「ヘルサレムズ・ロット・ポリス・デパートメントの皆様ですね。お待ちしておりました」

来訪者を圧倒する屋敷の大扉のまえで、老執事がダニエル・ロウ警部とポリスーツ隊を出迎えた。

「おう、邪魔するぜ」

扉の両脇には古風なメイド服を着た若い女二人と、彼女らの上司だろう恰幅のいい女が立っている。体型は違うが手の角度も背の傾斜も指の重なり具合までぴたりと揃って静止しているその姿は、玉座の間へ続く廊下に飾られた中世ヨーロッパの甲冑のように見えた。



「こちらでお待ちください」

案内された先、窓のない重厚なしつらえの部屋では不釣り合いにも猫足の椅子をすすめられた。律儀にポリスーツの部下たちにも猫足が用意されたが、彼らの鋼鉄の尻は到底おさまりそうにない。
ポリスーツ隊はポカンと口をあけて、天井をみあげている。
頭上に絢爛なシャンデリアがかかっているわりに室内はどこか薄暗く、ひどく静かである。
独身寮暮らしのポリスーツ隊は屋敷の威容と厳粛な雰囲気に気圧されて、一様に鋼の甲羅の奥で汗をかきはじめた。
正面にはもう一脚、宝石のちりばめられたビロード張りの椅子がある。

「おまえら、シャキッとしろ」

執事が応接間を出て行き、室内が身内だけになったところでロウは厳しい語調でいった。

「こんなもんは連中の作戦だ。安月給のおまわりさんをギンギラギンの箱に閉じ込めて、すっかりすくみあがったところで事情聴取を優位にすすめようってハラだろうよ」

そういうことだったのかと顔を見合わせ、ポリスーツ隊の顔に自信が戻ってきた。

「そうはHLPDがおろさねえってところを見せてやれ」

啖呵をきって、ロウは片方の眼をぎらりと光らせた。

そう、今回ばかりは見逃してやるわけにはいかない。
ライブラがしゃしゃり出てきたあのキングスライム事件だけならもみ消してやらんでもなかったが、野次馬と警察の見ている目の前で100の血界の眷属まで登場されたとあっては、さらにその血界の眷属にとりかこまれて記念撮影をしていた女がライブラの関係者らしいという情報が耳に届いたなら、なおさらだ。
すぐにでも事情聴取しなければならないところを、怪我をしたという女の回復を一か月半も待ってやったうえここまで出張ってきてやったのだから感謝されていいくらいだと思っている。
ロウは腕組みして椅子にふんぞりかえり(いやに座り心地のいい椅子だな)と感心しそうになったのを振り払って、かたい表情をつくった。

物音がしたのはその時だった。

振り返ると、自分たちが入って来たのとは別の扉からさきほどの執事が出てきて、扉の横にぴっと立った。

「王女殿下のおでましです」

執事の言葉にもぎょっとしたが、ライブラのボスにエスコートされて扉の奥からあらわれた女を見、二度驚いた。
女は裾の大きく広がったドレスを身に纏い、きれいに結い上げられた頭には銀色に輝くティアラを戴いている。えんじ色の絨毯に蓮歩をはこび、正面の玉座のまえに立った姿はまさに高貴のひとである。
不覚、ロウは何度も強くまばたきした。
ダークスーツを着たスターフェイズと入口で出迎えたメイドたちもあとに続いて、そう多くない屋敷のキャスト総出でドレスの女の後ろにうやうやしく控えた。
クラウス・V・ラインヘルツとスティーブン・A・スターフェイズを両翼にしたがえ、世にも優雅に微笑む女がHLPDの警察官の姿をゆっくりと見渡した。
真面目な顔をしたスターフェイズが一歩前に出る。

「畏れ多くも猊下に申し上げます」
「げ、げいか?」
「こちらはヘルサレムズ・ロット・ポリス・デパートメントのダニエル・ロウ警部と機動装甲警官隊の皆様です」

あっけにとられている間に、メイドのひとりが王女様だか猊下様だかの斜め前にひざまずき、右手についていた長手袋をはずした。

「…」
「…」
「…」

次のイベントが何も起こらないまま、みょうな沈黙がおちてきた。
なんの間だ、これは。なに待ちだ?
メイドたちが驚愕ののち、けがらわしいものでも見るような目でこちらを睨みはじめた。
俺?いやまだ何もしてねえだろ
なぜ睨まれているのかさっぱりわからなかったロウに、後ろのポリスーツのひとりが蟻のような声で教えてくれた。

