――キーン、コーン、カーン、コーン………キーン、コーン、カーン、コーン。

  ガタガタと椅子がけたたましく動きだし、『学校』の時間が終わる。

「わりー、遠野。今日は野暮用だから先に帰るな」

「おー」

  有彦が、ペラペラの鞄を抱えて手をヒラヒラさせながら出て行く。

「あぁ、そーそー。シエル先輩な、生徒会の用事とかで遅くなるらしーぞ?」

「そっか」
 
 
 
 
 

  どこからそんな話を仕入れてくるのか。いつもながら、わからない奴だ。
 
 
 
 
 

「有彦がダメで先輩も遅くなる、となると――」
 
 
 
 

  独りで、行ってみよう。

  次に誰かを――誰を誘うことになるにせよ、予め独りで行って下見をしておいた方が、前回みんなで行った時のような騒ぎにはならないはずだろうし、何よりも主導権を握ることが出来る。
 
 

  ――出来る、かも――知れない。
 
 

  ――出来る、と――いいなぁ。
 
 
 
 
 

「………はぁ」

  帰りながら、ひとつ、溜め息を吐く。
 
 
 
 
 
 
 

  にゃぁ〜。
 
 
 
 
 

  猫の鳴き声に、ふと、眼をやると――

「………レン」

「にゃん」

  ひょい、と塀の上から降りて来て、足元にすりすりとすりついてくる。

  そして、周囲を見回して人目がないことを確認すると――
 
 
 

  ぽん。
 
 
 

  いつもの、人型を取った。

「こらこら、あんまり外でそんなことしちゃだめだぞ?」

  わかったの。

  そう、にっこり笑う顔を見ると、あまり強く出られない。
 
 
 

  ………帰るの?

「ん?  ちょっと、寄り道して行こうか」

  そして、二人で歩きだした。
 
 


















月姫カクテル夜話《PUSSY CAT》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「おや、これは志貴様。御久しぶりです。本日は可愛らしいお嬢さんと御一緒で?」

  初めて来た時とは違うウェイトレスだった。

「ま………まぁ、そんなとこ」
 
 
 

  と――
 
 
 
 
 
 
 
 

  どおおぉぉぉぉおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ………

  奥の方から、歓声と悲鳴と怒号と震動が響いて来た。
 
 
 
 
 
 
 
 

「………なに?」

「いえ。大した事では御座居ませんので。それより、御席に御案内させて頂きます」

  心なしか、肩が震えている様な。

  なんだろう?

  よく、わからない。
 
 
 
 
 

「どうぞ、こちらです」
 
 
 
 
 

  よく見ると、カウンター席があるスペースだけでも、結構な種類が在る。

  それぞれにバーテンダーが2〜3人入っていて、そんなカウンターが7〜8個。

  その間には、当然、テーブル席がある訳で、テーブル同士の間隔が結構広めに取ってあるにも拘わらず、相当数のテーブルがある。

  カウンターは大体が10席ぐらい。

  その近くに、テーブルが4〜5個。

  それとは別に、広めにとって在るスペースにも、テーブルが5〜6個。
 
 
 
 
 
 

  よくよく見ると、カウンターとテーブルが1セットとして、それぞれのエリアごとの雰囲気が違う。

  落ち着いた色合いの、大理石製のカウンターと、重厚なマホガニー製のカウンターが主だ。

  やはり、大人の雰囲気を出すためか、簡素かつ古典的な感じを出しているのは、ほぼ共通している。

  そのうえで、それぞれのカウンターがそれぞれの個性を出そうとしている。
 
 
 
 
 
 

  内側に絵が掛けられているカウンター。

  水槽に熱帯魚が泳いでいるカウンター。

  噴水と流水路がセッティングされているカウンター。

  玻璃燈(ランプ)の燈火(あかり)と黒檀の天板が重厚な雰囲気を出しているカウンター。

  床がガラス張りで、下の水槽を泳ぐ魚を眺めることの出来るカウンターや、テーブル・スペース。
 
 
 
 
 

  ………学校帰りに学生服で来たからか、なんとなく自分の格好が浮いているような気になって来た。
 
 
 

  レンは、と、見ると………

「………うっわ」

  口の中だけで呟く。
 
 
 
 

  ゴシック・ロリータの黒いドレスがこれでもか、と言うぐらいに雰囲気に溶け込んで、そこにいるのが当たり前の、まさしく『一服の絵画の如く』様になる。
 
 
 
 
 

  押さえ気味に燈された燈火の中、仄暗く浮かび上がるレンの横顔は――

  そのまま絵にして閉じ込めてしまいたくなるほど、綺麗だった。
 
 
 
 

  ………どうしたの?

