「飾り付けはオッケー、と」

「御馳走も用意出来ましたよー」

  志貴が、アルクェイド持参の巨大な樅木(もみのき)に飾り付けを終えると、琥珀が部屋に顔を覗かせた。

「後はテーブルに並べるだけです」

「えっと、じゃあ………」

「志貴さんはお酒を用意してもらえますか?    翡翠ちゃんに言ってありますからー」

「ああ、わかった」

  志貴は軽く頷くと、脚立から降りて、クリスマスツリーを仰ぎ見た。
 
 
 
 

「秋葉たちは?」

「今、御用意なさっておられます」

「ん、分かった」

「あ、キャスターがありますから、それで運んで下さいね?    流石に志貴さんでも、いっぺんに運びきれないですよ?」

「りょーかい」

  苦笑混じりに脚立を抱え、志貴はお酒を取りに行くために部屋から出た。
 
 
 
 

  秋葉にはどのみち知られているだろうが、バイトして稼いで買った、部屋に隠してあるクリスマス用の『あのお酒』を出そうと考えながら。
 
 

















月姫クリスマスSS

《Mesimarja》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「「「「「「「メリークリスマス!!」」」」」」」

  声が唱和する。

  アルクェイドにシエル、秋葉、琥珀に翡翠、そして、志貴にレン。

  アルクェイドとシエルと琥珀が盛大にクラッカーを鳴らしたのに秋葉は軽く眉根を顰めたが、すぐに気を取り直してグラスを掲げた。

  クリスマス用ということで、特別なボトルを用意したのか、秋葉の傍らには『シャトー・シュヴァル・ブラン1996』が置かれてあった。

「秋葉さん、そのボトルを選んだのは、何か理由があってのことですか?」

  シエルが、琥珀にワインを注いで貰いながら問うと、秋葉は軽く小首を傾げて、肩を竦めて見せた。

「そうね。強いて言えば、『謎掛け』かしらね?」

「『謎掛け』、ですか?」

「答えは『意外な同伴者』、だろ?」

  クスリ、と含み笑いとともに志貴が呟く。

「流石に『豹』は連れて来ないけれどな」

  ま、似たようなものか、とクスクスと笑いながら、小さなリキュールグラスのお酒を口に運ぶ。

「……………………………………………………どうして、分かったんです?」

「少し前に、そのお酒のことが書いてあるマンガを読んだだけだよ」

  驚く秋葉に対して、志貴は苦笑を深くする。

「確かに、この状況なら、そう考えても仕方ないだろうけどね」

  アルクェイドがシエルを巻き込んで『赤鼻のトナカイ』を気持ち良さそうに歌い始めた光景を見て、眩しそうに目を細めた。
 
 
 
 

「秋葉ー、ほらほら、琥珀も翡翠も」

「ちょっと!?」

「アルクェイドさん………」

  強引に秋葉たちも巻き込み、『ジングル・ベル』を陽気に合唱するアルクェイド。

  琥珀は、と言えばきっちりとカラオケを用意して音を流している当たり、アルクェイドと共謀しているのか。

  ………こう言う『企み事』なら大歓迎だよな。

  志貴は静かにそう考えると、みんなに合わせて自身も歌い出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ふう」

「流石に、喉が渇きましたね」

  クリスマスパーティーに合わせて、と言うこともないだろうが、シエルは頭巾も頭に纏った尼僧としての正装で、グラスに手をやった。

  アルクェイドは、黒の長靴に赤地に白いボアの縁取りのズボンに上着に三角帽子、すなわち『サンタクロースの正装』だった。

  琥珀と翡翠はいつも通りに和装の着物とメイド服だったが、肩からサンタカラーのケープを羽織っているあたり、それなりに気を使っているということだろうか。

  秋葉もまた、いつもの姿ではなく、略式ではあったものの深いワインレッドのスーツをかっちりと着込んでいた。

  志貴は、と言えば、秋葉に合わせているのか、ダークブルーのスラックスにベスト、ネクタイもきっちりと締めた、悪く言えばホストのような、良く言えば三つ揃いのスーツの上着を脱いだ、楽な姿で佇んでいた。
 