(け、警部、これは手にキスする挨拶のやつじゃないっすかね)
「手にキスだぁ!?」

思わず声をあげると王女のとりまき全員がこちらを睨んだ。微笑みを絶やさずにいるのは真ん中の女だけで、無言の命令でメイドに長手袋をつけなおさせると、

「お会いできて光栄です」

と、手にキスする挨拶はスキップしたようで、むこうから挨拶をした。
当然だ、どこの世界に事情聴取で手にキスする警察官がいる。ロウは心の中で吐き捨てた。同時に、相手の様子を冷静に観察することも怠ってはいなかった。
のっけから茶番が飛び出したが、怪我をしたというのは本当だったようだ。
この部屋に入ってきた時から、屋敷のあるじ、クラウス・V・ラインヘルツの手を借りて玉座に腰かけた今まで、手袋に隠された左手はぴくりとも動かない。右に比べてやけに左腕が痩せ細っている。そのアンバランスさをしてもなおとびきりの美人であることには変わりない。むしろそのスキがちょっとエロくさえある。腰、ほっそ…
冷静に観察していたはずが気づけばくびれに眼を奪われていて、ロウは咳払いをして唇の端を無理やりに持ち上げ(その手にはのってやんねえぜ)とばかり悪い警部さんの顔をつくった。あ、鎖骨もいい。

「ハロー。療養中のところ悪いな。あんたには聞っ」

お姫様の取り巻きが一斉にくわと目を剥き、体が後ろにひっぱられるような風圧に椅子ごとひっくり返るところだった。
言葉にされずともわかる、向けられたのは無礼者を咎めるそれだった。
鎖骨見たからか?
ロウはもう一度咳払いして、鎖骨から相手の眼へ視線を移し、本題に入ることにした。

「これからあんたに」
「ひっ」

メイドがひとり、細く息を吸い込んで口を手で覆うと、わなわなと震えだした。

(け、警部!たぶんですけど、“あんた”呼びがまずいんじゃないでしょうか。あのかた王女様みたいですし…)
「あ゛ぁ゛?!」

ポリスーツ連中は完全に相手のペースに呑みこまれて、礼を失しているのはこちらのほうだと思い込んでいる。

「……あなた様に、だなぁ」

呑まれてやるわけにはいかないが、話を前に進めるためだ。これくらいは腹におさめてやることにした。

「この前のキングスライム事件と血界の眷属100集合の事案に関して、いくつか事情をきかせてもらう。すまんが上からのお達しでな。じゃ、さっそくだがまずはそちらさんの」
「ひっ!」

むかついてきたな。

「あ・な・た・様の身分証かなんかあるか?」

取り巻きと苛立つロウとは異なる次元にいるような微笑をたたえて、女は胸元できらめくペンダントにそっと手をあてた。

「このペンダントは我が祖国の王室に代々伝わるものです。わたくしは母からこれを譲り受け、母は祖母から、連綿と受け継いでまいりました。これは身分の証となるでしょうか」

「ならない」

王女様は残念そうに手をお膝にもどし、メイドたちは「なんと無礼な」と眉をひそめる。

「無いなら無いでいい。ここじゃよくあることだ。それなら口頭で質問していくから正直に答えるように」
「この地に暮らす生命と、ひいては人界の平穏を守るみなさまのお役目にすこしでも力となれるのでしたら、嬉しく思います。…それから、恥ずかしながらわたくし昔から探偵小説が大好きで、いまとても胸がドキドキしていますの」
「ああそうそりゃよかった。おい、ぼーっとしねえで調書とれ」

神々しい姿に不意に少女の明るさがまじったのに見蕩れてぼうっとしていたうしろのポリスーツをぶん殴ると、がちゃがちゃいわせて動きだした。

「じゃ、まずアナタサマのオ名前から」

ポリスーツが記録をとる準備を整えたのを確認してから、女は落ち着いた美女の姿に立ち戻り、ゆったりと話しだした。

「二十二子と申します」
「変わった名前だな、そりゃファミリーネームか?」
「いえ」
「…、ファーストネーム?」
「いいえ」
「ミドル?」
「いいえ」
「もう一回聞く、アナタサマのフルネームは?」

