月のない宵のHLの片隅で、秘密結社ライブラのアジトは交互に光るLED電球の光に照らされていた。クリスマスソングの合間に乾杯の音が何度も響く。
一旦姿を消したクラウスがサンタクロースの姿をして再登場したあたりで宴の盛り上がりはピークを迎え、最高潮のままプレゼント交換がはじまった。



戦闘員から諜報部員から技術班まで全員輪に加わって、音楽にのせて持ち寄ったプレゼントの箱を横へ横へと回していく。
スティーブンは、まわってきたプレゼントの箱をイチイチ激しく振って中身を推し量ろうとするザップにまず目をやり、止めるには円の向こう側だ、とため息をひとつして諦めて、次にギルベルトのところで目をとめた。
分をわきまえるあの老執事は、こういった輪からは一歩引いてほがらかな笑みで見守っていることが常だが、今日はプレゼントを回す輪の中にいる。スティーブンは首をほんの少し傾けて、ギルベルトの後方を見た。あの、いっとう上等なソファに腰かけているの代理で、ギルベルトがプレゼント交換の輪に加わっているのだった。

「いいのか、猊下をこんな下々のお楽しみ会に参加させて」
「うむ」

スティーブンの横でプレゼントをまわすクラウスがきっぱりと言った。音楽にのせてサンタ姿の大きな体を横にゆすっている。上機嫌だ。

「とても楽しみにしておられた」
「そりゃそうなんだろうけど…」

もう一度対岸のを見ると、その目は爛々と輝き、頬の艶などピカっとさせて、勇んで音響のスイッチに指をあてている。

「参加させたうえこのチャランポランな音楽のスタート・ストップ係をさせたとお家に知れたら、俺たちも、君んちだって睨まれるんじゃないか」
「…」

返事をしないまま軽快な音楽に巨体を揺らす姿が「それがどうした」と岩の意志を物語っていた。
スティーブンはため息をもうひとつ落とし、本日二度目、諦めた。こうなっては仕方がない。
そのときだった。
どこかで繊細なガラスの割れる音がした。

「あっ!僕のグラスがっ」
「はぁー?お魚のグラスとかいらねー。ほい、どうぞ。ラッキー」

ツェッドが用意したらしいプレゼントの箱が、ザップの手に渡った途端振り回されて中身が粉々に砕けたらしい。
ツェッドにとっても、それを受け取ることになる人にとっても酷である。秩序をもってプレゼントをまわし続けつつもツェッドはわなわなと震えた。

「あなたって人はっ…!今のプレゼントがKKさんやスターフェイズさんに渡ってこらしめられたらいい!」
「おーい、ひとを事故に巻き込むなー」

プレゼント交換でもらえるものをそれほど楽しみにしていたわけではないが、本当にそうなってはたまらない。
スティーブンは音楽ストップの大役に臨むに再び目をやった。見ていて少し心が慰められるほど楽しげである。
…自分のプレゼントはどこだろうか。
不意に音楽がとまった。
の代理であるギルベルトの手元に残ったのは、見覚えのないグリーンの包装紙の箱だった。

「わあ!ギルベルトさん、それ僕のプレゼントですよ!」

レオナルドが明るい声をあげ、自分の元に来たプレゼントの中身も確かめずにギルベルトとのもとへ駆け寄って行く。ポラロイドカメラとは、最近写真に目覚めたにとってはピッタリだ。
(まあ、こっちはただの万年筆だったわけだし)
言い訳がましく考えてスティーブンは自発的に頭を振った。

「あーんクラッちぃ~!それあたしのプレゼントよ、やった!」
「美しいフォトフレームだ。ありがとうK.K、大切にしよう」

皆、自分が手に入れたプレゼントより、自分のプレゼントが誰に行ったのかのほうが気になるものらしい。スティーブンも見渡して探した。

「ああ、チェイン。それは僕のだ」

そう告げてみると、チェインはあまり嬉しくなかったのかもしれない。目を丸くした直後、姿をかき消してしまった。
割れたグラスを受け取った者もいれば、女性物アクセサリーを受け取った独身男もいる。
大きなうまい棒を貰った者もいれば、高級そうなカフスボタンが当たった者もいる。
悲喜こもごもがうずまくクリスマス会会場でスティーブンは自分の手元に来たプレゼントの紐をといてみることにした。

