「それすっげウケんね!あたかもペットボトルのようだよ!」
「あはは九龍くん超笑いすぎなんだけど!あははは」
「ひーひーお腹いたい片腹いたいよ!笑いすぎて片腹痛し」
「あははっは!」

とやっちーと笑った昼休み
いまは五時間目
そとは晴れている
先生はヒナ先生
オレの手にはシャーペンと、手の下には古文のノート

「はい、ここ大切だから覚えてねー」

寝てた生徒やマンガ読んでた生徒もばっとシャーペンをつかんで黄色いチョークで書かれた古語を書き写していく。
オレはその文字を半ばまで書いてシャー芯が折れてしまった。
あの黄色い文字をオレはいつまで覚えているだろうか
また別の国へ行くときにオレはこの古文のノートを持っていくだろうか。
いかないよ。身軽でなければトレジャーハンターなんてやってられない。
ああいけねー
こういう思考は無駄だしいけない
寝よう
うん
それがいい
机に突っ伏す。
突っ伏したままふと目を開けると腕の隙間から皆守の席が見えた。
え、なんでおまえこっち見てんの。
つーか目、合ってる。

これ
どうすっぺ。
おれは皆守の視線なんかに気付かなかったふりをして目をぎゅっとつむった。
額を古文のノートにおしつける。
おれはいつまで覚えているだろうか

「ここもテスト出すから、わすれちゃダメよ〜」



チャイム はやく 鳴れ

















「九龍くーん、おっはよ!」
「・・・ん、うおう」

やっちーの声で目が覚めた。顔を上げてみたらみんな帰る準備をしていた。

「あはははは!九龍くんおでこにノートの文字映ってるよ」

やっちーは手鏡を貸してくれてオレは自分をうつしてみた。
やべ。
笑ってねえよおれ。

「うおおおおおお!ホントだっ」

思いっきりリアクションをとるとやっちーは昼休みのときのように盛大に笑った。



「よかったんじゃねえの」

ダルダルな声が後ろから聞こえた。さっき、オレはこいつから目をそらした。

「それで頭に入ったろ、その古語」

皆守は頬の片端だけあげてにっと笑った。なんか含んでる顔だよこれ。

「そうそうこれでカンペキに暗記して頭にはいったっていうか頭にはりついてますからコレ!」

ノリ突っ込みに対し、やっちーはめっちゃ喜んでくれている。のにこいつときたらなんだよその顔は。無理しちゃって、みたいな見透かした顔はむか
つくんですけど!

「あ、いけない。あたし部活行かなきゃ」
「残念だよやっちー、また明日までお別れなんて」
「あたしもよ九龍くん」
「マイハニー、名残惜しいから女子更衣室の中までご一緒してあげたいところだけどお縄になってしまうのでここでお別れだ」
「ダーリン・・・あたしの部活が終わるまで待っててくれるという選択肢はないのね」
「ごめんよハニー、ルパン三世の再放送が見たいんだ許しておくれ」
「いつまでこのコントは続くんだ?」
「じゃねやっちー!またねー!」
「ばいば〜い!」

やっちーが帰ると、教室にオレと皆守だけになっていたのに気付いた。
しんとする。



「帰るか」
「おう」



階段を下りる間、オレはルパン三世の物真似をしたり、不二子ちゃんの物真似をしたり、次元の物真似をしたりしてみたけどなんか静かだった。上履きのゴム音ばっかり響いてる気がする。オレより少し前を歩く皆守はオレの物真似に対して「ああ」とか「うん」とかしか応えなかった。絶対聞いてないし。
オレは五右衛門の物真似をしようとしてやめた。
不毛だ。
皆守はオレがちょっとテンションおかしいのに気付いちゃってるぽい。
だからオレはテンションおかしいのを隠そうとすればするほど空回りをしてみじめになる。
ああ、ほんとおまえって奴は・・・