「いや、なんでもない――なにでもないよ、うん」

  心の中の動揺を悟られないように、ゆっくりと息を吐く。
 
 
 
 
 
 
 

「いらっしゃいませ、志貴様。御久しぶりですね」

  案内された席は、前回とは違うカウンター席。

  しかし――
 
 
 

「………あれ?  ヴァイオレットさん………?」

「はい。本日は、不肖、この私、ヴァイオレットが御相手を務めさせて頂きます」

  鮮やかなヴァイオレットのウェイビー・ヘアが腰の辺りまで伸びた、大人の女性としての落ち着きと同時に少女のような可愛らしさを持った――バーテンダー。

  前回見た可愛いメイド服のウェイトレス姿からは考えられないほど、ぴしっと引き締まった印象を受ける。

  ………髪をうなじで一括りにしてある所為なのかもしれない。

  ――意外と、胸あるなぁ。

  ………って、どこ見てるんだ、オレ。
 
 
 

「今日は、バーテンダーなの?」

「はい。本日は、バーテンダーとしての当番ですので」

「………当番?」

「ええ、勤務のローテーションです。基本はウェイトレスですけれど、ローテーションによって、バーテンダーを務めることもありますので」
 
 
 

  そうなると、日によっては裏方………と言うか、厨房や倉庫に回ることも在るんだろうか。

  某ファミレスバイトゲーの様に。
 
 
 

「基本的には、ホールの方に出ておりますね。裏方は、ほぼ専属と言っても過言ではない適任者――ヌシサマがおりますので」

  苦笑交じりに返してくる。

  ………どんな奴なんだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「さて、何をお作りさせて頂きましょうか?」

「………って、言われても、ねぇ」

「そうですね。こういうバーに入ること自体、不慣れな御様子ですし。お酒にもお強くない御身体でいらっしゃいますし」

「……………………………………………………」

  いっそ、気持ち良い。

  ここまではっきり言われると、嫌みがない。

「お任せしてもいいかな?」

「畏まりました。こちらのお嬢様は………」

  同じのがいいの。

「畏まりました」

  レンの言いたいこと――言っていることが判るらしい。
 
 
 
 
 

「学校の帰りに寄って頂けたようですね」

「まぁ、ね」

「でしたら、なおのこと、アルコールを口にされるわけにはいきませんね。琥珀様や翡翠様が何をおっしゃられるか、秋葉様など、真っ赤になってお怒りになられるかも」

「………言えてる」

  苦笑交じりに応える。
 
 
 

  冗談抜きで『真っ赤』になるからなぁ、秋葉は。
 
 
 

「そう言えばさ、あれから、誰か、来た?」

「昨夜、シエル様が来られたようですけれど」

  へぇ、シエル先輩が、か。

  『任務』帰りに寄ったんだろうか。

「それで、何かやってた?」

「いえ。特に。軽くお飲みになられた後、お帰りになられました」

  そっか。

  先輩も、いろいろ辛いことがあるんだもんなぁ。
 
 
 
 
 

「そう言えば、こちらのお嬢様は、柑橘系は大丈夫でしょうか?」

「………え?」

「いえ。真に無躾ながら――元『猫』の………使い魔の御様子ですので。『猫』には柑橘系はよくないので、如何なものかと」

  ………その辺り、どうなのだろう。

  大丈夫なの。

「そうか?」

  そうなの。大丈夫なの。

「えっと………」

「畏まりました」

  ペコリ、と、一礼すると、大きめのシェーカーを取り出し、材料を並べ始めた。
 
 
 

