Moon Time『月姫カクテル夜話』 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

「これで………最後です」

  しゅ、と放った黒鍵が狙い過たず死徒へと吸い込まれるように突き刺さり――

  ぼ、と燃え上がり、火葬式典が、その姿を焼き清める。

「随分………遅くなってしまいましたか」

  最後の死徒を滅ぼし終えた私は、時間を確認する。

  大して意味がある訳ではない。ないのだが………遠野君の傍に居たくて「先輩」している以上、あまり遅くなって学校に遅刻するようではいけない。

「自分で選んだ事………とは言え」

  ままならないものですね、と、口の中だけで呟く。
 
 
 
 
 
 
 

  ロアが滅んだ後、その後始末を兼ねてこの街に滞在し続けるようになってから、それなりの時間が経った。

  毎日のようにアーパー吸血鬼と喧嘩をし、乾君を交えて遠野君とお昼を食べたり、秋葉さんの小言ならぬ嫌みを聞いたり。

  埋葬機関員としての自分を忘れそうになる程の、日常。

  もう、手に触れられるとは思っていなかった、当たり前だったはずの――時間。

「……………………………………………………」

  取り留めも無い思いを振り切るようにかぶりを振ると、

「さて、明日も早いですし」

  これからアパートへ帰って………

  そう思って振り向いた私の目に飛び込んで来たのは――
 
 

























月姫カクテル夜話《BLUE  LADY》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を賭けて来た。

「おや、シエル様。遅く迄御疲れ様です」

  前回、遠野君と初めて来た時とは違うウェイトレスだった。

  しかも、私がカソック姿であるにも拘わらず、微塵も揺るがず、それが当たり前であるかのように笑顔でお辞儀。
 
 
 
 
 

「どうぞ、こちらへ」

  ――前回来た時は大量にサインを書いたため、テーブル席だったが、今回はカウンター席らしい。
 
 
 
 

「いらっしゃいませ。何かお作りしましょうか?」

  バーテンダーが、カウンターの内側から声を賭けてくる。

  それと同時にコースターに乗って出される水――鉱水(ペリエ)。
 
 
 

「………オーナーは?」

「オーナーは、本日は所用で外へ出ております。何か、お約束でも御座いましたか?」

  躾――いや、教育が行き届いて居るのだろう。停滞なく返事が返る。

「いえ………そういうことはないのですが………」

「然様で御座いますか。では………オーナーにはまだまだ及びませんが、お相手を務めさせて頂きます、ハーベイと申します。以後、お見知り置きを」

  ぺこり、と一礼。
 
 
 

  よく見ると、僅かながら耳が長く、尖っている。
 
 
 
 

  ………人間ではない………?
 
 
 
 

「………あぁ、この耳ですか?」

  視線に気付いたのか、おどけたように耳をピクピク動かす。

「私は、妖精の血を引いておりますので」

「―― 一体、ここは何なんです?」

  我ながら不躾な質問をしてしまった、と思ったが、一度口から出た言葉を引っ込める訳にはいかない。

「――Cocktail Bar [MOON TIME]………では、いけませんか?」

「………そう言うのではなく」

  言外の言葉を汲んだのか、ハーベイは、

「オーナーは『世界と世界の狭間にあって、全ての旅人たちが憩う事の出来る場所』として、この『ムーンタイム』を作られたそうです」

  そう言いながら、拭いていたグラスを棚にしまうと、

「私も、自分の生き方が見付けられず、彷徨っていたところを救けて頂きましたので。ここで働いている者は、ほぼ例外なく、オーナーに救けられているんです。それが、生命であったり、心であったり、或いはそれ以外の何かであったり、人それぞれではあるでしょうけれども」

  そう言いながら、小皿にお摘まみになりそうなナッツ類を並べていく。
 
 
 
 
 

「そう言えば、シエル様。御夕食はお済みで?」

「いえ………まだです………」

「では、何かお腹を宥められるようなものをご用意しましょう。リクエストがあれば、お受け致しますけれど」

「では、カレーを」

  即答してしまってから、しまった、と思うが、もう遅い。

  しかし、返って来た返事は更に予想を上回るものだった。

「どのようなカレーがよろしいでしょうか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………は?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  どのようなかれーがよろしいでしょうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ドノヨウナカレーガヨロシイデショウカ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「――種類………あるんですか?」

