[冥府の使いと死者との会話]
 
 
 
 

「………よいのですか?    あなたも、『帰れ』ますよ?」

「今更………だよ。オレには、もう、今更なんだ。………そりゃ、帰りたいさ。でもな、これ以上迷惑をかける訳にも行かないさ」

「……………………………………………………そう………ですか」

  対峙するは、黒髪黒瞳黒衣の男と、白髪紅眼着流しの少年と。

  傍らに佇むは、ツインテールに制服姿の少女と、腰に大小二本を下げた左目の上を斜めに横切る刀傷を持った少年。

「あの………ほんとうに………いいんですか?」

「らしい」

  ツインテールの少女の不安げな問いかけに、刀傷の少年は緊張のためか、言葉少なく答える。

「それが、『世界の安定』に必要なことなんだと」

「世界の………安定?」

「ええ。『直死の魔眼』の『特異点』を………自壊させないために」

  黒衣の男は、静かに答えた。
 
 

















月姫カクテル夜話《SILVER BULLET》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[銀の弾丸の鋳造]
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「さ、早く奥へ。皆さん、もう殆ど揃っておられます」

「………標的(ターゲット)も定めずに素早く動けるかってーの」

  『シルヴァー・ブリット』はけだるげに呟くと、店の奥へと歩みを進める。
 
 
 
 

  そこには、ウェイトレスが言うように、招集されたメンバー大半が揃っていた。

「………なかなか壮観だな」

「馬鹿言ってない」

  『セブンスヘヴン』が緊張ぎみに応える。彼にとっての師匠であり、現在の『生業(なりわい)』の総元締めに近い位置にいる上司がいるからでもあるのだが。
 
 
 
 

  オーナーをはじめとする古参メンバー。

  『混沌と矛盾の領主』をはじめとする、オーナーの個人的な『友人たち』。

  滅多に見られない者も居る。
 
 
 
 

「師匠たちまで呼ぶって言うのは、相当気合入れた儀式(リチュアル)になるのか」

「相手は『ナチュラル・ボーン・ヴァンパイア』の少女だって話だしな」

  『セブンスヘヴン』の呟きに、『シルヴァー・ブリット』の茶々入れが入る。

「傾注(アハトゥンク)!!」

  号令が掛かる。

「只今より、『吸血姫救出作戦(ミッション・ヴァンパイア・セイヴァー)』の説明を行います」

  オーナーが、口火を切った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[未来視の少女と血を吸う鬼]
 
 
 
 

「………はっ、はっ、はっ、はっ………」

  走る。走る。走る。

  ただ ――

  ただ ―― ひたすらに。
 
 
 
 

「な、なんでぇ?」

  応える者はいない。ただ、荒い息のみが夜の街を ―― 無人の街を ―― 通り過ぎる。
 
 
 
 

  瀬尾晶。
 
 
 
 

  それが、彼女の名前だ。
 
 
 
 

「なんで、こんな、ことに………」

  応える者はいない。そしてそれは、彼女自身の行動に因るものが多い。
 
 
 
 

「はっはっは。お嬢さん、どこへ逃げようというのかな?」

  声がした。

「………っ!?」

  慌てて立ち止まり、周囲を見渡す。

  しかし、ただ無人の街が広がるのみ。
 
 
 
 

「どこを見ているのかな?」

  声は、上からした。

「………!」

  ビルの壁に垂直に立って、『それ』は居た。
 
 
 
 

  漆黒のマントに身を包んだ人影。

  青ざめた肌。

  唇から伸びた牙。

  真っ赤な眼。
 
 
 
 

   ―― 吸血鬼(ヴァンパイア)
 
 
 

  そんな在り来りな単語が晶の脳裏をよぎる。

「………志貴さん………」

「それが君の騎士(ナイト)の名前かね?    しかし、閉塞されたこの領域に踏み込めるものなどいないさ。なぜなら、この『領域』は ―― 私の結界なのだからね」

  パチン、と、当人は優雅な心算で指を鳴らす。
 
 
 
 

  あ゛ぁ……………………………………………………

  お゛あ゛あ゛……………………………………………………

  あ゛ぁ゛あ゛……………………………………………………

  地の底から響くが如き呻き声。

  ぞろぞろと、街灯の明かりの範囲に姿を現すそれら ――
 
 
 
 

   ―― 生ける屍(リヴィング・デッド)

「ひあっ、あ、ああっっ!?」

  最早、言葉は用を成さない。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 

「晶君、伏せて!」

  後ろから断固たる声が響いた。

  突然のことに、成す術もなく立ちすくんだ晶の周囲を揺さぶったのは ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[死者の願い]
 
 
 
 

「………まぁ………あなたが拒まれるのであれば、私たちとしては、何も言えませんけれど………」

「すまないな」

  苦笑を浮かべて、着流しの少年が応じる。

「ただ………少しの間、猶予をくれないか?」

「猶予………ですか」

「ああ。せめて、詫びと別れぐらいは言っておきたい。何せ………それすら言えなかったからな。せめてもの『けじめ』だ」

「それくらいでしたら」

「ありがとう」

  その笑顔は、何よりも柔らかかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[幻視]
 
 
 
 

  キン ――
 
 
 
 

  視界に違和感が走る。

  目の前を見ていながら、別の物が見える『感覚』。

「………うそ?」
 
 

   ―― 視界を埋め尽くす亡者の群れ。
 
 

   ―― 女性の首に噛み付いて、生き血をすする人影。
 
 

   ―― 走る自分自身。
 
 

「そん………な………………………………………」

  いきなり立ち止まって、顔面蒼白になりながら震え出した晶を、怪訝な顔をして通り過ぎて行く周囲の通行人。

「ちょっとあなた………大丈夫?」

「………あ………?」

  背中を支えられ、蒼白のまま振り返る。

  そこには、銀髪の美女が立っていた。

「とにかく、こっちへ」

  そのまま道路脇のベンチへ引っ張られ、座らされる。

「大丈夫?    なにか………持病でもあるの?    いきなりそこまで青ざめるなんて、普通じゃ考えられないわよ?」

「あ………すみません」

  未来視の発現。

  それが、目の前の女性にも現れた。

  銃を両手に、亡者の群れを駆逐する姿。

「あ、あのっ!」

「なに?」

  晶は、見えた未来を口にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[標的を定められぬ弾丸]
 