と、皆守の後頭部を忌々しく見てみる。

う〜ん

はたして、オレはこいつをいつまで覚えているだろうか

西日がオレをセンチメンタルにしていく。
昇降口で上履きをしまった。

「おまえさ」

皆守は靴を昇降口に落とした。パン、と靴の音が昇降口全体に反響した。
なんかしゃべるときはせめてこっち向いてしゃべれよ。卑怯だよ。

「いい加減にしろよ」
「え?なにを?」
「わかってんだろ」
「わかんないよ、なにさ」
「そんなに覚えてたいのかよ」
「っ」

心臓がどくどくする。オレは別におまえを忘れたりやっちーをわすれたり鎌治をわすれたりとかそういうの絶対ないってマジありえないって、だってオレけっこうたのしいんだぜ今、すげーたのしいのに忘れるわけないじゃんだってだって、おれもう18だし18の思い出とかなら覚えてられるだろう普通、ふつう、よく知らないけどおまえみたいなイギリス人にあったからおまえの記憶にそのイギリス人が上書きされたりやっちーみたいなブラジル人にあったからやっちーの存在に上書きされちゃったり鎌治みたいな動物と触れ合ったから鎌治の思い出に上書きされちゃったりとか、そういうもんじゃないだろ!消えないだろ普通!ばかじゃないの!ばかじゃないの!つーかおまえなんでオレがおセンチになっちゃったこと見抜いての!
むかつく!
友だちだからってすごすぎ!
ダルいくせに
ダルダルのくせに
ダルダルダルのくせに!


「しらねえよばかやろう!おまえなんかイギリス人に上書きされちまえ!」


昇降口は響く
誰もいなかったのが幸いだけど、目の前に皆守甲太郎がいる。
しかもこっち見てる。
しかもオレの声にびっくりしてる。
しかもオレちょっと泣きそう
最悪


「ご、ごめ。甲ちゃん」
「・・・」
「オレ今日その、生理前で」
「でこ」
「はい?」
「でこ、いつまで跡つけたままでいるんだ、そんなにその古語覚えてたいのかよ、って言ったんだ」



今おれはオレの毛穴と言う毛穴から男汁を噴出しているに違いない。



「イギリス人てなんだよ」
「・・・が、がいこくのひと」
「ふざけてんなら先いくぞ」

皆守はさっさと靴を履くと校庭に出て行ってしまった。
しゃくだ。
しゃくに障る。
障りまくる。
これじゃオレ、大敗だ。やだ!

靴をつっかけて皆守をおいかけた。皆守は少し先で待ってた。
走ってきた赤面のオレを肩越しに振り返って、にっと笑った。
完敗じゃんこれ。

「わ、わらってんじゃないわよ」
「なんでオネエ言葉」
「甲ちゃんが男前だからに決まってんだろ」
「おれがなんでイギリス人に上書きされるのかはしらないが、困ったときってのはカレー食うのが一番だ」
「・・・は、はあ」
「スペシャル俺カレーつくってやるっつってんだ、ありがたく食えよ」
「・・・え、やだちょっとうそ!甲ちゃんてばオレのこと励まそうとしてない?してるよね?してるよねえ!?」
「うっせーなまとわりつくなよっ、オイ!このっ」

オレは蹴られた、振り回された、殴られた、踏まれた、涙出るかと思った。
だってオレいま励まされた。
寮までの夕暮れ
オレは甲ちゃんの半径1メートルに入るのを禁止されたから1メートルだけ間隔をあけて歩いた。
そうしたら甲ちゃんが思い出したように言った。

「おまえ、次元の物真似は似てねえよ?」

あんれま
ちゃんとオレの物真似を聞いててくれたんだ
1メートルといわれていたけど、思わず90センチまで近寄った。

「ねえ、何カレーつくってくれんの?」
「俺カレー」
「わかんねえッス、材料は?」
「レトルトカレーと魚肉」
「魚肉?」
「魚肉」
「スーパーで買ったの?」
「遺跡で千切った」

ちぎった?

あ、あれ、なんだろう今へんなものが脳裏をよぎった
”たかまがはらをうばうつもりか〜”
い、いかん気付いてはいけないものにオレは気付こうとしているっ
”我がたかまがはらをうばうつもりか〜”
ちがうちがうあれは魚じゃない
魚じゃないよ甲ちゃん!



「おまえに全部やるよ」
「・・・あ、あのさオレちょっと今日はお腹が頭痛で」
「一生わすれられない味になるぜ?」



おしまい