木陰で、俺は、幸せな時間を過ごしていた。

  さあぁ………、と、木漏れ日の中、風がそよぐ。

  どこからか、歌声が聞こえてくる。

  俺は、寝そべったまま、手を伸ばし、翡翠の頬に触れた。

  翡翠は、俺の手の上に手を重ねてくれた。

  掌に感じる、翡翠の頬の柔らかさ。

  手の甲に重ねられた、翡翠の手の暖かさ。

「ひすいちゃん」

  我知らず、あの頃に戻った呼び方で。

「なあに?    しきちゃん」

  翡翠も、あの頃の呼び方で。

「ずっと、そばにいてね?」

  翡翠の膝枕で微睡みながら、この手の中の彼女を確かめる。

「うん。ずっとそばにいるよ」

  小首を傾げ、柔らかな笑顔で答えてくれる。

「ずっと………ずっと、しきちゃんのそばにいるよ」

  そうだ。

  俺は、ずっとこの笑顔に支えて貰っていたんだ。

「うん。………ずっといっしょだよ」

  翡翠の膝枕で微睡みながら、この手の中の彼女を確かめる。

  そんな、幸せな、時間 ――
 
 

















月姫カクテル夜話《Green Floral》



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「あら、志貴様。朝早くから、如何なさいました?」

  声を掛けて来たのは、もうすっかりお馴染みになった『ヴィオ』だった。

「いや、なんかさ、『集い』があるみたいだから」

「………『集い』ですか?」

  『ヴィオ』は、心当たりが無いと言った感じで小首を傾げる。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「あー、志貴様だー。志貴様ー」

  店の奥からとてとてと小走りに『チェリー』ちゃんが駆けてきた。

  チェリー・ブラウンのツインテールがピコピコ揺れる。

「ようこそー」

「………『チェリー』、あなたのお客様?」

「うん。今日はね、御主人様の方で、内輪の『集い』があるの」

「そうなの?」

  ああ、それでか。

  お店とは関係のないところでの『集い』なわけか。
 
 
 
 

  ………翡翠が幾分「むっ」とした顔をしているのは………

  俺が他の女の子と親しげに話をしているからなんだろうな、多分………
 
 
 
 

「さ、志貴様、翡翠さん、こちらですよー」

  『チェリー』ちゃんは、俺たちの前に立って先導してくれた。

「『チェリー』ちゃん、今日の『集い』ってさ………」

「くればわかりますよー」

「……………………………………………………………………………………………………」
 
 
 
 

   ―― 即答かい。
 
 
 
 

  そして、俺は、事の起こりを思い出そうとした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「志貴様、お手紙が来ております」

  そもそものきっかけは、[MOON TIME]からの封筒だった。

「………招待状?」

  ぴくり、と、秋葉が反応する。

「はい、[MOON TIME]からです」

「へー。それで、何の招待状ですかー?」

  琥珀さんが興味津々とばかりに聞いてくる。

「じゃあ、読むよ?」

  うっかり隠すより、そのままみんなに聞かせた方がいいと判断し(秋葉を連れて行ったフェアのこともある)俺は、封筒を開けて読み始めた。

「………えーと、お決まりの時候の挨拶に、近状報告………ああ、ここからだな」

  本文の位置を確認し、カレンダーに目をやる。

「………再来週の土曜日に、朝から『集い』があるみたいだ」

  テーブルの上に文書を広げてみせ、みんなに示す。

「翡翠を同伴で、って書いてある」

「………あら、ホントに」

  しばし、秋葉は考える表情をしていたが、

「翡翠、兄さんと一緒に[MOON TIME]へ向かいなさい。屋敷の仕事は前後に振り分けて、時間の都合を付けておきなさい」

「………よろしいのでしょうか?」

「構いません。………琥珀、くれぐれも『入れ替わらない』ように」

「あははー」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そんなワケで、俺は朝からこの店に来ている訳だが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そして、たどり着いたのは、洒落たガーデン・テラス。

  そこには ―― 何というか ―― 不思議な光景が広がっていた。

「……………………………………………………………………………………………………」

  集まっているのは、男女合わせて十人そこそこ。

  『チェリー』ちゃんの御主人様の『セヴンスヘヴン=ミレニアム』もいる。

  なんと言うか………表現するならば、そう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

   ―― メイドを従えた御主人様?
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  その表現以外に、適切なものが考えられない。

  顔馴染みである『チェリー』ちゃんと、彼女の御主人様の『セヴンスヘヴン=ミレニアム』を始め、初対面の人達と自己紹介がてら挨拶を交わし、勧められるまま、ソファに腰を落ち着ける。