「卵………」

「そう言えば、前回来られた時にお出しさせて頂いた『プッシー・フット』も、卵を使ったカクテルでしたね」

「そう言えば、そうだね。………よくよく卵に縁があるのかな?」

「ノン・アルコール・カクテルではよく使われる材料ですから」

「そうかぁ」

  他には、レモン丸ごと1個、砂糖。

「どんなカクテルが?」

「それは、お出しさせて頂いてからのお楽しみ、と言うことで」

  楽しみなの。

「ま、別名でよろしければ申し上げさせて頂きますけれども?」

  スクイザーを使って、レモンを搾り、砂糖を入れ、卵を割り込む。

「………別名は?」

「『グラスゴー・フリップ』と」

  タンブラーに注ぎ、氷を入れ、ジンジャー・エールを加え、軽くマドラーで混ぜる。レモン・スライスを浮かべて飾り――

  そして――

「………ストローが………2本?」

「はい。『ラバーズ・ドリーム』です」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ラバーズ・ドリーム『Lover's Dream』★

    レモン・ジュース………1/2個分
    粉砂糖………2tsp
    卵………1個分
    ジンジャー・エール………適量
    レモン・スライス………1枚

      ジンジャー・エール以外をよくシェークし、タンブラーに注ぐ。
      氷を加えてジンジャー・エールで満たし、軽く混ぜ合わせる。
      レモン・スライスを飾り、ストローを2本添える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ら………恋人の夢(ラバーズ・ドリーム)………」

  ――なんて名前のカクテルだ。
 
 
 

  ありがとうなの。

  満面の笑みを浮かべて喜ぶレンを相手に、無碍に出ることも叶わず。
 
 
 
 
 

  ――ええ、飲みましたよ。

  ――恋人のように、ひとつのグラスに2本のストローでふたり仲良く。
 
 
 
 
 

「………別名が『グラスゴー・フリップ』って言うらしいけど、何か謂れでもあるの?」

  顔が赤くなったのをごまかすように話を振ってみる。

「卵黄、若しくは全卵に少量の砂糖――ティースプーンに1杯から2杯程度――を加え、蒸留酒をベースにしたカクテル――ミックス・ドリンク――の種類ですね。大体が、蒸留酒の名前の後に『〜〜・フリップ』と付けて呼ぶようです。例えば『ブランデー・フリップ』ですとか。使用するグラスは、基本は『ワイン・グラス』なのですが、日本では『中型ポート・ワイン・グラス』が使われることが多いようです」

  立て板に水、とは、このことか。
 
 
 
 
 

  と――
 
 
 
 
 

「志貴様、あちらのお客様から」

  ウェイトレスが、大きめの――B5サイズの本の入りそうな――封筒を、お盆の上に乗せて持って来た。

「………名刺?」

  封筒の上に乗せられた名刺を手にとって、見る。
 
 
 

『VEIL』
 
 
 

「……………………………………………………?」

「封筒の中身は、恐らく、ファッションカタログだと思いますよ」

  ヴァイオレットさんが、シェーカーなどを洗いながら言ってきた。

「………ファッション………カタログ?」

「ええ。ミズ・ヴェイルは、ファッションデザイナーとして、この店の中では名の通った方ですから」
 
 
 

  封筒を受け取る。
 
 
 

  一礼して離れて行くウェイトレスを見ながら、意外に重い封筒をカウンターに置く。

  ――ミズ、と言うからには女性か。でも、全然心当たりがないんだけど。

「全然、心当たりがないんだけど。――って言うか、迂闊に他のメンバーに知られたら、何が起こるかわからないんだけど?」

「詮索しないのも、このお店でのルールですので」

  いやしかし。

  そんなことを言われると、余計に気になるじゃないか。

  名刺の裏を見ると、

『遠野志貴様へ。ヴェイルより愛と感謝を込めて』

  ――何と言うか、余計にヤバいような気がして来た。

「また、一度、彼女のお店に顔を出されては如何ですか?  いろいろと素敵なお召し物が揃っておりますよ?  こちらのお嬢様にも、一着、買って差し上げては?」
 
 
 
 
 

  ――そんな気軽に言ってくれるけどね。

「……………………………………………………ふぅ」

  なんだか、溜め息しか出ない。

  年中無休金欠症だからなぁ。

  ………秋葉がバイト許してくんないし。
 
 
 
 
 

「………ん?」

  レンが、くいくい、と、袖を引っ張る。

「レン、どうしたの?」

  おかわりなの。
 
 
 

  ――オカワリナノ――
 
 
 

  ――オカワリ――
 
 
 

  またですか?
 