「ええ。本日は………あちらに」

  そう言って指さす方を見ると――

  カレー鍋がいくつか、美味しそうな湯気を立てていた。
 
 
 
 
 
 
 

  ――迂闊極まりない。

  なぜ――なぜ気付かなかったのか。
 
 
 
 
 
 
 
 

  肩を震わせていると、

「このお店の中では、御自身が注意深く周囲を観察しようとしない限り、周囲の状況が遮断される『結界』が施されておりまして」

  ぎぎぎ、とハーベイの方を振り返る。

「その為、周囲の状況に邪魔される事なくお寛ぎ頂けるようになって御座います。お独りで静かに呑みたいのに、離れているとは言え、同じ店内で賑やかに談笑されては、些かなりとも気分が悪いものでしょう?」

「――そうですね」

「ですので、シエル様のような、周囲の状況を気配で認識されるような方々には、幾分戸惑われることは否めませんけれど」

「――ソウデスネ」

  ――匂いすら漂ってこない。

  ハーベイの言葉から察すると、すぐ近くまで寄らないと、匂いも判らないのだろう。

「では、少々お待ち下さい。持って参りますので」

「いえ………私が向こうに行きます」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――それから暫くの記憶がない。気が付いたら、元のカウンター席に戻って来ていたからだ。兎に角、心逝くまでカレーを味わえたのは確かで、暫く他のカレーが味気無い物に成りかねない味わいだったのも確か。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「いい食べっぷりだねー。もう、素敵すぎて惚れてしまいそうだよ」

  そう言って、元のカウンター席に戻った私の横に座る女性がケラケラと笑った。
 
 

  ――四本腕に、額にもある眼、青黒い肌。
 
 

  あきらかに人間ではないその存在に、警戒心を抱く事なくいられる自分が少し、不思議だった。

「あぁ、自己紹介が遅れたね。あたしはヨランダ。よろしくね」

  彼女が、あのカレーを作ったシェフだからか。

「ここは、本当に何なんです?」

「全てを受け止めてくれる安息の地。少なくとも、あたしはそう考えてるね。幾らカレーを作っても、誰も怒んないしさ、あんたみたいに素敵なたべっぷりを見せてくれる娘もいるしさ」

「………御馳走様でした」

「あっはっは。ま、何か呑むかい?  今日は奢るよ」

「では、お言葉に甘えて……………………………………………………えーとー」
 
 
 
 
 

  ――カクテルの名前が出てこない。

  ――あれから遠野君を誘うために、カクテルブックを読んで勉強したというのに。
 
 
 
 
 

「まぁ、カクテルなんて物は、ある程度こういう店で呑み慣れてないとなかなか名前なんて出て来ないよ。それにね、名前で気に入ったお洒落な物よりも、スタンダードを押さえてから。どこのバーでも出してもらえるようなものほど、そのバーテンダーの腕が判るってもんさ」

  そう言いながら、指二本でハーベイに合図を送る。

  ハーベイは軽く頷くと、大きめのシェーカーを取り出し、ボトルを並べ………

「ココナッツ・ミルク………?」

「そ。カレーの後は、甘口のカクテルで口と喉を押さえてやんなきゃ、ね」

  これはあたしの持論だけどね、とヨランダは、に、と口を笑みの形に引く。

「『ロードランナー』。走り回り過ぎたときには、これを呑んで心を落ち着かせるのさ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ロード・ランナー『ROAD RUNNER』★

  ウォッカ………1/2
  アマレット………1/4
  ココナッツ・ミルク………1/4
  ナツメッグ………少々

   シェークしてカクテルグラスに注ぎ、すりおろしたナツメッグを振りかける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  交互にカクテルグラスに注がれる、象牙色のカクテル。

「カクテルグラスは、基本的に割れ易いから、オールドファッションドとかのしっかりした作りのやつ以外は、乾杯でも打ち鳴らさないのが礼儀でね」

「では………どうやって乾杯するんですか?」

「そういう場合は、ほら、よくあるだろう?  グラスを軽く掲げる。それが乾杯のやりかたさ」

  なるほど。
 
 