 
 
 

  アルクェイドは帽子を左手でもてあそびながら、琥珀に注いで貰ったワインに口を付けた。

「あ、すごい美味しー」

「先刻も遠野君に言われていたようですけれど、このワイン、何か特別な意味があるんですか?」

  アルクェイドとシエルが味を堪能しながら問うと、志貴は苦笑した。

「『サルバドール=ダリ』、って知ってるだろ?」

「『ダリ』?」

  志貴の言葉に、アルクェイドが小首を傾げた。

「………『やわらかい時計の絵』とかで有名ですよね?    シュール・レアリズムの画家でしたっけ?」

  シエルがチーズに手を伸ばしながら答える。

「うん。それで、『ダリ』が『シュヴァル・ブラン』を呑む話があってね」

「それと、『意外な同伴者』と繋がりがあるんですか?」

  琥珀が、自身もワイングラスに口を付けながら問うと、志貴は軽く微笑んだ。

「ダリが『タイユヴァン』って言う店で『シュヴァル・ブラン』を呑む話があって、その時に、『豹』を連れてきたんだって」

「それと、この状況がどう繋がるの?」

「秋葉なりの意趣返し、なんだろうね。俺がみんなと一緒にクリスマスパーティーやる、っていうことへの」

「……………………………………………………?」

  翡翠が、怪訝な顔をした。

「繋がりが、あるのですか?」

「うん」

  翡翠の問いかけに、静かに続ける。

「ダリは、そのタイユヴァンに予約してから来るんだけど、先刻も言ったように豹を連れて店に入るんだ。そうすると、店の方は、やっぱり、『豹を同伴している』事に対して連れて入って貰っては困る、って苦情を出すんだけど」

「それはそうでしょうね」

  シエルがアップルパイを口元に運びながら相槌を打った。

「でも、ダリは無視して料理を注文し、ワインはボルドー9大ワインのひとつ、『サン・テミリオン地区のシャトー・シュヴァル・ブランの1959年』という当たり年の物を頼むんだ」

「………つまり、秋葉様が志貴さんに『連れて来ちゃ駄目です』って断ったところで、志貴さんはアルクェイドさんやシエルさんを連れて来るので、これに引っかけている、と」

「そういうこと。………当たりだろ?」

「……………………………………………………悔しいですけれど、その通りです」

  秋葉が『してやられた』と言わんばかりに困った顔をしたのを、琥珀は微笑んで見詰めた。
 
 
 
 

「じゃあさ、志貴が呑んでるそのお酒は?    それも秋葉が用意したの?」

「いえ、それは私は関与していません。兄さんが自分で買って来たようです」

  幾分、言葉に刺が入る。

「アルバイトしてたみたいですからね。乾君の紹介で」

「あ、それでかー」

  シエルの言葉に、アルクェイドが納得、と言った顔になる。

「えーとえーと………『男のプライド』だよね」

「まあ、ね」

  アルクェイドの言葉に、志貴は頬を緩ませる。

「せめて、クリスマスと誕生日のプレゼントぐらい、自前で用意しないと」

「でも………」

「ねえねえ、秋葉」

  言い募ろうとする秋葉を押さえるように、アルクェイドは言葉を重ねた。

「秋葉と志貴がさ、立場が逆だったとして」

「立場が逆?」

「うん。この家の家長が志貴で、秋葉が志貴の世話になってる、っていう前提で」

「……………………………………………………はい」

  眉根を顰めて、想像しようとする。

「志貴の誕生日とか、今日みたいなクリスマスの日にさ、プレゼントを贈りたい、って思うよね?」

「ええ」

「その時にさ、えーと、『兄さんにプレゼントをしたいので、これこれこう言うものを買って下さい』って、志貴に贈るプレゼントを、志貴に買わせる?」

「……………………………………………………それは………」

「ね?    すっごい情けなくなるでしょ?    だから、こう言う時は、自分の力で全部用意しないと、駄目なのよ。ただでさえ、志貴ってば、秋葉に生活、全面的に世話になってるでしょ?」

