部屋の中を、カリカリというペンが紙の上を滑る音が響く。
部屋の中を、インクの匂いが満たす。
「……………………………………………………ふむ?」
積み上げられた書類も、残すところ後僅か。
「これなら………充分約束の刻限には間に合うか」
独り呟き、また、書類にペンを走らせる。
文面に目を通し、修正を加え、最後に署名をいれる。
コッチ、コッチ、コッチ、コッチ………
部屋の隅の『お爺さんの時計(Grandfather Clock)』が静かに時を刻む。
部屋の中を、カリカリというペンが紙の上を滑る音が響く。
最後の一枚にサインし終えた時――
こんこん、と、タイミングよく部屋の扉がノックされた。
「失礼致します、旦那様。そろそろ出立の準備を」
そう言いながら、爺やが部屋に入って来た。
私が頭首を継ぐ前から、私の教育係をも務めていた老執事――爺や。
「そうか」
書類を纏め、続いて入って来た婆やから上着を受け取る。
「坊ちゃま、護衛はお付けせずとも宜しいのですか?」
心配性の婆やらしい科白だ。彼女にとっては、私はいつまでもハナタレ小僧でしかないのだろう。実際、いい歳をしていまだあちらこちらで武名を響かせているあたり、先代頭首である父よりも祖父に似ている、と、よく称されるのだが。
「護衛はいい。『店』を経由して会いに行くから、問題は無い」
「そう………で御座いますか」
幾分、不満そうなのは、ただ純粋に私のことを心配してくれているからだろう。幼少の頃から乳母として傍に仕え、何度も無茶をしては心配させて来た前科があるから、私もあまり強く出られない。
「くれぐれも、御無茶をなさらぬよう」
「肝に命じておくよ」
「さてさて。命じたところで剛胆過ぎて聞きもしませんでしょうに」
「違いない」
こんな軽口を叩けるのも、お互いをよく知っているからだろう。
「旦那様、これを」
「うむ」
手渡された物――全身をすっぽりと覆い隠せるほどの透明で巨大な盾と、大口径の大型自動拳銃――を受け取る。
「お気を付けて、行ってらっしゃいませ」
コートを羽織り、帽子をのせて、私は開けられた扉から屋敷の外へ出る。
外には、霧が立ち込めていた――
月姫カクテル夜話《EL PRESIDENTE》
カランカラン………と、ドアベルが鳴る。
「お帰りなさいませ、旦那様」
落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。そして言葉少なに、いつものカウンターに案内する。
「お召し物を」
帽子とコートと上着を預け、いつもの席に腰を下ろす。
カウンターにはいつも通りに、『バーテンダー』がグラスを磨いていた。
私が腰を下ろすと、双方無言のうちにカクテルと革装丁の本が出される。
そして、彼は再びグラスを磨き始める。
これが………いつものスタイル。
★―――――――――『―――――――――――――』★
ホワイト・ラム………1/2
ドライ・ベルモット………1/4
オレンジ・キュラソー………1/4
グレナデン・シロップ………1dush.
