海のそばの小さな寺院で

夜中、

怖い夢に目を覚ます。



夢の中で俺はまだ背丈が小さく、ベッドのしたのわずかな隙間にもぐりこんで
震えながら指を組んでいた。
カーテンの下に隠した花瓶の破片が今にもメイドや父上に見つかって、
怒られるかもしれない。怒らないで。ごめんなさい。怒らないで。


そういう夢。
寝返りをうって天井を見つめる。
また目を閉じて、今度こそ怖くないものをおもって眠ろうとこころみる。
そんなとき
おもいだすのはいつもおなじ
鮮やかに鮮やかに














 あ ざ や か に 耳 に の こ る は 君 の 歌 声 













隣りのベッドではキラがうずくまって眠っていた。
さしこむ月明かりがつよいのに気づいて顔を上げてみれば、満月に近い。
波の音もとおく、夜は静寂に深く浸かっている。

汗ばんでいた手を洗おうと部屋を出た。

水道までの廊下に、カガリとラクスの部屋の戸から月明かりがもれている。
戸の隙間から中を見ると、カガリがうずくまって眠っていた。
キラと同じ格好なのが少し笑える。
隣りのベッドに、ラクスがいなかった。

























君は白の装いで

祭壇の前にひざまずき

両手を組み合わせていた。

寺院の扉を開いた音に気づいて、君は振り返る。
月の光が明りとりの窓からさしこんで、ラクス・クラインにそそいでいるのはふさわしい。
光はいつも君に降りそそぐ。
闇もまた、君に降りそそいでいたことには最近になってようやく気づいた。


「あら」


光も闇もいやというほど浴びただろう君は
振り返った顔に笑みをたたえていた。
深い笑みだ。
底がはかりしれない。


「すみません。お邪魔をしましたか」

「いいえ」


中途半端にひらいたままにしていた扉をとじる。
扉はにぶく音をたてた。






「お祈りですか」

「ええ」

君は短く応えながら立ち上がった。
夜の闇につかる寺院内で唯一君のいるところだけに
光がおちている。
影もまた、君の影だけ光の中におちている。


「ここに神はないそうなので」


君は祭壇に目をやった。
マルキオさんによればこの寺院には特に信仰する神などはないらしい。
それでも祭壇があるので皆それぞれがそれぞれの神に祈るのだという。
信仰のない者もただなんとなく何かに祈れる。便利だと思う。


「わたくしにも祈れます」


君は神など信じてないのだろう。
プラントで、君は神のように祀り上げられているのだから。
今もきっと、プラントでは君の名が叫ばれている。
これからどうするんですか、と聞こうとしてやめた。


「プラントに帰ります」


言われた。
君はサイコメトリができるのだろうか。
あるいは俺が、君が背を向けていてもわかるほど心情を読み易い人間なのだろうか。
俺にはひとつも君の考えていることがわからないのに。


「ラクスはどうして決められるんです」

「決めることができたのではありません」


君は光の中、再び振り返った。


「ほんとうは闇雲に走り回っているのです。いつかその行いが間違いだと
淘汰される日がくるかもしれません」


波の音がとおい。
君の声はしずんでいるように思えたけれど、
確かな声音だ。
表情を強張らせた俺に気を遣ってくれたのかすぐに顔を和ませる。



「わたくしも怒られるのは怖いですもの」



声に幼さが加わる。
それだけで息がつける。
君の神妙な表情も、毅然とした態度も少し慣れない。

君はおこらるのが怖いと云った。
そして祈りの指を組む。


「怖いから祈っているんですか」

「そうかもしれません」


君は少し困ったような表情になった。
ああいけない。


「ラクスも怖かったですよ、ホワイトシンフォニーで」


この話題はまだ苦笑いしか作れないけれど、それでも困った顔をされるよりは
ずっといい。


「すごんでみましたの。いかがでした」

「怒られるのは怖いと思いました。おなじです」

「よかった」


君はふかく安堵したようだった。
あの時、毅然とした君は俺よりもずっと大人に見えた。
そう見えた俺の目はきっと節穴だ。

俺も君も、怒られるのを怖がり続けている。

ついさっき夢の中で、
背丈の小さい自分がベッドのしたで強く組んだ指を思い出す。




「俺はずっと昔、花瓶を割って」

たしか、とてもきれいなガラスの花瓶だった。

「その破片をカーテンの下に隠して、自分もベッドの下に隠れて」

ベッドの下は暗かった。目をつぶっていたから余計に。

「メイドや、父上が怒るのが怖くてずっとベッドの下で祈り続けていました」



”怒らないで ごめんなさい 怒らないで



「ごめん」

「どうして」

「ラクスもきっと怖かったのに、俺はただ君が強くて大人なんだとおもったから」


君も怒られるのを怖がって、怒らないでと指を組んでいる。
もっと早く、怒られるのを怖がる君に気づいたなら
君の震える手にふれてあげられただろうか。
もっとそばに感じてあげられたなら
恋におちただろうか。




「ありがとう、アスラン」




微笑って君はまた光の中、祭壇の前にひざをついた。
その小さな背に、もうこの手は届かない。
こぶしの中で指を強く握りこむ。
俺は君ではない人を愛した。





それなのに
君は白の装いだから
源泉から水があふれるようにおもいだしてしまう



光と
花と
喝采につつまれて
赤じゅうたんをゆっくりとすすんでくる
君はちりばめられた銀のように光るヴェールをまとっていて
誓いの言葉をかわす
愛も
恋さえないままに

いつかそうなるのだろうかと、ぼんやりおもっていたのを
思い出す
鮮やかに鮮やかに鮮やかに




「もどりましょうか」

「ラクス」





光の中の君を呼ぶ。





「俺が君にちゃんと恋をしたなら、君は俺に恋をしましたか」





はずかしい問いかけだ。
いいえと言われたら、言われるのかもしれないけれど、
そうしたらもっとはずかしい。


「いいえ」


言われた。
はずかしい。
でもきっと、これでいいんだ。






















「あなたが恋をしなくとも、恋をしていました」






















君は心をよみとるから
よみとられないように鍵をかける。
しっかりと、幾重にも心に鍵をかけてから
君の傍らに、ならうようにひざまずく。
両手を組み合わせた。
同じ光の中にはいる。
影もふたつ、光の中におちる。
君はわずか笑んでさっきの俺と同じ言葉で尋ねた。


「お祈りですか」

「誓いです」

「ちかい」

「ここに神はないそうなので」


傍らの君は不思議そうな顔をしたけれどそれ以上なにも訊かず、
ならんで祈ってくれた。


静まりかえる。


君は白の装いで
ちりばめられた銀のような光を纏って
祭壇の前にひざまづく

その姿はあまりに
思い出の中、
思い描いた誓いの言葉を交わす姿に
鮮やかに鮮やかに鮮やかに
かさなる。




誓う神はないから
きっとこれでいい




光の中
静寂の中
闇の淵

それでもきこえる
怖い夜
いつもおもいだす
静寂に音もなく

まだきこえている



きこえているんだ











あざやかに


あざやかに


あざやかに























耳にのこるは君の歌声