「それは………」

「私も、つまんない意地だと思うけどさ、そういうところがなくなったら、志貴は、もっと情けなくなっちゃうと思うし。秋葉だって、情けない志貴よりも、かっこいい志貴でいてほしいでしょ?」

「………確かに、そうですけど」

「秋葉が志貴に頼って欲しいと思ってることや、甘えて欲しいと思ってるのも、志貴も分かってるだろうけど、もう少し『男の事情』ってところも、分かってあげたら?」

  苦笑混じりに諭す。

「バイトしてたのも、多分、その為だと思うしね」

「なるほど。道理で、乾君に聞いても『ま、時期が来れば分かります』としか答えて貰えなかったのも、そのためですか」

「まあね」

  言って立ち上がり、後ろに置いたキャスターワゴンから小箱を取り出す。

  ひとつひとつ、箱の裏に書かれた名前を確かめながら、みんなに配る。
 
 
 
 

「………全部同じに見えます」

「悪いけど、これは同じ物にさせて貰ったから」

「ありがとー。開けていい?」

「うん。開けていいよ」

  がさごそと封を破り箱を開けるアルクェイド。

「………ムーンストーンのペンダントだ。志貴、ありがとー」

  にこぱー、と満面の笑みを浮かべる。

  連られて皆が断りを入れ、ゴソゴソと箱を開け始める。

「私のはサファイアですか。そうすると秋葉さんはさしずめルビーですね」

「成程。イメージする宝石、と」

  シエルの言葉に、箱を開けて中身を取り出した秋葉が答える。

「そうすると私たちは名前の通り、ってことになりますねー」

「志貴様、有り難う御座います」

  はにかみながら、琥珀と翡翠が志貴に礼を述べる。

「……………………………………………………」

  翡翠が傍らのレンの手元を覗き込むと、黒真珠のペンダントが握られていた。
 
 
 
 

「志貴、付けていい?」

「いいよ、どうぞ」

「わーい」

  にこにこと満面の笑みでペンダントを首に掛ける。

「えへへー、似合う?」

「ああ」

  えへへ、と頬を染める。

「志貴さん、誕生石と言うのは考えなかったんですか?」

  皆がそれぞれ身につけるのに合わせるように、自身もペンダントを身につけながら琥珀が問うと、志貴は予測していたのか、即答して返した。

「それは誕生日の時にね」

「じゃあ、遠野君、楽しみにしていますからね?」

「………まあ、そういうことなら、アルバイトも多少は大目に見ましょう」

  やはり素直になりきれないのか、軽く照れながら秋葉が続ける。
 
 
 
 

  レンが席を立ち、とてとてと志貴のもとに駆け寄ると、ん、とペンダントを突き出す。

「……………………………………………………えっと、そういうこと?」

  うんうん、と頷くレンに、軽く微笑み掛けると、志貴もまた、席を立った。

  志貴が立ち上がるのに合わせて、レンは自らの席に戻る。

  志貴がレンの椅子の後ろに立つと、レンは心持ち、首を前に傾けた。

「あー!!??」

「や、やられた………」

「レンちゃん!?」

「レンさん………!」

「ちょ………この娘………!!」

  受け取って開封し、そのまま自身で身につけた5人とは違い、レンは志貴に付けさせたのだ。

「………はい、出来たよ」

  似合う?

