「………ったく、何もありゃしねぇ」

  失敗した、と言うか、迂闊だった、と言うか。

  冷蔵庫の中は、物の見事に空っぽだった。

  ………今朝見たときは、多少野菜が転がってたような気がしたんだがな。

  ポケットから財布を取り出し、中身を確認する。

「ちっと………ヤバいか………」

  姉貴から生活費を貰うまで、後もう少し日がある。

  無論、充分に保たせられる金額は入っちゃいるが、それだとそれ以外に何もできない。

  遊びたい盛りの俺たちにとって、それは辛い。

  遠野みたいに何もない状態で耐えられるほど、頑丈に出来てねぇし。
 
 

「……………………………………………………」
 
 

  しかし、変だな、と、考えてみる。

  今朝見たときは、確かにニンジンが幾らか残ってたんだが。

  しかも、俺の周りをひょろひょろする、この気配は。

「……………………………………………………」

  声もしなければ姿も見えず。

  そのうえで飯だけ食うか――あの駄馬は。
 
 

「………ったくよ」

  軽く息を吐いて、もう一度財布を確認する。

  ――見慣れないカード。

  トランプの『J』に似てるんだが、スートがなくて、代わりに『剣』が描かれてある。

  何かの意味があるんだろうけどな。

「――まぁ、しゃーねーか」

  誰に、ともなく呟いて、俺は家の外へ出た。

  この時間からなら、飯食って一杯引っかけても大丈夫だろう。

  俺は、纏わり付くような『何か』の気配を連れて、街の中へ歩きだした。
 
 




















月姫カクテル夜話《CASINO》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「あ、お帰りなさいませぇ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいましたぁ」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近を走っていたウェイトレスが舌っ足らずな声を掛けて来た。

  前回、遠野と一緒に来た時のヴァイオレットちゃんとは違う――
 
 

「………あー」
 
 

  年齢は十歳かそこら。ロリロリとしたあどけない顔立ちに、つるんぺたんな体型。

  チェリー・ブラウンのツインテールが、動くたびにぴこぴこ揺れる。

  それでいて、妙に体にぴったりとフィットした、露出の多いレオタード風味のメイド服みたいな感じの服を身につけているから、妙な感じだ。

「今日はフェアをやっておりますので、大変混雑致しておりますけど、どうかご容赦願いますぅ」

  そう言いながら、手に持ったお盆の上に乗せられたカクテルグラスをひとつ、俺の方に手渡して来る。

「………こいつは?」

「あ、『カジノ』です。今日はフェアですので、このカクテルに限って言えば、サービスですのでぇ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★カジノ『Casino』★

  ジン………1グラス
  マラスキーノ………2dashes
  オレンジ・ビターズ………2dashes
  レモン・ジュース………2dashes
  マラスキーノ・チェリー………1個

    ステアして、カクテル・グラスに注ぎ、マラスキーノ・チェリーをカクテル・ピンに刺して飾る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ま、サービスなら貰っても大丈夫か。

「そちらのお嬢さんもどうぞぉ」

  後ろを向くと――

  案の定、ななこがいた。

  呆然と、グラスを受け取っている。

「……………………………………………………」

  手が、蹄じゃなく『手』になってる。

  ちゃんと俺にも見えるようになってるし。

  さっきまでは、気配だけで全然姿なんて見えなかったのにな。
 
 

「本日は、『カジノ・フェア』ですので、いつもより騒がしいですけど」

「その『カジノ・フェア』って何なんだ?」

  貰ったカクテル――カジノ――に口を付けながら聞いてみる。

  レモン・ジュースとオレンジ・ビターズが効いてて、すっきりする。

「『カジノ』が何なのかは御存じですよね?」

「知ってる。賭博場だろ?    って、じゃあ、今日は………」

「はい。みんなでギャンブルする日なんです。あ、そうは言ってもお金は賭けませんよ?    このお店のポイントを使って賭けますから、勝てば、このお店経由でのお買い物が楽しくなる、と言った程度ですね」

  御案内します、と言って先を歩くちっちゃなメイドさんについて歩く。

「申し遅れました。あたしは、『チェリー』って言います。今後ともよろしく」

  ぺこり、と一礼する。

「お席の方は相席しかございませんけれども、ご案内いたしましょうか?    それとも、ゲームに向かわれますか?」

「席に案内してくれ。腹拵えしねぇと、勘も冴えねぇ」

「かっしこまりましたぁ」

  元気よく笑顔を向けると、

「こちらになりますぅ」

  と、先に立って歩きだした。
 
 

