Moon Time『月姫カクテル夜話』 

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「えへへー」

  頬を緩ませながら、腕に嵌めた腕時計を見る。

  もうすぐ、夜の12時。

  いとおしくてたまらない、この腕時計。

  志貴がくれた、腕時計。

  志貴が使ってた、腕時計。

「うふふ………」

  先刻から、頬が緩みっぱなしだ。

  でも、それも、仕方のないこと。

「約束………したもんね」

  志貴は、約束を守ってくれる。

  約束を守ろうと、頑張ってくれる。

  だから、何も心配しなくてもいい。

「………ずっと………側で見守ってくれてるよ、ね?」

  腕時計に話しかけ、軽く接吻(くちづけ)る。

  もうすぐ、12時。

  もう、10分も時計を見続けている。

  なんて、無駄な時間の過ごし方なんだろう。

  でも、それが、とても嬉しい。

  だから、それが、とても、いとおしい。

  とても大切な、時間………
 
 

















月姫カクテル夜話  短編集

『腕時計』



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  その日は、アルクェイドとデートの日だった。

  一カ月も前から約束し、デートコースも話し合って ―― 秋葉やシエル先輩との折衝も済ませて ―― 万難を排して挑んだデートの日だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  デート自体は、よくあることだ。

  気紛れで我が儘なお姫様は、よく俺を引っ張り出してはデートをせがんだからだ。

  こっちの都合も考えないで、通学途中に引きずり込まれるのも、よくあった。

  でも、最近は、そんなことが無くなった。

  暫く前から、アルクが随分おとなしくなってきた。

  何というか、借りてきた猫のように、おとなしくなったんだ。

  “店” ―― Cocktail Bar [MOON TIME] ―― で話を聞くと、ナイスミドルのオジサマと一緒に呑んでいる姿をよく見かけますよ、と言う答えが返ってきた。

「心配いりませんよ?」と、店の娘たちは言っていたが、気になるモノは気になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そして、デート当日。

「あー、志貴ー。やっほー」

  ブンブンと嬉しそうに手を振るアルク。

  あの調子だと、下手すれば一時間も前から待ち切れなくて待っていた、という感じだ。
 
 
 
 

   ―― 違和感。

  違和感を感じた。

  アルクの腕に………腕時計?
 
 
 
 

  腕時計自体は、珍しいものじゃない。

  俺だってしているし。

  でも、アルクが腕時計をしているのは、始めて見る。

  しかも、何と言うか………

  男物のゴツい腕時計をしているのだ。

  アルクの華奢な腕には不釣り合いなほど、ゴツくてカッコいい腕時計だった。

  “店”で『ヴェイル』さんに貰ったカタログに、似たようなものがあったから、欲しいな、と思っていた腕時計だ。

  結局、まだ買っていない。
 
 
 
 

  ともあれ、アルクの腕に、男物の腕時計。

  そして、デートが始まった。

  午前中の上映分の映画 ―― 砂を吐きそうな甘ったるい、レディースコミックから取って来たような、少女漫画顔負けのラブロマンス ―― を見て、ファースト・フードのハンバーガーで昼食。

  その後、喫茶店で時間を潰して、公園でダベって………という、いつものデート。

  その間、アルクは腕時計のことについて、何も言わなかった。

  俺も、腕時計のことについて、何も言わなかった。

  男物の腕時計をしていることを、気付いていない振りで、一日過ごした。

  その男物の腕時計を、誰から貰ったのか、ちょっと気になっていた。

  “店”で聞いた、『ナイスミドルの渋いオジサマ』だろうか?

  聞きたいと思ったけれど、答えを聞くのが怖かった。

  だから、俺は、何も言わなかった。
 
 
 
 

  でも、デートが終わり、別れる時に、言ってみた。

「それ、似合ってるよ」

  アルクは、今気付いたかのように答えた。

「ああ、忘れてた」

  アルクは、自分の手首からその男物の時計を外して、俺の腕に嵌めた。

「はい、プレゼント」

  アルクは、俺にその時計をプレゼントするために、朝からしていたのだ。
 
 
 
 

  朝からアルクの腕にされていた腕時計は、アルクの想いをたっぷりと染み込ませていた。

  ケースに入っている腕時計をプレゼントされるよりも、ずっと嬉しかった。
 
 
 
 

「ちょっと、ヤキモチやいた?」

「いや、全然」

  本当は、結構ヤキモチを焼いていた。
 
 
 
 

  俺は、今まで自分がしていた腕時計を外して、アルクの腕に巻いた。

「はい、お返し」

  有間の家に居たころ、高校の入学祝いに買ったものだから、それなりのものだ。

「えっ?    いいの?    大事なものなんでしょ?」

「男物でもいい?」

「男物だからいい。特に、志貴がずっと使ってたモノなら」

  嬉しそうに、腕時計に頬擦りする、アルク。

「わたしの知らない『志貴の時間』がいっぱい詰まっているもの」

  そう言って、とびっきりの笑顔で微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  それ以来、アルクの細い腕の、ヘビー過ぎる男物の腕時計が、俺の代わりにアルクを見守っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  俺に贈るから、と、言って、別に男物でなくてもいい。

  アルクの腕に似合うような、女性用の華奢な時計でもいい。

  女性用を、男の俺が身に着けるのも、ある意味、お洒落だ。

  ポケットに隠しておいて、時々、出して見るのもいい。

  プレゼントは、わざわざ買いに行かなくてもいい。

  アルクが今、使っているモノでいい。

  今、使っていないモノでもいい。

  アルクが使っているモノなら、何でもいい。

  わざわざ買ってきたモノよりも、アルクがいらなくなったモノを貰う方が、嬉しい。

  アルクが使っているモノには、アルクの想いが染み込んでいるから、いい。

  一緒にいる時、「はいっ」って、渡されるのが、いい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ねえ、毎晩、夜の12時に、この時計を見て、志貴のことを考えるね」

  俺も、そうすることにする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そして、俺はベッドの上で、腕に巻いた時計を見ている。

  間もなく、夜の12時になる。

  もう、10分も前から見詰めている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そして、ふと、考える。

  12時に、一緒にいる時は、どうしよう?
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き………のような駄文。
 
 
 
 

  第四夜から第十一夜の間での、裏話のひとつです。

  アルクと志貴の間の、ささやかな出来事。

  お気に召されましたでしょうか?

  好評でしたら、『ささやかな幕間』をお届け致しましょう。
 
 
 
 

  では。

  LOST-WAYでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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