「では、何の為に乾杯しましょう?」

「そうだね………『世界を越えたカレーの味わいのために』」

「『世界を越えたカレーの味わいのために』」

「「乾杯!」」

  軽くグラスを掲げ、そのまま口に運ぶ。
 
 
 
 
 

  ココナッツ・ミルクの甘みがじんわりと口の中に広がる。

  カレーの味が流されていくのは些か惜しい気もするが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「カレー、好きかい?」

「ええ、もちろん」

  即答する。

  カレー無くして何の人生か。

「でも、好きなら、いや、好きだからこそ、主観だけに囚われちゃいけない」

「?」
 
 
 

  ヨランダは、子供に言い含める母親のような表情で私に語りかけてきた。

「あたしだってカレーは好きさ。それこそ、食事全てがカレーだったって、それこそ望むところ」

「同感です」

「でも………でもね、それじゃあダメなんだ。半分だけなんだよ、それじゃあ」

「半分だけ?」

「そう。それは『カレーなら知ってる』じゃなくて『カレーしか知らない』になるんだ。カレーが好きなら、カレーに対する知識や技術だけじゃない。カレー以外の料理に対する知識や技術も身に付けないと」

  穏やかに、ただ穏やかに語りかけてくる。
 
 
 
 
 

「『カレーなら知ってる』じゃなくて『カレーしか知らない』?」
 
 
 
 
 

「そう。悪い言い方だけど『ナントカの一つ覚え』ってことさ。あたしもね、そのことを聞くまでカレーを極めることしか考えてなかった。他の料理には見向きもしないで、ただカレーだけを作ってた。だも、それじゃだめだって、思い知らされたのさ」

「それは………どうして?」

  ヨランダは幾分、悲しそうな表情を浮かべて言葉を続ける。

「体質的に、カレーを受け付けられない子がいてさ。カレーしか作れないあたしは、その子の力になれなかった。カレーがこんなに美味しいのに、って思っても、どうしようもなくそれを受け入れられない子がいたんだ。『美味しそうな匂いだね』『僕も食べたいよ』って言ってたんだけどね」

「……………………………………………………」

  そう言って、黙り込む。

「………それで、その子は?」

「カレーに対するアレルギー。それぞれの香辛料じゃなく、全てを含めた『カレー』に対するアレルギー。それ以外は、元気だったから、そのまま大きくなったけどね。その時、カレー以外の料理も知ったうえで、カレーの他に美味しい料理を、そんなアレルギーの子にも食べられるようなカレーを作れるようになろう、って思ったんだよ」

「………そうなんですか」
 
 
 
 
 

「だってさ、嬉しいじゃない?  ただ単に『美味しいカレーを作るね』って言われるよりも、『料理は何を作らせても美味しいけど、その中でもカレーが一番美味しいよ』って言われる方がさ」
 
 
 
 
 

  確かに。

  そう言われるようになれば、私もどれだけ嬉しいだろうか。

  ――遠野君に言われたら、多分、嬉しすぎて倒れてしまうんじゃないだろうか。

「にへへへへへ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

  だらし無く頬が緩む。
 
 
 
 

「あの志貴ってボーヤかい?」

  くっくっくっ、と意地悪く笑うヨランダに、慌てて振り返るが、もう遅い。

「判り易い娘だね。好きだよ、そういうの」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」

  自分でも、顔が真っ赤になっていくのが判る。

「あんな子と一緒にお店を開けたら、いいだろうね、シエル」
 
 
 
 
 
 
 

  ――言われて気付く。

  それは、決して手に入ることのない幻なのだと。
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………」

「赤くなったり青くなったり、忙しい子だね」

  なんでもないように話しかけてくるが、実際、そんなことでは済まない。

「手に入らない夢見事の幻、なんて、考えてるんじゃないだろうね?」
 
 
 
 
 

  その通りだ。

  それは、決して手に入れることの出来ない幻。

  望んでも、叶うはずのない夢。

  父を、母を――

  住んでいた街を血の海に変えた私の罪が――

  当たり前に過ごす日常を――

  穏やかに過ぎる平穏な毎日を――

  訪れる未来を――

  紅に染め上げ、私を引きずり込む。

  そこは――
 
 
 
