コッチ、コッチ、コッチ、コッチ………

  広間の大きな柱時計の振り子の音が、静まり返った屋敷に響き渡ります。

  ぺたぺたぺたぺた、と、私が歩く音が混じります。
 
 

  時刻は、深夜。
 
 

  志貴さんも、秋葉様もお休みになっておられる、夜。

  私は、いつものように屋敷の見回りで、懐中電灯を片手に歩いています。
 
 
 
 
 

「………特に、異状なし、ですね」

  柱のオブジェやレリーフにカモフラージュした警備装置の記録をチェックし、ふと、窓の外を見上げます。
 
 

  今夜は、幸いなことにアルクェイドさんもシエルさんも、志貴さんの部屋を訪れていないので、どこか穏やかな月夜です。

  お二人が――お二人のうち、どちらが来られても、志貴さんにとっても秋葉様にとっても、翡翠ちゃんにとっても………無論、私にとっても………穏やかならぬ時間になってしまいますから。
 
 
 
 
 

  先日からアルクェイドさんが、妙におとなしくなっているのも気に掛かりますけれど。
 
 
 
 
 

「………まぁ、騒ぎの種が減ることは、悪いことじゃ、ないですよね」

  心にもない………思い。

  騒ぐことに慣れてしまい、アルクェイドさんが来るたびに、その騒ぎを楽しんでしまっている、自分。

  秋葉様とアルクェイドさんとシエルさんの、ぶつかりあい。

  傍観者としてではなく、その中に入ろうとしてしまう、自分に。
 
 
 
 
 

「……………………………………………………ふぅ」

  小さく頭(かぶり)を振り、見回りを再開します。

  翡翠ちゃんに交替するまで、まだまだ時間はありますし。
 
 
 
 
 
 
 

  と――
 
 
 
 
 
 
 

  ガタン。
 
 

  物音が、広間の方からしました。

  警報は鳴りません。外から侵入したものではないようです。しかし、扉が開いた音はしませんでした。
 
 
 
 

「?」
 
 
 
 

  とにかく、異常であることは間違いないようです。足音を殺して広間に向かい、階段の上から覗き込むと――
 
 
 
 
 
 
 

「ふにゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぅ」

  小さな女の子が、引っ繰り返っていました。
 
 




















月姫カクテル夜話《AMBER  DREAM》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴り、

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスさんが声を掛けて来ました。

「これは、琥珀様。ようこそ。………って、チェリーちゃん、あなた、どうしたの?」

「えへへ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。ちょっと、失敗しちゃった」

「失敗しちゃった、じゃないでしょ?    あ、琥珀様、こちらへどうぞ」

  前に見たヴァイオレットさんとは違うようです。

「ベル、あたしがやるから。琥珀さんに迷惑かけちゃったしさ」

「あ、そうなの?    じゃ、しっかりね」

「はーい」

  チェリーさんはにっこりと微笑むと、

「では、こちらへ」

  と、先に立って歩きだしました。私も、彼女に続きます。
 
 
 
 

「それで、どうしてここへ?」

「あたしが知ってる場所で、なおかつ、ご主人様とはぐれた時には、ここに来るように言われてるんですよ。それに、琥珀さんは、前に大勢で来られたときに、見てましたから」
 
 

  ――そんなにも目立っていたのでしょうか?
 
 

「和装の女性………それも、自然な着熟しが出来る人なんて、珍しいですよ?」

  ………それは、盲点でした。

  いつもこの着物だから、自分の姿の特異性に気が付かなかったみたいです。
 
 
 
 
 

「こちらです」

  案内されたのは、前に志貴さんたちと来た時とは違うカウンター。

  初老の、渋い――ロマンスグレーと言う言葉がぴったり当てはまるバーテンさんが居ました。

「『バーテンダー』、琥珀さんに」

「チェリー、君は?」

「いつもの」

  私の隣のスツールに腰を降ろし、当然のように注文しています。

「あ、当然、あたしのオゴリですよ。ご迷惑かけちゃいましたからね」
 
 

  そう。いきなり広間の中に現れる、と言う出現の仕方。
 
 

  アルクェイドさんやシエルさんをはるかに上回ります。
 
 

  それは、不思議な出会い――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………だれ、でしょう?」

  最初、その女の子を見たときは、そう思いました。

  歳は、10歳くらいでしょうか。赤味がかかった焦げ茶――チェリー・ブラウンの髪をツインテールに束ね、深い紺色を基調とした、古典的でオーソドックスなメイド服に身を包んでいました。
 