ステアして、カクテル・グラスに注ぐ。
「ふむ」
革装丁の本の鍵を開け、しおりを挟んだところから続きを読み始める。
カウンターの反対側では、この店で時折見かける少年が独りで軽く飲んでいた。
彼は、軽くグラスを掲げる。
私も、それに応えてグラスを掲げる。
そして、静かに時が流れる。
カウンターの隅の『大きなノッポの古時計』が静かに時を刻む。
『バーテンダー』がグラスを磨く音が加わる。
私がページを捲る音が混じる。
それだけの時間が、ただ、過ぎる。
「そう言えば、御存じでしたか?」
『バーテンダー』が、グラスを磨き終えたのか、誰に、ともなく語りかける。
「『メジャー・アルカナ』『リバース・アルカナ』に新しく入ったメンバーがいる、ということを」
「『メジャー』と『リバース』両方に?」
少年が、意外、と言う表情で受ける。
これは、私にとっても意外だ。両方とも『ハイクラス・メンバー』。
私自身、『メジャー・アルカナ』のナンバーを持つ身。
「それは、どのタロットだ?」
私と彼、両方からの問いに、ボトルを確かめながら『バーテンダー』は、
「『カブキ』と『アヤカシ』です。しかも『カブキ』に至っては、オーナー直々の賓客として定められた、と」
「『カブキ』――《THE FOOL》――って言うとタロットの『ゼロ』………他にいたっけ?」
「いや。私の知る限りでは居ないな。………識っているか?」
「私もこの店の古株ですが………」
『バーテンダー』が肩を竦める。
「恐らく、初めてではないか、と」
「ふむ」
この漢も知らない、となると――
「『初代』扱いか。オーナーもまた、思い切ったことをするものだな」
「それもそうだけど『アヤカシ』が出たって事も、相当の英断じゃないのか?」
少年の言葉に、頷く。
「『アヤカシ』………タロットの『][』――『THE MOON』――の裏位置。『NOOM EHT』の相位。即ち――『真なる魔』」
「あるいは、真に古く、真に死を迎えざる――『真祖』」
三人で、しばし、黙り込む。
「『アヤカシ』には、前例が御座いますでしょう」
『バーテンダー』の言葉に、苦笑を浮かべる少年。
「俺も半分以上『そんなもん』だけどね」
「確かに」
私がタロットの『W』すなわち『THE EMPEROR』としての『カブト』。
その証しとしてのメンバーズカードと、『金剛不壊之盾(ダイアモンド・ウォール・シールド)』。
彼がタロットの『]T』すなわち『LUST』としての『カタナ』。
その証しとしてのメンバーズカードと、『仟歳期之太刀(ミレニアム・ブレード)』。
戦いに身を置くことを己の『業』として受け止めているのは、私も彼も同じことだ。
私の場合は、己の存在を『盾』として守り通す『難攻不落(インヴァネラブル)』の護者。
彼の場合は、己の存在を『刃』として切り開く『死の舞踏(ダンス・マカブル)』の戦者。
立場に違いはあれ、『力』を持ち、『力』を知り、『力』を行使する者。
押し出した彼のグラスに、入れ替えるようにグラスが出される。
「――出掛けるのかね?」
「ちょいと、ね。いつだって『そう』だけど、世界は滅びの危機に満ちているから」
そう言って、出されたカクテルに口を付ける。
彼――彼等――の名を冠したカクテル。
★ミレニアム『Millennium』★
パンペルムーゼ………1oz
グレープフルーツ・ジュース………1/2oz
シュガー・シロップ………1tsp
ロゼ・シャンパン………適量
ロゼ・シャンパンをシャンパン・グラスに注ぎ、クラッシュ・アイスを浮かべる。
グレープフルーツ・ジュース、シュガー・シロップをブレンドして浮かべる。
パンペルムーゼをフロートする。
「名前のカクテル………か」
「それは旦那だって同じだろ?」
そうでなければ、この店の常連で『ハイクラス・メンバー』に名を連ねられない。
店員、あるいはそれに準ずる協力者は、自らの『真の名』『本名』の他に『カクテル・ネーム』を持っている。
その『カクテル・ネーム』は、ふたつ、みっつと持っている者もいる。
それは、それだけ、この店に居る、と言うことでもあるのだが、数が多いからこの店に長くいる、とは限らず、また、この店に貢献したというわけではない。
自らの名を組み合わせたカクテルを作って貰える、と言う意味では、店のバーテンダーたちとそれ相応に親しくなれなければならないのも事実ではあるが。
と――
「ごぉ〜しゅじ〜んさまぁ〜〜〜〜〜♪」
些か舌足らずな声と共に、十歳になるかならないかの外見の、メイド服姿の少女が腕に刀を二本抱えて走り寄って来た。
とてとてと小走りに弾むたび、ぴこぴこと長いツインテールが揺れる。
「チェリー」
振り返った少年の声に、嬉しそうに笑顔を浮かべると、
「はい、御主人様。ふたりとも、治療、終わりました、って」
そう言いながら、刀を差し出す。
「ありがとう」
席を発ち、受け取った打刀と脇差を左の腰に差す。
「………行くのか?」
「時間が来たらしい。また、いずれ」
「また、いずれ」
そう言って、彼はチェリーと呼ばれたメイド姿の少女を伴って、カウンターを離れた。
「『ミレニアム』の名を持つ者も、相変わらずだな」
「『千年期の守護者(ミレニアム・ガーディアン)』の任を受けてしまった以上、果たさなければならないことでしょう」
『バーテンダー』とふたり、彼の武運を祈る。
「………先刻から、何を確かめている?」
「必要となるものを」
ボトルに目をやる。
「『ヴァンパイア・キラー』?」
必要………なのか?