「おら、ななこ、行くぞ」

  いまだぼーぜんとしているななこを連れて歩きだす。

「あ、有彦さん、ここ、変ですよ?」

「んなこたぁわかってる。でもな、旨い酒を飲ませてくれる所に悪い所はねぇんだよ」

「そんなこと言っても、ここ、かなり高位で強力な『魔』の気配が回り中からするんですよぅ」

「………っつって、喧嘩売って来てるわけじゃねぇだろが」

「それは………そうですけど」

「じゃあ、問題なしだ。向こうも向こうで気持ち良く酒呑んでんだ。邪魔する方が無粋ってもんだ。粋じゃねぇ」

「い………粋とかそういう問題ですかぁ?」

「そんなもんだ。………テメェもタダ飯くってんだからちったぁおとなしくしやがれ」

「ふ、ふぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

「こちらですよ〜」

  ななこと話しているうちに、席についたようだ。

  前回、遠野と来た時はカウンターだったが、今回はフェアの所為か、カウンターは満席で、ゲームボードの卓の周りには人があふれ、ルーレットやダイス、カードなどに興じるヤツラでいっぱいだった。

  そんな中、食事メインのエリアが築かれ、そのテーブルのひとつにチェリーと名乗ったウェイトレスが声をかけ――

  ――その科白に俺は引っ繰り返りそうになった。
 
 

「ごぉしゅじんさまぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(はぁと)」

「おぅ、チェリー。………どうした?」

「ご………ごしゅじんさまぁ?」

  びっくりして固まる俺たちを尻目に、二人はそれが当たり前であるかのように話す。

「お客様がおふたり、来られてるんです。それで、お食事をされるそうなので、こちらでもよろしいですか?」

「俺は構わないよ。先方はどうなのかな?」

「お二方ともよろしいですか?」

「………あ、ああ。別にいい」

「そちらのお嬢さんは?」

「………有彦さんがいいって言うなら、いいです」

「では、どうぞぉ」
 
 

  ふたり、チェリーのご主人様とやらに向かうように席に着く。

  歳は………俺と同じぐらいか。

  左目の上を斜めに横切る刀傷が厳ついが、それを含めても穏やかな印象を受ける。

  とは言っても、遠野のようにどこか危うい、刃を隠し持った鋭さも感じ取れる当たり、見た目どおりの奴とは限らないだろう。

「………お二人、どういう関係なんですか?」

  ――って、ななこ………その聞き方はストレートすぎるぞ。

「聞いたとおり。俺がチェリーのご主人様してる。あぁ、自己紹介がまだだったな。俺は『ミレニアム』」

「『ミレニアム』?」

「カクテル・ネームだけどな。『セブンス・ヘブン=ミレニアム』が俺の通り名だ」

「俺は………有彦。乾有彦だ」

  ここで気取ってカクテル・ネームとかを名乗っても意味がないだろう。

  それに、多分………多分だが、店の方で付けて貰えるような気がするしな。

「で、こっちがななこ。見ての通り、駄馬だ」

「あー!?    それって失礼ですよぅ。これでも由緒正しい『第七聖典』の精霊なんですからねー!!」

「………確か今は………埋葬機関第七司教が携行所持しているんじゃなかったっけか?」

「………そうなんですよー。マスターったら非道いんですよー?    それで、逃げてきちゃいました」

「それで、乾君が………暫定で契約者なわけか?」

「そうなんですよー」

「………あぁ、チェリー。適当に持って来てあげて」

「かしこまりました。ご主人様」

「………奢りかよ?」

「この後、ゲームにも付き合ってくれるなら、な。あんまり見れるものじゃないからな。『第七聖典』の精霊なんてものは」

「――こいつがねぇ」

  えっへん、と、たいしてありもしない胸を張るななこ。

「こんな駄馬でよけりゃ、幾らでも見てくれ」

「そうか。――じゃあ、ベッドの上での可愛い姿も見せてくれると――」

  その科白は、ゴスッ、という打撃音で中断させられた。

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

  俺とななこ、二人して沈黙する。

  巨大な、鎖で繋がれた刺付きの鉄球――いわゆる『モーニング・スター』って奴だ――で自らの『ご主人様』を、マンガかアニメのように殴り倒したチェリーちゃんの姿に。
 
 

  ………一体どっから出したんだ?
 