 
 

  ――かつての翡翠ちゃんを見るようです。
 
 
 

  しかし、決定的におかしいのは、左腕がなく、代わりに肘の部分からワイヤーロープのようなものが伸びているところでしょうか。

  見た感じ、ジ●ングやノイエ・ジ●ルの腕のような構造です。

  そのワイヤーは、そのまま上の方へと伸び――

  ――何もない中空に引っ掛かるようにして、途切れていました。
 
 
 

「?」
 
 
 

  そのまま暫く見ていましたが、気絶している――と言うか、目を回している――少女に動きがないので、階段を下りて近付いて見ることにしました。
 
 
 
 
 
 
 

「うきゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 
 
 
 
 
 
 

  未だ、目を回したままです。
 
 
 
 
 

  と――
 
 
 

  唐突にワイヤーが、ぴん、と張られ………

  ワイヤーの先から、無骨で巨大なガントレット――西洋甲冑の籠手――が、何もない空中から引き出されて、そのまま………

「………あー」

  手を出す暇すら無く………
 
 

  ごッスぅ!

「ぐげふ!」
 
 

  ――女の子の上に落ちてきました。

  ………打撃音から、かなり重量があるみたいです。――大丈夫でしょうか?
 
 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」

  おなかを押さえてゴロゴロと転げ回り――

  ――ゴチン。

  ………柱に頭をぶつけました。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」

  静かで………賑やかな人です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「大丈夫ですか?」

「あ、はい………何とか………」

  そう言って、ようやく気が付いたのか………

「あ゛、琥珀さん………って、え゛!?」

  周囲の状況が分かったのか、驚愕の表情を浮かべ、

「ご、ごめんなさい。いきなりここに転移しちゃったみたいで」

  左手を出そうとして………

「あや?」

  異常に、気付いたみたいです。

「あー。武装化が解けてない。参ったなぁ」

  心底困ったように、眉を顰められます。

「ごめんなさい。ご主人様のお仕事手伝ってて………ここに間違って『転移』しちゃったみたいです。ほんとにごめんなさい」
 
 

  事故、でしょうか。

  それなら、まぁ、特に騒ぎたてるまでもないでしょう。

  アルクェイドさんやシエルさんとも関係がないようですし。
 
 

「えっと………『ムーンタイム』って御存じですよね?    あたし、そこでウェイトレスもしてるんです。お騒がせしたお詫びに、ごちそうさせて貰えませんか?」
 
 

  その言葉に、頷いてしまったのがそもそもの始まりのようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………それで、その日のうちに、と言うのは、少し、強引すぎる気がしませんか?」

「琥珀さんのことですから、自分からこちらにこられるとは思えませんでしたし」

  私の言葉にも、けろりと返してくれます。
 
 
 

  出されたカクテル。
 
 
 

「これは?」

「オーナーから聞き及んでおります。『サニー・ドリーム』を」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★サニー・ドリーム『sunny dream』★

  アプリコット・ブランデー………30ml
  ホワイト・キュラソー………15ml
  オレンジ・ジュース………90ml
  バニラ・アイスクリーム………50g
  オレンジ・スライス………1枚

    ブレンダー・ミキサーでブレンドし、ゴブレットに注ぐ。
    オレンジ・スライスを飾り、ストローを添える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  以前、ここのオーナーさんに出して貰ったのとは、また少し、レシピが違うようです。

「同じ名前のカクテルでも、少しづつ違うレシピがあるのよ?」

  手慣れた様子で――私よりも年下に見えるチェリーさんは――バーテンさんとやりとりしています。
 
 

  ――ウェイトレスとして働いているからでしょうか?
 
 

  それに、くるくると表情が変わるところは、見ていて微笑ましいものがあります。
 
 

  それは、多分――私には、真似の出来ないこと。

  笑顔のまま固められた――いえ、偽りの笑顔の仮面で固めた私にとっては。

  翡翠ちゃんのように、無表情を装っても、感情のまま表情が綻びることはない。
 
 

  ――どうして、こんな私に――『日向の夢』というカクテルが似合うのでしょうか?
 
