クリスマスが突然、明日になった。
とある異界生物が愉快犯的にHLじゅうの時間を大幅に加速し、クリスマスの手前までカレンダーが進んでしまったところでKKの弾丸が愉快犯のコアをぶち抜いたのだ。

「あーづがれだー」

アジトに戻って来るなり、ザップとレオ、ツェッドはソファにだらりともたれて力尽きた。スティーブンも疲労困憊とみえたが大きくため息をついてからどこかに電話をしはじめた。クラウスは表情こそ疲れているようには見えないけれど、服や髪が汚れて、ボロボロの体になっていた。本作戦を成功に導いたKKはというと、
「死ぬほど疲れた!」
と文句を言いながら、愉快犯をぶち抜いたその足で息子たちへのプレゼントを買いにショッピングモールへすっ飛んで行った。
正真正銘元気なのは、チェインと、彼女とともに存在を希釈してアジトに待機していたくらいのものだった。
はヘトヘトの彼らになにかを施してやりたい衝動にかられたが、彼らの上司の上司の上司くらいにあたる自分が動いては逆に気を遣わせてしまうとも知っていたから、ただおとなしく部屋の真ん中に立っていた。しかしやはり落ち着かず、クラウスにちらりと目をやる。

「坊ちゃま、お召替えを」
「うむ…いや、それよりも」

ギルベルトとなにごとかを小さな声で話している。盗み聞きをするようで観察するのもはばかられ、はクラウスの後ろにそびえる大きな窓を見上げることにした。灰色に曇った空から、白い雪が降っている。
そういえば、すこし寒い。
は右手で血流のよくない左腕をこっそりさすった。その肩に仕立てのよいコートがかけられる。
コートをかけたクラウスはその裾がの身長を越えて、床に着いたのを見て、申し訳なさそうにしているから、は微笑んだ。

「ありがとう」
「すぐに部屋を暖めます」
「うん。外は寒かったでしょう」
「それほどでもありませんでした」

平気に笑うから、また優しい嘘をと、は思ったが、クラウスのシャツの袖は炎で焦げたあとがあったので本当なのかもしれない。

「…」

クラウスは黙って汗をほとばしらせている。
なにか言いたげである。
咳払いをした。

「…その、姫様」
「どうしました」
「明日の、クリスマスのディナーを一緒に、いかがでしょうか。…もし、よろしければ」
「ヒュ~ヒュ~」

からかう声をあげたザップの頭に素早くチェインのかかとが落ちた。
アジトにいたライブラ一同が、対面した二人を固唾をのんで見守る。
とはいえ、ほぼ確実だろう。
レオナルドはソファからそう思って見つめていた。というか、ふたりは一緒の屋敷に住んでいるのだから、毎日一緒にディナーをしているんじゃ…というツッコミは今ここでは、あまりに無粋だ。
レオナルドの喉が鳴る。
が動いた。

「ごめんなさい、クラウス。明日は約束があって」

衝撃のあまり、ツェッドとザップは同時にソファから崩れ落ちた。ふたりはこんな時ばかり気があって、OKの一言が聞こえたなら斗流血法カグツチでクラッカーをば鳴り響かせ、斗流血法シナトベで紙ふぶきなど舞い散らせてやろうと思っていたのだ。

「ちょ、ザップさんツェッドさん大丈夫ですか?」

「明日は、ソニックと遊ぶ日なのです」

レオナルドはソファから転がり落ちた末にクラウスの方角へ土下座する姿勢で静止した。







***



「ごめんなさい!ごめんなさい!どうかキャンセルで!ソニックはキャンセルでお願いします!!グリズマズはオデ、ゾニッグどふたりきりで過ごじだいんでずっっ!!」

まだ今週金曜日がクリスマスでなかったはずの今週月曜日、時間が加速する前にレオナルドと約束し、はソニックと遊べる金曜日を心待ちにしていたのだった。
歯を食いしばり、神々の義眼を血眼にして、おうおう泣いて乞われたので、クラウスは明日、とのクリスマスディナーの機会を得たわけだが、ソニックとの予定をキャンセルされた時ののかなしげな表情を見てしまったなら、まったく喜べなかった。
夜の自室で、クラウスはベッドに腰掛けて卓上の小さな包みを見つめた。あたたかな色の間接照明に、光沢のあるリボンが誇らしげに輝いている。ほんとうは指輪を用意したかったが、あまりに急なクリスマスの到来に用意が整わず、中身はネックレスだ。…急なクリスマスのせいにしたが、まだ指輪を渡す勇気がなかったところに、都合のいい言い訳がやってきただけだと、クラウスはよくわかっていた。
このように情けない男だ、図体ばかり大きくて、心が小さい。小さきものにも負ける始末。