 
 
 

「 ―― 以上で、作戦行動(ミッション)の説明を終わります。何か、質問は?」

「……………………………………………………」

  特に質問は出ない。

  場所はホール。

  本来ならば酒と音楽とゆったりした時間を楽しむべきはずの『そこ』は、一種、独特の緊張感に包まれていた。

  バー・カウンター前にはオーナーの姿。

  手にクリップ・ボードを持ち、傍らにホワイト・ボードを置いて指揮官よろしく説明している。

「………オレの役割は?    まだ説明されて無いんだけどよ?」

  『シルヴァー・ブリット』が挙手し、発言する。

「貴方は遊撃の護衛です。今回の儀式(リチュアル)は、確実に妨害されるでしょうから、直下の護衛(ガード)は使用します。しかし、儀式陣周辺において“彼”の関係者が近寄る可能性が高いので、貴方にはその人物の護衛をお願いします」

「……………………………………………………マジですかい」

  嫌そうに溜め息を吐き、顔を歪める。

「貴方にとって苦手な作業である事は承知の上ですけれど、お願いします。大量の人員を投入すれば、それだけで『世界許容量過剰(キャパシティオーヴァー)』を起こして失敗しかねませんから」

「……………………………………………………りょーかい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[祈り囁き詠唱念丈]
 
 
 
 

「……………………………………………………おおっと」

「………『灰になりました』は、嫌ですよ?」

「……………………………………………………あらら?」

  いや、先を越されましたね、と、黒衣の男は微苦笑を浮かべる。

  少女は、元ネタが分からないためか、きょとんとした表情を浮かべただけだ。

「復活の儀式をやってるのに………」

「あ、でも、『LOST』を『ASHES』に変えるんですから、ランクアップでしょう?」

「……………………………………………………」

  はああ、と、溜め息をつく刀傷の少年。

「【魔方陣】は、展開済みです。月齢的に見ても、問題ありません。竜脈、風水、ともに想定基準値を上回っています」

「了解しました」

  黒衣の男は、静かに表情を消した。

「これより、『吸血姫救出作戦(ミッション・ヴァンパイア・セイヴァー)』、『蘇生式』を執り行います」

「了解!」

  ばっ!    と、腰の大小を抜刀する刀傷の少年。
 
 
 
 

  と ――
 
 

  不意に、大音声で呼ばわる声が聞こえた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[弾を弾倉に入れ遊底を引き安全装置も私が外そう]
 
 
 
 

「………あーもう、やってられっけーよ」

「愚痴を零さないで下さい」

  『シルヴァー・ブリット』の愚痴に、律義に付き合いながら『シルヴァー・ベル』が窘める。

「オーナー直々の依頼なんですから」

「そりゃ、わかってるよ。でもな、オレは銃弾(ブリット)だぜ?」

「だからこその配役なのかもしれないじゃないですか」

  テーブルの上に積み上げられた弾倉(マガジン)に、銃弾を詰めながらの会話だ。

  最も、銃弾を弾倉(マガジン)に詰めているのは『シルヴァー・ベル』の方で、『シルヴァー・ブリット』の方は銃の整備に余念が無い。

  その割りに無駄口が多いのは、彼にとってその銃が身体の一部であるほど使い慣れているためだったが。
 
 

  ラインネーデル社製ハンドガン ―― 《VAMP》

  専用の13mm炸裂徹甲(徹鋼)弾を使用した、並の人間では撃つことはおろか持ち上げることさえ困難な大口径自動拳銃(オートマグナム)。

  『シルヴァー・ブリット』は『それ』を整備し、組み立て直すと動作チェックを行い、動きに満足したのか空いた左手を延ばす。

  無言で装弾済み弾倉(マガジン)を手渡す『シルヴァー・ベル』。

  ジャコン、と弾倉(マガジン)を装填し、手に馴染んだいつもの感覚が走ると、満足げに一言。

「 ―― パーフェクトだ、ウォルター」

「はいはい。いいから次の整備に取り掛かって下さい」

「………せめて『感謝の極み』ぐらい言えよ………」

  力無く呟くと、傍らに立て掛けた巨大なスナイパー・キャノンに手を伸ばす。
 
 

  ラインネーデル社製個人携行型30mmキャノン『PAK30S』 ―― 《NO-LIFE-KING》

  本来ならば、戦車や装甲車両などの搭載火器である30mmキャノン『PAK30』を、単発化することで個人携帯火器にまで無理矢理サイズダウンさせたシロモノである。

  元が搭載火器なだけあって破壊力の比はそこいらの狙撃機銃(ライフル)とは比べ物にならない。

「 ―― 使用する弾薬は2種。『真銀(ミスリル)弾頭』及び『紋章呪法式爆裂徹鋼焼夷弾』。主力戦車(MBT)を除く全ての地上・航空兵器を撃破出来ます」

「……………………………………………………」

  『シルヴァー・ベル』の淡々とした言葉に『シルヴァー・ブリット』は視線を向ける。

  帰って来たのは氷点下の視線と、

「叫ばないのですか?」

  と言う言葉。
 
 
 
 

  ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 
 
 
 

  な    な    なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[死の絶叫]
 
 
 
 

