Moon Time『月姫カクテル夜話』 

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「ねーねー、秋葉ちゃん」

「なぁに?    羽居」

「秋葉ちゃんのおにーさんてねー、魔法使い?」

「……………………………………………………はい?」

  羽居の突拍子も無い質問に、秋葉は目を点にする。

「………どこをどうやればそんな質問が出てくるの?」

「だってー、ねー?」

「ああ。オレも見た。………ホウキに乗って飛ぶ、なんざ、魔法使いとしか考えられないだろう?」

「……………………………………………………蒼香、貴女まで」

「しかもねー、つかさちゃん、後ろに乗せてたよ?」

「…………………………………………………………………………………………………な」

「………な?」

「なんっですってえ!?」

  秋葉の怒号が響いた。
 
 

















月姫カクテル夜話《Elegant》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

  四条つかさは、ソファに横たわって唸っていた。

  そばでは志貴が済まなさそうに額に置いた濡れタオルを取り替え、汗を拭っていた。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「はい、これ」

「……………………………………………………なに、これ?」

  クリップボードが回ってきた。

「署名」

「いや………見たら解るけど」

「彼女を『上級会員(ハイクラス・メンバー)』にして欲しい、っていう請願書。貴方が書いてくれたら、確実性が更にアップする」

「………いや、書かないとは言ってないけどさ………」

  濡れた手を拭い、クリップボードに挟まれた署名用紙にスートとナンバー、コード番号と名前を記入する。

「………これでいい?」

「ありがとう」

  いい笑顔で、『ドラゴン・レディ』は笑った。
 
 
 
 

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

  つかさは、相変わらず唸っていた。
 
 
 
 

  事の起こりは、そもそも ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………あれ?」

  四条つかさは、妙なところへ迷い込んだ自分を見付けた。

  どうして今まで気が付かなかったのか、不思議なくらいだった。

「ここ………どこだろ?」

  応える者はいない。

「……………………………………………………………………………………………………」

  前を向いても後ろを向いても、同じようなコンクリート壁が繋がっている。

「………えっと?」

  思い出せ?

「外出許可を貰って………バスに乗って繁華街へ出て………ウィンドウショッピングで冷やかし歩いて………駅の地下の喫茶店に行こうとして………」

  そこから、いきなりここに辿り着いたかのような。
 
 
 
 

「……………………………………………………なんで?」

  応える者はいない。
 
 
 
 

  とにかく、動くしかないようだ。

「……………………………………………………ふぅ」

  一つ溜め息を吐くと、意を決して歩きだした。

  最近、何から何まで憑かれているかのようにツイていない。

  ツキに見放されているかのようだ。

「……………………………………………………そもそも………」

  遠野秋葉に絡まれてからというもの、全てが裏目に出ているように思う。

  あの女なさえ居なくなれば、もっと私も平和に生きていけるのに………

  そんな不穏当な思考が浮かんでは消える。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「もけ」「もけけ」「もけけけけけ」「もけ」「もけけけけけけー」「もけ」「もけけ」

「!?」

  奇妙なロボット(!?)が、大挙して通路から現れた。

「なにこれー!?」

  悲鳴を上げながら脱兎のごとく走りだすつかさ。

  動きそのものは人間並なのか、逃げ切れないが、引きはがせない。
 
 
 
 

「………やあ、おとうさんが頑張っているみたいですね?」

「!?」

  横から掛けられた声に、吃驚して立ち止まりそうになるが、何とか踏ん張って走り続ける。

  奇妙な男だった。

  黒い学ランの上下に、下駄履き。

  手には炊飯器を抱え、カラコロと下駄を鳴らしながらつかさと同じように走っていた。

「なによあれ!?」

「おとうさんは『ばーさーかー』と言ってました」

「あんたのお父さんが創ったの!?    だったらなんとかしなさいよ!」

「………ぼくには、出来ない」

「なんで!?」

「あんな姿でも………あんな姿でも………」

「……………………………………………………」

「僕のおとうといもうとたちなんですから」
 
 
 
 

「……………………………………………………え?」
 
 
 
 

「ほら」

「!?」

  ほら、と、首を引っこ抜いてコード類を見せる。
 
 
 
 