「うん、よく似合ってるよ」

  ありがとう。

  普段微妙に無表情であるために、こう言う時の愛らしさは、他の娘に出せないものがある。

  かいぐりかいぐりと頭を撫でる志貴の手の感触に、気持ち良さそうに目を細めるレン。

「………やるわね」

「侮れませんね」

  うぐぐ、と唸る残りの女性陣。
 
 
 
 

「そうすると、向こうのプレゼントの袋はなんなの?」

「ビンゴゲームをやろうと思ってね」

「ビンゴゲーム、ですか」

「うん。さっきのペンダントはみんな同じデザインで、ペンダントトップだけ違ってたけど、今度のは全部バラバラの物が入ってるから。だから、ビンゴゲームで1番になった娘から選べるように、ってね」

「成程。それなら、ビンゴカードと出て来る番号によって決まりますから、みんな平等にチャンスがある、と言うことになりますね」

「そういうこと」

「それはそれでいいけど、志貴の呑んでるお酒、それって一体なに?」

「これ?    まあ、これもクリスマスにちなんだお酒だよ」

  言いながら、ボトルを掲げて見せる。

「これをみんなで呑むのは、ビンゴが終わってからにしようか」

  志貴がビンゴカードを配り、ゲームが始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………なかなか、繋がりませんね」

「当たらないよう」

「次、転がすよー?」

  ガラガラガラッ、とビンゴマシーンを転がす。

  カラン、と出て来た玉の数字を読み上げ、パネルに出た数字のマグネットを張る。
 
 
 
 

「………うう………」

「あ、リーチ!    リーチです!」

  琥珀が喜色満面に声を上げると、残りの女性陣はギラリ、と目を光らせた。
 
 
 
 

  が、しかし。
 
 
 
 

「………リーチ三つ目………」

「私なんてまだリーチすらしてないんですよ?」

「かすりそうなんだけどねー」
 
 
 
 

  と………
 
 
 
 

「ビンゴ、です」

「翡翠!?」

「翡翠ちゃん!?」

  翡翠の言葉に、秋葉と琥珀が悲鳴じみた声を上げる。

「どれどれ………?    うん、ちゃんとビンゴになってるね。はい、どうぞ。好きなものを選んで」

「えと………志貴様に選んで頂くというのは………」

「ごめん、それは出来ない」

  頭を掻き掻き答える。

「時間かかってもいいから、自分で選んで。何が入ってるかは、開けてからのお楽しみだけど」

「はい………」
 
 
 
 

  大きな袋、小さな包み。

  ふんわりした形、角張った箱。

  重かったり、軽かったり。
 
 
 
 

「……………………………………………………………………………………………………」

  眉間に皺を寄せて、むーむー唸りながら、真剣に選んでいる翡翠の姿に軽く笑みを浮かべると、志貴はビンゴを再開した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………1番翡翠、2番にレン、3番琥珀さん、4番秋葉、5番アルクェイドで最後が先輩か」

「開けてもいいよね?」

「プレゼントは貰ったその場で開けた中身を確かめるのが礼儀ですよ」

「じゃあ、開けるー」

  シエルの言葉を皮切りに、それぞれが順番に選んだプレゼントを開けていく。
 
 
 
 

