「協会の接収、終了した」

「教会はじめ退魔機関も完了です」

「各国元首への魔眼も終わり―――とうとうやったわね」

 その日は特別な日。

 細かい接収・分担も全て完了し、全世界の国家の上に君臨する世界システムが完成した、

 記念日。
 
 

「……おめでとう、ございます」

 タイタニック二世号という縁起の悪い名の船で、吸血鬼が戴冠した、

 世界にとって出来の悪い悪夢のようなその日の夜。

 世界の独裁者となった青年は甲板で酔いを覚ましている時一人の少女の訪問を受けた。

「……来てくれたんだ……」

 紫と白を基調とした奇を衒った服に、整った、七年前と変わらぬ容貌。

「ありがとう、シオン」
 
 


『友を、想う』(皇婿志貴第六話)




「君に教わった固有結界のおかげで、どうにかやり遂げたよ……成功だ」

 それはある意味シオンにとっては残酷な台詞だった。

 もう、志貴は永遠に別の女性と歩んでいってしまうことが裏面に読み取れる。

「成功……」
 
 

 六年前、志貴と再開した際彼女は思い切り志貴の頬を張った。当然だった。

 あろう事か、志貴は死徒になっていたのだ。シオンにとってそれは裏切り以外の何物でもなかった。

 吸血鬼が嫌いだといった。永遠なんてある訳ないと断言した。

 研究の主旨に賛意を表し、協力してくれると言ってくれた

 ―――あの少年はどこに行ってしまったのか、

 彼女の前に現れたのは自らの伴侶以外は騙そうが殺そうが心を痛めず、

 野望の為なら肉親も愛してくれる女も見捨てる吸血鬼。

 彼は言った。一年前、別れた時から変わらぬ口調で。

「久しぶりだというのに、ずいぶんな挨拶だなぁ……」

 ポリポリと頭を掻く。痒みなどないだろうに。

「それは失礼しました、プリンス・コンソート。

 非は全て私にあります故、どうか御慈悲を持ってアトラスには手出しされなき様、

 伏してお願い申し上げます」

 見事な棒読みに志貴は失笑した。

「ま、そう言われても仕方ない身の上だけどね」

「そう思うなら私の前に現れないで欲しかった。

―――あの夜の言葉をまた……今度は貴方に言わねばならないなんて……

 ……どうして?……どうして吸血鬼なの?……嫌いなはずでは……なかったのですか?」

「未だに、嫌いだよ……吸血鬼は。

 でも今のところはこれしか方法がないからさ……

 俺がいなくなると、アイツが寂しがるし俺も離れたくなかったから」

 涙声も最早届かない、返答。

 志貴の目には迷いや後悔の色が一点もなかった。

「……エゴイストですね」

「わかってる」

「その為に……何人殺しました」

「四体と一匹」

「質問には正確かつ詳細に答えてください、志貴」

「人はまだ殺していない。家族を三人捨てた。

 吸血鬼は死徒の姫君に白騎士黒騎士、白翼公。

 あと犬を一匹。……プライミニッツ・マーダーとかいったな?」

 後者の吸血鬼達の死は彼女も知っていた。それは裏の世界に走った衝撃。

「……何をする気ですか……そこまで高位の死徒ばかり狩って」

 志貴の表情が翳った。長い前途に不安があるのだろう。しかし

「全ての死徒を狩る。裏の世界を征服し、教会を屈服させ協会を膝下にねじ伏せる。

 俺は、俺の愛したあの三咲町での小さな平穏を永遠にする為に戦う」

「そもそも吸血鬼などにならなければ……」

「教会が考えを変えたら?」

「!」

「アトラスは君がいるからいいだろう、だが他の二つの協会が俺の魔眼に興味をもったら?」

「……それは……」

「非合法な方法をもって、俺を手に入れようとするのは意外と簡単―――それに気付いた時、

 身体中が震えたよ。翡翠や琥珀さん…俺の家族である非戦闘員を誘拐するだけで、

 俺は出ざるを得なくなる。そして―――」

 それよりも恐ろしいことがある。敢えて続きを言わないのは口に出すのも忌まわしいからか。

「君ならわかるだろう?シオン」

 そして、事実シオンも取ったその方法。

 琥珀なり翡翠なりを誘拐して拘留した遠野志貴を交渉材料に、

 アルクェイド=ブリュンスタッドが動かせる。

 それがどれだけ彼にとって忌まわしく、

 それでいて現実性が高い悪夢であるかをシオンは知っていた。

 で、あれば。志貴の価値観、志貴の思考法、そしてそれを取り巻く「裏の」世界情勢―――

 彼女の高速思考と分割思考が演算を完了する。

 志貴の出した答え、それは―――
 
 

<ならば、せめて最愛の女性だけでも自分が守る為に。>
 
 

 カクン、と力なくシオンの細い首がうなだれた。

 それは納得の意思表示と同時に、

 最初で最後となるであろう「失恋」という経験に対する短い、実に短い落胆であった。

「……わかりました」

「君の賢明さに感謝を」

「感謝など……不要です。それで、今回の訪問の主目的は何ですか、志貴」

 彼は間違いなく彼女の友であった。

 どんなに変わっても、かけがえのない、初めて想った友。

 その頼みである、断れようはずもなかった。
 
 

「……いえ、失敗です、志貴」

「そうかな?」

 朧月の様な、けぶった苦笑。

「はい、私から見れば。

 歴史の流れに『もし』はありませんが、貴方がそのことに関して私に……

 友人である私に相談してくれれば私は貴方が人のままで彼女を愛し、平穏に暮らす―――

 そんな方法を探求し、発見できたかもしれません。いえ、その可能性は非常に高かった」

「……そうだね、……そうかも、しれないね」

 その可能性は認めているのだろう、志貴の表情から笑みが消えた。

 そうであれば自分はどんなに幸せだっただろう?

 シオンがその頭脳で弾き出した「答え」のもと、全く心配事も無く満たされた生活。

 ―――否。

 シオンは言った。

 自分(志貴)はジョーカー、イレギュラーを産み出す存在であると。

 だから、きっと。

 これでよかったのだ。これしか……なかったのだ。

「志貴」

 些かぼう、としていた志貴は涙目になっていた。

 普段のシオンであれば気付いたに相違ないが、

 彼女はこの時、人生において重大な提案をしようとしていた。

「うん?」

「まだ二次的ですが代案があります」

「え……何?」

「私の研究が完成したら―――一緒に人間に戻りません、……か……?」

 真っ赤になって、アトラスの次期院長は「帝王」となった志貴を見つめた。
 
 
 
 
 
 



 

注釈

戴冠
シャルルマ―ニュは王冠を教皇に被せて貰った。ナポレオンは自分で被った。
志貴はアルクに被せて貰った。らしいというか何と言うか。

酔う
ヴァンパイア・キラー(『血を吸う者』が飲めば、いかな酒豪であれ、たちどころに酔わせてしまう酒。
それ以外の者にとっては些か鉄錆じみた味のする酒にしか過ぎない。)をたらふく飲まされた志貴。誰にか、はご想像の通り。

研究
シオンの研究は未だ完成していない。

固有結界
志貴の固有結界「空上月華」はシオンに助言その他を受けて完成した。
もちろんイメージ(アルクが死なない為の固有結界)は自身で決定。

各国元首へ魔眼
思えば、裏の世界を征服し終えたら表はこれだけである。