「ぼくは、インターバルタイマーのヒトだったのだ」
 
 
 
 

「……………………………………………………っっきゃーーーーーーーーーーーっ!?」

  更に絶叫を高らかに上げ、更に加速して仏千斬りで走る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………………………………………………………」

  ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ………

  ぜひぜひと荒く息を吐き、壁にもたれ掛かる。

「……………………………………………………どこ?    ここ?」

  出鱈目に逃げて来たから、現在地が解らない。

「う………そ………」

  右を見ても左を見ても、同じようなコンクリート打ちっぱなしの通路が広がるのみ。

「どこなのよ、ここ!?」

  返事はない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………………………………………………………」

  とぼとぼと、通路を歩く。行っている先に分岐が無いのが幸いなのか、それとも不幸なのか。

「……………………………………………………?」

  通路の先に、何かが転がっている。

「なに………これ?」

  近づいて見ると、それは奇妙なフォルムをした大口径の狙撃機銃(ライフル)のようなモノだった。

「………軽い?」

  片手で振り回せるほどに軽い。

  つかさの身長を上回るほどの大きさ ―― 全長2メートル程度 ―― は有る。

  とは言え、大きさが大きさなので、取り回しは厄介そうだったが。

「使えるのかな?」

  この際だ。

  武器として使えるものがあるなら、それは何よりも救けになる。

「こう………だったかな?」

  映画の動きを、見様見真似でなぞり………

  ぱしゅん

「……………………………………………………撃てる?」

  思ったほど、反動は無かった。

「これなら………」

  狙撃機銃を腰試に構えて歩みを進める。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「もけ」「もけ」「もけけ」「もけ」「もけけけ」「もけけけけけ」「もけ」「もけけ」

  後ろから、奇妙な泣き声とともに奇妙なロボット(?)が姿を現した。

「うるさい………のよ!?」
 
 
 
 

  ぱしゅぱしゅぱしゅぱしゅ。
 
 
 
 

「もけ!?」「もけけけ!?」「もけ!?」

  がすんがすん、撃たれた『ばーさーかー』が吹き飛び、砕かれていく。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「伏せなさい!」

  命令し慣れた声とともに、つかさの頭越しに『何か』が放り投げられ、『ばーさーかー』の群れの中に投げ込まれる。

「……………………………………………………え?」

「伏せなさい!」

  今度は怒声とともに引きずり倒される。
 
 
 
 

  次の瞬間 ――

  轟音!
 
 
 
 

  バラバラと飛んでくる破片。

  きーん、と、耳が轟音に負けて痛む。

「なんなのよ!?」

  体を起こしながら、悪態をつく。

「……………………………………………………貴女、誰?」

  迷彩服に身を包んだ女は、不審気につかさに尋ねた。

「………ああ、ごめんなさい。私は『ドラゴン・レディ』。貴女は?」

「何よ、その名前。芸名にしちゃ、イケてないわね?」

「『カクテル・ネーム』よ」

「………『カクテル・ネーム』?」

「……………………………………………………どうやってここに入って来れたの?」

「知らないわよ。気が付いたらこんなところに居たんだから」

  悪態を吐く。

「ま、いいわ。後で聞くから。死にたくなかったら、『それ』を使って生き延びなさい」

「ちょ………ちょっと待って」

「なあに?」

「死にたくなかったら………って、何で私がこんなことに巻き込まれなきゃならないの!?」

「………最悪に運が悪かったのか、最高に運が良かったのか。どっちかね」

「なによ、それ」

「ただ、これだけは言えるわ」

「なによ?」
 
 
 
 

「切り抜けられないピンチは訪れない。全力を出せばピンチを越えて………更にパワーアップ出来る。映画以上にドラマティックなのよ?    人生はね?」

  にやり、と、不敵な笑みを浮かべる。
 
 
 
 

「なによ、それ」

  そこには、見たことのない『格好いい女』がいた。

「……………………………………………………………………………………………………」

  女のつかさが、思わず見惚れてしまうほどに。

「ぼんやりしてないで。いくわよ」

「あ、待ってよ」

  パタパタと走って追いすがる。
 
 
 
 

  一人よりも二人。

  道連れが居る分、気持ちは軽くなった。
 
 
 