「 ―― 悪いわね、憧れの志貴君じゃなくて」

  『シルヴァー・ベル』の言葉とともに、両手の銃から銃弾がバラ撒かれる。

  彼女の愛用のサブ・マシンガン。
 

  ラインネーデル社製サブ・マシンガン ―― 《BANSHEE》

  螺旋状弾倉(ヘリカルフィールド・マガジン)を採用した、筒状のサブ・マシンガン。

  独特の形状は体積の小ささから隠密携行性に優れ、軽さは女性でも取り扱い易い。

  ダカダカダガタカ………と、銃撃の音色と共に死徒の群れに立ちはだかり、 その数を減じていく。

  無論、晶は立ち尽くしたままであり、その向こう側に迫る生ける屍(リヴィング・デッド)に向けて発砲している。

  フルオートで吐き出される銃弾は、しかし、一発も晶に掠る事なく、晶の向こう側の生ける屍(リヴィング・デッド)を的確に打ち抜いていた。
 
 
 
 

「走りなさい!」

「はっ、はいっ!」

  走りだす。
 
 
 
 

  事もあろうか ―― 『シルヴァー・ベル』に向かって。
 
 
 
 

  ガチン、と、《BANSHEE》がその絶叫をとめる。

「ふはははは、これだから銃使いは愚かと………」

  その言葉は、即座に再開された《BANSHEE》の『死の絶叫(キーニング)』によって中断させられる。

「残念ね。………さ、晶君、今のうちに」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[仟歳期之太刀の覚醒]
 
 
 
 

「「我等を抜刀せしは汝、天七千歳(あまな  ちとせ)!」」

「「汝、天七千歳は我等に何を望むか!?」」

「オレは何も望まない」

  ツインテールの少女に向き合いながら、手にした二刀を十字に構える。

   ―― 眼鏡の神父が「AMEN」とか言っていそうな構えだ。

「しかし、乙女の涙を断ち切り、輝く未来を示すのが『漢』の努めっ!」

「「心得た!!」」

  手に持った刀が吼える。

「「然らば一閃にて因果の自縛を断ち切り、速やかに未来を指し示さん!!」」

「応っ!」

  一声あげると、天七千歳 ―― 『セヴンスヘヴン=ミレニアム』は、手にした打刀と脇差 ―― 仟歳期之太刀(ミレニアム・ブレード)を振りかぶった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[銃弾は標的を定めた]
 
 
 
 

  ダガン!    と、一際大きな銃声が鳴り響く。

  それと同時に『シルヴァー・ベル』は、銃撃を止め、晶は『シルヴァー・ベル』の後ろに隠れ、ヴァンパイアは新たに現れた男の方を向き、生ける屍(リヴィング・デッド)は、その行軍を止めて立ち止まった。

「その辺にしとけよ、三流吸血鬼」

  にやり、と、鮫のように嗤う『シルヴァー・ブリット』。
 
 

  虚空に向けて発砲することで、こちらに周囲の注意を引き付けて登場。

  その瞬間、両方の《BANSHEE》の装弾を交換する『シルヴァー・ベル』。
 
 

「遅いわよ、いつもいつも」
 
 
 
 

「………ターゲット設定。貴様は今から俺の獲物だ」

  壁に張り付いた吸血鬼に向かって言い捨てる。

「せいぜい見苦しく逃げ惑え。俺の銃弾は、必ず貴様に当たる」

「フン。最初から空撃ちしておいて、か?」

「頭の悪い奴だ。『必ず当たる』。三流には理解出来ないだろうがな」

  言いながら、壁の吸血鬼に向けて発砲。

  大型拳銃(ヘヴィ・ピストル)に相応しい、腹の底に響く発砲音。

  しかし、ひらり、と、躱される。

「ははは。どこが『必ず当たる』のかね?」

  吸血鬼が言うが、『シルヴァー・ブリット』は、唇を笑みの形に変えると、

「『必ず』だ」
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

  チュインチュイン………と言う堅い『何か』が跳ねる音が響き ――
 
 
 
 

「がっ!?」

  吸血鬼がのけぞり、落ちてくる。
 
 
 
 

「………『必ず』だ」

  かつ、かつ、と、靴音を立てて歩みを進める。

「ぐっ………」

  そのまま、生ける屍(リヴィング・デッド)を楯に走りだす吸血鬼。

「………『必ず』と、言った」
 
 
 
 

  そのまま懐に空いた左手を突っ込むと、抜く手でずるり、と、《NO-LIFE-KING》を引きずり出す。

  がしょん、と、そのまま片手で軽々と持ち ――
 
 
 
 

  轟!!
 
 
 
 

  次々に立ちはだかる生ける屍(リヴィング・デッド)を紙のように貫き、『真銀(ミスリル)弾頭』は狙い過たず、吸血鬼に突き刺さる。

「ぐあっ!?」

「………『必ず』だ」

  かつーん、かつーん、と、規則正しく靴音を響かせながら、吸血鬼に迫る『シルヴァー・ブリット』。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  どっちが悪役なんだか分からない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[解呪]
 
 
 
 

「闇に捕らわれし、心弱き者達よ………」

  朗々とした声が、死者の満ちた街角に響く。

  周囲全てを生ける屍(リヴィング・デッド)に取り囲まれて尚、揺らぐ事なき落ち着き。

「汝らの心に、平安を与えん………」

  ああ……………………………………………………

  おお……………………………………………………

  と、呻きをあげる生ける屍(リヴィング・デッド)は、何かに恐れるように近づけない。

「されば、この、聖なる光の洗礼を身に受け………」

  ぽう、と、手に持った角灯(ランタン)がその明るさを増してゆき………

「今一度(いまひとたび)、大地に還るがよい!」

  かっ!    と、角灯(ランタン)が輝き、周囲にいた生ける屍(リヴィング・デッド)は、灰になって風に散った。

  跡に佇むは、僧衣の男唯独り。

「AMEN」

  静かな呟きが、風に乗った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[儀式]
 
 
 
 

「出力安定」

「共鳴最大」

「術式制禦」

  少女の周囲には空中に立体映像(ホログラム)の如き【魔方陣】が浮かび上がり、少女の正面には漆黒の衣に身を包んだ黒衣の男が、後ろには千歳 ―― 『セヴンスヘヴン=ミレニアム』が立ち、儀式を行っていた。