「翡翠ちゃんはショールなのね」

「姉さんは?」

「私のは御湯飲みよ。秋葉様は?」

「ネクタイとタイピンね」

「私のはマフラーですね。アルクェイドは?」

「コートだ。………これ、羽織って帰ってもいい?」

「いいよ。アルクェイドのだからね」

「わーい。………レンは?」

  はい、と見せる。

「ブラックパールのブローチ………。あ、かわいー。これ猫の形してるんだ」

  猫の頭の部分にパールがあしらわれた、銀製のブローチだった。

「ちょうどペンダントとお揃いになったね、レン」

  うん、と頷く。

「これも?」

  志貴の問いかけに、うんうん、と頷く。

「はいはい」

  レンのいつものドレスの胸元に、ピン留めする。

「よかったわねー、レン」

  うん、と頷く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「じゃあ、志貴、お酒ー」

「はいはい」

  リキュールグラスに注ぎ、皆に配る。

「へえ、意外と美味しいですね」

「貴腐ワインみたいな味です」

「ほんのりと甘目で、口当たりもいいですし」

「呑みやすいですね、意外に」

「……………………………………………………(こくこく)」

「志貴、これ、なんてお酒?」

「『メシマリア』とか『メシマーリャ』とかいう、『北極酸塊(ホッキョクスグリ)』で出来たリキュールだよ」

「クリスマスに縁のあるお酒、って言ってましたけど」

「うん。クリスマスに直接、っていうよりも、クリスマスソングに関わってる、って言った方がいいかな?」

「どの歌なんでしょうか?」

「お酒だから『赤鼻のトナカイ』とかだったりして。酔っ払って鼻が真っ赤とか」

「アルクェイド、流石にそれはないでしょう」

「いや、それが正解だよ」

「兄さん、そういうお酒なんですか?」

「うん」

  グラスに口を付けて喉を湿らせると、志貴は話し始めた。
 
 
 
 

「『赤鼻のトナカイ』の英語のタイトルを知ってる?」

「いえ………」

  秋葉が小首を傾げ、シエルとアルクェイドも揃って首を振った。

「『Rudolph  The  Red-Nosed  Reindeer』………つまり、『赤鼻のトナカイ、ルドルフ』っていうのが英語でのタイトルなんだ」

「あのトナカイにルドルフって名前があったんですねー」

「シエル、知ってた?」

「いえ、初耳です」

  志貴は話を続けた。
 
 
 
 

  トナカイの中でただ一頭だけ、赤い鼻のトナカイがいた。

  それがルドルフという名のトナカイだった。

  実はこのルドルフというトナカイは、赤いピカピカした鼻だったものだから、トナカイの仲間たちからバカにされて笑われて、仲間外れにされていた。

  言わば、『醜いアヒルの子』状態だったのだ。

  しかし、そこへサンタクロースがやって来て、「君の赤いピカピカした鼻は、燈火(あかり)のかわりになるから先頭を走ってくれないか」と頼まれた。

  それでルドルフはトナカイの英雄へと変わり、彼の真っ赤な鼻はトナカイたちの誇りになったというわけだ。
 
 
 
 

「………めでたしめでたし」

「へー」

「蘊蓄、ですね」

「実は、もう一つ続きがある」

「なに?」
 
 
 
 

  実は、この話は、アメリカのあるサラリーマンが娘のために作ったものだと言う。

  病気で寝たきりの母親を「どうしてうちのお母さんは他のお母さんと同じようにならないの?」という娘の問いに、「みんなと同じでないことを誇りに想って頑張ろう。奇跡は必ず起こせるんだよ」と言うメッセージを込めて作られた。
 
 
 
 

「そんな感動の裏話があったんですか」

「………考えてみれば、私たちみたいですね」

「言われてみれば、そうね」

  全員が、静かにグラスをくゆらせる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  全員が、『みんなと同じでない』のだ。

  生まれながらにして持った『力』。

  受け継いでしまった『業』。

  訪れた『破滅』。

  決して拭えぬ『罪』。

  忘れてはならない『過去』。

  それぞれがそれぞれに、苦痛に満ちた『生』を乗り越えて、奇跡を起こした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「でも、それだと、このお酒と『赤鼻のトナカイ』とどう繋がるの?」