 

「さっきの………何?」

「『バーサーカー』のこと?    あれは………そうね。『象(かたど)られた混沌の欠片(カケラ)』ってところかしら?」

「何であんなのがいるの?」

「システムのバグ………ってところかしら?    定期的に吐き出させて、処理するのよ。まあ、この店………Cocktail Bar[Moon Time]を知れば、どういうものか解るようになると思うわ」

「……………………………………………………………………………………………………」
 
 
 
 

  カクテル。

  この女の人が飲んでいるのを想像してみる。

「……………………………………………………」

  微妙に違和感がある。

  迷彩服じゃ無くて、格好いいスーツだったら?

「……………………………………………………」

  うん。これなら合ってる。
 
 
 
 

  じゃあ、自分は?

「……………………………………………………」

  ヘコむ。
 
 
 
 

「面白いわね、貴女。先刻から、いろいろと表情を変えて」

「あ………」

  少し、顔を赤くする。

「まあ、若さは可能性の泉よ。今からだったら、何でも出来るわ」

「そ、そうですか?」

「ええ。自分自身を創ろうとする限りは」

「自分自身を………創る?」

「それと、尊敬する人を持ちなさい。そうすれば、モノの見方が変わるわ。私も、貴女ぐらいの時は色々世界を恨んだものだから」

「……………………………………………………あ………その」

「誰かを傷つけ、貶めるよりは………自分を磨いて、『いい女』になりなさい。そうやって、貴女のライバルを悔しがらせることが出来れば………それこそが『勝利』よ?」

「あ…………………………………………………………………………………………………」

  つまらない『オマジナイ』の記憶が蘇る。

「失敗してもいいの。失敗したことを己の血肉として付ければ」

「でも………」

「本当に取り返しのつかない失敗なんて、そうそうないものよ。生き汚く生きてる限りはね」

「……………………………………………………」

「それと………恥ずかしい、って思えたら、そこがスタートライン」

「恥ずかしいって思えたら、スタートライン?」

「そう。恥ずかしいけれど、恥をかくことから始めなきゃならない。それが、『いい女』へのステップだから」

  ………ああ。

「………『愚痴』と『妬み』と『やきもち』の世界に捕らわれて、前が見えてないんじゃない?」

  ん?    と、顔を覗き込まれる。

「……………………………………………………………………………………………………」

  恥ずかしくて、視線を逸らせる。

「恥ずかしい?」

「……………………………………………………はい」

  小さな声で、消え入るように応える。
 
 
 
 

「『Do something about it』」

   ―― なんとかしたら?
 
 
 
 

「どうすれば………いいのか………」

「じゃあ、ウチに来る?」

「……………………………………………………はい?」

「これでも会社経営している身だし、それなりの立場にも居るわ。貴女がそう望むなら………『女修行』させてあげるけど?」

「……………………………………………………………………………………………………」

  迷彩服で、銃をバリバリ撃ってるようなこの女性が?

「いい女なんて、日々のさりげないコトから、幾らでも変われるのよ?」

「そんなに………簡単なことなんですか?」

「簡単よ?    ただし、そのことに気付くまでが難しいけれど?」

「……………………………………………………………………………………………………」

「気付いたら………そりゃ、恥ずかしいわ。そんなところへ行きたくなくなるぐらいにね。でも、『恥』を『恥』と知ることが出来る感覚こそが………『女』を磨く『力』そのものだから」

  そんなものなのだろうか?

「貴女の世界を変える第一歩。持ち物の中から三つ捨てて、二つ入れること」

「何を………?」

「捨てるモノは三つあるわ。『愚痴』『妬み』『やきもち』ね」

「入れる、モノは?」
 
 
 
 

「……………………………………………………それは、後で教えるわ」

  ジャキ、と、突撃機銃(アサルトライフル)を構え、左手を腰にやる。

  ジャコ、と、つかさも拾った狙撃機銃を構える。

「あなた………それ、使えるの?」

「ええ、まあ」

  素質は有るのか、と、小さく呟く『ドラゴン・レディ』に、視線を向けると………
 
 
 
 