「還りたいと思う気持ちが強いほど、貴女は元の世界に戻れますよ」

「好きな奴の一人も居るんだったら、そいつのことを考えるのも手だぜ」
 
 
 
 

「……………………………………………………////  ////(ぽっ)」

  頬を染めて、俯き、恥じらう。
 
 
 
 

「さ、もう一息です。貴女も、頑張って下さいね」

「はいっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[吸血鬼には銀の弾丸を]
 
 
 
 

「周囲は粗方片したぞ。残るは、貴様だけだ」

「ぐっ………」

  吸血鬼は、蹌踉めきながら目の前に立つ銀髪の男に目を向けた。

  あれから数発の銃弾が発射され、悉く命中しているため、吸血鬼は満身創痍のずたぼろだった。

「さようなら、だ」
 
 
 
 

  『Coup d' Glas』
 
 
 
 

  たった一発の銃弾は、しかし、確実に吸血鬼の頭を吹き飛ばした ――
 
 
 
 

   ―― かのように………見えた。
 
 
 
 

「……………………………………………………ちっ」

  忌ま忌ましげに、舌打ちする。

「………逃げられたわね」

  吸血鬼特有の『姿を霧に変える』能力だ。
 
 
 
 

  『Disappear』
 
 
 
 

「流石は………『アヤカシ』か」

「で、どうするの?」

「問題ない」

  普段の屁垂れ振りからは考えられない渋さだ。

「俺の銃弾は、『必ず』当たる。………『必ず』な」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[帰りを待つ者]
 
 
 
 

「だからって、どうして兄さんを出て行かせたの!?」

「………志貴様は、[MOON  TIME]の方から呼び出された、と、おっしゃいました」

「ですね、秋葉様」

「………吸血鬼が絡んでいるかもしれない。そう、お店の方からは言ってきたのね?」

「はい。確かに」

「……………………………………………………まったく」

  どうして、と、続ける。

「私だって、戦えます」

「………お言葉ながら、秋葉様」

  翡翠が、静かに、しかし、勝ちを内に含んだ口調で言った。

「なによ?」

「私は。私は、今、戦っております。志貴様と共に」

「………どういう、こと?」

「それは………私が『女』だからです」

  わからない、と、言った顔をする秋葉。

  琥珀も、似たようなものだ。

「私は、戦っております。志貴様がお出掛けの時、総てに於いて」

  誇らしげに微笑み、窓の外を見上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[末路]
 
 
 
 

「ぐ、………っ」

  実体化し、漸く立ち上がる吸血鬼。

「おの、れ」
 
 
 
 

  避けても跳弾が迫って来た。

  生ける屍(リヴィング・デッド)を楯にしても、易々と貫いてきた。

  防御の衣は、僅かな隙間を撃ち抜かれた。

  白兵戦を仕掛けても、右手の拳銃でボディブロウの如く撃ち込まれた。
 
 
 
 

「なに、やつ?」
 
 
 
 

  噛み付いて血を啜ろうにも、流れていなかった。

  返って来たのは、鋼の感触。

   ―― 『フルボーグ』でね。

  そんな言葉をうそぶいていた。
 
 
 
 

「おのれ………」

  きらり、と、空で星が瞬いた。

   ―― ように、見えた。

  それが、吸血鬼の最後だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[晶の未来予報]
 
 
 
 

  キン、と、視界がブレる。

「………あ」

  未来視の発現。

  高速で落下する銃弾。

  着弾点に存在する吸血鬼。

「………今、『見え』ました」

「『奴』の最後か?」

「ええ、そうです。………なんでわかっちゃうんですか?」

「俺の銃弾は『必ず』命中するからだ」

「それ以前に、嬉しそうな顔したからね」

  『シルヴァー・ブリッド』の呟きを受けて、『シルヴァー・ベル』が答える。

「さて、当面の作業はキミの護衛だ」

「え?    そうなんですか?」

「そうなんです」

  『シルヴァー・ベル』の微笑み交じりの言葉に、つられて笑みを浮かべる晶。

「こんなところでうだってるのもなんだから、お店の方に行きましょう。走り回って、疲れたでしょうし」

「あ、はい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[せいぎのてっけんろけっとぱんち]
 
 
 
 

「そこっ!」

  キン、と、死線をなぞると、生ける屍(リヴィング・デッド)がザラリ、と、灰になって風に散る。

「ああ、もう、何だってこんなに多いんだよ………!?」

  間断なく続く頭痛に顔を顰めながら、周囲に蠢く生ける屍(リヴィング・デッド)を睨みつける。
 
 
 
 

   ―― と
 
 
 
 

「ちぇりーちゃん、さんっじょー!!」

  掛け声も勇ましく、ずしん!    と、大重量を以て着地、手にした巨大極まりない鉾槍(ハルバード)で生ける屍(リヴィング・デッド)を一閃の元に薙ぎ払う。

「……………………………………………………ンなあ!!!???」

  あまりのことに、志貴君びっくり。

  身の丈3メートルはあろうかという、巨大な西洋甲冑。

  矢鱈とがっしりしてずんぐりむっくりな外見だが、滑るように地を馳せ、当たるに任せて鉾槍(ハルバード)を振り回す。

「それそれそれそれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

  でもって、聞こえてくるのはチェリーの可愛い声。

「………な」

  志貴君、おくちあんぐり、である。

「………なんだよそれ!?」
 
 
 
 

「ろぉけっとぉ〜〜〜〜〜〜………」

  ジャキン、と、右腕が突き出される。

「………ぱあ〜〜んちっ!!!」

  だがごん!!    と、言う大音量ともくもくとした発射煙を右肘から吹き上げて、拳が高速で射ち出される。

  無論、ワイヤーで繋がった腕が。

「もどれー」

  ぎゃりぎゃりとモーターの回転音も激しく、ワイヤーが巻き戻され、がっきょん、と腕が繋がる。

  そのころには、総ての生ける屍(リヴィング・デッド)が処理されていた。
 
 
 