 

「――それで、チェリーさんのは?」

「ん?    あたしの?    あたしのは『チェリー・カクテル』。あたしみたいにここで働いてると、自分の名前をカクテルに置き換えて名乗るようになるのよ。あたしの場合は、今呑んでる『チェリー・カクテル』から、『チェリー』って」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★チェリー・カクテル『cherry cocktail』★

  チェリー・ブランデー………3/5
  ガンチア・ベルモット(エクストラ・ドライ)………2/5

    ステアして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「そうすると、初めて来た時のヴァイオレットさんも、さっきのベルさんも………」

「そう。『バーテンダー』も、ね」

  にぱ、とうれしそうな笑顔を見せます。

「ヴィオは『ヴァイオレット・ビューティ』で、ベルは『レディ・ベル』から。『バーテンダー』は、そのままのカクテルがあるわ」

  呑んでみる?    と、聞いてこられますが、ここは辞退させて頂くことにします。

  いずれ、機会があるかも知れませんので。

「私のご主人様も、カクテル・ネームを持ってるの。メンバーズカードも、オーナー直々に選定された、って話だし」

  誇らしげに、話してくれます。
 
 

  チェリーさんにとって、大切なご主人様なのでしょう。
 
 
 
 
 
 
 

  私は――

  確かに、主(あるじ)として仕えているのは秋葉様です。

  しかし――
 
 

  アルクェイドさんやシエルさんの【敵】――ロアと言う存在――のお陰で四季様は変容し、私自身の、遠野家を破滅させる計画が潰されてしまいました。
 
 

  秋葉様は、父・槙久の所業を悔いてか、私が秋葉様をも破滅させようとする策略を、見て見ぬふりで巻き込まれてくれていました。

  すべての策謀と因果を切り裂いて、私たちを絡めていた『運命の糸』を断ち切ってくれた志貴さん。
 
 

  アルクェイドさんは、ロアに奪われていた力を取り戻し――
 

  シエルさんは、ロアによって留められていた『人としての生命』を取り戻し――
 

  秋葉様は、四季様によって捕らえられていた『遠野家の業』から解き放たれ――
 

  翡翠ちゃんは、志貴様が御屋敷にいらしたころのように、笑顔を取り戻し――
 

  私は――
 
 
 
 
 

  私だけが、変わらないまま、何も見付けられないまま、ここにある。
 
 
 

  どうして、私にこのカクテルが似合うのでしょう?
 
 
 

「どうして………このカクテルが………」

  私の呟きに、バーテンさん――『バーテンダー』さんは、

「オーナーが何を思われたのか。それはオーナーに伺うしかありません。しかし、貴女の前にバーテンダーとして立つと、やはり、貴女にはこのカクテルが相応しい、と思えますよ」

「琥珀さんは、琥珀さんが思ってる以上に、日溜まりのあったかさを感じるのよ。琥珀さんが、自分に対して下す評価と、周りの人が琥珀
さんに対して考える評価と、食い違ってて当然なの」

  自分じゃない他人なんだから、別々のことを考えてて当たり前よ、と続けるチェリーさん。
 
 
 
 
 

  私は――そんな人間じゃないんです。

  生きる目的を忘れ、ただ、日々に流されるだけの、人形なんです。
 
 
 
 
 

「オーナーがおっしゃられたと思いますが………」

  『バーテンダー』さんが続けます。

「『世界は貴女の望む姿にしか見えない』と」

「そうそう。変わらなきゃ、ね?    いくら『人形だ』って自分に言い聞かせても、あたしもあなたも、今を生きる人間なのよ。変わらずにはいられない」
 
 
 
 

  歌声が、響いてきました。

  静かで、それでいて、心に届く、歌声が。
 
 
 
 
 
 
 

  Roaming sheep in search of the place you've never known.

  Lesten to the 《WIND》 until you can hear the sign.
 
 

  Roaming sheep in front of the gate that's cloased so tight.

  Take a rest on the 《EARTH》 until you can find the key.
 
 

  Roaming sheep in search of the peaple full of love.

  Bathe yourself in 《WATER》 until your mind soothed again
 
 

  Roaming sheep in front of the deep and dreamless sleep.

  Here you're by the 《FIRE》. Able to warm your heart.
 
 
 
 

  Each and every morment OH, as times goes by

  All in this world has to change.
 
 
 

  Roaming sheep in search of the place you've never seen

  Better watch your step until you can find the key.
 
 

  Roaming sheep in search of the place you may never reach.

  Better love 《YOURSELF》 Tomorrow's another day.
 