「もけ」「もけ」「もけけ」「もけ」「もけけけ」「もけけけけけ」「もけ」「もけけ」

  前方から、奇妙な泣き声とともに奇妙なロボット(?)が姿を現した。
 
 
 
 

「せいっ!」

  掛け声とともに腰から引き抜いた手投げ弾を群れに放り込み、そのまま流れるような動きで機銃掃射。

「あわ、あわ、あわ」

  一旦緊張が解けると『日常』の枷が嵌まる。

  つかさは泡を食いながらも、それでも果敢に狙撃機銃を発砲し、『バーサーカー』を撃破していく。

「走るわよ!」

「はっ、はいっ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  向かいから出てくる『バーサーカー』を確実に撃破しながら、通路を走って行く二人。

  ………どうして、ここまで平然と戦えるんだろう?

  ………どうして、こんなにも余裕の有る『目』をしているんだろう?

  『ドラゴン・レディ』に続いて走りながら、その背中を、横顔を見ながら、つかさは考える。
 
 
 
 

「もけ」「もけ」「もけけ」「もけ」「もけけけ」「もけけけけけ」「もけ」「もけけ」

  次から次へと湧いて出る『バーサーカー』。
 
 
 
 

  弾切れを起こす事なく、ゲームのように撃ち続けられる不思議な銃を撃ちながら、つかさは『ドラゴン・レディ』に続く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………結構ヤるわね?」

「……………………………………………………どうも」

  ぜー、ぜー、ぜー、ぜー、と、荒い息を吐きながら応える。

「……………………………………………………どうして………」

「?」

「どうして、息が、切れないん、ですか?

「ああ。鍛えてるからね?」

「……………………………………………………どうやって?」

「生き方を変えれば、簡単にスタイルなんかよくなるよ?」

「……………………………………………………どうやって?」

「『知的』に生きれば」

  余裕たっぷりに応える『ドラゴン・レディ』。
 
 
 
 

  ………それだけで、こんなに格好よくなるのかな?
 
 
 
 

「………さて」

「?」

「後もう少し。頑張りましょうか?」

「まだ……………………………………………………あるんですか?」

「うん。後4分の1くらいかな?」

「……………………………………………………………………………………………………」

  つかさは、目眩がするのを感じた。

「どうして、平然と戦えるんですか?」

「『常在戦場(War Days)』」

「……………………………………………………………………………………………………」

  とんでもない人生観もあったものだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………………………………………………………」

「……………………………………………………おおー」

「もけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

  通路を抜けた広間では ――

  広間を埋め尽くすほどの『バーサーカー』が犇(ひし)めいていた。

「………七面鳥撃ちだね?」

  にやり、と、笑みを浮かべる『ドラゴン・レディ』とは対照的に呆然とするつかさ。

「そっち、誰かいるのかー?」

「『セヴンスヘヴン』かい?」

「その声、『ドラゴン・レディ』だな?」

「『チェリー』ちゃんは?」

「はーい、ここでーす」

  どがごおん、と、巨大な西洋甲冑が巨大な鉾槍(ハルバード)で『バーサーカー』を薙ぎ払い、手をぶんぶか振る。
 
 
 
 

  ………シュールだ。
 
 
 
 

  巨大な甲冑が、可愛い女の子の声で(仕草で)動いている。

「後はここだけみたいだ」

「つかさ」

  『セヴンスヘヴン』の言葉に、『ドラゴン・レディ』は、静かに告げる。

「………あっ。はっ、はいっ」

「ラストスパート。がんばろ?」

「………はいっ」

  つかさは、すちゃ、と、拾った長銃身の狙撃機銃を構える。
 
 
 
 

「「Ready ……… Show Down!!」」

「「Go!    Go!    Go!」」
 
 
 
 

  だかだかだかだかだかだかだかだかだかだかだかだかだかだかだかだか………

  ばしゅばしゅばしゅばしゅばしゅばしゅばしゅばしゅばしゅばしゅ………

「粉!    砕!    バットお!!」

「あはははははははははははははははははははははははははははははははは………」

「かぁかってきなさい!!!」

  一体一体は弱くても、手の空いている奴が『遺体(?)』を回収し、再生産されてくるのだから始末が悪い。

「ひきゃうである!」

  『戦う先輩』が叫ぶ。

「キリがねぇ!」

  『セヴンスヘヴン』がわめく。

「中央の『メカ成原』を!」

「つかさ、しっかり狙って」

「………で、でも………」
 
 
 