 

「志貴様ー、大丈夫ー?」

  くり、と、小首を可愛らしく傾げて聞いてくる『チェリー(身の丈3メートルの巨大な西洋甲冑形態)』。

「………その声………『チェリー』ちゃん………だよね?」

「そおでえーす」
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「……………………………………………………ってなぁ!?」

  再度、奇声をあげてしまう。
 
 
 
 

「志貴様、へんなのー」

「……………………………………………………!?!?!?!?!?」

  志貴君、『チェリー』を指さしてパクパク口を動かすしかできない。

  巨大な西洋甲冑がにゅるりと縮むと ――

   ―― いつもの、10歳くらいの女の子の姿に変わったのだ。

  いつものツインテールの髪形に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  着ている衣服は ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

   ―― まぁ、何と申しましょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  絶滅して久しいとされている ―― 紺色ブルマである。

  上は胸元に『ちぇりい』とマジックでぶっとく(当然のことながら丸文字ひらがなだ)書かれたゼッケン付きの半袖体操服。

  足元は白のソックス(勿論、三つ折りだ!)に運動靴(スニーカーに非ズ!)。

  頬っぺたには絆創膏(!)

  元気っ娘全開である。
 
 
 
 

  一人称に「ボク」何ぞと言おうものなら………!?
 
 
 
 

  ………いやいや。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[銃弾は次なる標的に備えて]
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「あらあら、晶様。お久しぶりですね。今回は、随分大変だったようで?」

「あ、あはは………」

  些か引き攣った笑顔を浮かべる。

「『シルヴァー・ブリッド』、『シルヴァー・ベル』、お疲れ様でした」

「おう」

「はい」

  ふたり、いつものようにくつろいだ雰囲気をみせる。

「さて………奢るよ」

「当然でしょう?    結果的に巻き込んじゃったんだし」

「あの………いいんですか?」

「いいのいいの」

  パタパタと手を振りながら、

「結果的に、君を巻き込んで危険な目に遭わせてしまったから、ね」

「それに、『幻視』の話も聞いておきたいところだ」

  そう言いながら、いつものテーブルにつく。

「あ、晶君、君もどうぞ?    何か頼む?」

「あ………えと………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[死の如き静寂]
 
 
 
 

「………さて」

「取り敢えずは………安定した………かな?」

「あ………」

  黒ずくめの男と『セヴンスヘヴン=ミレニアム』の言葉に、手をぐっぱぐっぱして自分の体を確かめる少女。

「あの………」

「「ん?」」

  ふたり、同時に振り向く。

「名前………聞いてませんでした」

「……………………………………………………ああ」

「………ししょー」

「ともあれ………私は『死の如き静寂(トッテンシュティール)』と言います」

「オレは『セヴンスヘヴン=ミレニアム』。もうすぐ『チェリー』が連れて来るはずだから………」

「………誰をです?」

「『直死の魔眼』の『特異点』」

「ああ………彼ですか」

「?」

  少女は、分からない、と言う顔をする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[月を見ていた]
 
 
 
 

  からんころんと下駄を鳴らしながら、着流しの少年は道を歩く。

「………考えてみりゃ、こんなにのんびりと街を歩くなんて、初めてだったか………」

  公園にさしかかり、中を抜けて歩く。

  ふと、足を止めて視線を向ければ、コーヒーの自販機が。
 
 
 
 

「……………………………………………………」

  苦笑を浮かべる。
 
 
 
 

「そう言や、あの時『そう』と知らずにあいつにたかったっけ」

  返してなかったな、と、口の中で呟く。
 
 
 
 

  借りたまま返していないものの多さに。

  奪ってしまったものの多さに。

  本来ならば与えるべきだったものを、与えることなく放ってきたことに。
 
 
 
 

「それが嫌で………逃げようとしているのか」

  そうじゃないはずだ、と、頭(かぶり)を振る。

  オレなりに、色々考えて出した結論なのだ、と。

  『いない』事を前提に流れている時間に、これ以上『異物』を混ぜる訳にはいかない。

  オレはもう、この世に『ない』ものなのだ。

  別れを告げられるだけ、幸いと思うべきなのだろう。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「待ちなさい。そこの死徒」

  街灯の上から、凛とした女の声がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[女の戦い]
 
 
 
 

「兄さんと一緒に戦ってる………って。翡翠、あなたはここにいるじゃない」

「そうよ。でも、それでどうして一緒に戦ってることになるの?」

「私が………私が『そう』と自覚出来たからです」

  気配が『勝った』と言っている。

  翡翠と志貴の間にしかわからない『何か』を持っているような。

「「……………………………………………………」」

  あまりに自信たっぷりのその態度に、秋葉も琥珀も沈黙せざるを得ない。

「………なにを」

  秋葉は震えながら、それでも言葉を紡ぎ出す。

「なにを、自覚したの?」

「私が、志貴様のお帰りを待つべきである、と」

  誇らしげに、笑みを浮かべて言う。

「私は志貴様付きのメイドです。志貴様のため、この身を費やすべき存在なのです。志貴様は『遅くならないうちに必ず帰る』とおっしゃいました。私が成すべきことは、志貴様がお帰りになったとき、いつものようにお迎えすることです」

「「……………………………………………………」」

  秋葉と琥珀は、呆然と翡翠の顔を見るばかりだ。

「私は………戦っています。志貴様が戦っておられるときは、いつも以上に。『愛する殿方の帰りを待って、家を護ることは、銃後を預かる女の努めであり、戦いなのだ』と。私は自覚出来ましたから」

「「……………………………………………………」」

  秋葉と琥珀、こりゃもう負けましたとしか言いようのない表情だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[私を殺した責任、取ってもらうんだから]
 
 
 
 

「……………………………………………………遠野、くん?」

「ゆ………弓塚さん………」

  ふたり、驚愕に目を見開いて見つめ合う。

「弓塚………さん。……………………………………………………でも」

  震える指が、さつきを指さす。

「俺が………俺が、殺した………はず………」

「うん。……………………………………………………死んでた。遠野君に………殺されたよね」

「どうして……………………………………………………?」
 
 
 
