Moon Time『月姫カクテル夜話』 

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「………レン、あんた、何してんの?」

  アルクェイドがそこを通りかかった時、レンは、路地を行ったり来たりしていた。

  まるで、そこに何か落とし物でもしたかのように。

  おみせ。

「?」

  お店がないの。
 
 
 
 

  エラク悲しそうな表情である。

  まるで、通い慣れた店がいきなり無くなってしまったかの様な。
 
 
 
 

「店?    店って、[MOON TIME]?」

  そうなの。

「………ひょっとして、志貴に連れて行ってもらった、とか?」

  そうなの。

「……………………………………………………」
 
 
 
 

  アルクェイドからしてみれば、『いつのまに?』といったところか。
 
 
 
 

  このあたりなの。でも、みつからないの。

  泣きそうな顔をして、アルクェイドにすがりついてくるレン。

「………あのさ、レン」

  ?

「そこにあるんだけど?」

  だから、ないの。
 
 
 
 

  振り向いたレンの目に映ったのは ――
 
 

















月姫カクテル夜話《Day Dreamer》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「おや、アルクェイド様。お帰りなさいませ。今日はレンちゃんと一緒なんですね」

  『ヴァイオレット』が、にこやかに笑顔を浮かべて応対する。

「………レンちゃん、どうしたの?」

  しゃがみこんで、視線を合わせる。

  お店、みつからなかったの。でも、あったの。
 
 
 
 

  半泣き顔で言われると、物凄く致死効果だ。
 
 
 
 

「あ゛ー」

  うあー、失敗したー、と言う言葉が最も似合う表情で、『ヴァイオレット』が、額を押さえる。

「………メンバー登録してなかった………」

「登録して無いと、お店に入れないの?」

「ええ、そうなんです。………ああ、済みません。御案内致します」

  そう言いながら、二人の前を歩きだす。

  アルクは、レンの手を引いて続く。
 
 
 
 

「このお店は、言ってみれば『世界と世界の狭間』に存在しているお店で、基本的に『メンバーズ・オンリー』なワケで」

  苦笑を浮かべ、

「会員の方か、お店の誰かが招いた方以外には、お店の存在すら察知出来ないように結界が張られているんです」

「………でも、最初に来たときは、お店にすんなりは入れたけど?」

「それは、遠野様がオーナーに呼ばれた『ゲスト』であったことと、事前に皆様がお越しになることを知らされておりましたので」

「………じゃあさ、今日、レンが入れなかったのは?」

「………情けない話ですけれど、お店の誰にも呼ばれなかったことと、メンバーではないことが災いして、『結界』が彼女を拒んでしまったようですね。早急にメンバー登録しましょう」

「ふーん。だってさ、レン。今度から入れるよ?」

  ………うん。
 
 
 
 

  目元の涙を拭う仕草も強烈だ。

  見ているだけで、何かすごい悪いことをしたかのような気分になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  『ヴァイオレット』は、店の“奥”のガーデン・テラスに案内した。

「うわー、いいにおいー」

  [MOON TIME]のメンバーなのだろう、女性客が沢山来ており、同数か、あるいはそれ以上のウェイトレスたちが駆け回っていた。

「………どうぞ、こちらへ」

  比較的落ち着いた状況のテーブルに案内して、

「本日は、レディス・ディとしまして、『ケーキ・フェア』を………」

  ケーキ!!
 
 
 
 

  今までの泣き顔は何処へやら。
 
 
 
 

  見ている方が幸せになれるような笑顔を浮かべてぱっ、と、『ヴァイオレット』の方に振り向くレン。

  ケーキなの?

「……………………………………………………」

  一瞬、呆気に取られた顔をするも、すぐに笑顔を浮かべて、

「いくら食べても大丈夫だから、沢山食べていってね?」

  うん!

  そのまま、近くにいた他のウェイトレスに声を掛ける。

「チーフ?」

「こちらの可愛らしいお嬢さんに、『ランダム・エンカウンター』を。リミットブレイクで」

「………えっと、大丈夫なんですか?」

「復唱は?」

「はい。畏まりました。こちらの可愛らしいお嬢さんに、『ランダム・エンカウンター』を。リミットブレイクで」

「あ、私は適当でいいから」

「畏まりました。『お任せセット』で。お飲み物は、コーヒーとお紅茶と、どちらが宜しいでしょうか?」

「じゃあ、紅茶で。あ、この娘の分は熱くしないでね?」

「畏まりました」

  そのまま、さがっていくウェイトレスと、見送る『ヴァイオレット』。

「私はレン様の登録のための手続きを行って参ります。何か御用が御座いましたら、近くの者に声を掛けて下さい。では、ごゆっくり」
 
 
 
 

  入れ違いにやって来たウェイトレスが、結構な量のケーキを載せたお盆を置くと、紅茶を注ぐ。

「へー。これさ、なんて名前なの?」

「こちらのお嬢様には『ラベンダー・キューブ・ティー』を。アルクェイド様には『オリエンタル・ホット』を」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ラベンダー・キューブ・ティー『Lavender Cibe Tea』★