この漢が「必要」と言うのであれば、間違いはないのだろうが。
『ヴァンパイア・キラー』
『血を吸う者』が飲めば、いかな酒豪であれ、たちどころに酔わせてしまう酒だ。
それ以外の者にとっては、些か鉄錆じみた味のする酒にしか過ぎないのだが。
『バーテンダー』が、内線を使って、何やら手配している。
何か、あるのか?
「ふむ?」
では、待つとしよう。
待つことには、慣れている。
と――
カランカラン………と、ドアベルが鳴る。
「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」
入口の方から、ウェイトレスの声がした。
それと同時にズカズカと一直線に足音高く歩いて来る女性が一人。
ウェイトレスも止めようとせず、その後に控えて付いて来るのみ。
――これか?
金髪に赤い目をした女性は、そのまま私の居るカウンターにやって来るとストゥールに腰を下ろすなり、言い放った。
「酒。強い奴」
あまりにもストレートな物言いに、ある種、感動すら覚えるが、彼女はわかっているのだろうか?
しかし、『バーテンダー』は些かも動じず、ボトルとグラスを差し出す。
ボトルは――先程の『ヴァンパイア・キラー』
その女性は些か逡巡した後――
ボトルの蓋を開け放つなり、そのまま口を付けてラッパ飲みを始めた。
「……………………………………………………」
んくっ、んくっ、と喉を鳴らすたび、中身が勢いよく減っていき、見る間にボトルがカラになる。
「恐らく、彼女なのでしょうな」
「新しい『アヤカシ』かね?」
しかし、どこかで見た顔だ。
どこで………
そして、ふと、思い当たる。
オーナーの所有するこの店の奥の『画廊』で。
堕ちたる真祖を『処理』するためだけに、真祖たちの手で造り出された――『殺戮人形』
『純白の姫君』の異名をとり、『朱い月』の器として選ばれた――
「――アルクェイド=ブリュンスタッド」
「恐らくは、間違いないかと」
成る程。確かに『アヤカシ』のカードを与えられるはずだ。
画廊での姿は、今よりも髪を伸ばし、豪奢なドレスに身を包んではいたが、その美しさは髪が短くなった今もなお、些かも損なわれてはいない。
――とは言え、ボトルをラッパ飲みでヤケ酒かっくらっている姿は、姫君というよりもむしろ男を寝取られて嫉妬に狂う女の姿にも似た――
――これは、詮索し過ぎか?
「――おかわり!」
ドン、と勢いよくボトルをカウンターに叩きつける。
しかし、勢いのよさは、そこまでだった。
次の瞬間、ぐんにゃりとカウンターにつぶれる。
――流石は『ヴァンパイア・キラー』
真祖の姫君であっても、たちどころに酔い潰すとは。
「何か、あったのですか?」
『バーテンダー』が、ボトルを下げてカクテルの用意をしながら問いかけると、
「ぇあ? そーなのよー、きいてよー。志貴ったらヒドイのよー」
出来上がった酔っ払いのごとく、ぐじぐじと愚痴を零し始めた。
自らが『真祖』であるために、多少酒を口にしても『酔わない』ということすらどこかへ飛んでしまっている。
出されたカクテルの横でバー・カウンターに突っ伏してぐじぐじ愚痴を零す。
「………ふむ?」
長口舌。
話が言ったり来たりしているが、要点を纏めれば次のようなものだった。
彼女には、想い人として『志貴』という名の少年がいる。
彼に会いに行くと、『シエル』という名の恋敵と一緒に居た。
『彼女を放って一緒に遊びに行こう』と誘うと『彼女とは前から約束していたから』と断られた。
『私と彼女とどっちが大切か』と問うと『どちらも大切だが、今回は約束が在るから』と今日は都合が付かないことを再度告げられた。
そこで些か痴話喧嘩になり、彼に拒まれた姫君は、憂さ晴らしに『ヤケ酒をかっくらいに』来たらしい。
なんとも――
………『殺戮人形』としての空虚な姿しか伝え聞いたことの無い私から見れば、なんと人間的で素晴らしい生き方をしていることか。
彼女に生きることの喜びと苦難、楽しみと哀しみを教えている『志貴』という少年にも興味がわくというものだ。
「………ねー。志貴に嫌われちゃったのかなぁ? あたしよりも、シエルなんかを優先させるなんてさー」
「君が先に約束を取り付けて居れば………」
私の前に、お代わりとして出されたカクテルに口を付けながら、言葉を選んで語る。
「彼は間違いなく、君との約束を優先させるだろう」
「………ほんとに?」
「私は彼ではないので確かなことは言えないが、君の話を聞く限り恐らくはそうだろう」
「………じゃあ、なんで怒ったのかなぁ?」