  翡翠は、屋敷にいるときと同じように側で控えていた。

  周囲は、お互いに顔馴染みなのか、穏やかに談笑していた。

  アルクェイドにプレゼントしてもらった時計 ―― この店の中の“時間”に対応したヤツだ ―― で、時間を確かめる。

  10時集合の予定で、今現在9時45分頃。

  あと15分、か。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「後誰々だ?」

「えーとー、水夢さんと宮本さんと『水風(みずか)』さんがまだだな」

「水夢さんはもう来るだろ。宮本さんはまた道に迷ってるとか?」

「言えておるの」

「『水風』さん、どうだろな?    あの方、クロマクたちの折衝とかで忙しそうだし」

「今朝、メールで『鳥坂さんコマンド』が入ってたから」

「あー、あれかー」

「………『どわ〜いじょ〜ぶ、もわ〜かしてぇ〜。かるくかあ〜るくなぁ〜〜〜〜〜』の、あれ?」

「そう」

「じゃあ、来るな?」

  わいわいと言い合っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  宮本さんと『水風』さんは解らないけれど、水夢さん、と言うのは、恐らく『額に“水夢”と書かれた謎の生き物』 ―― カクテル・ネーム『未知との遭遇』 ―― のことだろう。

  しかし、今日は何の集いなんだろうか。

  全員の共通項と言えば、『メイドを従えた御主人様』だろう。

  まさか、そんな集いなんじゃないだろうな。
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 

「すまぬ、遅れたか」

  と、声ならぬ ―― 頭に直接響くテレパシーのような ―― 声がした。

「宮本さん」

「うむ、すまぬ」

  のっそり姿を現したのは ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

   ―― 身の丈3メートル以上はありそうな、妙に生々しい漆黒の甲冑姿。

   ―― いや、これが『彼』の身体なのだろう。

  ドラゴンを思わせる頭部に、重甲冑を思わせる外殻。

  RPGに出て来そうな ―― 魔王。

  傍らに控えているのは、不思議な少女だ。

  額には青く澄んだ五角形の水晶が輝き、お尻には、白くて長い ―― 猫のような ―― 尻尾が生えている。

「……………………………………………………………………………………………………」

  存在に、圧倒される。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  続いて現れたのは、どこにでもいそうなラフな格好をした眼鏡の青年と ――

「………あれ?」

  どこかで見たことの在るメイド姿の女性。

「?」

  だれ、だろう?

  よく、わからない。

「遅くなりまして。私で最後ですか?」

「いや、水夢さんがまだ来てない」

  『セヴンスヘヴン』が答える。

「ああ、言われてみれば」

  落ち着いた物腰でソファに腰を下ろす。

「後は水夢さんだけか」

「でも、集合時間にはまだ余裕があるし」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  と ――
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ほらほら、おにいちゃん。はやくはやくー」

「ロリ(語尾)」

  何度か見たことはあるが、実際に言葉を交わすのは初めての、

「すまないロリ。遅れたロリか?」

  額に“水夢”と書かれた謎の生き物 ―― カクテル・ネーム『未知との遭遇』 ―― が姿を現した。

  無論、彼のロリツインテールネコミミネコシッポデカリボンイモウトメイドである『マヤ』ちゃんも一緒に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「さて、揃いましたね」

「じゃあ、『マヤ』ちゃん」

「は?い」

  すっ、と、姿勢を正してみんなに向けて、一礼すると、

「只今より、第27回、『メイドリアン・ソサエティ』定例会(コンベンション)を開催致します!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(しばらくお待ち下さい)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………『メイドリアン・ソサエティ』………ですか?」

  恐る恐る聞いた質問に、きぱーりとばかりに即答が返る。

「そうです」

  ………妙な想像をしてしまう。
 
 
 
 

  ここにいる人達が全員、『ロッキー』の有名なワンシーンの如く ――
 
 
 
 

「その想像は間違いです」

「………違いますか?」

「違います。……………………………………………………まあ、一概に『そう』とは言い切れませんけれど」

  じゃあ、何だろう。

  よく、わからない。

  でも、その前に。

  心の中の声にまで突っ込みを入れないで下さい頼むから。

「『メイドリアン・ソサエティ』。発起人は『チェリー』ちゃんです」

  ………『チェリー』ちゃんが?

  そう考えながら、視線を向ける。ソファに座った『セヴンスヘヴン』の後ろに控えて立つ彼女は、屋敷での翡翠と同じく『メイド』としてのプロ意識を持った、『仕える者』の立場を弁えたものだった。

「………じゃあ、何のために?」

「よくぞ聞いて下さいました!」

  ざっ、と、メイドさんたち ―― 除く翡翠 ―― が、姿勢を正し、すっ、と、息を吸い込む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「メイドのっ!    メイドによるっっ!!    メイドのためのっっっ!!!」

  メイドさん全員が ―― 除く翡翠 ―― 唱和する。

「御主人様にッッ!!!!

  御奉仕するためのッッ!!!!

  集いッッ!!!!

  それが………それこそがッッッ!!!!!

  『メイドリアン・ソサエティ』ッッッッ!!!!!!」
 
 
 
 

   ―― 大絶叫。
 
 
 
 

「メイドさんの御奉仕は
 
 世界一イイイイイイィィィィィィィィィ!!!」

  うおー、と、拳を突き上げて絶叫。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(しばらくお待ち下さい)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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