―――志貴が、好き。
―――俺の、答えは。
『Last………』(皇婿志貴第七話)
志貴と過ごす「日常」が好き。
だから私は私に与えられた、「底抜けに明るい私」という役割をこなしていた。
普段の自分が偽りという訳じゃないけど、私にだって分別くらいある。
でも、そう認識されている自分のほうがいろいろ
――志貴に街中で抱きついたり、夜に部屋に忍び込んだり――できるのだから都合がいい。
勿論真面目な話だってできるのだ。決して全てが地のまま、という訳ではない。
……ないんだってば。
<シオンがどんな思いでその言葉を告げてくれたか、それぐらいはわかる。
愚鈍とか朴念仁とか言われるが、それは好意を受け入れすぎない為の擬態なのだ。
そうして、今まで秋葉や翡翠、琥珀さんの寄せてくれた好意を無碍にし、
それどころかアルトの好意は利用するだけして捨てた俺が、今更シオンの手は取れない―――>
私を選んでくれた時の決意に満ちた表情が好き。
てっきり誰かが志貴にいらないことを吹き込んだものだとばかり思って、
志貴にせっついてしまったけど。
それは誤解で、志貴は私が思っていた以上に私の事を考えていてくれただけだった。
そうやって、自分だけで結論を出してしまうところは少しキライだけど、やっぱり素敵で腹が立つ。
<何よりも、俺はアルクェイドが大事だった。
だからこそそのわがままの為に世界さえ巻き込んだ。
だというのに、やはり人間に戻るなどという望郷心で―――>
アルトに血を吸われることを提案したことまで謝ってくれる真摯さが好き。
シエルの口の軽さには苦笑してしまったけれど、こんなに愛されていることが確認できたのだから、
感謝してあげてもいいかもしれない。
<アルクェイドがどれだけ慈悲深いかも知っている。
もし俺が人に戻りたいといえば許してくれるだろう。
シエル先輩にあの夜の事を聞いた時は背筋すら凍った。
なのに、それなのに―――>
その志貴が、世界で一番偉くなるの。
私が一番偉くしたの。他のどうでもいいモノなんて全て志貴の為に存在すればいい!
一緒に世界を手に入れた―――それも全て、私達が永遠に一緒にいる為。
<それでも彼女はついてきてくれた。
俺の常識はずれの賭に乗ってくれた。俺が数ヶ月も他の女に傅くことさえ耐えて!
共に世界さえ手に入れた―――全ては、アルクェイド=ブリュンスタッドの為に。>
その幸せを、一瞬で壊してしまいそうな呪いの呪文を聞いたのは、志貴を探していた時だった。
「私の研究が完成したら―――一緒に人間に戻りません、…か…?」
何てフザケタ言葉。
鳶に油揚げ掻っ攫われるってこういうのを言うんだ、ってわかった。
こればかりはどんなに分別があったって我慢できる訳、ない。
絶対に、認められない。
――許せない
――――――赦せない
――――――――ユルセナイ
ああ、どうすればいいんだろう。
こんな気持ちは初めてだ。
――――――――初めて?
ううん、違う。私はこの気持ちを知っている。
志貴に殺されたあの時も、ロアの血を吸ってしまったあの時も。
長い長い時の流れの中で、尚もアイツを殺し続けたあの時も。
誰かを傷つけたくてたまらなくなるこの昏い衝動は、ずっとずっと私の中に在り続けたんだ。
――――彼女を、殺してしまおう。
不意にそんな考えが頭に浮かんだ。
そうだ、そうすればいい。なんで今まで気付かなかったんだろう。
人間なんていつかは死ぬ。それが今か未来かだけの違いだ。
彼女を殺してしまえば、志貴は人間になんて戻らない。
ずっとずっと私の傍にいてくれるに違いない。
さぁ跳躍。接近して
すぐに空想具現化。鎖で動きを封じて
始めからいなかったように。
死んじゃえ!!死んじゃえ!!お前なんか死んでしまえ!!