ガタ!と音がして若いメイドが一人、あまりのロウの無礼さに倒れた。
取り巻き全員が今日最大の眼球の剥きだし方をしてロウを痛烈に批判している。
こいつらどうにかしろよと、借りもあれば貸しもあるスターフェイズに視線を送るも、スターフェイズは王女様の横で微動だにせず、ほかの取り巻きと同じように冷ややかな視線をロウに向けるばかりである。今日は完全にそっち側というわけだ。

「おそれおおくも二十二子猊下の真名を聞き出そうなどとっ」

倒れた若いメイドを抱き起こした恰幅のいい老婦人が、顔を真っ赤にしていきり立った。

「坊ちゃま、猊下の身辺警護とお世話をおおせつかったラインヘルツ家のメイド長として、この狼藉、我慢なりません…!」

しまいには腰のエプロンを目にあててすすり泣きが聞こえ始め、執事がその背をはげました。

「あーもう、わかったわかった、名前はあとだ」

ったく、なんだってんだ。と聞こえないように愚痴ってロウは気を取り直した。

「じゃあ、そちらさんの住所は」

ガタ!と音がして別の若いメイドが卒倒した。

「またかよ」

「ダニエル・ロウ警部」

ずっと黙っていたライブラのボスが重い口を開いた。

「申し訳ないが警護の都合上、お伝えしかねる」

それ以上は一ミリとてこの人の情報への前進を許さない。そう、HLPDの警察官を圧殺するような鬼迫が物語っている。
岩のごとく動かず譲るまいと見えた男を、睫を伏せてわずかに顔を横に向けただけで制したのは名前もわからない白磁の王女様だった。
クラウスの迫力を下がらせて、女は穏やかに続ける。

「いまはここに住まわせてもらっています。この者の屋敷です。別の住まいもありますが、そちらはあいにく宗教上の理由から申し上げることができないのです」

宗教上の理由から申し上げられない住所とはどんな住所だと事情聴取抜きで気にかかるが、そこにつっかかるとまた誰かしら卒倒するだろうからロウは疑問を喉の中に押しとどめた。紅茶とお花の話以外できなそうな見てくれだが、案外あの真ん中の異次元の美人がこの中では一番まともに話せる相手なのかもしれない。

「次の質問だ。職業は?」

ガタ!
はいはい

「クラウスの従妹です」
「うん?」
「姫様、それは私との続柄を質問されたときのお答えかと」

大男が身をかがめて耳打ちした声はそっくりおまわりさんたちにも聞こえていた。

「おお、そうでありました。ロウ警部、混乱させてしまい申し訳ありません。家事手伝いです」

「…」

スターフェイズが(痛恨)という顔をしている。シナリオ担当はヤツらしい。
スターフェイズをぎろりと睨みあげるが、途端につんと澄ましてまぶたを閉じやがる。
ロウの堪忍袋に亀裂がはしった。
しかし寸でのところで耐えた。
目の前にいるのは秘密結社が秘密にしたがるあやしすぎる女だが一応本物のけが人だ。それに、ここで怒鳴り散らしてしまったなら、暴力的な警官から王女をお守りするとかなんとか言って強引に追い出されかねない。
獣のような息遣いで怒りをこらえ、頬をひきつらせて基本項目の質問を続けた。

「年齢は」
「ダニエル・ロウ警部」

王女様がなにか言うまえにクラウスが低い声で口をはさんだ。
かくして、ロウの堪忍袋はわりと簡単にはじけ飛んだのだった。

「てめえらいい加減にしろよ!今度はなんだってんだ!」

「…レディに年齢を尋ねるのはマナー違反ではないだろうか」

ロウはがっくりとうなだれた。
事情を聞く前に疲れ果て、やけくそに最後に虫の息で「…好きな食べ物は」と尋ねると

「シュリンプサンドが好きです」

と満面の笑みがかえってきた。










「もうお帰りになられるのですか」

事件の事情聴取にきたのに、事情はおろか名前すら聞けないまま好きな食べ物だけ記録して帰ることにしたHLPDの警察官をまえに、二十二子と名乗った王女様だか猊下様だかは本心から残念そうに眉根を寄せた。これをなだめるようにスターフェイズが寄り添う。

「おそれながら猊下、この街では警察の庇護を必要とする者たちが大勢おります。長くおひきとめすることは難しいかと存じます」

なるほど確かにそうである、という風に女はうなずき、玉座から立ちあがった。すかさずクラウスが一歩前にでてスマートに手をかすと、女はロウの目の前までやってきた。
ちょっと人よりいい嗅覚がかすかに消毒液の匂いを吸った。間近でみると肌が白いというか、もはや青白い。