「アルクェイドが言ったように、酔っ払って鼻が赤くなる、っていうのは?」

  しんみりした空気を拭うように、アルクェイドとシエルが明るい声を出した。

「このお酒が『北極酸塊(ホッキョクスグリ)』で出来てるのは言ったよね?」

「ええ」

  志貴は、これまた蘊蓄を披露し始めた。

  フィンランドにはトナカイの好物の木の実があり、そのひとつに『北極酸塊(ホッキョクスグリ)』がある、と言う。

  野生のその木の実を食べたトナカイは、お腹の中でその実が発酵するのだと言う。

「お腹の中で発酵するの?」

「らしいね」

  この場合の発酵とは、酵素によって有機物が分解されてアルコールに変わる現象である。

「………つまり、お酒を飲んで酔っ払ってるのと同じ状態になってしまう、と」

「酔っ払うと顔が赤くなるし」

「鼻の赤い、いわゆる『酔っ払いの赤ら顔』って事ですか?」

「『赤鼻のトナカイ』の歌が急に現実味を帯びて来たねー」

「アルコール度数は?」

「21度。意外と高いんだけどね」

「その割りに、呑みやすいです」

「うん」
 
 
 
 

  静かにグラスを傾けながら、琥珀の作った料理に舌鼓を打ちながら。

  平和で、穏やかに、パーティーの時間は過ぎていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「じゃー、秋葉ー、お休みー」

「秋葉さん、今日はありがとう」

「いえ。………いつも『こう』でしたら、私としても歓迎なんですけれどね」

「………お互いに、もっと歩み寄らないと駄目、ってことかな?」

「ですね。もっと、じっくりと話し合っていかないと」

「ありがとう。………送って行かなくてもいいかな?」

「送ってもらうと、秋葉さんが目を吊り上げるでしょうし」

「私もそのまま帰す自信ないから、ここでいいよ」

  門扉のところで、ふたりを送り出す。

「お休みなさいませ。お気を付けてお帰り下さい」

  翡翠が、幾分ふらつきながらも、しっかりした声音で告げると、アルクェイドとシエルは手を振って歩きだした。

「お休みー」

「お休みなさい」

「志貴ー、明日は私の誕生日だからねー」

「時間的にもう今日だろ」

「あははー」

  軽く頬を染めて、アルクェイドがブンブンと手を振った。

「お休み、秋葉ー。愛してるよー」

「は、恥ずかしいことを大声で言わないで下さい!」

  照れてか大きな声を出して顔を赤くする秋葉の肩を抱くと、志貴は坂道を降りて行く二人の背中を見送った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「みんな、お疲れさま。琥珀さん、翡翠、有り難う」

「いえ、どういたしまして」

「当然の務めです」

  琥珀と翡翠が答える。

「秋葉も、ありがとな。いろいろ、押さえてくれて」

「………ま、まあ、今回は許します。でも………」

  何か言いあぐねていたが、決心が付いたのか、志貴に向かって呟くように言った。

「こう言うのも悪くないな、って、思えるようになりました。全面的に受け入れるには、まだまだ受け入れ難いものもありますけれど。でも、今までのように『ただ騒がしいだけ』だと思わずに、『みんながいるから楽しい』と思えるようにしたら………」

「……………………………………………………秋葉?」

「………アルクェイドさんやシエルさんと一緒に騒ぐのを、『楽しい』とか『面白い』とか思う自分がいたんです」

「………ありがとな」

  きゅっ、と抱き寄せる。

「琥珀さんも、翡翠も」

  秋葉を正面に、右に琥珀、左に翡翠を。

  三人一度に抱き寄せながら。

「みんな、ありがとな。………これからも、よろしく」

「「「……………………………………………………はい!!」」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「えへへー」

「アルクェイド、顔が緩んでますよ」

「シエル、人のこと言えないよ?」

「ま、まあ、それはそうでしょうよ」
 
 
 
 

  アルクェイドはコートを羽織り、シエルは首元にマフラーを巻き。

  坂道をゆっくりと歩いていった。
 
 
 
 

「シンプルだけどいいデザインのだよね、シエルのマフラー」

「遠野君にしては、洒落たものを選んでますよね、アルクェイドのコートも」

「うん。……………………………………………………あれ?」

「どうしたんですか?」

「いや………なんか………内ポケットに入ってる」

  ゴソゴソと手を突っ込んで、取り出す。

「………プレゼント?」

「………メッセージカードも添えてありますね」

「………開けて見よっか?」

「まずはカードの方ですよ」

「うん」
 
 
 