<復元呪詛さえ止まりそうになったのは、その一瞬だった。
ほんの一瞬、俺は、友人を守る為とはいえ彼女にたてついたのだ。>
「だあぁぁぁっ!」
志貴が空想具現化された鎖を「殺して」シオンを庇う。
「志貴!?…なんで邪魔するのよ!」
「それ以前になんでシオンに空想具現化なんてぶつけるんだ、このばかおんな!!」
「何よ!私よりこの女が大事だっていうの!?」
「へ?」
ひどい。
こんな女のどこがいいんだろう。
私より優れた頭脳?
志貴がそれを望むなら全世界の叡智を一身に集めてもいい。
でも、それまではこの女に志貴が盗られたままなんてイヤ。
涙が、止まらない。
私にこんな感情を教えたのも志貴。
それなのに、それなのに何で離れなくちゃいけないのだろう。
私のために、人間をやめてくれたのに。
私のために、世界を統べてくれたのに。
これからはずっと一緒だよと、そう言って微笑んでくれたのに。
なのに、なんで?
なんで、アナタは私から離れようとするの?
なら……いらない。
――――ざわり、と風が吹いた。
こんな世界も
――――音を立てて海面がひび割れた。
何もイラナイ――――だって意味がないじゃない。アナタがワタシの傍にいないのなら――
こんな世界、滅びてしまえばいい!
シオンは自らの告白によって発現した状況を、数瞬理解しかねた。
――――海が割れた。
海底火山が噴火したようだった。
無数の低気圧が生まれ、
空からは雷が絶え間なく降りそそぎ、
時折巨大な隕石も混じっている。
大雨の中でありながら、気温は上昇の一途を辿り、
生態系を狂わせるには十分になりつつある。
「何という……何と言う事に……」
真祖に聞かれる可能性も計算していた。極小であるはずだった。
ただ、志貴の事を考えるとその周囲の事に対する考察が不完全になってしまうことは自覚していた。
しかしまさか、こんな事になるなんて。
空想具現化、その能力は真祖の想像したものを具現化するという究極の能力。
その能力によって「世界の終末」が具現化しつつあるというのに
「ふ……はっ……」
――――何と言う事だろう!
彼は、笑みを浮かべていた。
「あっはっはっはっ!」
震えが止まらなかったが、志貴=ブリュンスタッドは恐怖に慄いている訳ではなく。
それどころか、この救い難い男はある種の喜びさえ感じていたのである。
<――――俺は、それほどまでに、彼女に愛されたのか?
世界以上に?
この世の全てよりも!?
……じゃ、止めなきゃな。
止めて永遠を!
めでたしめでたしの後に、文字通りの永遠を満喫するのだから!>
皇婿が甲板を駆け抜ける。
諸勢力からは補助戦力としか目されていなかった、ブリュンスタッド一党最高幹部の一人は
まるで瞬間移動したかの如き素早さで周囲の細かい「終末」を突き殺して
彼の存在意義に向かって駆け上がった。踊るように効率的に。
世界が救われるラストチャンスに、この男は歓喜に打ち震えながら、
彼だけの姫君しか見ていない。
「志……貴……」
信じ難かった。この状況で、歓喜するなんて。
もう、彼は私が知っている志貴ではないのか。
そう思うと、いっそ気は楽になった。
しかし……この感じは何度味わっても辛いものだ。
志貴は前しか―――姫君しか見ていない。
「志……貴……志貴!……」
今宵。
二世になっても呪われた運命の船上で
友を想う女性の涙声さえ消し去られ
世界の頂点に立つ夫婦が対峙し
「…さぁ、ラストダンスだ。」
史上最大の我侭がぶつかりあう。
注釈
諸勢力からは補助戦力としか
志貴は相手を確実に倒せる場合にしか固有結界を展開しない。
協会幹部達が報告がないとかいっていたのもそのせいである。
直死の魔眼持ちの死徒でも、固有結界なしでは
アルクやゼルと並べれば油断しなければ平気というレベルになってしまうだろう。
故に、補助戦力。