 

「大丈夫」
 
 
 
 

  はっ、と、なる。

「大丈夫。あんたならやれる」

  それは、確信に満ちた言葉。

  全てを肯定してくれる、暖かくも厳しい優しさ。
 
 
 
 

  ………応えなきゃ。応えるんだ。
 
 
 
 

  見様見真似で構え………

「………当たれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

  発砲。
 
 
 
 

「……………………………………………………え?」

  今までとは撃った感触が違った。
 
 
 
 

  今まで引き金を引いたときに出た弾跡とは明かに違う光芒を引いて、弾丸がホール(のような場所)の中央に陣取っている4本腕の『刈り上げメガネに口ひげのおっさん』を貫く。

「……………………………………………………あたった………」

「『ドラゴン・レディ』!    気を付けろ!    雪崩込んでくるぞ!?」

「え!?」
 
 
 
 

  瞬間 ――

  全ての『バーサーカー』が、つかさ目がけて殺到した。
 
 
 
 

「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」
 
 
 
 

  しかし ――

  しゃらあぁぁぁぁん………

  細かなガラスを撒き散らすような、硬質ながらも澄んだ音が響く。
 
 
 
 

「………志貴!?」

「間に合った!?」

「………美味しいところを………」

  『ドラゴン・レディ』が苦笑を浮かべる。

「つかさ、バックアップ、頼むわね?」

「あ………はいっ!」

「志貴くん?」

「おっけーです」

「『セヴンスヘヴン』?」

「いつでも」
 
 
 
 

「Kill them all!!」

「「Yeah!!」」

  駆逐が再開された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  壊された『バーサーカー』たちの山の上で、『セヴンスヘヴン』は翼を広げて佇んでいた。

「………あれが………」

「まあ、『セヴンスヘヴン』の『冥府の使者(ルイナス)』としての姿」

  顔の、身体の右半分に肉がなく、骨が剥き出しになっている。

  腹腔(ふっこう)には腹腸(ハラワタ)がなく、剥き出しになった肋骨が牙のように口を開いている。

  背中には、4枚の、羽毛一枚一枚までも骨で出来た硬質の翼が。

  恰(あたか)も『死を体現したモノ』の姿。
 
 
 
 

「……………………………………………………そこまで、とんでもない状態でした?」

「集まった『混沌』にアテられると、時々『封印』が弾けて『本質』を写し出しちゃうって話」

「……………………………………………………………………………………………………」

  その姿を見たつかさは………
 
 
 
 

「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

  そのまま気を失った。
 
 
 
 

「………根性のないヒトですねぇ」

「いや、この姿を見て平然としていられる志貴の方が凄いと思うぞ、俺は」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「えと?」

「はい、これ」

「これは?」

「この店 ―― Cocktail Bar[Moon Time] ―― の、会員証(メンバーズ・カード)」

「あの………入会金とか、年会費とか………」

「この店に、たまにでいいから顔を出すこと。それが『会費』代わり」

「そんな………都合のいいコト………」

「そういう都合のイイところなのよ。ココは。貴女だって見たでしょ?    『人外魔境』のトンデモナイものを?」

「……………………………………………………それは………」

「そういう連中が、安らぐ場所。だから、そんなツマラナイ俗世間のゴタゴタなんて、言いっこなし」

「……………………………………………………ですけど」

「ちょっと疲れたときに、ちょっと来て、ちょっと呑んで、元気になる。そんなトコロよ?    ここは。だから、もっと肩の力を抜きなさいな?」

「……………………………………………………はあ」

「後は………この規約を読んだら?    そしたら、貴女も安心出来る?」

「はあ………」

  ソファから身を起こしたつかさは、手渡された会員規約を読み始めた。
 
 
 
 

「………大丈夫かい?」

「え………?」

  今更のように気付く。

「えっと………?」

「随分魘(うな)されてたけど………」

「あなたは………」

「彼がねー、貴女が潰れている間、ずっと看護してくれてたのよ?」

  悪戯っぽい口調で言う『ドラゴン・レディ』。

「ああ、ゴメン。初めまして。遠野志貴って言います」

「あ、四条つかさ、です」
 
 
 