「クラウス」

長手袋をした右腕の腹を横のラインヘルツの坊ちゃんに差し出すと、大男の武骨な指が繊細な留め金をせっせとはずして、手袋をあずかった。
…こりゃ手にキスするやつか?
作法がわからず一瞬ロウは身構えたが、白い手のひらはごく普通に差し出された。

「わざわざのお運びにも関わらず、立派なお役目のみなさまにお伝えできかねることがらがいくつもあったことをお詫びします。どうか、お怪我をなさいませんように」

この声の深さとまなざしの強さばかりは、スターフェイズのシナリオにはなかっただろう。あの腹の立つ答えもスターフェイズに無理やり言わされていたのだと思えば、この美人単体に対する怒りというのはどうにも湧いてこなかった。
ロウはポケットにつっこんでいた手を取り出し握手を交わした。やわらかくて冷たい、ちいさな手だ。

「なに、一回目の事情聴取がうまくいかないなんてことはよくあることだ。こういうのはゆっくり時間をかけて何べんもやるもんなんだよ。じわじわ追い詰めてな。あんたが読んだ本もそうだったろ」
「そうでした」
「というわけで、次はいつにするか。金曜日のディナーならあんたのために空けてあるが」

はにかんで笑うと、すましているよりべらぼうにめんこいぜ。
そう褒めないでおくのは隣の大男がさっきから女の死角である上空からもの凄い殺気を放っているからだ。
不意に女の手から力が抜けた。
握手のおわりかと思ったがロウは逆に女の手を強く握った。

「おいっ、どうした!」
「姫様!」

手どころか全身から力が抜け、その場に座り込みそうになった女の手と背中とを支えた。
消毒液ばかりではないいい匂いといい感触があったが、いい感触はすぐにロウの腕から消え去った。女がいたはずの場所には今は大男の腕が割って入っている。

「…」

女の体をとりあげたクラウス・V・ラインヘルツのこの行動も、ロウの無礼を咎めてのことだろうか。メイドやスターフェイズが血相かいて駆け寄ってきた。

「ギルベルト、痛み止めの薬を」
「はい、坊ちゃま」
「メイドたちは入浴とご寝所の用意を。私がお運びする」
「はい、坊ちゃま」

両腕で抱え上げ、クラウスはロウを見て頭をさげた。

「お見送りできず申し訳ないが」
「アホか!んなこたぁどうでもいい!」

きゅうに叱られてクラウスは目をぱちくりとやる。

「おまえらなあ、そんなに大切なお嬢ちゃんならちゃんと治ってから俺らを呼べよ。かわいそうだろうがっ」
「かえす言葉もない」
「おまえもだぞスターフェイズ」

大男の後ろに隠れていたシナリオ担当のスターフェイズは、ぐったりしている女の姿を前にしてさすがに反省したのか、なんとも苦々しい表情で唇を引き結んでいる。

「てめえら、次こんなことやったらテキトーな罪状つけてしょっぴくからな!」

スターフェイズにビシっとさし向けた人差し指を、白くて冷たい手が包み込んだ。
クラウスの腕の中から、まぶたの重そうなお姫様が微笑む唇の形をつくってロウを見つめていた。人差し指がちょっと揺らされ、握手のつもりらしい。スターフェイズに言いたいことはまだまだあったが、毒気もぬかれる。

「…早くよくなるといいな」
「ありがとう」

人差し指の握手でさよならをして、ダニエル・ロウ警部とポリスーツ隊は誰にも見送られることなく、ラインヘルツ邸をあとにした。






***



HLPD御一行が部屋を出て行ってしばらくすると、クラウスの腕の中からがひょっこり顔を出した。

「うまくできたでしょうか」

スティーブンは拍手して笑う。

「迫真の演技でしたよ」
「よかった。スティーブンにそういってもらえると勇気がわきます」

どういう意味だろうか…というのはさておき、スティーブンのたてた作戦は見事成功をおさめ、HLPDは二十二子という謎の呼称と好物だけを覚えて、しまいにはに同情さえして帰って行ったわけである。これでしばらくは突っかかってこないだろう。なに、これは親切でやったことだ。彼女の正体に肉薄したなら彼女の祖国の006部隊がHLPDを根絶やしにすべくやってくる。そういってクラウスを納得させ、やったことだった。