 
 
 

  彷徨えし者達よ  天が怒り狂い  遥か道を  閉ざした時

  『風』に耳を澄まし  『大地』の懐で  休むがいい
 
 

  人を求めし者達よ  求めることに  疲れ果て

  悪戯な眠りに  その身  託すならば

  まず『水』に浸り  『火』で暖を  取るがいい
 
 

  時は  未来永劫  刻み続け  世界は  色を  変え続けていく
 
 

  されど  己の歩み  見失う事なく  穏やかな呼吸  整えるべし

  彷徨えし  彷徨えし者達よ

  その彷徨えし『我』を  限りなく  慈しむことだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「変われる。変わっていける。ううん。変わってしまう。時間は、一瞬たりとも待ってくれない。拒んでも、望まなくても、時間と共に生きてる以上、変わってしまう」

  だからね、と、チェリーさんは続けます。

「変われるの。変わろう、って、思った瞬間に。今までの生き方がどうだとか、そんなことはお構いなしに、琥珀さんを必要としてくれる人が居る。琥珀さんがいるから、そこに笑顔があるんだと、そう考えてくれる人がいる。そんな人達が、貴女を待ってる。必要としてくれてるの」

  貴女が貴女であるために。

「独りで生きていける訳じゃない。あたしだって、ご主人様がいないと何も出来ない。琥珀さん、貴女もきっと気付いてるはず。貴女が必要としている人に、貴女を必要としてくれる人に」

  だから、と、『バーテンダー』さんが続ける。

「日溜まりの暖かさ。仮初めの笑顔も、貴女がそれを望めば、貴女の本当の笑顔に変わります。貴女が、それを、望めば」
 
 

「………望んでも――いいんですか?」
 
 

  笑顔がぎごちなく、不自然になるのを押さえられません。

  きっと、泣き笑いの変な顔になっているんでしょう。

「こんな私でも………望んでも………いいんですか?」

「貴女に、望んで欲しいと思っている人がいます」

「あたしも、――『バーテンダー』も」

  おどけて微笑みかけてくれるチェリーさん。
 
 

「だから、もっと頼ってもいいの。女の子なんだから、ね?    もっと、甘えようよ。我が儘も言おう。志貴さんや、秋葉さん、翡翠さんにも。何でもかんでも溜め込まないで、たまには吐き出そうよ。一瞬たりとも同じじゃいられないんだから、変われるよ」
 
 
 

  ――変われる。
 
 
 

  こんな――私でも?
 
 
 
 
 

「………これ、は?」

  新しく出されたカクテル。

「忘れないうちに、飲み込みましょ?    貴女の夢を、自分のものにするために、ね?」
 

「『アンバー・ドリーム』………『琥珀の夢』ですね」
 

「……………………………………………………」

  どうして、このお店の人は、こんなにもお節介なんでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★アンバー・ドリーム『amber dream』★

  ドライ・ジン………2/3
  ガンチア・ベルモット(ロッソ)………1/3
  シャトリューズ(グリーン)………1/2tsp.
  オレンジ・ビターズ………1dash

    シェークして、カクテル・グラスに注ぐ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「お客様の心の『淀み』を晴らすのも、『バーテンダーの務め』と心得ますれば」

  そう、『バーテンダー』さんは澄まして答えてくれます。
 
 

「………ぷぷっ」

「くすくすくす」

「ふふふっ」

  三人、顔を見合わせて、笑いました。
 
 

  私は――うまく笑えてますか?
 
 

「そうそう。琥珀さん、その顔。女の子は顔も心も笑ってないと、綺麗になれないよ?」

「――あら、私はちゃんと美人ですよ?」

「もっと綺麗にならなきゃ、競争率高いでしょ?    志貴さんは?」
 
 
 
 

  そうですね。――私も、負けていられません。

  ――立ち止まっていたら………志貴さんと一緒に歩くことも………出来ない。
 
 
 
 

「一番、いいポジションにいると思いますよ?    琥珀様は」

「一番、いいポジション?」

「あ、そうね。それは言えてる」

  ふたりとも、判ったように、うんうん、と頷いています。

「圧力………力学かな?    この場合」

「そうですね」

「?」

  圧力?    力学?

「いつつの『力』が加わる中心に、ボールがあります」

  ?