 

「必要なので、黄泉帰らせてみました。まぁ、まだ転生とかしてませんでしたからね」

  横合いから声がかかる。黒ずくめの青年だ。
 
 
 
 

「あなたは………?」

「私は『死の如き静寂(トッテンシュティール)』と言います。一応、『冥府の使い』やってます。言ってみれば………そうですね。『死神』みたいなものですか。『輪廻転生』を管理、守護する存在ですから」

  子供のころはいじめられっ子だったんだろうな、と容易に想像出来る容貌で、頼りなげに答える。

「それで、こっちが『セヴンスヘヴン=ミレニアム』。この辺りの地区の担当ですね」

「よろしく」

  ペコリ、と、頭を下げる『セヴンスヘヴン』。

「で………『チェリー』は、御存じのようですね」

「ええ、まあ。お店の方で………」
 
 
 
 

  とてててっ、と、『セヴンスヘヴン』の方に駆け寄ると、きゅ、と、しがみつく『チェリー』。

「ごぉしゅじぃんさまぁ………」

「はいはいお疲れさま」

「うん!」

  甘えてすりすりと頬擦りする『チェリー』の頭をかいぐりかいぐりと撫でる『セヴンスヘヴン』。
 
 
 
 

「さて、安定するまでおふたり、この場に居てもらえますか?    安定したら結界を解除するように設定しておきますから、ごゆっくり………」

「あ、志貴様。お疲れさまでしたー」

「遠野。がんばれよ」
 
 
 
 

「……………………………………………………ああっと!?」

「なんです?」

  志貴は、今更のように声を上げる。

「弓塚さん、行方不明かなり長かったけど………」

「交通事故による意識不明の重体と、それに伴う手術のため、海外の病院での長期入院を余儀なくされた。そういう設定になってる」

「………そうなんだ」

「だから、落ち着いたら安心して家に帰れるぞ。遠野、お前もな」

「あー………」

  背中越しに答えて来る『セヴンスヘヴン』に、頭を下げる。

「「ありがとう」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[未来予報]
 
 
 
 

「成程。そりゃ、統計推測型未来予報視だな」

「………そう………ですか?」

「ああ。大体、本物の『未来視』は、回避不可能だ。確実に起きる未来を『見る』んだからな」

  確かに、そうかもしれない。

「最も、それ故にこそ、『未来視』出来る奴は『それ』を使わないようにしようとするみたいだが」

「『穴蔵』のアホどもは『未来予測』のやり過ぎで目の前の答えに気が付かない無能揃いになっちゃってるけどね」

「一般人に分からないネタを持って来るなよ、お前も」

  先刻までの戦いの中の格好良さはどこへやら。

  ターゲットを定めぬ銃弾は、唯無為に時間を過ごすのみ。

「『オーナー』がそれだったか。『見た情景を現実に変える』能力があるとかないとか。それこそが本物の『未来視』だってんで、世界を『書き換える力』があるとか」

  三人、同じカクテルを口にしている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★シルヴァー・ブリット『Silver Bullet』★
 

  ドライ・ジン………1/2(30ml)

  キュンメル………1/4(15ml)

  レモン・ジュース………1/4(15ml)
 

    シェークして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「魔避け代わりに呑んどけ」

  だそうだ。
 
 
 
 

「ともかく、君の『未来視』は、あくまでも『天気予報』の域を出ない。それが幸運であるとみるか、不運でしかないと考えるかは君自身の判断に委ねよう」

  『シルヴァー・ブリッド』が、銃の整備をしながら言ってくる。

  お酒を飲むつまみとしては、物騒極まりないが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[黒鍵乱舞]
 
 
 
 

「待ちなさい。そこの死徒」

  街灯の上から、凛とした女の声がした。

  着流しの少年が夜空を振り仰ぐと、街灯の上に編み上げブーツにカソック姿の女性が手に三振りの剣を持って立っていた。
 
 
 
 

   ―― ヤバい奴か?
 
 
 
 

  幾分顔を引き攣らせながら少年はザリ、と地面を擦り足で引っ掻くと、身体を半身に構えた。

「………自我がある、となると相応に危険ですか。何人の人間に手をかけたのです?」

「……………………………………………………」

  交渉の余地は少ないらしい。

  危険な相手 ―― そして、こちらの話を聴いてくれない相手なのか。

  遠野の一族の手の者にしては………毛色が違う。
 
 
 
 

「なあ、あんた………。ひとつ、聞いていいか?」

「……………………………………………………」

  じゃき、と、手の剣を構え………投げてきた。

「っと!?」

  咄嗟に跳び退って辛くも避ける。

  しかし、連続して投げてくるので………

「何本持ってんだよ!?」
 
 
 
 

  避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避けきれ ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[再会と再開と]
 
 
 
 

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」

  二人、路地裏の隅に座り込んで夜空を仰ぎ見る。

  中天には満月。

「遠野君………」

「なに?    弓塚さん」

「うん」

  嬉しそうな顔で微笑むさつき。

「ちゃんと………救けてくれたよね」

「あ……………………………………………………うん」

  しかし、すぐに悲痛な顔になる。

「でも、結局救けられなかった。今回にしたって、俺は何もしてないし………」

「そんなことないよ」

「……………………………………………………」

「そんなことない。遠野君がいてくれたから………私は帰ってくることが出来たの。だから………」

「弓塚さん………」

「だから、そんなこと言わないで」

「……………………………………………………うん」

  二人、肩を並べて月を見上げる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[冥府の使いは輪廻転生を護る]
 
 
 
 

