに来られたし。
                                                          Y』
 

「…で、なんの用?」

 協会の有力者の一人、ヤコヴ=ワルウェイクの邸宅は無意味に魔術師の邸宅らしすぎ、趣味ではない。

 故に怪しさを満載した銀のコーヒーカップで出された謎飲料に目もくれず、本題に入ることにした。

「この面子を見ていただければだいたいの所は理解願えると思うが……」

 しわがれた声でヤコヴが長テーブルの両脇を見渡した。

 協会保守派巨頭達の姿。

 ふん。

「いいかね、ミスブルー?

 本来姫君は処刑人であって征服者ではない。何故世界、それも『裏の世界』征服などしたと思う?」 

「皇婿…奴に全ての原因がある!」

「そうだ。奴さえいなくなれば姫君は千年城で再びおとなしく眠りにつく」

「活動中の死徒27祖は滅びた以上、それが本来あるべき姿ではないか」

「何でもほとんどの死徒を狩ったのは姫君とゼルレッチ、メレムであって

 あの小僧は傍観していただけと言うではないか」

「固有結界の報告もない。

 つまるところ、あの小僧は死徒27祖の器ではない」
 
 

「で?」

 溜息をつく気も起きない主観のみの議をいつまでも聞くほど物好きでも私はなく、結論を聞いた。

「私に何をしろと?」

「簡単なことだ。

 貴女と皇婿との間にどんなつながりがあるか知らんが最早奴の存在は協会にとってマイナスでしかない。

『駆除』するに勝るは無し」
 
 

 ……新月の夜の海上、そこで私が船ごと破壊。志貴が泳げる訳も無く、それで終わり。
 
 

 なんて
          単純。

「……一つ聞きたいんだけど。他人の私文書の内容を貴方達に漏らしたのは誰?」

「言わぬといったら?」

「社会的に貴方達全員を告発してもいいし、皇婿との会談で漏らして『連帯責任』をとらせてもいい。

 カードはこちらが握っている事を忘れないで欲しいわね」

 場が騒めきだすと、ヤコヴが立ち上がって静めた。

「わかった……ミス・ブルー。

 貴女は余程皇婿と親密な関係にあると思ってはいたが協会よりもそちらを優先するほどかね」

「………」

「では、こうしよう。

 魔道元帥が言ってきた条件の中に協会の『遺産』の譲渡があることは知っているだろう?」 

「ふむ?」

「実は魔道元帥が知らない『遺産』があるのだよ、我々には」

 それはそうだろう。

 『知らない』のではなく『知らないふり』かも知れんが。

「その一部を、貴女に割譲しよう。

 世界もあるべき姿に戻り、貴女の魔術師としての腕も上がる。……悪くない取引だと思うが?」

 何とも、下司なことだ。

 でも、この程度の連中の策で終わるなら志貴もその程度だろう。

「いいだろう、しかしもう一つ条件がある。

 貴方達の誰が皇婿の放った煽動者であるかも知れんし、

 皇婿が死徒以外の護衛を連れている可能性もある。

 故に、この場にいる全員の参加を要求する。
 
 なお、当日に参加しなかったものは死ぬ呪いを盟約とする…どう?」                    
 
 
 
 

 空港に迎えに来たのは、志貴ではなかった。

「ようこそ、ミス・蒼崎。『志貴様の日本』へ」

「……私は今後全世界のどの国で招待を受けてもその挨拶を聞かされる訳かしら?

 可愛らしいメイドさん」

「はい、いいえ、ミス・蒼崎。

  お望みであれば如何様な言葉ででも」

 丁寧に車まで案内される。

 ロールスロイスとは無個性、だが機能的だ。文字通り音も無く走り出す。

「あなたは…翡翠じゃないわね、志貴から聞いたタイプと違う。

 それに…魔術師なの?妙に安定した魔力だけど」

「はい、私はケッセルリンク様付きのメイドです」

 ケッセルリンク。

 哀れな境遇にある人間の女を助けて囲い、死徒にするでもなくただ保護するという変わり者だ。

 保護された女はそれぞれに合った方法で彼に尽くすというが、…成程。
 
 死徒の中ではかなりの大物で、最近その領地を離れたと聞いたが…

 先物買いに成功したか。

「ケッセルリンク様は皇婿殿下の親衛隊長と侍従長を御勤めです。
 
 一般的に言いますと…執事、といったところでしょうか?」

 大出世だな。

 27祖クラスになる訳でもなく、教会が狩るにはちと難しく。

 そんな微妙なバランスに乗っかって悠悠自適な生活を愛していた吸血鬼らしくもない。

「ずいぶんと生き方を変えたものね、貴女の主も私の生徒も」

「皇婿殿下が人間であらせられた折、私は拝謁を賜った事がありませんので殿下については……

 ケッセルリンク様は、その、『彼とは趣味があう』との事で」

 それはまた、志貴もずいぶんと変わったものだ。

 あの頃の純真な少年の影は消えてしまったのだろうか…
  
 私は窓の外に広がり始めた海に視線を投げた。

「こちらになります」
 
 彼女に案内された船はその巨体を港に安置していた。
 

  
 『タイタニック二世号』
 
 