 

「………チェリー、痛いよ」

「ご主人様がバカなことをおっしゃるからですっ!」

  ぷんぷん、という擬音すら聞こえて来そうだ。

  ものすごくわかりやすい顔をして怒っている。

「女の子から声をかけて来るならいざ知らず、ご主人様から女の子をナンパしないで下さい」

「………女の方から誘って来るのはいいのかよ」

「それは、それだけご主人様が素敵で魅力的だという証明になりますから」

  ………それはそれでどうかと思うぞ、チェリーちゃん。

  そう言いながら、モーニング・スターを――

  ――袖口に、しまい込む。
 
 

  ――どういう構造してるんだ?――
 
 

「はい。お待たせしました、ご主人様」

  そう言いながら、『ミレニアム』の前にカクテルと、お摘まみ――と言うにはちょいと多めの料理――を並べた。

「お二人の分は、もう少し待っててくださいね」

  そう言いながら、俺たちの前にも箸やらフォークやらスプーンやら並べる。

「あぁ、二人とも。よかったら摘まんでくれ」

「――んじゃ、ありがたく」

  手を伸ばす。

  サラミを載せた薄切りのフランスパンだとか、ポテトサラダだとか、枝豆だとか――
 
 

「俺も晩飯がまだでな。食ってからでないと、勝負するにも勘が働かなくてな」

「俺もだよ。――それにしても、前に来た時とはすげぇ雰囲気違うな」
 
 

  ――そう。

  前に遠野たちと一緒にきた時は、もっと――落ち着いた『大人の世界』だったんだが。

「フェアのときは、いつものゆったりした雰囲気とは一変して『お祭り騒ぎ』になるからな。――あぁ、フェアのときでもゆっくり呑みたいんだったら、それ相応に“奥”に入れてもらえるだけ店の人と仲良くなってないと駄目だから」

「そっか」

「まぁ、それが『常連』ってやつだろ」

  カクテルを飲みつつ、『ミレニアム』の注文していたであろう料理を摘まむ。

  続いて俺たちにも料理の皿が並べられる。

  鳥の唐揚げ、豚肉とナッツのパインソース炒め、ちくわのしそまき、揚げ出し豆腐に出し巻き卵、その他、いろいろ。

「………ななこ。相変わらず遠慮ってものがねぇな、おめーはよ」

「……………………………………………………はえ?」

  キャロットサラダを頬張るななこ。

  ――予想されたことだが。
 
 

  それにしても、いつの間に手が蹄から『手』になったんだ?

「ななこ、おめー、その『手』、どーしたんだ?」

  しばらくもぎゅもぎゅ口の中に頬張ったサラダを噛んでいたが、どうにか飲み下すと、一言。

「わかりません。このお店に入った途端、こうなりましたから。でも、便利でいいですよね。蹄って、結構不便ですから」

「………何でか判るか?」

  『ミレニアム』に話を振ってみると、

「これは推測だけど『聖霊』になる前の姿を『現(うつ)しだしている』からだと思うね。ここではよくあることなんだよ。動物霊が、しばしば半獣人化するのもよくあるから」

  ………猫の霊だと『猫耳娘』になるとか?

  ………それって、結構いいかもな。

  自分の考えに苦笑しつつ、ななこの方を見てみると、

  キャロットサラダを………サラダボウルごと抱え込みやがってからに。
 
 

「――おめー。カクテル呑まねーの?」

  『カジノ』なら、幾らでもお代わりが出来る。だのに、最初の一杯に口を付けただけでその後、呑もうともしない。

「これ、ちょっと酸っぱくてきついですよぅ」

「………お子様」

「あー!    有彦さんよりもずっと年上ですよ!?    精霊ですよ!?」

「口がお子様だっつってんの。甘い酒しか呑めねーなんざ、お子様もいーとこだ」

  ………向かいに座った『ミレニアム』がくすくす笑ってやがる。

「仲がいいな。まるで、俺と契約を交わしたころのチェリーみたいだ」

「そういや――あの娘も精霊か何かか?」

「もともとは………幽霊だったんだけどな。実体を与えてから、そばに居てもらってる。実際のところ、あれで900年ぐらいの時間を超えてるから、俺の方がまだまだガキなんだろうけど、な」

「………幽霊………か………」

「………その割りに、かなり高位の『魔』の気配がしますよ?」

  ななこが不思議そうな声を出す。

「かなり高位の『魔』の気配がする割りに、ほとんど邪気を感じませんし」

「そりゃ、チェリーの心の中は『愛』で満ちてるからな」
 
 