「クラウスも上手でしたよ」

に褒められてクラウスは照れているような困っているような表情をうかべた。しかしどこか元気がない。

「どうしたのです、具合が悪いのですか。重いでしょう、降ろして」
「…私は」

クラウスは降ろさなかった。

「演技とわかっていてもあなたが苦しむ姿はこたえる」

二人して黙り込み、がクラウスの胸にそっと頭を預けたのを見る前に、スティーブンは踵をかえし無言で部屋から退散した。
ため息なんかはしなくてよかった。廊下に出ると扉に耳をあてているメイドたちと執事の姿がそこにあったから。
スティーブンと目が合うとメイドたちはほほほと口元を隠して笑い、ギルベルトはピシっと姿勢を正して廊下の向こうを手のひらで指し示した。

「お疲れ様でした。あちらの部屋で紅茶をご用意しましょう」

真面目で忠実な家来たちと見えて、案外こういうことをするから、スティーブンはこの人たちがそれほど嫌いではない。そそくさと全員が歩き出したところでスティーブンはメイドに尋ねた。

「それにしても見事な特殊メイクでしたね」

彼女らはがHLで負傷したとの報をうけ、ラインヘルツ家の長兄の命令で二日後にこちらに送り込まれたの世話係だった。こう見えてコンバット・メイドだそうだから多才である。

「最後は本当に青白く見えて心配したほどですよ。時間によって色の変わるおしろいを?」

メイドたちはきょとんとした様子で顔をみあわせ、それからスティーブンを見上げた。

「いえ?わたくしどもが猊下に特殊メイクなど、畏れ多いことですわ」
「え?」
「猊下のご生家から普段お使いの化粧品を伺ってまいりましたので、今回も同じものを」

「…」
「…」
「…」



「クラウス!!さっきの演技じゃない!早く休ませろ!」












***



は平気な演技がめっぽう上手いと知ったスティーブンの声か廊下に響き渡ったのは、幸いにもHLPDの警察官たちがラインヘルツの屋敷の重い扉を出たあとだった。
外の空気を吸った途端、独身ポリスーツ隊はきゅうに元気になった。

「いやあ猊下ちゃんメチャクチャかわいかったッスねー!」
「いいなー警部いいなー!手ェ握って」
「最後の倒れたとき、あれ警部くびれ触ってましたよね!?」
「オレなんて話し聞いてるあいだもう五回は抱きましたよ!」
「最後真下に来てくれたから谷間見えた…」

「うるせえぞてめえら」

鋼鉄の体をガチャガチャいわせて身悶える若者を、ダニエル・ロウは冷静に諌めた。
一瞬のこととはいえ、あの美人の体に触れることができたというのに微塵も興奮した様子のない、さぞ経験豊富なのだろうダニエル・ロウ警部に、ポリスーツ隊は尊敬の念を覚えた。

「うわついて聴取の記録とれてないなんてことねえだろうなぁ」
「だって警部、記録っていったってわかったことシュリンプサンドが好物ってことだけですよ。名前は偽名でしょうし」
「馬鹿野郎、俺が言ってんのは映像記録のほうだ」
「それならアイカバーで四六時中記録してるんで、大丈夫ッス」

ポリスーツ隊の眼を覆う装置は眼の保護のみならず、ズームに各種センサーモードへの切り替え、情報閲覧、映像撮影もできる優秀な代物だ。

「ならよし。あとでデータコピーして俺に送れ」

ロウが唇の片端をきゅっと持ち上げると、全員がはっと気づいて雄叫びをあげた。
今夜のおかずはごちそうだ!
やったあやったあ!と明るい声をさえぎって、繊細なガラス細工を床にたたきつけるような音が連続した。
足元にはガラス片と金属片が散らばっている。
見上げるとポリスーツの顔からアイカバーがきれいになくなっている。コメカミの記憶媒体ごとだ。
しかしなかの連中は傷一つ負っていない。

ポリスーツ隊は慌てて銃を構えたが、霧深い夕暮れ空を見上げたロウは静かにタバコに火をつけた。

「TSUTAYAでも行くか…」



精密な狙撃をやってのけた凄腕女スナイパーの、その影すら見つけることは叶わず、帰り道でダニエル・ロウ警部は部下ひとりひとりにアダルト映像作品を奢ったという。



おしまい