 

「「……………………………………………………………………………………………………」」

  無駄に見詰め合うふたり。
 
 
 
 

「………遠野?    遠野って、秋葉さんの………?」

「ああ、兄です。秋葉と知り合い?」

「………私も、浅上に通ってますから………」

「なるほど」

「ついでに、つかささん。あのときのピンチ救けてくれたのも、彼よ?」

「……………………………………………………え?」

「わざわざ言うようなことですか?」

「私の中では」

  にやり、と、底意地の悪い笑みを浮かべる。

  こうなると、悪女っぽい魅力が出てくるから不思議だ。
 
 
 
 

「……………………………………………………ふう」

  やれやれ、と、濡れタオルやら氷入りの洗面器やらを片付けていく志貴。

「………彼が?」

「そ」

  ぼんやりと志貴の後ろ姿を目で追うつかさを、微笑みながら『ドラゴン・レディ』は見ていた。
 
 
 
 

「……………………………………………………あ、と。聞いて、いいですか?」

「ん?    なあに?」

「あの時の………みっつ捨てて、ふたつ入れる、って話ですけれど」

「ああ。………『愚痴』『妬み』『やきもち』を捨てろ、って話ね?」

「ええ。入れるもの、ふたつって………」

「何だと思う?」

「………『礼儀』と『思いやり』………かな?」

「まあ………及第点としときましょうか。『マナー』と『サーヴィス』ね」

「………『マナー』と『サーヴィス』………」

「貴女のマナー程度しか、貴女の行くお店はサーヴィスしてくれない。そのことを弁(わきま)えていれば、お店にサーヴィスして貰えるだけのマナーを身につけることが出来るわ」

「……………………………………………………………………………………………………」

  思い至ることが幾つかあった。

「さて………どうする?」

「え?」

「貴女がそう望むなら、『ポジティブ・ダイエット』や『大人の女のマナー』とかを、身に付けられるようにレクチャーするわよ?」

「どうして………そこまで?」

「病人だからね」

「え?」

「『すっとこどっこい』。貴女もすぐに伝染るわよ?」

「………はあ」

「で?    どうする?」

  つかさは、こたえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「お疲れさま」

「あ………志貴さん………」

「身に付いたみたいだね。なんて言うか………顔付きがしっかりしてるよ?」

「………そうでしょうか?」

「オレもこの店で『訓練』して貰ったことがあってね。その時もそう思ったけど、『時間切れ逃げ切り』が許されないだろ?」

「そうですね」

「いや、大変だった」

  お互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
 
 
 
 

「これ。お店の方から、って」

  カクテルを手渡される。

「あ、どうも。………なんていうカクテルなんですか?」

「『エレガント』だって」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★エレガント『Elegant』★

  ドライ・ジン………1/2
  ドライ・ベルモット………1/2
  グラン・マルニエ………2dashes

    ステアして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「なかなか素地がいい」

「本当に」

  『ドラゴン・レディ』と、『ミセス・ソロモン』が少し離れたところで談笑している。

「昔の貴女を見ているようね」

「………もっと暴れてたわよ?    私は?」

「そんなことを自慢しないの」

  キツい生活指導の女教師 ―― 勿論、『ハイミス』と呼ばれる類いだ ―― としか思えない容姿の『ミセス・ソロモン』が、困ったように表情を綻ばせている。
 
 
 
 

「さて、つかささん?」

「はい」

「今日のところはここまでとします。あくまでも今日の講義は『基礎』に過ぎません」

「はい」

「貴女がそれを望むなら………また、この店の扉を叩きなさい」

「……………………………………………………いいん、ですか?」

「何のための会員証(メンバーズ・カード)だと思ってるの?」

「それは………」

「私の楽しみはね」

  そう、『ミセス・ソロモン』は笑みを浮かべた。

「何も知らなかった無作法者が、『マナー』と『サーヴィス』を身に付けた紳士淑女へと変わること。だから………」

「……………………………………………………『ミセス・ソロモン』………」

「また、いらっしゃいな。貴女は、まだまだ未熟なんだから」

「……………………………………………………はいっ!」

  ぽんぽん、と、頭を撫で、そのまま胸に掻き抱く。

  母親に受け止められている娘だな、と、志貴は、ふと、そう思った。
 
 
 