  ――こン野郎………いけしゃあしゃあと………

「あいつの考えだと――」

「――契約を交わしたご主人様は、献身とご奉仕でお仕えするのが基本。身も心も持てる限りをもって尽くすのが必然」

  『ミレニアム』の言葉を横取りする形でチェリーちゃんが横から口を挟む。

「望まない契約を交わさせられたのなら、それは岩戸に隠れた『天照(アマテラス)』のように『力』をすべて封印してもいいでしょう。でも、あなたが――貴女が彼を契約相手に選んだのなら、彼に迷惑をかけるのは以っての外。貴女が自ら行った契約なら、貴女の分の責任はきっちりと持ちなさい。それが、器物と共にある『契約の精霊』の姿なのですから」

  途中から、あどけなさが消えて異様に大人っぽい雰囲気を見せた。
 
 

  この駄馬とはエライ違いだ。
 
 

「それに、この姿の方が何かと都合がいいですからね、表向き。ちっちゃな女の子だと、何かとおまけしてもらえますから」

  料理を並べながら、軽くウィンクする。

  料理を並べ終えた後、チェリーちゃんは軽く、クルリ、と、スカートを翻しながら回ると――

  ぽむっ、と、軽い破裂音と共に――

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?」
 
 

  ――姿を変えた。
 
 

  ななこなんて、口に咥えていたニンジンを取り落とすぐらいだ。

「いかがですか?    『ティーンエイジ・ヴァージョン』ですけれど」

  外見年齢で言えば、俺たちと同じぐらい。

  ななこなんて置いてけ堀にしそうなスタイル。

  ――遠野にちょっかいをかけてるアルクェイドさんに匹敵するぞ、このスタイルは。
 
 

  そう。小さい時のチェリーちゃんが成長すれば、丁度こんな感じになるか?
 
 

「普段は、小さい女の子の方が楽ですから、あの格好をしていますけれども、ね?」

  うふふ、と艶っぽく微笑む。

  ………なんというか。

  妙に、体にぴったりとフィットした、露出の多いレオタード風味のメイド服を突き上げるふたつの大きめの膨らみが――
 
 

「……………………………………………………!!!」
 
 

  ――付けてないのか、チェリーちゃん。

  ――付けていないのかっ!

  ――ナイスだ。ナイスすぎるぞチェリーちゃん!!
 
 

「………『ミレニアム』」

「?    どうかしたか?」

「ありがとう。感謝するぞ」

「?    何かよく判らんが………まぁ、どういたしまして」

  双丘の頂上で主張する更なる小さな膨らみ。
 
 

  『ミレニアム』がチェリーちゃんのご主人様、と言うことは………
 
 

  ………『あーんなこと』や『こーんなこと』も?
 
 

  ――うらやましい。

  ――うらやましすぎるぞチックショウ!
 
 

「なぁ………この駄馬とチェリーちゃん、取っ替えねぇ?」

「――有彦さん!?」

「それゃ、無理だ。契約は強固にして互いの魂を結び付けているから」

「………ダメかー」

  この駄馬をお払い箱にするいいチャンスだと思ったんだがな。

「………乾君、口に出とるぞ」

  次の瞬間――

「はぶし!」

  ななこの一撃が俺を襲った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ごちそうさまでしたー」

  満足そうなななこの顔。

  無論、俺の顔にはビンタの跡が残ってたりするんだが。

  ――蹄じゃなくてよかった――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………さて、勝負しにいくか?」

「おう。………んで、どんなのがあるんだ?」

「通り一遍のカードとルーレット。TCGなんかは、マイナーだな。あんまりやるやつがいないし、世界の違うのもあるし」

「TCG………」

  やっぱ、遊●王とかそう言うのは似合わねぇよな、こんなところじゃ。

「あとは、単純にダイスゲームとか、ボードゲーム系も案外多いな。大体が絶版になってるから、コレクターなんかがこの時のために貸し出してくれたりするのを、みんなでやったりとか」

「………人生ゲームか?」

「それだけには収まらないよ。『カタンの開拓者』『ファースト・フード・フランチャイズ』『ジュマンジ』『ロンドン・ウォーカー』………あと、俺も始めてやるものも相当数ある。………ああ、雀卓も出てるぞ」

「………んで、お勧めは?」

「単純にサイコロを振り合う『グリード』が今は気に入って、ちょくちょくやってる。そんなとこかな」

「んじゃ、それやりに行こう」

「………こっちだ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  案内されて行くと、結構本格的なテーブルだ。