 
 
 
 
 

「シエル、あんたごときに未来を諦められたら、あたしなんかどうするのさ?」

「……………………………………………………え?」

  のろのろと顔を上げた私を、穏やかな笑顔で見つめるヨランダ。

「あたしはね、その昔、『殺戮の女神』と呼ばれていたのさ」

  懐かしむような、声音。

「殺すことによってでしか自分を証すことが出来ない生き方をしてたんだよ」

  苦い思い出も、受け止められる笑顔。

「そんなあたしでも、未来を諦めないことで、こんなに呑気にカレーを作れるようになったんだよ?」

  ぼんやりと、ヨランダの顔を見る。

「犯した罪は消えない。生まれくることこそが『原罪』だと、あんたのところの教義が解いてるようにね。自分の犯した罪に真正面から向き合って、その上で、死んでいった人、殺してしまった人達の分、よりよい未来を築く『礎(いしずえ)』になるのが、咎人(とがびと)の生き方ってもんだと、あたしは思ってる」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  穏やかな笑み。

  強い、女の笑み。

  優しい、母親の笑み。

  頼もしい、先達の笑み。

  ――悲しい、咎人の笑みも。

  なんて――大きいんだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 

「………夢を、抱いてるんだろ?」

「はい」

「………諦めたく、ないんだろ?」

「はい」

「じゃ、信じてあげなきゃ。あんたの夢を、あんたが信じてやんなくて、他に誰が信じてやるっていうんだい?」

「ですけど………ですけど………!」

「あんたは、今、ここに生きてる。未来へ向かって、生きてる。過去に捕らわれて、立ち止まるには、まだ早いよ」

「はい………!」
 
 
 
 
 
 

  泣いた。

  母に縋り付くように泣いた。

  心の中のものすべてを吐き出すように泣いた。

「あんただってさ、独りじゃないんだ。弱さを見せてほしいと思ってる奴がいる。頼ってほしいと思ってる奴がいる。“力”になりたいと思ってる奴がいる。ありのままを受け止めてくれる奴がいる」

「……………………………………………………はい」

「そんな奴だろ?  あの志貴ってボーヤは?」

「……………………………………………………!!」

  真っ赤になって跳ね起きる。

  くっくっくっ、と、含み笑いを見せるヨランダの横顔を見ていると、『殺戮の女神』の異名など全然感じない。
 
 
 
 
 

  ――ここのオーナーと同じなのだろう。

  己の『業』すらも受け止められる強さ。

  独りではない弱さと――強さ。
 
 
 
 
 

  ………遠野君。

  心の中で呟いてみる。

  言われて、改めて思い知る。

  心を支えてくれる、彼の存在に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ハーベイ?」

「かしこまりました」

  ヨランダが、空になったグラスをコースターごとカウンターの内側へ押しやると、遅滞なく引っ込めて――

「………ミキサーなんて、使うんですか?」

「ええ。『ブレンド』という製法の折には」

「シエル、あんたも頼むかい?」

「えっと………それでは、同じものを」

「かしこまりました」

  何が出てくるのか。
 
 
 

  ………そう言えば、ヨランダもハーベイも、カクテルの名前を口にしていない。

「次のカクテルは、どう言ったものなのですか?」

「シエル様が今、得られたものを」
 
 
 

  ……………………………………………………?
 
 
 

  なんだろう。

  私が、今、得たもの。
 
 
 

「だんだん、オーナーに近づいて来てるね。まぁ、まだまだ遠いだろうけどさ」

「恐れ入ります」

  バナナのイラストの入ったリキュール、なんとなく、卵の黄身の色をしたリキュール、生クリーム。

「………生クリーム?」

「甘口だからね」

「そ、そうですか」

  小さめのミキサーに、細かく砕いた氷を入れ、リキュールを入れ、蓋を閉めてスイッチを入れる。

  柄の長いスプーンを使って、カクテルグラスに注ぎ、出される。

  淡い桜色をした、シャーベット、とでも言うべき?
 
