涙を乱暴に手の甲でぬぐい、真っ赤になった目のままで深夜一時にカレー屋に飛び込んだ。
カウンターで大盛りを受け取り、水も取らずに安っぽい赤ビニールのソファーに突進着席し、銀のスプーンをカレーライスにざっくりと差し込んだ。
リクルートスーツにカレーが飛んだってもうかまうものか。
就活がなんだ、面接がなんだ、お祈りメールがなんだ。志望動機はなんですかって、誰も志望なんかしてないよっ、世の流れにそって大学三年生なのでここにこの服を着て来ただけだよっ、みんなそうだよっ。誰もあんたんとこの会社なんか来たくないっ、でもこのマクロス7船団のなかで就活しようとおもったら行ける場所なんて限られてんのっ!でも、だから、こんなふうに、やる気もないのに面接なんか受けるから、落ちるのよぉ…、わたしのバカヤロウ…、バカヤロウ
叫ぶ代わりにカレーライスを口いっぱいにほおばった
店内に流れるアコースティックバージョンの「Remember 16」の穏やかさが、大好きな熱気バサラの歌声が、心の水をすくうように優しくてまた涙を誘う。
(もう、バサラのお嫁さんになりたい)
現実逃避のむなしさにまた目頭が熱くなる、鼻水も。と、隣から視線を感じて紙ナプキンで鼻を押さえた。
そりゃそうだ。深夜一時にリクルートスーツの女がひとりでカレー食べて泣いてたらそりゃあ、見ちゃいますよねすみませんお騒がせして。
カレーに対して前のめりになっていた体を起こし、視野が広がると、となりの男性がまだガン見しているのがわかった。なによこの人、とチラととなりのテーブルへ視線をやって目をみはる。
あれは、あの色は、まさか、9辛ビーフカツカレー!
はじめて見た
自分以外で9辛まで行けるひと、はじめて見たわ。

「食べたいの?」

「え」と弾かれ隣のひとへ視線を移すと、その男のとんがった頭に、小さい丸サングラスに、黄金色の瞳に、「Remember 16」の歌声を出せると確信できるその声に、わたしはさらに目をみはった。
スプーンを持つ手がぶるぶる震えだし、肩はいかり、息はあがって心臓はバクバクバクバク、一瞬のうちに全身から汗が噴き出す。
店内BGMが「突撃ラブハート」に移ってもまだなにも言えないわたしにバサラが、熱気バサラそのひとが、もう一度話しかける。

「それなにカレー?」
「デカルチャー、カレー…」
「ふーん、食べたことない」
「い、いります、か?」

震える両手でカレー皿を下から持ち、おそるおそるバサラのほうへ差し出した。
バサラはデカルチャーカレーをじっと見おろし

「ひとくち」

とスプーンをわたしのデカルチャーカレーに差し込んだ。
バサラのスプーンがささったーーーーー!!
大好きな大好きなファイアーボンバーの熱気バサラのスプーンが、わ、わたしの、わたしのカ、カ、カレー…にぃ…!
つらい就活の間もどれだけあなたの歌でわたしの心が救われたか、現実と戦う勇気を持つことができたか。感傷にひたるときも、心穏やかなときも、立ち上がるときもいつもあなたの歌が力をくれたのです。
いまのわたしの心の声を発生させるサウンドブースターがあったなら、マクロス7を狙うプロトデビルンとかいう化け物も一撃粉砕だったと思う。
バサラが「んまい」と満足そうに咀嚼するのを見つめながら、しかしサウンドブースターは無くて、わたしはただただ静かに涙を一筋こぼした。
水を飲みつつこれを横目に見たバサラがきゅうに変な顔をした。

「泣いてんの?」
「だいすきだったから」

言葉足らずにそれだけ言ってわたしは恥ずかしい涙をリクルートスーツの袖で拭った。

「そんな好きだったの?じゃあ、これも一口やるよ」

バサラは片手でバサラのカレー皿をこちらへ寄越した。

「辛いから気ィつけろよ」という言葉を添えて。

もう、無理だ。

「だからなんで泣くんだよ」

捨てる神あれば拾う神あり。神があたえたもうた奇跡としか思えないいまこの瞬間に、とめどなくあふれくる涙をどうして止める手があるだろう。

「だ、だって、ずっと、ずっとすきだったからぁ」
「これも好きなの?おまえホントカレー好きなのな」

頬杖ついてあきれたように言った後に、八重歯のかわいい大きな口がカラっと笑った。
そして、店内で流れるこの「突撃ラブハート」の声を生む喉が、バサラが、9辛ビーフカツカレーをひとくち食べておうおう泣くわたしを見つめて



「俺も好きだよ」



と言った。

感動に息をつまらせたわたしにバサラの飲みかけのお水が渡され、これを飲みほし、
わたしはこのカレー屋に就職した。



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