「おや、『ミレニアム』様。………これはこれは乾様も」

  ――ヴァイオレットちゃんがいた。

  今日はメイド服じゃなく、ぴちっとしたバーテンダー・スタイルだ。

「やっほ、おひさ〜」

「今日は可愛らしいお嬢さんとご一緒ですか?」

「ま、そんな〜」

「あぁ、この駄馬の言うことは無視してくれ」

「ヴィオ、ディーラーか?」

  やっぱり、と言うべきか。

  常連だけあってか、この店に詳しいようだ。

「はい。本来はバーテンダーだったのですが………どうも、駆り出されまして」

  苦笑を浮かべる。

「『グリード』やってる?」

「はい。今は、インターバルを取っておりますけれど………」

「じゃ、次の参加者に足しといてくれるか?    俺と乾君の二人」

「畏まりました。まずはメンバーズカードの確認と、チップの交換を」

  促されるまま、カードを渡す。

「何ポイント使えるんだ?    オレ」

「乾様は……………………………………………………なにこれ」

  手元の読み取り装置を覗き込んで、表情を強ばらせる。

  カードを取り出し、表裏を確認し、その上で読み取り装置にかけるが、やっぱり表情は驚愕に強ばったままだ。

「………『カブキ』の連れってことで、オーナーサーヴィス入ってるからじゃねぇか?」

  横合いから『ミレニアム』が声をかけて、やっと納得したという顔になる。

「使用可能ポイントは、10万ポイントとなっております」

「1ポイントが日本円で換算して100円程度だと思えばいいか。カクテルの1杯が大体1〜5ポイント程度だから、どれだけ入ってるかは推して知るべし、だな」

  当分、ここで飲み食いしても大丈夫、ってことか。

  ありがたいっちゃ、ありがたいが。
 
 

  しかし、いいのかね?
 
 

「で、ゲームの話しに戻るけど。チップは最低500ポイント分から使うわけだけども、どうするよ?」

「んじゃ、とりあえず1000ポイント分」

「畏まりました。お席へどうぞ」

  席に着くと、右手にカクテルスタンド付きのチップ・ホルダー。

  椅子もかなり豪華で、ちゃちな賭場とは違う。

  雰囲気がそうさせるのか、座っただけで一流のギャンブラーのような気分になる。

  ………後ろの駄馬がもっと可愛いメイドさんなら、もっと気分が良いんだろうが。

  チップ・ホルダーに並べられた、曇りなく磨かれたチップ。

  手ぇ掛かってるなぁ。贅沢にも。

「では『$GREED』のゲームを開始させて頂きます。ディーラーは私、ヴァイオレットが務めさせて頂きます」

  ペコリ、と一礼。

  周囲を見回すと、テーブルに着いているのは6人。

  俺。右側に『ミレニアム』、ミラーシェードにスーツ姿の女、正面に時代がかった片眼鏡のおっさん、その右にどう見ても『街娼』としか見えない色っぽい女、そして俺の左にディーラーのヴァイオレットちゃん。
 
 

「では………『OPEN  THE  DUEL』!!」

  そして、デュエルが始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「強いな、君は」

  一戦………とは言え、7ゲームほど終わらせた後………

  片眼鏡のおっさんが面白そうに呟く。

「………『エル・プレジデンテ』。旦那は結果的に大負けに負けたんじゃないのか?」

「いや、そうでもない。このデュエル以前に稼いでいるから、正味、とんとんよりも少し多めに勝てた、と言ったところだよ。『ミレニアム』。問題ないさ」

  片眼鏡のおっさんは『エル・プレジデンテ』とか言うのか。

「………これは?」

  カクテルが出される。

「今のお前だよ。『$GREED』の7回勝負のうち、4回も勝つなんざ、並じゃねぇだろ」

「残る3回のうち、2回勝ってただろうがよ、おめーも」

  ふたり、にやり、と顔を見合わせる。

「『ミリオネーア』だ。意味するところは『大金持ち』。ぴったりだろ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ミリオネーア『Millonaire』★

  ライト・ラム………1/4
  スロー・ジン………1/4
  アプリコット・ブランデー………1/4
  ライム・ジュース………1/4
  グレナデン・シロップ………1dash

    シェークして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………おだてても何も出ねーぜ?」

「さて………ね」
 
 

  これはこれでいただいておくとしよう。
 
 