「何とかなったようですね」

「そうですね」

  『死の如き静寂(トッテンシュティール)』が肩首をゴキゴキ鳴らしながら言うと、『セヴンスヘヴン』が即答する。

「それで、これからどうしますか?」

「四季君を迎えに行かないと」

「あぁ。そうでした」

  腕にしがみついて来る『チェリー』をあやしながら、『セヴンスヘヴン』はひとつ、溜め息を吐いた。

「彼も………」

「なんです?」

「彼も、被害者なのに………」

「そうですね」

「生きてあることを望む人もいるでしょうに」

「そうですね。でも、生き返ってほしいと残されたものが思うほど、生き返ることを願わないものなのですよ、死んでいった者は」

「………そんなものですか」

「そんなものです。私自身、そうでしたからね」

「……………………………………………………ししょー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[銀の弾丸]
 
 
 
 

「………なるほど、ねぇ」

「意外と行動派なんだな、君は」

「いえ。それほどでも………」

  三人、程良く杯を重ねていた。

「波瀾万丈の人生を過ごしているのだな」

「この店に来た段階で、並の人生を遥かに上回る『超常との出会い』でしょう?」

  『シルヴァー・ブリッド』の言葉に、『シルヴァー・ベル』が返す。

「………そう言えば、志貴さんは………」

「彼も、一応作戦参加者に含まれていたな」

「………ブリーフィングには居なかったけど………?」

「放って置いても自ずと参加しただろうし、“店”の誰かが気を利かせたのだろう」

「………志貴さん、よくこのお店に来るんですか?」

「オレは会ったことがないな」

「でも、お店の娘たちの話だと、ちょくちょく寄ってるって」

「そうですか」

「ま、寮生活の君とは違って、地元だし」

「そうですね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[華麗なる破壊の女神]
 
 
 
 

  ガキン、と、金属音も高らかに黒鍵がくい止められる。

「な!?」

  信じられないものを見たと言わんばかりに見開かれる眼(まなこ)。

「なぜ………庇うんですか!?」

「………必要だからね」
 
 
 
 

  二本の腕に持った剣で黒鍵をくい止め、着流しの少年を庇って立ちはだかる女性。

  四本の腕、青黒い肌、額にある三つ目の『眼』、手に手に持った曲刀。

  インド系美人と言って差し支えない顔。
 
 
 
 

「あんたは………」

「ここは私に任せな。あんたはあんたの成すべきことをやるんだ」

「あ、ああ。………すまない」

「ちゃんと謝ってくるんだよ?」

  背中越しに聞こえてくる声に頷くと、下駄をカラコロ鳴らしながら走る。
 
 
 
 

「……………………………………………………」

「……………………………………………………」
 
 
 
 

  鍔競り合いの姿勢のまま、睨み合う視線。

「『ヨランダ』………なぜ?」

「必要だから、って言っただろ?    あんたの思い人のためにやってるんだ。ここであんたに行かせたら、結果的にあのボーヤに嫌われちゃうよ?」

「だから、なぜ!?」

「先刻のボーヤはね、あの志貴ってボーヤのかつての兄弟分にして親友なんだ」

「………うそ!?」

「嘘ついてどーするよ。それに、あの子は………秋葉って娘の実の兄でもある。死んだことになってたけどね」

「……………………………………………………」

「さて、まだ追うかい?」

「ええ。死徒を倒すのが私の務めですから………!」

  決意を視線に込めて、睨む。

「じゃあ、仕方ないね」

  すい、と、力を抜いて構えを解く。

「………?」

「切り札を使うよ」

「……………………………………………………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  しばし、睨み合いが続き ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「二度とカレー作ってあげないよ?」

「ごめんなさい」

  即座に土下座。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「わかればよろしい。わかれば」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[再び交わる世界]
 
 
 
 

  肩を寄せ合い、二人、月を見上げる。

  いろいろなことを話した。

  彼女を ―― さつきを殺してしまった後のこと。

  殺さなければならないことになってしまった原因。

  四季のこと。

  学校のこと。

  “店”のこと。

  “店”の人達のこと。

  屋敷での生活や、有彦との馬鹿話。

  新しい家族と騒動に満ちた日常と。

「私も………」

「?」

「私も、その中に入れるかな?」

「勿論」

  志貴は、さつきを見詰めて言った。

「歓迎するよ」
 
 
 
 

  不意に ――
 
 
 
 

  世界の閉塞感が消えた。

「結界が………」

「解けたみたいだね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[最後の時間を]
 
 
 
 

「………遅いわね、兄さんは」

「先程のお電話で、少々引き留めている、とのことでした」

「チェリーちゃん………大丈夫かしら?」

  三者三様の在り方だ。

  秋葉はソファーに座ってイライラと爪を噛み、

  翡翠はドアの近くで落ち着いた様子で立ち、

  琥珀は秋葉の傍で心配気な表情を浮かべて控える。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

  コンコン、とドアがノックされる。
 
 
 
 

「「「!?」」」

  不意の出来事に、三人、身を固く竦ませる。
 
 
 
 

「入るぞ」
 
 
 
 

  ガチャリ、と、ドアを開けて入って来た人物に、三人、驚愕に目を見開く。
 
 
 
 

「「「……………………………………………………!?!?!?!?」」」

「すまないな」

  心底申し訳無さそうな表情で、三人を順々に見やる。

  呆然と固まって入る三人を見ながら、四季は静かに語りかけた。
 
 
 
 

「秋葉、すまないな。あの時、反転してしまったが為にお前に一族の重荷を背負わせることになってしまった」

「……………………………………………………」

「八年間、俺に奪われるだけの志貴の命を繋いでくれてありがとう。お前が居てくれたお陰で………いや、お前が居なかったら、志貴もどうなっていたか分からなかった。すまない、そして、ありがとう」

「……………………………………………………」
 
 
 
 

「翡翠」

「……………………………………………………」

「すまなかったな、お前の笑顔を奪うことになってしまって」

「……………………………………………………」

「あの時の約束は果たせそうにない。すまない」

「……………………………………………………」
 
 
 
 