「三方向から押すと、押していない二つの方向に押し出されます。圧力が強い方から、弱い方へと」

「それが………私と………?」

「翡翠さんね。迫るアルクェイドさん、対抗して迫るシエルさん、それを見て暴れる秋葉さん、となれば、穏やかにそこにいるふたりに『押し出されてくる』のは必然」

  やったね、と、小さくガッツポーズを取るチェリーさん。

「手料理で『餌付け』しちゃえば、もうこっちのもの。愛妻弁当で更にポイント上げて、後は………さりげに『ちゅー』しちゃうとか」

「そうですね。男の立場から言わせて貰えれば、さりげない愛情表現は『ぐっ』と来るものがあります」

  特に、照れながらやられると、なお威力が高いですよ、と続ける。
 
 

「それは、――ほんの少しの勇気」
 
 

  穏やかな――私を遥かに超える痛みをくぐり抜けて来た人たちの持つ――強くて優しい、笑顔。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ここのオーナーに言われた言葉が浮かぶ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『この世界は、全てが現実という名の悪夢。それを、自らの望む世界に書き換えられるかどうかは、心のあり方ひとつで変わります。何故なら――世界とは『貴女の望む姿にしか見えない』ので』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『貴女が世界を変えようと思えば、世界は必ずその姿を変えます。貴女が世界を変えたいと願い、その為に一歩踏み出しさえすれば。その変化は小さくとも。必ず世界は変えられる、変えていけるものです』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『貴女自身の心の向きを少し変えて見るだけで、世界はその『あり方』を変えます』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  変われますか?    こんな私でも。
 
 

  ――ううん。

  ――変わってみよう。

  ――ほんの少し。

  ――ほんの少しでも。

  志貴さんと ―― 一緒に、歩くために。
 
 
 
 

「うん。――変われますよね」

「変われる。絶対に」

「少しずつで、いいんですよね」

「出来るところから、少しずつ、ね」

「そのために………」

  『バーテンダー』さんと、チェリーさんの言葉が重なる。
 
 

「「『世界と世界の狭間にあって、全ての旅人たちが憩う事の出来る場所』ムーンタイムは、貴女のために、その扉を開くのですよ」」
 
 

  その、あまりにぴったりの呼吸に、
 
 
 

「――ぷぷっ」

「あ、笑った」

  吹き出してしまう。

「あは、あはは、あはははははは」

  端目に見れば、ぎごちない笑顔だったのでしょう。

  それでも、この穏やかな空気が、心地よく――

「あはははははははははははは………」

  涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、私って、ここまで笑えたのかな?    と、心のどこかで考えながら………

「あはははははははははははは………」

  呼吸困難になって咽せるまで、笑い続けました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「落ち着かれましたか?」

「ええ………どうにか」
 
 

  うん。私は大丈夫。

  だって………独りじゃないから。
 
 

「私がカクテル・ネームを持つとすれば………」

「先程の『アンバー・ドリーム』でしょうね」

「『サニー・ドリーム』と双璧を張るわね」

  他愛ないお喋り。

  それが、こんなにも楽しい時間だなんて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「琥珀様、少々、宜しいですか?」

「?    はい?」

「左手をお借りしても宜しいですか?」

「?    どうぞ?」

  左手を差し出します。すると、ペンのようなもので左手に模様を描き始めました。

  描いた後が、光の軌跡となって掌に染み込んでいきます。

「これ、は?」

「『アクセス・ファイバー・エンチャントメント』………出来たの?」

「伊達に設立当初からの『バーテンダー』をやっておりませんよ?」

「これって、一体、何なのでしょう?」

「あー、なんて言ったらいいのかな?    早い話が、このお店での身分証明を琥珀さん自身に『埋め込んだ』って言ったらいいかな?   メンバーズカード忘れても、琥珀さん自身にカードの内容が『記録』されてるから………あー」

「サイバーパンクなどで、考えるだけで機械を動かせる、脳と機械を繋ぐインターフェイスがございますでしょう?」

  確かに………映画などで見たことはあります。

「それを、魔術によって、疑似的に実現したもの、と考えていただくと早いかも知れませんね」

  そう言いながら、カウンターの内側から箱を取り出し………

「………携帯電話、ですか?」

「ま、それが一番分かりやすい表現でしょうか。正確には『セルラー・ターミナル』と申しますけれども」

  設定を多少、変更して………私専用にしてもらいました。

「あ、私のターミナル・アドレス教えるから。いつでも呼んで」

「いつでもアクセスして下さい。御待ちしておりますよ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そして、私たちはお店をあとにしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「はーい。とうちゃーく」