 
 

「あんたが今、得たもの。それと、この店が、訪れる者全てに得てほしいもの。これが………このカクテルこそが、この店の『看板』とも言うべきカクテル」
 
 
 

  なんだろう。

「これこそが『こころのやすらぎ』」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★こころのやすらぎ『KOKORO-NO-YASURAGI』★

  バナナ・リキュール(ボルス)………30ml
  アドヴォカート(ボルス)………20ml
  生クリーム………30ml

  ブレンダー・ミキサーでシャーベット状にし、バー・スプーンで大きめのカクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――甘い。

  本当に――心が落ち着く味。
 
 
 
 
 

  ふと、ピアノの音色とともに歌声が聞こえて来た。

「――ソノラ。これは………『LOVE  SONG』か」

  ヨランダが、静かに呟いた。
 
 
 
 
 
 

  天を朱に染めて
  呼んでいる    あの声
  千里    遠く越えて
  降る    雨

  しんとする夜に
  『千の夢』  育てた
  天使のように泣く
  声    声

  拳に陽を受けて
  病んだ日を迎える
  戦士のように立つ
  あの    子ら

  信じては眠り
  『前途』キミに在れと
  念じては歌う
  声    声

  花に咲く    LOVE  SONG
  風に吹く    LOVE  SONG
  波に立つ    LOVE  SONG
  人に泣く    LOVE  SONG

  千里遠い空で
  『運』よ    キミ庇えよ
  満身に光る
  この    雨

  天を朱に染めて
  編んだ日を数えた
  天使のように呼ぶ
  あの    声

  花に咲く    LOVE  SONG
  風に吹く    LOVE  SONG
  波に立つ    LOVE  SONG
  人に泣く    LOVE  SONG………
 
 
 
 
 
 
 

「静かで、いい歌ですね」

「そうだね。彼氏と来れたら、もっといいだろうけどね」

「ヨランダさん!」

  はっはっは、と、軽快に笑うが、あまり嫌みにならない。
 
 
 
 
 

  『こころのやすらぎ』を飲み干し、どうしようか迷ったが、お代わりを頼もうと、コースターごと奥へ押しやる。

「………お任せします」

「かしこまりました」

「そう、それでいい」

  ヨランダがピクリ、と、右眉を上げて笑みを浮かべる。

「迷ったら、任せれば良い。カウンターに座った客の気配を呼んで、的確なカクテルを作るのも、バーテンダーにとって重要な資質だからね」
 
 
 
 
 

  ――遠野君と二人で。

  いいかも。
 
 
 
 
 

  そして、出された青いカクテル。

「これは?」

「あんたの存在、だろうね」

「………私?」
 
 
 
 
 

  前回の『スカイ・ダイビング』も青だった。

「慈愛・誠実・徳望を意味するサファイア。それが、あんたのイメージ」

「……………………………………………………」

「私には似合わない、とか思ってるんだったら、今から似合うようになればいいんだ。あんたが未来を諦めない限り、人生まだまだこれからさ。がんばんなよ?  青の聖女(ブルー・レディ)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ブルー・レディ『BLUE LADY』★

  卵白………1個分
  レモン・ジュース………1/4
  ドライ・ジン………1/4
  ブルー・キュラソー………1/2

    十分にシェークして、カクテルグラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ブルー・レディ………」

「ちなみに、あたしが呑んでるのは『ヨランダ』って言うんだけどね?」

「………って、作ってもらったんですか?」

「逆だよ。この店にいるから、カクテルの中から名前を選んだ、ってこと。ここで働いてる者は、大体がカクテルを自分の名前にしてる。あたしも、ハーベイも、他のウェイトレスやバーテンダーたちもね」

「……………………………………………………」

  驚くことばかりだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ヨランダ『YOLANDA』★

  グレナデン・シロップ………1dush
  アブサン………1dush
  ドライ・ジン………1/4
  ブランデー………1/4
  スウィート・ベルモット………1/2

    シェークして、カクテルグラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「本名は、別に在る。この『世界の狭間の世界』では、そうやって、互いが互いの干渉を穏やかにしながら、お互いの距離を測っていくのさ。次に、一歩踏み出すエネルギーを蓄えていくためにね」

「ヨランダ………」

「あんたは、もう大丈夫だろう?  でも、辛いときには、もっと人に頼りなよ?」

「………ええ」

  心が、穏やかになっていく。
 
 
 
 
 