「琥珀」

「………はい、四季様」

「親父と俺と、二代に渡って迷惑をかけた」

「……………………………………………………」

「詫びてすむことじゃないが、すまなかった。それと、ありがとう」

「………な………ぜ………?」

「真実を教えてくれた。痛みに満ちた真実だったが、それはお前にとっての当然の権利だろう。そして、俺に世界に向き合うことを教えてくれた。だから、ありがとう」

「………そん、な」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  三人が三人とも、ぼろぼろと涙を零す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「後のことを押し付けて行くようで悪いが………俺は既に居ない存在だ。ただ、詫びと礼を言いたくてな」

「「「……………………………………………………」」」

「秋葉、翡翠、………琥珀」

「「「……………………………………………………」」」

「後のことは、志貴に託していく。あいつがいるから、大丈夫だろう」

  柔らかな笑顔を浮かべて、

「すまなかった。そして、ありがとう」

  がちゃり、と、扉を開けて、部屋を出て行く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「兄さん!?」「四季様!?」「四季さん!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  部屋の外 ―― 廊下に出ると、廊下の向こう側を歩いて行く着流しの背中。
 
 
 
 

  不意に ――
 
 
 
 

  不意に、その背中が小さく縮んだ。

  歳のころは、8歳か9歳か。

  丁度、反転したころの姿に。

  そして、その向こうには ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「父………さん?」
 
 
 
 

  秋葉が、呆然と立ち竦む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  少年に戻った四季が槙久に手を伸ばす。

  槙久はその手を取ると、振り返った。

  唇が、すまない、と、動く。
 
 
 
 

「……………………………………………………あああ……………………………………………………」
 
 
 
 

  ぺたり、と、廊下にへたり込んで涙をボロボロと零しながら、秋葉はその光景を見詰めた。

  四季と槙久は軽く頭を下げると、背を向けて歩きだした。

  四季が何か槙久に言い、槙久は頭を掻くと、四季を肩車して歩きだした。

  仲の良い、親子のように。

  残された三人は、唯、涙を流しながらその光景を見ていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

[ニュースを片手に]
 
 
 
 

  ピッ、ピッ、ピッ、ポーン………
 
 

「NEWS-TIME」
 
 

  『ソノラ』の奏でるピアノをBGMに、傍らのテーブルに付いていた客の一人が、パーソナル・デッキを前に威勢よく喋り始めた。
 
 

「ニュースの時間です。

  先程、『吸血姫救出作戦(ミッション・ヴァンパイア・セイヴァー)』が収束した、と、オーナーより発表がありました。

  本作戦に参加した人員は、オーナーを始め、オーナーの個人的な『友人』5柱を含む総勢81名。

  内、『特別会員(スペシャルクラス・メンバー)』は4名、『上級会員(ハイクラス・メンバー)』は60名でした。
 
 

  また、妨害工作は3件。

  いずれも、吸血種………『血を吸うモノ』によるものでありましたが、儀式そのものを妨害するには至らなかった、とのことです。
 
 

  吸血種たちの目的は、“力”を手に入れようとしたものが2件、手勢を増やそうとしたものが1件でした。

  “力”を手に入れようとした吸血種は、“力”の反動に耐えられずに自滅。

  手勢を増やそうとした1件では、実質被害は発生しませんでした。

  この状況下において大量発生した『生ける屍』に関しては、『混沌と矛盾の領主』の造り出した『矛盾事項』のひとつとされましたが、通常通り『スコア』としてカウントされることになりました。
 
 

  スコアは、御手許のモニターでご確認下さい。
 
 

  また、本件の吸血種を撃破したのは『シルヴァー・ブリッド』氏で、止め技は『天雷』でした。

  氏の射撃能力の高さを伺わせます。
 
 

  ………続報が入りました。

  本作戦において救出されました『吸血姫』ですが………当店で雇用することが決定されました。

  カクテル・ネームに『ブラッディ・メイ』が贈られ、『死の如き静寂』氏の保護下、『冥府の使い』のひとりとしても任用されることになりました。

  これは、『蘇生儀式』を行った氏の要望によるもので、慢性的な人材不足を抱える『冥府の使い』の人員増強を図ったものと思われます。

  『吸血姫』本人も、当該事項に同意。

  今後、研修期間を経て、ウェイトレスとして“店”で接客を行うことになる、とのことです。
 
 

  さて、次のニュースは ―― 」
 
 

  喋り続ける『D.J.』を視界の端に、私は席を立った。

  彼女が拾った生命をどう使うかは、彼女自身の判断による。

「………願わくば、ささやかな幸せを手に入れんことを」

  静かに呟くと、私は会計をすませ、店の外に出た。

  発生する『矛盾』を極限まで減らし、『世界修正』を彼女自身に及ぼさないようにするために行われた今回の作戦。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  『うまくいった』のは何処までなのか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  『勝利者』は誰なのか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「想い届かぬこの世は現」
 
 

  彼女の時計は、再び回り始める。

  彼女が拾った生命を ―― 押し付けられた『力』を ―― 手に、どのような『生』を送るのか………

  それを知るのは、何処にも居ない。

  唯、彼女の決断のみが、時を刻む。

  『生きる』という『悪夢』。

  夢は、まだまだ終わりそうにない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  end………?

  or continue………?


 
 
 
 
 
 

  This Story has been sponsored by 『MOON TIME』 & 『KAZ23』
  THANKS A LOT!!
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 

後書き………のような駄文。
 
 

  漸く書き上がりました。

  然も、当初の予定とは大幅に違う内容に(汗)

  晶メインのはずが、いろいろ出てくることに。

  難産の割りに………所々で暴走して。

  ネタの繋がりが悪かったので、シーンの断片の集合的な作品になってしまいました。

  ………番外にかまけていた所為でしょうか?

  第玖夜は秋葉ネタ。

  今度はちゃんと書けますように。

  御感想、お待ちしております。

  4月26日、『彼方へFaraway』を聞きながら。

 5月11日、追加事項。
 
 
 
 

  では。

  LOST-WAYでした。
 


Guest Bookへ

メールを送る