「私が、もっと小さければ好いて…」

思わず口からこぼれた最も情けない言葉をそれ以上言わないように口を堅く結び、クラウスはクリスマスイブの照明をおとした。





































x
































スティーブンのクリスマスの朝は一本の電話ではじまった。

「あぁ、スティーブン、助けてください、わたくし、もう、どうしたらよいか…っ」
「げ、猊下!?」

電話の主はで、ひどく狼狽し、声は涙をこらえるように震えていた。
片手で携帯端末を耳にあてながら、片手でシャツを着、ぴょんぴょん跳ねながら靴下とズボンを穿く。

「落ち着いて、どうなさったんです、いまどちらに?クラウスは?」
「クラウス、が」
「クラウスが!?」
「小さくなってしまいました」







「あー、うー」

ビデオ通話で画面越しに見てもらったKKの見立てによると、生後五か月。クラウスが、なっていた。
スティーブンが駆けつけた時には、どこから出してきたのかクラウス邸のリビングにはすでにベビーベッドが置かれていた。その格子の中から髪の色や目の色にクラウスの面影がありすぎる生後五か月くらいの赤ん坊が仰向けになって、スティーブンを見ていた。
リビングには同じくが慌てて電話したチェインとレオナルド、そして昨晩レオナルドの部屋で男だけのクリスマスブッコロス会を開いて朝まで酔いつぶれていたザップ、ツェッドも揃っていた。

「あいらしすぎて、もう、たまりません…っ」

ベビーベッドを覗き込みながら、が電話と同じ声で目を潤ませていた。

「…はあ」

「わあ、赤ちゃんを抱っこするのなんて初めてです。わ、わ、ぷにぷにしてる」
「ツェッドさん、次こっち、こっちお願いします!」
「その次わたしー」
「わたくしももう一回抱っこしたいです。あぁ、おむつのおしりが、まんまる」

クリスマスの朝起きると赤ん坊になっていたというクラウスがむこうで抱っこリレーされているなか、スティーブンはちょっと離れたところからその様子を眺めていた。その横にはザップもいる。ザップは喫煙者死スベシ!と威嚇され、近づけないそうだ。

「番頭、どーすんスか、アレ」
「ドクター・エステヴェスからちょうど返信がきた。ふむ…一日ほどで元に戻る一過性の呪いだろうって」
「へー、待ってりゃ戻るんなら別にいっすね」
「そう楽観的にいられるものか。この情報が地下に漏れたら血界の眷属は待っちゃくれないさ。言うまでもないことだが、絶対にこのことを口外するなよ」
「さっきミルク飲んでるとこめっちゃ写真撮ってフェイムブックにアップしました」
「絶対零度の槍」






「連中が来たらどうしてくれるんだお前。いや、落ち着けスティーブン。バカが起こしてしまったことをなかったことにはできない。そのうえで対策を、長くて一日、そうたった一日しのげばなんとかなる。一日だ、考えろ自分」

「スティーブン」

ひとりごとを言いながら早足に同じ場所をぐるぐる回っていた男をが呼んだ。

「こちらへ」

床においたクッションに座って手招きしている。仕方なく近づいていくと、の腕の中には三頭身ほどのクラウスっぽい赤ん坊が抱かれていた。の胸のあたりに盛大なよだれがついているところを見るに、あのふくらみに顔をうずめたか、しゃぶった指で揉んだに違いない。

「…コホン。猊下、お召し物が」
「かまいません。それよりもスティーブンも抱っこしてみませんか。さっきからずっとスティーブンのほうを見ているのですよ」
「いえ、私は結構です。クラウスがこの状態になってしまった今、対策を考えておかねばなり」
「さあ、クラウス。スティーブンに抱っこしてもらいましょうね」

半ば強引に押し付けられて、また仕方なくスティーブンはクラウスの両の脇を下からすくいあげた。
足は短く、手も短く、首はほぼない。尻がデカいのはおむつだろう。赤髪はさらさらで牙はない。肌はぱっつんぱっつんのつるつるでもちもちだ。おもしろい。

「若返ったなークラウス」
「うー」
「心配するな。一日でもとに戻るらしいから」
「あー」
「はやくもとに戻れよ、でないと世界が壊れる」
「あー」
「…待てよ。クラウス、俺はザップか?」
「なに言ってんスか番頭」

スティーブンが突然、赤ん坊に向かって妙な問いを始めたので、皆一様に目を丸くした。

「うー」
「じゃあ俺は、スティーブンか」
「やべえ番頭が壊れた」
「あー」
「1たす1は3か?」
「うー」
「1たす1は2か?」
「あー」
「はやくもとに戻りたいか?」
「あー!」

赤ん坊のクラウスがここ一番の大きな声をあげた。

「こりゃあ、いつものクラウスの意識もあるな。表現ができないみたいだけど」
「マジっすか。じゃあ今のうちにめちゃくちゃ怖がらせてやったら中の旦那もビビらせてやれるってことか!ヒヒヒヒヒヒ、チャーーーーンス!」