「なんだこりゃ」

中から出てきたのは灰色のぬいぐるみであった。
それを見た周りが口元を隠してひそひそとざわめきだす。ざわめきはあっという間に会場中にひろまった。

「トトロだ」
「スティーブンさんがトトロ」
「番頭がトトロ」
「よりによって…」

ぬいぐるみをひっくり返すと手を入れる穴まである。
よりによって、これをどうしろと。KKの子供にでもあげようか、そう思った矢先のことだった。

「わたくしのプレゼントはスティーブンのところへ行ったのですね」

せせら笑う声のなかに、悠長だれけどどこか申し訳なさそうな調子の声がひとつ、耳に入った。
わざわざスティーブンの目の前まで、は蓮歩を運んでやってきた。

「これは、猊下の?」
「ええ。大人の男の方には少し幼かったかもしれません」
「…」

スティーブンは短い思考を終えて、横でうらやましく指をくわえているだろうクラウスを小突いた。

「見ろよクラウス!猊下にプレゼントを賜る誉れを得たぞ。日ごろの行いかな」
「すばらしいことだ、おめでとう」
「ありがとう。大切にします、猊下」

そう言ってスティーブンは笑って見せた。






***



宴はおわり、自宅に戻るなりスティーブンはシャツのボタンをはずして、荷物を寝室へと放り込んだ。
熱いシャワーを浴び、ミネラルウォーターをラッパ飲みし、歯を磨いて寝室に戻ると、放り投げたトトロがベッドの上に転がっていた。
ベッドにのり上がり、手で掴み寄せ、永遠に瞠目したままのトトロの目を覗き込んでみる。
頭を悩ませながら熱心にこれを選ぶの姿が頭に浮かぶ。不思議と、微笑ましいとは思えなかった。
だって、下に、穴。

「エロい女」

スティーブンはぬいぐるみを使った極めてよこしまで汚らわしい試みを想像する。
トトロと見つめ合うこと数秒、つぶらなおめめがそれを贈ったひとと重なってしまったなら、手からこぼれた。

「できない・・・」

寸でのところで賢い三十代の、純な自分が競り勝った。ささやかな嬉しさと情けなさにさいなまれながら、スティーブンは眠気に競り負けた。






スティーブンの朝は、携帯端末のけたたましい呼び出し音でたたき起こされた。
この音は、スティーブンやクラウスの出動が必要な重大事案の発生を報せるものだ。

「ウィ、スティーブン」

携帯端末を肩でおさえ、ひっつかめる場所にあったシャツをクリーニング屋のビニール袋から取り出して羽織った。

「あら、旦那様。おはようございます。お出かけですか」

爆速のうちにパリッと整えてリビングを通り過ぎると、家政婦が声をあげた。

「おはようミセス・ヴェデッド。ああ、オフィスから呼び出しがかかってしまって、夕食の用意だけ頼むよ」
「承知しました。行ってらっしゃいませ、気を付けて」

慌ただしい出発をして、慌ただしく現場へ到着して、ほぼ全員二日酔いしているなか慌ただしく事態を収拾しにかかって、あわたたたたたたたたただしく急変した事態をなんとかおさめて、ヴェデッドがラップがけした夕食を用意してくれている自宅に戻れたのは日付けが変わったAM3時のことだった。
昨日帰って来たのも朝の3時くらいだった気がする。何時間寝れたんだ。考えるだけ三十代の体にはつらくのしかかるだけだったので、さっさとバスルームに引っ込んだ。
熱いシャワーを浴び、ミネラルウォーターをラッパ飲みし、歯を磨いて寝室に戻る。

すると、24時間程前に賢き自分が手からこぼしたトトロが、スティーブンのベッドで、スティーブンの枕に頭を乗せ、毛布をきちんと肩までかけておねんねしていた。

「…ヴェデッドォ」

スティーブンは寝室の入口でその場に座り込み、真っ赤になった顔を両手で覆った。



おしまい