お金がない。

そのことに最初に気付いたのはイグニスだった。
負傷、病弱、王女の三要素のそろった人を連日テントに寝かせるわけにはいかない。ならば宿泊先はできればホテル、最低でもベッドの完備されているモーテルだ。
だがお金がない。

稼ぐしかなかった。

乾いた風と照りつける太陽、レガリアのまわりには360度荒野がひろがっている。
時折、枝がからまったようなモジャモジャの何かが赤土の大地を転がっていくばかりで車の往来はおろか、動物すら一匹も通らない。
あーあのモジャモジャの西部劇の映画で見たことあるなー。ほんとにあるんだー。…。
助手席から窓の外を眺めて気を紛らわそうと努力したが、後ろが気になって仕方がない。
顔は動かさず、ルームミラーにこっそり目をやれば膝の上に手を重ねて、黙ってじっと窓の外を見ているお姫様の姿がある。
俺ひとりを王女の護衛としてレガリアに残し、ノクトとグラディオとイグニスの三人は高額の賞金のかかったベヒーモスを狩りにいっている。
そう、いま俺、王女様とふたりきり。
はあー、もぉー、なんでオレー!?
一番親密度低いじゃんかー!
というグチは決して口にできない。
ここは軽妙なトークで場を盛り上げることこそが自分の役目だった。
ウィットに富んだ王族ジョークで!

「…」
「…」
「…」

できるわけないです。
だってノクトと違って王女様ってばほんとに王女様っぽいんだもん。なんでこうまで違うかなあ。イグニスは「ノクトのほうが特殊なんだ。姫様は陛下のくんとうを強く受けて…」とかなんとか言ってたけど、ここまでの違いを生み出す「クントー」っていったいなんなんだ。やっぱ補助系の白魔法?お姫様には陛下のクントガがかかっているの?
あーもうともかく無理無理ほんと無理ぃー!
どこが笑いのツボかわかんないし、なんかいい匂いするし、
「ミスター・アージェンタム」
自分のこと素で「わたくし」って言うし

「ミスター・アージェンタム」

「え、あっ!おれ!?あ、ぼく、ですか!?は、はい…」

椅子の上に正座して後部座席から見えるように体を傾けた。
王女様は笑顔のお手本のようなやさしい笑顔でむかえた。

「ノクティスと仲良くしてくださっているそうですね」
「え、あ、えっと、はい、こちらこそ、ノクト…ノクティス王子には、仲良くしてもらって…」
「ありがとう。あなたと撮った写真を時々送ってきて、それを見るのを楽しみにしていました。ずっとお話をしてみたいと思っていたのです」
「ひっ、はっ…ど、どうも」

ウソウソウソウソ、ノクトのやつ変な写真送ってないよね!?
文化祭の女装とか、パンイチでゲームしてるところとか、白目のとか、半目のとか。
今世紀最高に手汗がやばい。

「ノクティスとは普段はどんなことをして遊ぶのですか」
「普段、はですねえ、えっとその、ゲームさせていただいたりしたりとか、そのへんのお店を歩かせていただいたりとか、カラオケさせていただいたとか」
「ノクティスが歌を歌うのですか」

ちょっと驚いている。
たしかにノクトは家族の前では歌うのが恥ずかしいタイプな気がする。めちゃくちゃシャウトするし。
それにしても、ノクトという共通の話題があってよかった。ノクトイジりを突破口に案外普通に話せる気がしてきた。

「ノクトちょーーーーっ上手いですよ、歌」
「そうなのですか、帰ってきたら頼んでみましょう。わたくしの前では嫌がるかもしれませんが」
「あ!じゃあいいこと思いつい…つきました!このあとみんなが帰ってきたらレスタルムのカラオケに、…」