ギラリと眼を光らせ、口を邪悪にひん曲げたザップが手指を不気味に動かしながらスティーブンの腕の中のクラウスにじりじりと近付く。

「うまそうな赤ん坊だ!一口に食っちまうぞぉおおお!べろべろばー」
「殴りに行こうかと思いましたけど、うちの兄弟子こどもには優しいですよね」

ところが

「ふえ」

と聞こえたかと思うと、クラウスは唇を目いっぱいに引き結び、その結び目が波うち、顔を真っ赤にして暴れ出した。

「お、おいおい、どうしたんだクラウス」
「ザップさん!」
「や、オレなんもしてねーし!」
「ミルクかな?」
「さっき飲んだばかりですが」

たくさんの目に覗き込まれて、クラウスは手足を激しくばたつかせる。落ちそうになったのでクラウスの体勢を変えて抱きなおした次の瞬間、スティーブンの腕をなにか熱いものがつたった。いやな予感に二枚目は白目をむいた。ナポリの老舗職人が仕立てた高級オーダースーツがじっとり重くなる。

「ゲ、しっこ漏れてら」
「うわぁ!大丈夫ですか!?」
「あなたのような人が赤ちゃんのおむつ替えができるなんてあやしいと思ったんです」
「ザップさんのやり方じゃやっぱり緩かったんじゃないですか」
「んだとてめえら!おい陰毛!俺が悪ィなら“一番きついところでおむつのシール止めたら苦しそうだからまあいいじゃないですかギョギョギョ~!”とか言ってたお魚も同罪だろううが!腹切れ!腹!キモを出せ!白子!」
「赤ちゃんの前でなんてこと言うのよこのクソ猿!」
「はぁああん?!じゃあおめえのそのクチは汚くねえってのかこのクソ犬オンナ!」
「スティーブン、クラウスをこちらへ」
「いえ、猊下、さすがにそれは」
「かまいません」

程度の低い言い合いを別世界に置き去りに、床に座ったままのが落ち着き払って手を伸ばした。その表情に満ちる、言い尽くせぬ力強さにスティーブンは逆らい難いものを感じて、クラウスをの腕の中に返した。
左手はまだ自由がきかないところがあるが、座りながらなら彼女でも赤子ひとり、抱えることはできる。しかし粗相して汚れたもちもちの足が、スティーブンのスーツの値段など足元にも及ばないようなスカートについているのは、あのままでよいのだろうか。

「さあクラウス、新しいおむつにかえましょうね」

けがれをものともせずに、母の風格ではクラウスを床にゆっくりと寝かせ、ロンパースの股のボタンに指をかけた。
その時である。

「ぶぎゃーー!!うぎゃーーーん!どぎゅぁああああんっっ!」

クラウスは爆発したように泣きはじめた。
短い手足を、頭を、尻を、渾身の力で振りまわす。は思わずロンパースから手をはなした。
あまりの声と暴れっぷりに、取っ組み合いの喧嘩をしていたザップとツェッドも手を止めて、クラウスのまわりを取り囲んだ。

「どうしたのです、クラウス。お腹が痛いのですか」

「ぼぎゃあああん!ぎゃああああああああああん!!」

「おお、おお、どうしたことでしょう。ひとまず、おしめを」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああん!!」

再び伸ばしかけた指を、はひっこめざるを得なかった。

「私、ギルベルトさん呼んでくる」

チェインが素早く廊下に出ていった。なおもクラウスの大暴れは止む気配がない。

「…もしかして」

このクラウスの様子からあることを思いついたレオナルドが、タオルケット越しにクラウスを抱え上げて、ベビーベッドに連れて行った。

「レオさん」
さんは、離れていてください」
「でも」
「いけません!」
「…はい、わかりました」

床にたたきつけるような厳しい声に、は起こしかけた膝をよろよろと屈し、その場からベビーベッドを心配そうに見つめた。ベビーベッドのまわりにはスティーブンと、ツェッド、ザップ、レオナルドがいて、ベッドの中の様子はまったく見えない。ただ声は、が触れようとしたときのような悲鳴ではなく、すこしむずがる程度だった。
は打ちひしがれた。
嫌われてしまった。なにかとてつもなく気に障ることをしてしまったのだ。あるいは、所作で無く、生理的嫌悪を

「ちげーよ」
「え」

うなだれていたの顔を起こしたのは、ベビーベッドを囲んでいたザップだった。

「いま旦那は、これが」

ザップはを励ます声音で、レオの服の襟首をやおら掴み、上に持ち上げた。

「こうだから」

レオの頭のてっぺんが襟の上からほんのちょこっと覗いている。

「男の意地ってやつさ」

フッと頼れるアニキの顔をした直後に三叉槍と視界混交とつららに同時に襲われ、ザップはクリスマスに散った。





無事おむつ替えも終わり、クラウスはご満悦の様子で仲直りにの胸に抱かれておねむの時間を迎えていた。
もう一度少しぐずる様子があったが、がクラウスの額に頬を摺り寄せ、胸にちょうどクラウスのほっぺたが乗っかるところにくると落ち着いた。そこにチェインも静かに寄ってきて
「よいこ、よいこ」
ねんねんころりのリズムで背を叩く。
いくら大人のクラウスの自我があるとはいえ、いい匂いのするであろうおっぱいに取り囲まれては赤ん坊の瞼は抗いがたく、ついにうと、うっとりと落ちていく。

この様子を遠くから眺めていた男性陣の心に、同じ言葉が浮かんだ。



いいなぁ、俺(僕)も小さかったらなあ












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おしまい