「君が強引に連れて行こうとしたからだろう」
「う………」
「まずは、今日の非礼を詫びるべきだ。そして、改めて約束を求めればいい。彼の都合を問い、自らの都合を告げ、お互いにとって都合のよい時間を合わせれば、自ずと彼も君を優先させるだろう」
「……………………………………………………」
からん、と、出されたカクテルを手にとってくゆらせる。
ロング・ドリンクを用意するあたり、流石は開店当初からの古株メンバーである『バーテンダー』。
これから、お互いにとって長話が始まることを察してくれている。
ロング・アイランド・アイスド・ティー。
なるほど。これならゆっくり飲みながら話が出来る。
★ロング・アイランド・アイスド・ティー『Long Island Iced Tea』★
ドライ・ジン………15ml
ウォッカ………15ml
ホワイト・ラム………15ml
テキーラ………15ml
ホワイト・キュラソー………15ml
レモン・ジュース………30ml
コーラ………40ml
レモン・スライス………1枚
レッド・チェリー………1個
クラッシュド・アイスを詰めたゴブレットに、上記の順で注ぎ、ステアする。
レモン・スライスとレッド・チェリーをカクテル・ピンに刺して飾り、ストローを添える。
「他人を蹴落とすことは簡単だ。他人を排除することも。しかし、君自身が自らの魅力を高めれば、自ずと彼は君を求めるだろう」
「………あたしの、どこが悪かったのかなぁ?」
潤んだ目。
まるで、捨てられた子猫のように、頼りなげに揺れる。
「………指摘してもよいかね? それは君にとって、辛い事実を告げることになる」
そう。
要するに、子供なのだ。
判断力を求めるには、経験が不足した。
しかし、知識は半端に在るので、最も厄介な。
恋愛に――誰かを好きになる、と言う感覚に戸惑っているのだろう。
「………志貴ぃ………」
「辛いかね? 彼に会えないことが?」
「………うん。なんかね、会えないとね。胸の奥が、きゅぅって、締め付けられるみたいで、苦しいの。でも、志貴がそばに居てくれるとね、胸の奥が、ほわぁってなるの」
純粋な――
純粋な――想い。
「会えない時間をも楽しめるようになれば………」
ぱちん、と指を鳴らす。
それに応じてソノラがアップテンポの曲を歌い出す。
「そばに居る時間が、もっと素敵になる。恋愛というものは、人を好きになるということは、そういうものだと思うがね?」
歌は、『恋ほど素敵なミュージカルはない』。
「でもでも、会えないのはヤダよぅ………」
まるで子供のように駄々をこねる。
まるで子供のように、と言うのは間違いだろう。
外見こそ女性として成熟した肢体を持っているが、実質的に経験した時間は大してないだろう。
先程まで居たミレニアムとは逆に。
中身は、まだまだ子供なのだ。
「………人を好きになった時、まず、やらなければならないことは何か。わかるかね?」
「………ずっとそばに居ること?」
「違う」
「………その人を、全力で守ること」
「それも、違う」
「………世界で一番好きでいること」
「残念ながら、それも違う」
「………じゃあ一体なんなのよー」
ぶー、と、膨れる。
「答えは、自分で考えるのがよいのだが?」
「そこまで言って、教えないのはズルいー」
ぶーぶー、と、ぶーたれる。
「まず自分を好きになること、だ」
「………なるしすと?」
「自意識過剰ではないよ」
苦笑交じりに諭す。
「いつでも、素敵な自分でいたい。違うかね?」
「……………………………………………………」
「いつでも、素敵な自分だと思われたい。違うかね?」
「………違わない」
「では、『素敵な自分』だと思われるように、『私は、こんなにも素敵なんです』と胸を張れるように努めるべきではないかね?」
「でも………」
「そう。ライバルがいる。それを押しのけるのは簡単だ。その相手を蹴落とし、貶めるのも簡単だ。しかし、そんなつまらないことをする君を、彼は好きになってくれるかね?」
「……………………………………………………」
拗ねたようにカクテルに口を付けるアルクェイド嬢を見ながら、
「彼にとって、君も、そのシエルという女性も、同じように大切なのだろう。だから、どちらを優先させる、と言うのは難しいのではないかな。それはそれで、志貴という少年にも問題があるのだろうが」
――二股がけ。
あるいは――それ以上か。
一度、彼とゆっくり話してみたいものではある。
しかし、『ミレニアム』の名を持つ先程の彼ならば、如何な答えを返すだろうか?