 
 

  またこっ恥ずかしいことになりますか?
 
 
 
 
 

  ………だめなの?
 
 

  こっちが詰まっていると、泣きそうな顔で迫ってくる。
 
 
 
 
 

  そんな顔をされたら。
 
 
 

  そんな顔をされたら。
 
 
 

  そんな顔をされたら。
 
 
 

  そんな顔をされたら――
 
 
 

  そんな顔をされたら――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「――お代わり、お願いします」

「畏まりました」

  幾分、ヴァイオレットさんの肩が震えているように見えたのは、決して気の所為ではないはずだ。

  ――決して。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「どうぞ」

  あきらかにクスクスと笑みを浮かべるヴァイオレットさんを前にしても、全然気にすることのないにこやかなレンを相手に。
 
 
 
 
 

  ――ええ、飲みましたよ。
 
 

  ――二杯目も飲みましたよ。
 
 

  ――恋人のように、ひとつのグラスに2本のストローでふたり仲良く。
 
 

  ――どんどん追い詰められて行くような気がするのは――
 
 

  ――気の所為………じゃないよなぁ、絶対。
 
 
 
 
 
 
 

「御参考迄に」

  ヴァイオレットさんが続ける。

「フローズン・スタイルの場合もストローが2本付きますが………」

  まだあるのか、こういう物が?

「この場合、シャーベット状になったカクテルによってストローが詰まることが多々ありますので、予備用として2本添えられているのが通常です。ですので………」

  くすくすと笑いながら、

「お二人で仲良く、というのは、酷く恥ずかしい、マナー知らずということになりますので。お気を付け下さいませ」

  いや、それはもういいから。

  もう、わかったから。
 
 
 
 
 

「………ん?」

  レンが、くいくい、と、袖を引っ張る。

「レン、どうしたの?」

  ………もう一杯、頼むの。

「………また?」

  今度は、違うものを頼むの。

「では、こちらからお出しさせて頂いてよろしいでしょうか?」

「………お願いします」

  お願いなの。

「畏まりました」
 
 
 
 
 

  ………またしても、卵?

「………ひょっとして………」

「はい。『プッシー・フット』です。志貴様のイメージ・カクテルですので」

「………も、いいです」

  前回来た時のように出される。
 
 
 
 
 

  ………そう言えば、レンは?

「オレンジ・ジュースにパイナップル・ジュース、グレープフルーツ・ジュース………」

  半月型にスライスしたオレンジとグレープフルーツ。

「レンのカクテルは?」

「志貴様が『プッシー・フット』ですので、『プッシー・キャット』を」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★プッシー・キャット『Pussy Cat』★

    オレンジ・ジュース………60ml
    パイナップル・ジュース………60ml
    グレープフルーツ・ジュース………30ml
    オレンジ・スライス………1枚
    グレープフルーツ・スライス………1枚

        材料をシェークして、ワイン・グラスに注ぐ。
        オレンジ・スライスとグレープフルーツ・スライスを飾る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「子供言葉で『子猫ちゃん』の意味を持ちますね」

  なるほど。

  レンのイメージカクテル、か。
 
 

  子猫ちゃん。

  子猫ちゃんかぁ………
 
 

「カクテルでの乾杯の折は………」

  ツールを仕舞いながら、なんでもないことのように続ける。

「顔の高さぐらいに掲げるのが礼儀で、グラス同士を打ち鳴らすのは、グラスを割る危険性が高いので、マナーに反しますので、御参考迄に」
 
 
 

  乾杯なの。

「………あぁ、乾杯」

  ふたりしてグラスを軽く掲げ、口を付ける。
 
 
 
 

  やはり、オーナーに比べれば、腕がまだまだ足りない気がする。

  ………比べる相手が悪い、と言えば、それまでだけど。
 
 
 