 

「『ソノラ』」

  『ドラゴン・レディ』が、カクテルを渡しながら、

「つかさに一曲、歌ってもらえる?」

  『ソノラ』は軽く頷くと、歌い始めた。

  同時に、周りにいる客たちも、声を合わせて歌い出す。
 
 
 
 

「この歌………」

  『SMAP』の『世界にひとつだけの花』。
 
 
 
 

「 ―― ナンバー・ワンにならなくてもいい」

「 ―― もっともっと、特別な、オンリー・ワン………」
 
 
 
 

「………あの、いいんですか?」

「貴女は世界でただ独り、『あなた』なのよ。そのことを、ちゃんと覚えていなさい」

  『ミセス・ソロモン』の胸に抱かれて、つかさは涙を流していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「志貴くん?」

「はい?」

「彼女、送ってあげなさい」

「えっと………どうやって?」

「最近、『箒(ほうき)』の練習、やってるって話、聞いてるけど?」

「……………………………………………………………………………………………………」

「後ろに乗せて送ってあげなさい。それくらい、許されると思うわ?」

「……………………………………………………はい」

  志貴に反論の余地は無かったようで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「あ、ここでいいですよ」

「………そう?」

  浅上女学院の人気の無い森の片隅に、志貴は箒で降り立った。

「ありがとうございました」

「いや………こっちこそゴメンな?」

「いえ、お気になさらずに」

「結局………『混沌』が漏れてキミを巻き込んじゃったみたいなんだ」

「いいんですよ。『最高に運が良かった』だけですから」

「いや………それでいいの?」

「はいっ」

  晴れ晴れとした笑顔で応える。

「巻き込まれた時は、『最悪に運が悪い』と思っちゃいましたけれどね?」

「あはは………」

  乾いた笑い声を上げる志貴。

「簡易に結界張ってあるにしても、場所が場所だから、そろそろ行くよ」

「あ、最後にひとつだけ」

「?」

「また………会えますか?」

「結構、あの店に顔出してるからね」

「じゃあ………また。お店で」

「うん。またね」

  そのまま志貴は箒にまたがり、空へと消えて行った。

  つかさは、志貴の飛んで行った方に向かって、いつまでも手を振っていた。

「さて………遅くなった言い訳を考えないと」

  ひとつ、息を吐いて、つかさは苦笑を浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………そう言えば………」

「『オーナー』たちなら、根幹のシステム調整で『最深部』に潜ってる」

「あ………そっか」

  志貴はつかさを浅上まで送り届けた後、再度店を訪れていた。

「そ。だから、『表層部』のバグ処理を有志募って対応してんの」

「………でも………」

「『表層部』っても、この店の事だからな。ここだけじゃない」

「あー」

「変な話………『三千世界』を『表層部』にしてると考えりゃ、どれだけの人手が必要か解るだろ?」

「……………………………………………………あー」

「『システム』が調整されて落ち着いた部分から、『歪み』や『淀み』『汚れ』が………ああいった『事象』に姿を変えて『形成』される。それを俺らが『処理』することで『ゴミ掃除』………『バグ処理』に替えてるワケ」