 

「「……………………………………………………」」

  街灯の燈火の下で読み終えた二人は、軽く嘆息した。
 
 
 
 

  アルクェイドは先刻以上に頬を緩ませ、シエルは軽い嫉妬の目でアルクェイドを睨んでいた。

「………『本命のプレゼントは、ポケットの中に入る程度のモノで』、か」

「それが一番の大当たり、ですか」

  小さめの箱を開けると、婦人物の腕時計が出て来た。

「しかもそれ、今日、遠野君が付けてた腕時計のペアウォッチじゃないですか」

「えへへへへー」

  顔中ふにゃふにゃに緩めながら、腕に時計を巻くアルクェイド。

「ああもう………」

  あまりのことに、呆れて怒る気力も萎えたのか、くるくると浮かれて踊りながら道を行くアルクェイドを眺めるシエル。

「……………………………………………………私はこっちですから、ちゃんと家に帰るんですよ?」

「うんっ!    シエルー、お休みー!    愛してるよー!」

「お休みなさい。………ったく」

  苦笑して、歩きだしたシエルの耳には、アルクェイドのハミングが遠く聞こえてきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………それで、兄さん、ビンゴのプレゼントなんですけれど、何かコンセプトでもあったんですか?」

「ああ、あったよ」

  パーティー会場の片付けを手伝いながら、志貴は事もなげに答えた。

「翡翠のショールは、俺がこの冬に着てるセーターと同じデザインの物だし、琥珀さんの湯飲みもこの冬から使い始めた夫婦湯呑み茶碗の片割れだし」

「「……………………………………………………そ、そうなんですか!?」」

  琥珀と翡翠が驚いたように声を上げる。

「秋葉のネクタイとタイピンは、ほら」

  今身につけているネクタイとタイピンを見せると、同じ物だった。

「………そうすると、シエルさんのマフラーも兄さんがこの冬に自分で用意した、と言っていたあのマフラーの」

「そう」

「レンちゃんの、あのネコさんのブローチは?」

「これ?」

「あ」

  ベストの襟元を飾るエンブレムが同じデザインだった。

「じゃあ、アルクェイドさんのは?」

「流石にあのコートのお揃いはないでしょう?」

「うん」

  さらりと流す。

「でも、あのコートのポケットに入れた二つ目のプレゼントが、この時計のペアウォッチだし」

「「「……………………………………………………………………………………………………」」」

  流石に、ここまで来ると感心するらしい。

「お陰でバイト代全部無くなったけどね。ま、みんなが喜んでくれたから、結果オーライ万々歳、かな」

  くす、と口元に笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  シエルが、自らのマフラーが実はお揃いであったことを知ったのは、もう少し先の話だが。
 
 
 
 

  世界に、メリークリスマス。
 
 
 
 

  そんな、奇跡が起きる夜。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  追記。

  翌朝、アルクェイドが誕生日プレゼントをねだりに来て、志貴はバイト代を使い果たしていた上にプレゼントを用意し忘れていた事でカオを青くして慌て、アルクェイドに酷く拗ねられた、というのは、また、別のお話。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書きの様なもの。
 
 

クリスマス定番のお話です。

それでも『お酒の説明』に終始してしまうのは性分でしょうか?

拙作『月姫カクテル夜話』とは違う、一応、『月姫だけ』のお話のつもりなのですけれどね。

『ほのぼの』を目指したリハビリにしては、それなりの出来だと思います。

自画自賛気味で大丈夫か?    と思わなくもないですが。

………書いてる時は、意外と神経も心もささくれ立ってピリピリしていたんですけれどね(苦笑)

ま、多少は落ち着けた、という事でしょうか。

現在(2004/12/05)、サイト改装中ですが、改装後も宜しくです。
 
 

では。

『最初は“あてつけ”のつもりで書き始めてました(苦笑)』

Lost-Wayでした。