  ラベンダー(ティー用ドライハーブ)………8g
  熱湯………200ml
  アイスティー・ベース………150ml
  ライム・スライス………1枚

    ラベンダーと熱湯で濃いハーブティーを作り、製氷皿に移し、冷凍庫で凍らせる。
    グラスの半分まで出来た氷を入れ、アイスティー・ベースを注ぐ。
    ライム・スライスを浮かべて飾る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★オリエンタル・ホット『Oriental Hot』★

  Keemun紅茶………3g
  熱湯………150ml
  吟醸酒(フルーティーなタイプがよい)………15ml

    Keemun紅茶と熱湯で、ホット・ティーを作る。
    カップに日本酒を入れ、ホットティーを加える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………お酒と紅茶かー」

「意外に知られていませんけれど、お紅茶のカクテルも、それなりの種類が御座いますので」

  そう言いながら、ケーキを並べていく。

  一通り並べ終えると、

「御代わりが御入り用でしたら、近くの者にお声をお掛け下さいませ。では、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ」

  ペコリ、と、一礼し、立ち去っていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  アルクェイドは、静かに紅茶を嗜みながら、ケーキを無心に頬張るレンを、温かい目で見守る。

「私といた時には、そんな顔なんて見たことなかったわよね」

  ふふっ、と、優しい笑みを浮かべる。

「志貴に感謝、かな?」

  うん。

  顔を上げて、えへ、と、ばかりに笑みを浮かべるレン。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ほら、慌てないの」

  手を伸ばし、頬にくっついたクリームを拭ってやる。

  仲のよい姉妹。

  そんな雰囲気だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………あれ?」

  くんくん、と、鼻をならす。

「ラベンダーの香りが強くなってる?」

  ほんとなの。

  一緒に香りの発生源を探そうとするレン。
 
 
 
 

「お待たせ致しました、レン様」

  そう言いながら、やって来た『ヴァイオレット』。

「登録が完了致しました。宜しければ、後程、説明させて頂きますので、お呼び下さいませ」

「………あー、あんたもさ、一緒に食べようよ。それで説明してくれればいーじゃない?」

「………宜しいのですか?」

「うん。一緒に食べながらさ、説明してよ。その方がいいって」

「では………」

  すっ、と、息を吸い込んで、

「『ヴィオ』、“持ち込み”かかりました!」

  りょーかーい、と、あちこちから返事が返る。

「では、失礼致します」

  そう言いながら、空いた椅子に腰を下ろす。
 
 
 
 

「………“持ち込み”?」

「ええ。業務上、私達従業員が御客様の御要望で、専属として御一緒させて頂く時の、業務種類なのです」

  と、答えが返る。

「この間………まあ、今は、アルクェイド様の専属の対応ということで、暫くは他の業務に関わらなくてもよい、と言う形になります」

「そーなんだー」

  解ったような、解ってないような顔だ。

「御説明………させて頂く前に、御代わりですね」

  そこには ――

  空になったお皿が並んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ひとつ、聞いてもいい?」

「どうぞ」

「ラベンダーの香りがさ、先刻から、強くなっているんだけど、なんでかな?」

「ああ、それはレン様のお紅茶からです。『ラベンダー・キューブ・ティー』の“氷”は、単体で『ラベンダー・ティー』を凍らせたものなのです。ですから、溶けてくれば、『ラベンダー・ティー』に戻りますから、凍りつくことで閉じ込められていたラベンダーの香りが漂ってくるのです」

「へー。おもしろーい」

  いい香りなの。

「それに、氷が『お紅茶』ですから、氷が解けることによってお紅茶が薄くなることも防ぎますし」

  おいしいの。

「有り難う御座います。宜しければ、後程包みましょう」

  ケーキも?

「ええ」

  ありがとうなの。

「あんたも、レンの言ってることがちゃんと解るのね」

「ええ」

「でさ、レンのカードって、どんなの?」

「こちらです」

  封筒から、カードを取り出し、テーブルの上のお盆に載せる。

「なになに、タロットのナンバーは『6』、『The Lovers』、『マネキン』………か」

  ふーん、と、言いながら、試すがめつ表裏を見やる。

「でもさ、普段は猫の姿なんだし、どうやるの?」

「抜かりは御座いません」

  そう言いながら、お盆の上に魔方陣が描かれたシートを乗せ、

「レン様、左手を出して頂けますか?」

  こう?

「はい。暫く擽ったいかも知れませんけれど、御容赦を」

  うん。

  言い置いて、レンの左手 ―― 掌も、手の甲にも ―― 呪紋を描いていく『ヴァイオレット』。

「はい、もうすぐですよ」

  一通り書き終えると、掌を上に向けさせて、

「少し、痺れるかも知れませんけれど、御容赦を」

  うん。

  掌の呪紋の上にカードを乗せ、

「………え?    うそ!?」

  アルクェイドが驚愕した声を上げる。

  ふしぎなの。

  カードが、左手に吸い込まれていく。

「レン、ちょっとあんた、大丈夫なの?」

  なんともないの。

  不思議そうな顔で、左手にめり込んでいくカードを見るレン。

  カードがすっぽりと左手に飲み込まれると、呪紋が光って、かき消えた。

  ………カードは?

