豊臣、上杉、武田の三大勢力が徒党を組み、徳川と北条を圧倒すべく画策しているとの報を受け、服部半蔵は急ぎ三勢力の代表が集っているという地に向かった。

到着したころには丑三つ時となっていたが、屋敷の中にはまだ灯りがあった。
服部半蔵は音も立てずに屋根裏に這い上がる。天井板の隙間から灯りのこぼれる座敷を覗くと、三人の男が集まって座っていた。
三人は手に手に小さな燭台をもっており、蝋燭の灯りが三つ分頼りなく揺れていた。
半蔵は目を見張る。
集う三名、
一人は直江兼続、上杉家をささえる名家老である。
一人は真田幸村、半蔵が戦場で相まみえたこともある、武田軍の雄である。
一人は石田三成、豊臣秀吉の懐刀とうたわれる治部少輔である。
時間が遅いだけに寝巻きではあるが、一様に真剣な面差しで向かい合っている。
なるほど三勢力画策の報は真実であったらしい。
半蔵は徳川の危機に改めて息を飲んだ。

「では、はじめようか」
直江兼続の重くるしい声音に幸村、三成の二人もゆっくりとうなずいた。






「昔々、雪山で十人くらいの若者が合宿をしたのだそうだ」
兼続がそう口火をきった。

一見無関係そうなこの出だしにも、なにかの符号、暗号が含まれているのかもしれない。
「札遊びなどしていて、もうそろそろ寝ようかというときに。コンコン、と」
暗がりの座敷に蝋燭の炎だけがゆれる。
二人は兼続の言葉に聞き入っている。半蔵もしかり。
「扉を叩く音がするんだ。外は嵐なのにこんな雪山の山小屋におかしいなと思って、一人が扉のほうへ行ったんだ。・・・すると」
いったいなんの話なんだかさっぱりである。
「その中に一人、霊感の強い男がいてな。突然、”扉をあけてはいけない”と言うんだ」
「かかか兼続殿、いいい一旦休憩でも」
「何を言っている幸村、百物語は始まったばかりではないか」
「三成殿・・・しかしそもそも三人しかいなくて蝋燭三本でこれは三物語なのでは」
「百も人の怪談を聞いているなど時間の無駄だ。三人くらいが効率がよかろう」
と、言いながらも三成の持つ燭台がカタカタ震えていた。
「なんだ、二人とも怖いのか」
「私は怖くなどない」
「三成殿、手が震えていらっしゃいます」
「そ、そういう幸村こそ声が震えておるではないか!」

一方、半蔵であるが
あれ?
と事態の奇妙さ気付きはじめた。

「わかった。ではこの直江兼続の怖い話は真打ということにして、先に幸村が話すことにすればよかろう」
「ふん、手並み拝見といこうか」
幸村には怖い話などできまい、と決め付ける二人にむっとして、幸村はやる気をみなぎらせた。
「私とて、怖い話の一つや二つご披露できます」
いきり立つ鼻息で幸村の蝋燭の炎がゆらゆら揺れる。
「昔、あるところに母君をなくした兄妹がいたそうなんです」
「ほう、幸村にしてはそれらしいで出だしではないか」
「こら三成、ちゃちゃを入れてやるな」
二人は真剣に耳を傾け始めた。
半蔵は引き気味に耳を傾ける。もしかしたら、本当に万が一の可能性ではあるが、半蔵が屋根裏にいることを察知して、アホなふりでかく乱する作戦なのかもしれない。
「二人の兄妹の新しい継母はひどい人で、幼い二人に毎日森の奥まで木の実を拾いに行かせていたそうです。薄暗い、森の奥深くまで・・・」
幸村の声色が怪談らしくなってきた。
下から蝋燭の明かりで顔を照らしているので表情もそれらしく恐ろしくうつる。

「その兄の名をへんぜる、妹の名をぐれてると」


アホだ。
半蔵は屋根裏で確信した。


「妹はグレているのか」
「いえ、ぐれてるという名前だそうです」
「哀れな名前だ・・・謙信様に名づけの相談をすればよかったものを」
「この話は孫市殿にうかがったものなのですが、なんでも美人な妹だったそうですよ」
「それはあの助平の妄想であろう」
三成は秀吉を頻繁に色町に誘いに来る孫市のことを良く思っていないらしい。