「それ故に、彼が自らの意志で君を優先させるよう、君自身、自らの内側を磨くべきだろう。そうすれば、彼はきっと――」
「……………………………………………………」
「――きっと、もっと、ずっと………君のことを、好きになる」
カラン、と、アルクェイド嬢のグラスの氷が音をたてた。
「誰かを傷つける生き方は、巡り巡って自らをも傷つける。自らを磨き、造り出す生き方なら、それは――自分にも他人にも更なる飛躍を齎すだろう。どちらがよい生き方かは、敢えて語るまでもないと思うがね」
「じゃあ………」
かたん、とコースターごと空のグラスを押しやって、アルクェイド嬢は呟く。
「どうすれば、いいのかな?」
「まずは………」
そう、多分、これが輝いている生き方の基本。
美しく――身も心も美しく輝かせるための。
「『かきくけこ』だ」
「――『かきくけこ』?」
そう。輝く生き方の。
「頭文字をとって、『かきくけこ』と呼んでいる」
『バーテンダー』に目配せをする。アルクェイド嬢の『ロング・アイランド・アイスド・ティー』が、存外早く空になった。
次のカクテルの用意を始めた『バーテンダー』を向こうに、
「『か』は『感動する』だ」
「『感動する』?」
「そう。心を震わせるのだ。美味しい食事を食べた時。夕焼けが綺麗だった時。月が輝いていた時。星が瞬く時。雨上がりの虹。テレビや小説の話でも良い。『ああ、いいな』と思った時、そのままの世界に心を震わせるのだ」
「じゃあ、『き』は?」
「『興味をもつ』だ。君は、知らないことばかりだろう?」
「………悪かったわね」
「それは、素敵なことなのだよ」
若干、苦笑が交じる。
「『あれは何かな?』『どうして、そうなるのかな?』知らないことが多いほど、知る楽しみは多くなる。そんな『知らないこと』を『知りたいな』に変えていけば、『ああ、そうだったのか』という『感動』も味わえるだろう」
「それは………随分、無駄なことね」
成程。
『殺戮人形』としての感覚が色濃く残っているのか。
入って来る情報を極限まで減らすことによって、戦闘における瞬間の判断を極限に加速させる。
「そう。無駄なことだ。しかし、無駄の上にこそ、成り立っているのだよ。『生きる』ということは。そして――」
カクテルを口に含む。
「――誰かを、好きになることは」
「……………………………………………………」
新しく出されたカクテルに口を付けながら、アルクェイド嬢は、しばし、考え込む。
「『く』は?」
「ほら。『興味をもつ』が出来ただろう?」
口調に笑みが混じる。
「………そうね。無駄なこと………だけど、悪い感じ………じゃないから」
「それは話し甲斐があるというものだ。『く』は『工夫する』だ。『このやりかたは?』『こうやったらどうなるかな?』『この方法はどうだろう?』そうやって、色々なアプローチを試してみるんだ。言わば、『IF』の世界だな」
「『もしも』の世界?」
「そう。実行を伴っているがね」
「じゃあ、『け』は?」
「『経験する』だ。実行すれば、それが結果として返ってくる。その結果には、思い通りにいく場合もあれば、思い通りにはならない場合もあるだろう。しかし、実行した以上、なにがしかの結果を獲得しているはずだ。それらを、自らの『経験』として学ぶ。それが『人生』というもの。君には、決定的に不足しているのではないかね?」
「………生まれて、こんなに長い時間、ひとつのところに居たのも、初めてだし」
「なら、これから色々経験出来るだろう。よいことばかりではないのが、問題と言えば問題だが、人生などそういうものだ」
「そう言えば………志貴も無駄なことばっかりしてると思ったけど、それはそれで、意味があったのね」
「『無意味の意味』と言うことだろう。生まれてくる事こそが、最大の『無駄』なのだからね。今更無駄を増やしたところで、大して変わらないものだよ」
「………こうやって、志貴のことを考えながらお酒を飲むことも?」