 
 

「志貴様、少々宜しいでしょうか?」

  ウェイトレスが、お盆の上にメッセージカードを乗せてやって来た。

「こちらを、言付かっております」

  なんだろう。

  よく、わからない。

  メッセージカードを開けて見ると、

『ソノラより、愛と感謝を込めて。『歌声』を御所望の折は、是非どうぞ』
 
 
 

  ………今日は、色々ある日だなぁ。
 
 
 

「先日来られた時にオーナーから説明がありました通り………」

  去って行くウェイトレスの行く先――舞台の上のピアノに向かう、ポニーテールの金髪に、淡いレモン色の肩も露なカクテルドレスの美女が、優雅にグラスを掲げる。

「ソノラ――当店の歌姫がカクテル一杯で一曲の歌声を提供させて頂くのですが………」

  くすり、と、笑みを漏らす口調と共に、

「………どうやら、彼女に気に入られたようですね、志貴様は。一曲、リクエストなさいますか?」

「………どんな曲をリクエストしたらいいのか。あんまり、お店の雰囲気を壊す曲をリクエストするのも………」

  そんなオレの雰囲気を読んだのだろう。

  軽く頷いて微笑むと、ピアノに向かって緩やかに弾き始めた。
 
 

「………『はじまりの日』ですね」

  小さく呟くヴァイオレットさんの言葉と共に、オレとレンは歌に聞き入っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  いつか君と聞いたね    遠い川を下り

  月はまだ輝かず    星はまだ名も無く
 

  そこからボクは来たよ    君も一緒に居たね
 

  夜が君をさらっても    止まらずに歌う声は

  始めから流れていた    確かに君を連れて
 

  見えない本は記す    変わらぬ君の歌を

  その日が来れば見える    扉が開くのを
 

  聳える岩を砕き    流れよ更に強く
 

  夜が君をさらっても    止まらずに歌う声は

  始めから流れていた    確かに君を連れて
 

  呼び合う僕達は    遠く確かめ合えば

  月は今輝いて    星たちの名を呼ぶ
 

  そこに僕達は居るよ    君も一緒に居るよ
 

  夜が君をさらっても    止まらずに歌う声は

  始めから流れていた    確かに君を連れて
 

  夜が君をさらっても    止まらずに歌う声は

  始めから流れていた    確かに君を連れて
 
 
 
 
 
 
 

  素敵な歌なの。

「そうだね」

  素直に、そう思う。
 
 
 
 
 

  ………日が高いのが惜しまれるばかりだ。

  これで、しかるべき時間帯なら、このまま――

  このまま――
 
 
 
 
 

  ――いやいや。

  軽く頭を振り、邪まな考えを追い出す。
 
 
 
 
 
 
 

「………ん?」

  レンが、くいくい、と、袖を引っ張る。

「レン、どうしたの?」

  来てるの。
 
 

  ふと、目をやれば、そこまでソノラさんが来ていた。

「もしも、雰囲気にあった、ムードを高めるような歌が欲しい時は――」

  レンの方に微笑み掛けながら、

「指を鳴らして下さるかしら?  可能な限り、御要望に沿ったBGMや歌で応えさせていただくから」

「………それは、どうも」
 
 
 

  今日は、本当に色々ある。

  来るだけで、ひとイベントあったみたいだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………そろそろ、でようか?」

  うん。

  そのままカウンターのスツールを降り、出口へ向かう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「申し訳在りませんが、メンバーズカードを御確認させて頂きます」

「あ、うん。はい」

  ヴァイオレットさんの言葉に、ポケットから年中薄っぺらい空――に極めて近い財布を取り出し、カードを見せる。
 
 
 
 

  と――
 
 
 
 

「……………………………………………………っっ!」

  息を飲む気配が。
 
 

「――ジョーカーズカード。初めて………見た」

  手元の機械に通し、何やら入力する。

「………お支払いは、カードのポイントより引かせて頂きましたので」
 
 

  ………なんだか、震えているような気がするな。

「どうか………した?」

「いえ。滅多に見ることのないカードでしたので、少々取り乱してしまったようです」

  そう言って、深呼吸する。
 
 