幸村は話を続ける。
やがてその兄妹が茶菓子の家で陰陽師の老婆を倒すまでの顛末をさも恐ろしげに語り終えた。

「めでたし、めでたし・・・」

と話を結んで、幸村は自分の蝋燭の炎を吹き消した。
本来百物語は百の怪談をして百の蝋燭を吹き消していくものである。

怪談が「めでたし、めでたし」で終わってどうする!と屋根裏で無言でイライラする。
ふっと見れば兼続は目頭を押さえていた。

「なんたる・・・っ、悲劇・・・!」

兼続は涙を落とさん勢いである。

「老人が子供を食おうとし、年端も行かぬ子供が老人を殺める世とは世知辛いものだな」

兼続と三成はおさな子が老婆を火にくべるに至った世を嘆いた。
ツッコミのないその座敷こそ、三匹の魍魎の住まう恐ろしい空間のように半蔵には思えてならない。

「気を取り直して三成。おまえの番だぞ」
「うむ」
「三成殿のお話は怖そうですね」
「顔が怖いからな」
「怒らせたいのかおまえたち」
三成は表情をさらに凶悪にして二人を睨んだ。
そして黙った。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「なんだ考えてなかったのか」
兼続にあきれた顔をされて、三成はさらに凶悪な表情で考えて、考えて、考えた。
「・・・み、三成殿、それほど思いつかなければ”一回休み”で兼続殿の番でも」
「そうだな。三成は”一回休み”で私に任せておけ」
二人はそれほど誇張して言ったわけではないのに、プライドの高い三成には”一回休み”というフレーズがやたらと気に障ったらしい。

そして、三成は怖い話を喉から絞りだした。

「・・・ぬ」

「え?三成殿今なんと」
「声が小さくて聞こえなかった」

三成はうつむいていた顔をがばっとあげて、声を張り上げた。





「秀吉様が死ぬ!」

































「秀吉様が・・・殿が・・・死・・・・うっ」

ぐす、と鼻をすする音がして三成は俯き肩を震わせながら自分の蝋燭の炎を吹き消した。
泣きそう。
石田三成にとっては豊臣秀吉の死は何よりも恐ろしく、想像するだに身の毛もよだつ怖い話なのである。まぎれもなく怖い話なのであろうが怖いのは当人だけである。
ちなみにまだ豊臣秀吉はピンピンしている。

半蔵は思わずゴッ!と天井板に額をぶつけたが、座敷は三成の動揺をなだめるのに必死て気付かれなかったのは幸いである。

「みみみ三成殿大丈夫ですよ。秀吉公はぜんぜん生きてますよ!」
「そうだとも三成!大丈夫だ、大丈夫だからっ。そうだ幸村が何か次の怖い話をしてくれるらしいぞ、なあ幸村」
「ええ!?」
「さあ、はりきって話せ」

態度のわりに案外殿大好きらしい三成の背を叩いて励ましていた兼続は、幸村を肘で小突く。

「そ、そんな突然ふられても」
なんか話せ、なんでもいいから話せと無言で見られる。
「え、えーと・・・」
俯いていた三成にもちら、と見られて幸村は断崖絶壁に立たされている心地だ。
ここで踏ん張らなくては武士の名折れ。

「ええと・・・昔、むかしぃ・・・その・・・」

いざ!なにか!


















「お館様が死ぬ」



真田幸村が泣いた。
天井裏の半蔵はとてもとても、駿府に帰りたい気持ちでいっぱいになった。

「おまえまで泣いてどうするんだ」
「だってお館様が・・・お館様が・・・」
「ピンピンしているではないか」

もはや兼続の言葉は彼らには届かない。
ぐずるいい年の男二人の間で、兼続は困り果てた。

「二人とも、じゃあさっきの私の怖い話の続きを」
「うくっ・・・秀吉様・・・」
「お館様がァお館様がァ」
「あの話の続きはな、だからこう、おばけがいっぱいわーってな、わーって」
「っ・・・秀吉様・・・」
「お館様がァお館様がァァァ」
「わーっ!って・・・わー・・・」

鼻をすすって肩をひくつかせる三成と
膝の上にぎゅっと拳をつくってその上にぱたぱた涙をおとす幸村と
最初に百物語をしようと言った言いだしっぺ兼続
「ふたりとも、少しは落ち着いて人の話をきいてくれないか」
まさか三成も幸村も、兼続から「人の話をきけ」と怒られるとは予想だにしなかったろう。あいにく声は届いていないが。
兼続はくやしくて唇をぐっと噛んだ。
「おまえたちがそういう態度なら私とて、私とてっ」








「謙信様が死、ん・・・ぬぅううう」




がばっと突っ伏して床を拳で叩きながら嗚咽が始まった。

「げんじんざばばいばぐだるだらどもびばいびばずうううう!」
(訳:謙信様がいなくなるならともに参ります」

兼続の滝のような涙で最後の蝋燭の炎がぷつりと消えた。



暗・転






***



家康は、怪我をしていないのにぼろぼろになって戻ってきた半蔵に尋ねた。

「して、三陣営の様子は」

「絶対勝てまする」



おしまい