視界の端に黒い影がはしった。
キュウキだ。
見える数は3体
一人で戦ってもどうということはないモンスターだが奴らは群で行動する。遠吠えひとつでさらに集まって来るだろう。
最悪だ。王女の護衛でここに残ったのに、緊張していてここまで近づかれるまで気が付かなかったなんて。この距離では銃は分が悪い。レガリアを急発進させて振り切るか。この場で叩くか。
俺の視線の先を追って王女も外の異変に気づいた。その表情に不安の色がにじみ、細い肩に力が入るのを見ると、なぜだか反対に俺の頭は冴えて、息が整い、耳の奥でアドレナリンの音がした。
近接戦闘で打って出る。

「お姫様は伏せていて」

ドアロックに手をかけたと同時に後部座席から声がした。

「目を閉じて」
「えっ」

カッと世界が真っ白に染まり、大地を引き裂くような轟音が響き渡った。
俺は車の中でひっくり返り、半拍遅れて空気の振動でガラスがびりびりと音をたてる。

「なっ、なに!?」

慌てて体勢を戻すと、窓の外ではレガリアを取り囲んでいたキュウキが、影だけ残してじゅうじゅうと黒い煙をあげている。
すさまじい威力のサンダガが降ったのだ。

「無事ですか」
「あ…はい」

きりりと言われて思わずキュンとしかけたが

「よかった」

そう言って緊張をほどいたそばから目を閉じて、窓に頭を預け、胸を小刻みに上下させる。

「…お姫様?」

すばやく後部座席に移って額に手をあてる。
そんなことは今までしたことがなかったので、熱があるかよくわからず、自分の額にも手を当てて比べてみると、その肌が自分よりもずっとやわらかいことと、しっとりと濡れて汗ばんでいることがわかった。外は荒野でも中は空調をきかせて快適な温度に保っているのに、だ。

「具合、悪いよね」

キツめの言い方をしたが、思うところがあったからつくろわなかった。
苦しげにふさがれているまぶたをじっと見続け黙っているとその人はふっと長いまつ毛をあげ、そらした。

「すぐにおさまりますから大丈夫です」

そんな様子で言われても信じられない。

「これ、お水」

蓋を開けて渡す。というよりは押し付ける。

ノクトのダウンを引っ張り出し、ちょっと魚臭かったが有無を言わせず肩からかけて、袖も通させずに前を閉じた。
トランクから引っ張り出した寝袋を車内で広げ、寝っ転がらせた上からかけた。
足をシートに持ち上げた時、全身がびくりと震えた。

「あ、ごめっ、…」

最後までは言わず、言葉を飲んだ。
少し動かしただけでこわばって縮こまり、油汗をにじませるくらいならばなおのこと、怒りがこみ上げてくる。
揺らさないようシートのヘリに静かに腰掛けて顔を見おろした。

「ぁの…俺、こんなだから弱そうに見えると思うんですけど」

痛みで涙の膜が張ったまなざしに思わず優しくしてしまいたくなるが、心を奮い立たせる。

「ここに残ったの、あなたを護衛するためなんで。仲間とも約束したんで。次からいまみたいのは絶対、俺に任せてください」
「…はい。たのみます、ミスター・アージェンタム」
「プロンプトでダイジョブです」
「プロンプト」

すまなそうに微笑んだお姫様は、あのグラディオが初恋しちゃうのも納得のかわいさで、テンションがあがった。いまだかつて、ここまで女の子に対してカッコよく接することができたためしがあるだろうか。いや、ない。
いま、俺はこれまでの人生の中で一番かっこいいポイントにいる!

「おまかせを!だってほら、見てください、この筋肉。そりゃグラディオと比べたらアレですけど、腹筋だってちゃんと割れてるんですから!このとおり!」

前をたくしあげると、それを見たお姫様の顔がぽうっと赤くなり、ノクトのダウンの首元から手を出して顔を覆った。
こ、この反応…キタ。もしかして、も、もしかして、これがあの伝説の現象「脈あり」!?
ぞくりと両腕を何かが駆けあがった。
左腕をかけあがったのはロマンスの予感であり、右腕をかけあがったのは窓からこちらを睨むイグニスの眼光だった。



おしまい