「そう言えばさ、このカード、ネーム入りで届いたんだけど、みんな模様が違ってたみたいなんだ」

「そうですね、タロットを意識した模様になっている、と聞いたことが御座います。ハイクラス・メンバーとしてのメジャー・アルカナと、スタンダード・メンバーとしてのマイナー・アルカナのふたつのパターンで分けられている、と」

「じゃあさ、先刻言ってた『ジョーカーズカード』って、どっちになるの?」

「………メジャー・アルカナの『無番号』である『愚者』を意味する『ジョーカーズカード』。『0』であるからこそ、『すべて』になり得る要素を持つ、と。話に聞いたことがあります」

「模様に、意味ってあるの?」

「志貴様の場合ですと………『全品無料』という意味を持っております」

「『全品無料』………って、なんでもタダですか!?」

「はい。オーナー直々のお客様、と言うことで、言わば『最上級のVIP』として」

  ………結構お金が掛かるだろうな、と、思ったら。

「このお店――『ムーンタイム』経由でご購入になられる商品でしたら、手に入る物は全てが無料、と言う扱いになりますので………」

  ………かえって、来るのが躊躇われるなぁ。
 
 
 
 
 

  また、一緒に来るの♪

  ………レンの嬉しそうな顔を見ると、ま、しょうがないか、と言う気になる。

  あのカクテルを飲むのも、レンぐらいが相手だと思えば、まぁ、どうにかなるかな?

  ――他のバーテンダーに出させないようにしないと。

  他のみんなと飲みに来た時にいきなり出されたら、それはそれでエライことになりかねない。
 
 

「………頼みたいんだけど」

「『あのカクテル』で御座いましたら………」

  にやり、と笑って、

「レン様と来られる時にのみ、と言うことで、厳命させて頂きます」

「………助かるよ」

  その笑みが、どこか『割烹着の悪魔』じみていて、非常に気になるけど、まぁ、どうにか――
 
 

「御参考迄に………」

  ヴァイオレットさんは続ける。

「御注文なさる時、ラストオーダーに於いて『部屋をひとつ』というオーダーも承れますので、御用の折は、どうぞ遠慮なく御利用下さいませ」
 
 
 
 
 

  ――『部屋をひとつ』
 
 

  ――『部屋をひとつ』!?
 
 
 
 
 

  ………って、ちょっと!?

「……………………………………………………!?」
 
 
 
 
 

  次は、お願いするの♪

  きゃ、と頬を染めてはにかむレン。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「有り難う御座いました。又の御来店を心より御待ち申し上げております」

  深々と一礼し、見送ってくれるヴァイオレットさんを背に………

  半ば呆然としながら、家路を辿る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  夕焼けの色があまり変わっていないところを見ると、店に入った時から、さほど時間が経っていないようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  と――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、背後で店のドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――え?

  慌てて振り返ると、よく知っているが、しかし、決して見ることの出来ないシルエットと、見慣れたシルエットが背中を向けていた。
 
 
 

「おや、これは志貴様。御久しぶりです。本日は可愛らしいお嬢さんと御一緒で?」

  見慣れた学生服の少年と、ゴシック・ロリータの黒いドレスに身を包んだ、水色の髪のリボンの少女と――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――――!?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン、と、軽やかな音を立ててドアが閉まる。
 
 
 

「――――――――――――――――――――――――!?」
 
 
 

  オレは、暫く、そこで呆然と立ち尽くしていた。
 
 
 
 
 

  カタン、と、時計の針が動く音と共に――

  世界が繋ぎ合わされた気配がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 



 
 

後書き………のような駄文。

  志貴君独りで書くはずが、なぜかレンちゃんと一緒に(笑)

  まぁ、KAZ23がレンちゃん用のイメージカクテルを持っていたから救われたようなものですけれど。

  まだまだ動かしにくいです。レンちゃん。

  水夢氏のように主役級を張らせるのは、まだまだ精進が足りませんね。

  志貴君も、意外に動かしにくい。

  ………飲めたら、色々とお酒が出せるんですけどね。
 
 
 
 

  では。

  LOST-WAYでした。
 
 
 


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