 ……唖然とするネーミングである。その名にふさわしく、豪奢なものではあるが。

 それに連なる昇降機の前に立っていた一人の男が恭しく礼をした。

「ようこそ、ミス・蒼崎」

「…ケッセルリンクか」

 ケッセルリンクはメイドに私の荷物を部屋へ運ぶよう指示すると、「後は準備を」とだけ言って

 私に船の案内を始めた。
 
 

 船がゆっくりと動き始める。

「ところで、今回の招待は本当に志貴からのもの?」

「勿論ですとも。
 
 で、なければ私が自ら貴女を接待すること自体おかしくはありませんか?」

「日本に着いてから会ったのは貴方のメイドと貴方だけ。

 招待主(ホスト)がいまだに来ないのだから疑いたくもなるわ」

「では、こちらにどうぞ。疑惑も晴れるかと」

 大広間らしき部屋に入るが早いか、ケッセルリンクが指を鳴らした。
 
 

 結界か。なんとも大掛かりな事だ。
  
 船首から船尾に、そして周囲の海上にいた魔術師達が姿をさらされた。

 同時に、大広間一面の壁に各処の状況が写し出される。悪趣味な…

「…愚か者どもめはすぐに私のメイド達によって始末されましょう」

 つい、と眼鏡を押さえつつ彼は言う。…吸血鬼なのだから眼鏡など不要なまでに目はいいだろうに。

 こだわりなのだろうか。

「ふん、あんな連中にわざわざ私や志貴を当て馬にしてまで誘き出す程の価値があったのかしら。

 ……それでも一応協会の巨頭な訳だけど、貴方のメイド達で勝てるの?」

「ご心配なく、彼女達の服は教会から取り上げた聖骸布混製ですので」

 酷い話があったものだ。

 教会はメイド服の素材にされる為営々と二千年近くあれを保存してきたのか。

「他にも聖典、聖遺物を装備させてあります故、負けることなどありますまい。

 貴女の方こそいいのですか?

 一応付き合いもあったでしょうに、『あんな連中』でも」

「貴方の立場からいえばそう見えるかも知れないけど、私は概して魔術師って連中が嫌いなのよ。

 聞き分けのいい可愛い『生徒』ならともかくね」

 ケッセルリンクはいささか鼻白んだ様子だったが、何か納得した様な表情をすると一礼した。

「申し訳ありませんね、実の所私は貴女が信用しきれず

 万が一の時はこの大広間で足止めするつもりだったのですよ」

 倒す、と言わず足止めとするあたりがこの男らしい。

 彼がピッと手を挙げると周囲に数名のメイドが現れ、一礼する。

 手にはなにやら神々しい武器を持っていてミスマッチだ。

「ですが、貴女も殿下の『大切な女性』の様だ。謝罪しましょう」

 志貴は…一体私についてどう説明したのだろう。

 ケッセルリンクは向き直り、再び説明を始めた。

「本当は、この戦いはああいった連中に

 殿下が『彼女』との戦いの最中に邪魔されぬ為のいわば布石でして」

「彼女」

「こちらを」

 ケッセルリンクは再び指を鳴らした。途端、壁の映像が切り替わり先程の港の映像が写し出される。

「志貴と…七位か」

「左様で」
 
 

 そこには、静かに対峙する二人がいた。
 
 
 
 
 


注釈

聖遺物メイド隊
RPGでいうと装備は妙に豪華な(伝説級)、レベル20くらいの魔法使い。
月姫世界でいう「魔術」は効かなそう。

タイタニック二世号
アルクの私有船舶。
勿論、アルクがタイタニックをみてつけた名前。
造りは客船風、装飾はロマノフ王朝風。巨大で目立つ。

ケッセルリンク
作中における便利屋。ブリュンスタッド夫婦の侍従長兼親衛隊長。
強さは27祖の次の次程度で、自らの館で優雅な暮らしをしていたが、
身辺の世話をする人材(死徒材?)の必要に迫られた
志貴(でないと自分が全てやる破目になる)の誘いで彼の死徒となった。
部下は十数人のメイド(魔術師)と、雑魚死徒多数。
元ネタわかる人は…黙認してください(笑