「それこそ、無駄の極み。だからこそ、素晴らしい『恋の時間』だろう」
「――うん」
純粋な思いだからこそ、何一つ飾らない『ありのまま』の姿で彼を求める。
ピュア・ラブ。
彼女が今、口にしているカクテル。
★ピュア・ラブ『Pure Love』★
ドライ・ジン………30ml
フランボワーズ・リキュール………15ml
ライム・ジュース………15ml
ジンジャー・エール………適量
ライム・スライス………1枚
シェークして10ozタンブラーに注ぎ、氷(キューブド・アイス)を2〜3個加えてジンジャー・エールで満たし、ステアする。
ライム・スライスを飾る。
「………最後の『こ』は?」
「――今の君には、言うまでもないことだ」
「どうして?」
「『こ』は『恋をする』だから。アルクェイド嬢、君は、今。志貴君に、恋している」
「………うん」
幸せそうな、笑顔。
ああ――
誰もが――恋する女性は誰もが――
この瞬間こそが、最も美しい――
『バーテンダー』が、視線を時計に走らせる。
………そろそろ、時間が来た、と言うことか。
空になったグラスに、メンバーズ・カードを添える。
いつも通りだ。
「――ねぇ。名前、聞いてなかったわね」
席を発った私に、アルクェイド嬢が声をかけて来た。
「………軽々しく、男が帰りかけた時にその科白を口にしない方がいい」
その、あまりに無知な物言いに、呆れて顔がヘコむ。
「再会を求める誘いだと受け取られてしまうぞ」
「そうなの?」
「君のような美女なら、なおのことだ」
ウェイトレスが手渡してきた上着に袖を通す。
「私としては、君のような美女と過ごせるのだから、一向に構わないがね」
「………それでも、いろいろ相談にのってくれたしさ。また………この店で会えるかもしれないじゃない」
本当に――
本当に、無邪気で素直な娘だ。
先刻のカクテルは、やはり、正解だったか。
余計なことを知らない、素直さ。
――私は、素直に生きるには、余計なことを知り過ぎているから。
――眩しい生き方だな。
苦笑交じりに、コートを羽織る。
「我が名は――」
ウェイトレスに手渡された帽子を軽く持ち上げて振り向き、口の端に軽く笑みを浮かべ………
「――エル・プレジデンテ。また、いずれ」
end………?
or continue………?
This Story has been sponsored by 『MOON TIME』
& 『KAZ23』
At the request of 『Mr.EIJI・S』
THANKS A LOT!!
後書き………のような駄文。
EIJI・Sさんのリクエストシチュ「アルクメインの話で優しくしてあげたいです」に応えてみました。
………説教親父にしかなってないような………
ごめんなさい。今は、これが精一杯です。
「イメージが違う」と思われたら、ほんとにほんとにごめんなさい。
カクテル名と味(これはKAZ23に作ってもらったことがある)からのイメージで、「どこかの頭首」として書かせてもらいました。
感じとしては、インテグラのおとうちゃんの若い頃(爆笑)
はっちゃけて暴れまくっていたのが、そろそろ落ち着き始めた歳かな?
という。
――ゴメンナサイ。
『エル・プレジデンテ』ですけれど、一応『オリジナル』(多分)を使いました。他に『キューバ・スタイル』と『アメリカ・スタイル』の3種類のレシピがあるそうです。
………細かなレシピの違いを探せば、25種類ぐらいに増える、と、KAZ23は言ってましたけれども(笑)
あと、『プレジデント』と言うものもありましたけれどね。
月姫を始めたのが遅かった所為か、書きたいと思ったSSは、結構書かれた後なので、オリジナルワールドとしての『MOON TIME』なわけです。
で、そのオリジナル領域の一人として出演して頂きました。
ネタバラシも一部、兼ねて。
このため、月姫キャラの視点ではなく、『エル・プレジデンテ』の視点で書いてみました。
さて、どうだったでしょうか?
では。
LOST-WAYでした。