「出そうと思えば、左手から出て来ます。カードを出さなくても、これからは左手を機械に当てるだけで、会計を済ませたり、機械を動かしたり出来るようになりますから、便利ですよ?」

  ありがとうなの。

「どういたしまして。あと、こちら、レン様用の携帯電話です。志貴様もお持ちですから、ご連絡を取られる場合には、どうぞ。ああ、勿論、お店にも直通で繋がりますから」

  ありがとうなの。

「………私にも、カードとか、やってくれる?」

「では、左手を」

「うん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「へー、こんなことも出来るんだー」

「むしろ、それが『本来』らしいのですけれどね」

  アルクェイドの言葉に、苦笑混じりで答える『ヴァイオレット』。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ちょっと、レン!?」

  いきなり、ばったりと倒れ込んだレンに、慌てるアルクェイド。

「どうしたのよ!?」

  ケーキ………

  マジ泣きするぞ、と言わんばかりの表情だ。

  ケーキ………

「………そのケーキ?」

  一口、アルクェイドも口に運び、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………シエル用じゃないのよこれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  その、妙に『茶黄色い』ケーキ。

「………カレーケーキ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「『ヨランダ』あああああっっっ!!!」

  『ヴァイオレット』の怒号が轟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「全く、申し訳御座いませんでした」

  いいの。心配しないで。

「何とお詫びしてよいやら………」

「まー、シエルの土産が出来たからいーよー?」

「申し訳御座いませんでした」

  平身低頭、詫びる『ヴァイオレット』。

「今度来たときには、ちゃんとサービスしてね」

「それはもう」

  レンの手にはケーキを詰め合わせた小箱、アルクェイドの手には、紅茶の茶葉とレシピ集、シエルへの手土産の『カレーケーキ』があった。

「まあ、それ以外は美味しかったし、レンももういいって言ってるから」

  もう大丈夫なの。

「帰りにシエルからかって来るわ。じゃーねー」

  またくるの。

「有り難う御座いました。またお越し下さいませ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………そんなことが?」

「そーなのよー、もー。シエルも来たらよかったのに」

「だったら電話ぐらいしてくれてもいいじゃないですか」

「だって、電話番号知らないし」

「……………………………………………………」

  ふう、と溜め息を吐くシエル。

  場所はシエルのアパート。

  言葉通り、『カレーケーキ』を届けに顔を出したアルクェイドとレン。

「『ヨランダ』も、私にぐらい知らせてくれてもいいでしょうに」

  そうなの?

  しかし、シエルには『何か言いたそう』としか映らず、

「貴女がそんなに気が利くということが、私にはかなり吃驚です」

「レンが言い出さなきゃ、その場で捨ててたわ」

「それこそ万死に値しますね」

  お互いに壮絶な笑顔を浮かべながら、睨み合う。

  けんかはだめなの。

「………ここはレンに免じて引いてあげる。レンてば、結構志貴のお気に入りだから、この子から喧嘩したことがばれて志貴に嫌われるのヤだし」

「……………………………………………………くっ」

  怯むシエル。

「じゃあ、用はそれだけだから。ああ、そうそう。『ヨランダ』って人が、また来て欲しい。新作が幾つかあるから、って言っといて、って」

「まあ、聞いておきましょう。………と、待ちなさい」

「何よ?」

「お土産持って来た人に、何もせずに帰すほど無作法ではない心算です」

「……………………………………………………あっそ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「レンちゃん、こっち、食べてみてくれる?」

「あ、こっちもこっちも」

「………あんた、人気者ねー」

  けーき、おいしいの。

「志貴が落ちるのも無理ないわね」

  苦笑混じりに相手をするアルクェイド。

  『幸せ』を絵に描いたような極上の笑みでケーキを食べるレン。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  以来………

  ケーキ作りを趣味とするウェイトレスたちに気に入られたレンが、『試食役』として重宝がられ、ケーキを食べているレンの姿目当てでお茶を飲みにやって来る客が増えたというのは………

  また、別のおはなし。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?

 
 
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 
 
 



 
 
 

後書き………のような駄文。

  リクエストの『アルクェイドとレン』のお話しです。
  原典に戻すため、些か短いですけれど、御容赦を。
  お楽しみ頂けましたでしょうか?
  タイトルの《Day Dreamer》ですが、カクテルとして出すのは次の機会に。
  その折も、お楽しみ下さいませ。
  今後の御来店を心待ちに致して居ります。
  6月7日(土)、深夜。ラベンダー・キューブ・ティーを飲みながら。
  Nakamura様へ、愛を込めて。
 

  では。
  LOST-WAYでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

注釈

 この作品は、20000HITを踏まれたNakamura様へ贈らせていただいたものを、先方の承諾の下、当店でも掲載させて頂きました。
 
 
 
 
 
 


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