「ま、早いとこあの志貴ってボーヤと一緒にこの店を店を訪れてくれない?  そうするとあたしも落ち着くしさ」

「そうしたいのはやまやまですけど………遠野君、あまり………」

「あのボーヤはね、『ジョーカーズカード』っていう、一切合切を無料にしてもらえるカードを渡されてんの。幾ら奢らせても、ただで飲み食いが出来るんだから、連れてこなけりゃ、あんただって損よ?」

「そ………そんなカードを?」

「だって、オーナーの恩人だろ?  それくらい当たり前だって」

  それなら………「持ち合わせが」という言い訳を無視して連れて来ても大丈夫、と言うことで………

「学校帰りに、ぜひ、引っ張って来ましょう」

「そうそう。それだと賭けであたしも勝てるから、あたしもお徳だし」
 
 
 

  ………賭け?
 
 
 

「賭け………ですか?」

「うん。勝ったら、ここで『カレーフェア』させてもらえるから」

「連れて来ましょう!  明日にでも、すぐに!!」

  勢い込んで応える。
 
 
 
 

  あのカレーが、また!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「じゃあ、そろそろお開きにしようか。あんたも、明日早いんだろ?」

  誘うための準備も在るだろうし、と続けるヨランダと一緒に、扉の方へと向かう。

「ありがとうございました」

  ハーベイが、すい、と自然に追い越し、扉を開ける。
 
 
 

「最後にひとつ」

  ヨランダが、思い出したかのように言ってきた。

「この中での時間に関しては、一切考えなくていい。『訪れる者全てに安らぎの時間と寛げる場を提供する』のがオーナーの考え方で、それに従った『世界結界』が構築されているから」

  意味深な笑みを浮かべながら、

「歩いて帰りな。家の屋根伝いに飛んで帰るんじゃなく、ゆっくりと歩いてここから離れなよ?  そうすれば、ちょっと面白いものが見れるから」

  じゃ、またな、と、店に引っ込む。

  ありがとうございました。また御越し下さいませ、と、深々と頭を下げるハーベイを背に、ゆっくりと歩いて離れる。

  背中越しに、扉が閉まる気配。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  と――
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」
 
 
 

  ――え?
 
 
 

  慌てて振り返ると、よく知っているが、しかし、決して見ることの出来ないシルエットが背中を向けていた。

  切り揃えた髪、カソックに、編み上げのブーツ。

  決して自分独りでは見ることの出来ない後ろ姿。

「おや、シエル様。遅く迄御疲れ様です」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――――!?

  カランカラン、と、軽やかな音を立ててドアが閉まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「――――――――――――――――――――――――!?」

  私は、暫く、そこに立ち尽くしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

後書き………のような駄文。

  今回は、シエルです。

  前回の《MOON TIME》ではオチ担当のお笑い要員でしたが、今回はちょっとシリアスにいってみました。

  私なりの「シエル像」なので、いろいろ思われる方もいらっしゃるでしょうけれど。

  ちなみに、KAZ23に尋ねたら、キャラクターごとに数種類の『イメージカクテル』を持っているそうです。

  その辺を含めながら、カクテルバー『ムーンタイム』の世界を描いていきたいですね。

  世界観は、KAZ23とやっているTRPG世界をベースに、パラレルワールド展開した物語の中心を使わせてもらっています。

  彼が大学時分から創っていた小説の世界設定を、色々使わせてもらっています。
 
 

  ちなみに、「ヨランダ」のイメージキャラは女神転生シリーズの中から使っています。

  「インド圏出身」「四つ腕」「三つ目(そうでない場合もあり)」「青い肌」「破壊の女神」

  お分かりでしょうか?
 

  まだまだ拙い作品ですけれど、カクテルとキャラクターたちのネタが尽きるまで、書きたいですね。

  それと、毎回の事ながら、カクテルに関する知識とネタを惜しげもなく教えてくれるKAZ23に感謝。

  ………それだけで、自分のSS書けそうなのに。

  ごめんね。
 
 

  縁があれば、第三弾でお会いしましょう。

  誰に出演願おうかしら?
 
 

  では。
  LOST-WAYでした。
 
 

  追記:リクエストがあれば、キャラ指定で書いてみたいですね。
 
 


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