「………あんな連中に?」

「割合に軽目だな。あれは」

「?」

「『星船の騎兵隊』みたく、文字通りの『蟲(バグ)』だったら、ああも簡単に片付かんかったろうな」

「………『星船の騎兵隊』?」

「映画でなかったか?」

「映画?」

「………『Starship Troopers』」

「あー」

  テーブルにターミナルを置いて報告書を纏めている『セヴンスヘヴン』を相手に、志貴は軽くノンアルコールのカクテルを口にしていた。

  確かに、あんな『蟲』たちだと、あれだけの戦力では何も出来なかった可能性が高い。

「ありがとな」

「?」

「頭使うと、甘いものがほしくなる」

「………ああ」

  ついで、と、入れたカクテルのことらしい。

「報告書?」

「生活費掛かってるからな」

「……………………………………………………あー」

「この『中』に住んでるからな、俺ら」

「あー」

「………それと、忠告だ」

「?」

「彼女………四条つかさと言ったか」

「うん」

「気を付けろ」

「?」

「『ミセス・ソロモン』に直接『女』を磨いてもらってる。最大の『強敵』になる」

「………最大の『強敵』に?」

「ただでさえ回り中に女を侍らせてるんだ。更に増えるぞ」

「いや………その表現は………」

「現時点で12又。更に増えるぞ」

「……………………………………………………う………」

「しかも、この店のスタッフの『教育係』を一手に任されている『ミセス・ソロモン』が気に入り始めてる。『ドラゴン・レディ』もそうだが、目標とするべき『尊敬する同性』を前にした女がどれだけ『化ける』かを何例か見てるからな。最大級の『恋敵』になることは請け合いだ」

「……………………………………………………………………………………………………」

  引き攣った笑みを浮かべる志貴。

「お前もいい加減『己』を確立させないと、流されるだけの男はそのうち相手にされなくなるぞ?」

「……………………………………………………………………………………………………」

「以上、500歳越えた『先達』からの忠告でした」

「……………………………………………………500歳?」

「一応な」

「……………………………………………………」

「ちなみに『チェリー』は後2、30年で4桁の大台に乗る」

「……………………………………………………」

「何か質問は?」

「……………………………………………………み」

「み?」

「………見た目どおりとは限らない………」

「何を今更」

  苦笑を浮かべ、軽く肩を竦める。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「つかさちゃん、変わった?」

「………変わった、と、言われるんでしたら………そうかも知れません」

「うん。きれいになったよ?」

「ありがとう」

  にっ、と、素直に笑顔で応える。

「……………………………………………………っ」

  怯む秋葉。

「ねぇ、どうしたの?」

  能天気に羽居が聞くが、さらりと答えが返る。

「夢を、持って生きることにしましたから」

「どんな夢?」

「素敵な人たちに、会ったんです」

「うん」

「その人たちに『尊敬して貰えるいい女になりたい』と、思うようになったんです」

「へー」

「その人たちは尊敬出来る、素晴らしい人達でしたから」

「あたしも会えるかな?」

「ええ、きっと」

「えへへー」

  アルファ波全開の笑顔で応える。
 
 
 
 

「ああ、そうそう、秋葉さん」

「………何かしら?」

「志貴さんて、素敵な方ですね?」

「……………………………………………………」

  ぶわっ、と、視線が険を帯びる。

  つかさはやれやれ、と、頭(かぶり)を振ると、

「そんなものをいつまでも持ち歩いていると、手が塞がって何も持てなくなりますよ?」

「………何の話かしら?」

「『愚痴』と『妬み』と『やきもち』です。持っていても邪魔なだけですから、さっさと手放した方がいいと思いますけれど?」

  さらりと言い流す。

「………ヒュウ♪」

  蒼香が横で口笛を鳴らし、

「あははー」

  羽居が能天気に笑う。

「では、お先に失礼させて戴きますね?」

  悠然と、教室から出て行った。
 
 
 
 

「……………………………………………………………………………………………………」

  わなわなと震える秋葉。

  しばらくして、つかさは教室の方から響いて来た怒声に………

「………クス」

  ひとつ、苦笑を浮かべたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 

後書き………のような駄文。

  anss様へ愛を込めて。
  如何でしたでしょうか?
  有彦&ななこの第五夜『Casino』で出て来た『ドラゴン・レディ』に登場願いました。
  大人の女のマナー講座………かな?
  やはり、若者は年上の人に学ばなければならないようですね。
  良き師との出会いが、人生を豊かにしてくれる。
  私は、巡り合わせでは、良い人生を送っています。
  ……………………………………………………少なくとも、今のところは。
  アルクェイドには『エル・プレジデンテ』が居るように、つかささんには『ドラゴン・レディ』についてもらうことにしました。
  負けず嫌いで結構無謀で向こう見ずですけれど………いい女………に書けてるかなぁ?
  ………ちょっと心配ですけれどね。
  気に入って戴ければ、何よりですけれど。
  リクエスト、ありがとうございました。
  では。
  LOST-WAYでした。
 
 
 
 


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