  いわゆる――そう、いわゆる『勝利の美酒』という奴だから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「で、次は何やりに行く?」

「――麻雀卓あるって言ってたよな」

「何、お前、強いのか?」

「ま、それなりにな。さて、案内してくれねーか?」

「はいはい」

  苦笑を浮かべる『ミレニアム』に案内してもらい、麻雀卓につく。
 
 

  と――
 
 

「乾君………先刻の負けを取り返させて貰うわ」

  さっきの『$GREED』の卓で一緒だった『ミラーシェードにスーツの女』がついてきた。

「………『ドラゴン・レディ』、熱くなったら賭け事は負けだぜ?」

  そう、『ミレニアム』は言うが、『ドラゴン・レディ』と呼ばれた女は聞く耳を持たないようで、

「………ええ。先刻の負け分を取り返すまで、帰らせるものですか………」

「……………………………………………………大丈夫かよ………」

「乾君………すまぬ、彼女………イッちってる」

「………もう一回コテンパンにノすか?」

「………お手柔らかにな」
 
 

  ………そして、カクテルがそれぞれに出された。
 
 

「………まさか………『麻雀』とか言わんだろーな?」

「正解だ、乾君。鋭いな」

  ……………………………………………………おいおい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★マージャン『Mah Jongg』★

  ライト・ラム………1/6
  コアントロー………1/6
  ドライ・ジン………2/3

    ステアして、カクテル・グラスに注ぐ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………」

「さて、乾君。かくごしなさいね?」

  大丈夫かね、この女も。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………ツモ!  緑一色(リーューイーソー)!」

「って………はやっ!?」

「……………………………………………………箱下………」
 
 

  ………『ドラゴン・レディ』とかは………
 
 

  きっちり、負けていた。
 
 
 
 
 

「………どうぞ」

  ウェイトレスからカクテルが出される。

  ――なんとなく、読めた。

  ――読めた………が………

「………なぁ………これって………」

「考えてる通りだ。緑一色(リーューイーソー)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★緑一色『Ryu-I-So』★

  グリーン・バナナ・リキュール………1/2
  ディタ………1/6
  フレッシュ・グレープフルーツ・ジュース………1/3
  ブルー・キュラソー………1tsp.

  シェークして、カクテル・グラスに注ぐ。
  ミント・リーフ、グリーン・チェリーと細長くカットしたライムの皮をグラスの縁に飾る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………何でもありかよ、カクテルってよ」

「『星の数ほどのレシピ』………それがカクテルって奴らしい。俺自身、ここで育ったようなモンだけどな、呑んだことの無いカクテルの方が多いんだ。入り慣れて無いお前がそう考えてもしょうがないさ。でも、ま、そんな中で『お気に入り』を探して行けばいいじゃん?」

  確かに、そうだな。

  なんだかんだで、色々世話になってるな、こいつにも。

  いつか、お礼をしないとな。

  出来ることはたかが知れてるだろうけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――遠野にも。

  いつかふたりで呑みたいもんだ。

  男同士………積もる話でもしながら………よ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ………そうして、にぎやかに時間が過ぎていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「今回は、フェアで騒いでたけどな。また今度はゆっくりと呑もうぜ?」

「そうだな」

「色々面白い話も聞けそうだ」

「おめーほどじゃねーよ」

「じゃ、な。お疲れ」

「おう、お先に」

  そう言って、店を出る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「面白い所でしたねー」

「………ななこ、最初と言ってることが違ってるぞ?」

「いいんです。先入観に囚われちゃ失礼ですから」

「ま、面白いってのは認めてやるよ」

  腑に落ちないのは、ななこの手が『手』になってることと、完全に実体を保っていること。

  ………それも、オーナーの仕掛けた『何か』なんだろうが。

「ま、暇があったらまた連れてってやるよ」

「お酒ははたちになってから!」

「気にしない気にしない」
 
 
 
 
 
 
 
 

  そんな二人を………

  月は、柔らかく照らしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 



 
 

後書き………のような駄文。

  有彦&ななこのお話しです。

  ………結構、『真・マスター』とかの影響を受けてますね。このお話し。

  この二人は、いいコンビだと思うんです。

  ちょくちょく、この店に顔を出しそうですし。

  『セブンスヘヴン=ミレニアム』とも気が合いそうですしね。
 
 

  次の第六夜は、琥珀さんのお話しです。

  うまく書けたら………ご喝采。
 
 

  では。
  LOST-WAYでした。


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