  センサーに引っ掛かる事なく裏口につきます。

  箒――と呼ぶには、あまりにも厳しい大口径の狙撃機銃のようなフォルム――に跨がって、宙に浮かぶチェリーさん。

  ………流石に、お店からここまで5分とかからないのは早くていいですけれども。
 
 

「じゃ、また呼んでね。夜中でも関係なしにあたし、動いてるから。呼んでくれたらさ、すぐに《箒》で迎えに行くから」

「ええ。そのときは、お願いします」

「じゃ、お休みなさい。まったねーっ」

  ふわり、と浮かぶと、あっと言う間に見えなくなります。

「それにしても………」

  お節介で、賑やかで………優しく、暖かい。

  同じ『仕える者』でありながら、生き生きとした女の子。

「………うん。負けません」
 
 

  チェリーさんが飛んでいった空を見上げて………

  私は、小さく、星に祈りました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「いってらっしゃいませ」
 
 

  秋葉様を送り出すと、志貴さんの朝食です。

  もう少し早起きしてくだされば、秋葉様のお小言も減るというものですけれど。

「あ、琥珀さん、ごちそうさま。おいしかったよ」
 
 

  ………たかだか五分でかき込まれても、ねぇ?

  作った身としては、もう少しゆっくりと味わって欲しいものですよ?    志貴さん?
 
 
 
 
 
 

  いつもなら、このまま翡翠ちゃんに任せて後片付けとなるのですけれども。
 
 
 
 
 
 

  ――変わらなきゃ、ね?
 
 
 
 

  そう。チェリーさんの言うとおり。

  変わっても、受け止めてくれますよね?

  ね?    ――志貴さん。
 
 
 
 

「志貴さん、お忘れ物ですよ?」

  そう言って、巾着包みを手渡します。

「え?    これって?」

「お弁当ですよ。昼食代を節約すれば、少しは余裕が出来ますでしょ?」

  秋葉様には内緒ですよ?  と、続ける。

「琥珀さん。いや、その………ありがと」

  あ、やっぱり。

  志貴さん、真っ赤になって照れてらっしゃいます。

  こういうところ、分かりやすいなぁ、と思います。
 
 

  それと、もうひとつ、勇気を出して。
 
 
 
 

  ――後で、翡翠ちゃんにも言ってあげなきゃ。不公平になっては困りますから。
 
 
 
 

「もうひとつありますよ?」

「え?    まだ忘れ物?」

「はい。少し屈んで下さいな?」

「………?  こう?」

  軽く屈んでくれました。丁度、いい高さです。
 
 

  後は――ほんの少しの――勇気。
 
 
 
 
 
 
 
 

  CHU♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「こ、ここここここここ琥珀さんん!!??」

  ほっぺにちゅ、です。

  あ、私も顔が熱くなって来ました。

  お互い、真っ赤になっているんでしょうね。
 
 

「いってらっしゃいませ」

「い、いいいいいってきます」

  よたよたと、よろけながら………
 
 

  ――ガン。
 
 

  あ、柱に頭をぶつけました。

  かーわい♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………姉さん、志貴様に何かしたの?」

「お弁当と………ほっぺにちゅ、って」

「ねねねねねねね姉さん!!??」

「翡翠ちゃんも、志貴さんが帰ってこられたら、お帰りなさい、のキスしたら?     それぐらいしても、いいと思うけれど?」

「そそそそそそそそそそんな………」

  予想された反応。

「今まで通り、に甘えてたら、進展しないわよ?」
 
 

  そう。翡翠ちゃんだって、変わった。私だって、変われる。

  変われる。変わっていける。

  だから、未来に向かって歩いていく。

  私と、翡翠ちゃんと、――志貴さんと。

「――ね?」
 
 

  お洗濯物を干しながら、空を見上げます。

「ん〜。今日も、良い天気――」

  空は、今日も、変わらない青さで広がって――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?
  or continue………?
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 

後書き………のような駄文。

  リクエストの多かった琥珀さんです。

  今回はひとりです。

  うまく書けたか、かなり心配なんですけれど………

  ………チェリーは………まぁ、水夢さんへのサービス、と言うことで(苦笑)

  これから、屋敷ではラブラブになるといいですね。

  もちろん、翡翠ちゃんも巻き込んで(笑)

  そのうち、志貴&琥珀を描いてみたいです。

  それこそ、思いっきりラブラブあまあまなやつを。

  実力付けなきゃ、ね。私も、変わらないと――
 
 
 

  では。

  LOST-WAYでした。
 
 


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