臆病なグリフィス





クライン邸の庭では総数が二桁になったハロたちが飛び跳ねている。
たまにおれに向かって跳ねてきて痛い。
この調子でラクスにぶつかっていないといいのだけど。
そう、ハロはあたると痛い。
あたってもいたくない素材、つまり布素材を使ってハロをコーティングしようと
試みたこともあったが裁縫がうまくいかず断念した。
それを話したら
ニコルには苦笑いされ
ラスティには爆笑され
ミゲルにはぬるい目で励まされ
ディアッカには嘲笑され
イザークにいたっては
「よく裁縫もできずにクルーゼ隊にいられるな、恥ずかしくないのか」
と勝ち誇ったふうに言われた。
自分だってできないくせに。

「いい加減別のものをあげないと怒られるぞ」とミゲルに助言ももらった。
別のもの
別のもの
「もうすぐクリスマスですからいいタイミングなんじゃないですか」
そうニコルも言ってくれた。
いつもはなんの目的もなく行くけれど、今日はラクスの欲しいものを探る目的をしっかり持って
クライン邸を訪れた。車を降りる前に「ちゃんと聞くぞちゃんと聞くぞちゃんと聞くぞ」と三回手に書いて
飲み込んだ。いつもとは違う矜持で車をおりる。
手土産は今回もハロだけど。


テラスの椅子に座る。
ちゃんと聞くぞちゃんと聞くぞちゃんと聞くぞ!
まずは自然な会話の流れで質問できるように導入部分が大切だ。
必ず成功をおさめなくてはっ!


「・・・ご、ご趣味は」


「まあ、お見合いのようですわね」
「すすすすみません」


















失敗


「いえ、あの・・・ラクスの欲しいものを聞こうと、思ったんですけれど申し訳ありません」
「ほしいものですか?」
「はい、なんでもいいんです」
「そうですねえ」

ラクスは少し上を向いて考えた。そしてなにか思いあたったらしく
人差し指をぴんと立てた。

「ハロですわ」

わかっていたことなのに、どうしておれは先に断っておかなかったんだろう。

「すみません・・・ハロ以外で」

ラクスはもう一度上を向いた。
うーんうーんとしばらく悩んでいた。おれはせかすこともないと思ったので
紅茶に口をつける。うん、ラクスは紅茶を淹れるのがすごく上手だ。
彼女がいつもおいしい紅茶を振舞ってくれるものだからおれのような朴念仁にも
味がわかってきた。そうだ、紅茶を贈ろうか。
いやでも、紅茶はラクスのほうがずっと詳しいから変なものをあげてしまったらいけない。
困った。

「好きなもの・・・好きなもの・・・」

呟きながらラクスはまだ考えていた。

「もうすぐクリスマスなので」

おれが言うと、ラクスはきょとんとしてしまった。

新米の軍人である以上、クリスマスに休暇などもらえそうにない。
しかし仮にも・・・じゃなくて正式に婚約者なのだからミゲルたちの言うとおり
贈ってしかるべきかと思ったんだけれど。

迷惑だったろうか。


「あの、ご迷惑でしたら」
「アスランタ」
「は?」
「アスランサンタ、略して」
「・・・」

微笑みかけられる
なにかを求められている。
でもなぜだろう
ものすごく言いたくない

「アスランサンタ、略して」
「・・・ア、アスランタ」

ラクスは満面の笑みをして両手を合わせた。

「ええと、ラクス。プレゼントの話なのですが」
「嬉しいですわ。アスランからそのようにおっしゃってくださるなんて」

ああ
もしかしたら
今みたいにふざけて見せたのは嬉しかったからなのか
それじゃあ、迷惑なわけではないのか

よかった

「クリスマスイブにサンタの格好をして来てくださいますのね」












よくなかった








「え?」
「夢のようです。ああでもアスラン、どうか降りるときはお気をつけて」
「降りる?」
「煙突からいらっしゃるでしょう」
「誰がですか?」
「アスランタが」
「・・・あ、あの。その呼び方はちょっと」
「ごめんなさい、あまり嬉しかったものですから」

どうやらラクスはおれがクリスマスイブにサンタの格好をして煙突から
やってくるのを期待している。
まずい。
クリスマスイブに休暇はとれない。
万が一とれたとしても、サンタの格好なんて・・・。
でもこの喜びようは絶対期待されてる
うそ
ちょ
どうしよう
これはなんとしても伝えないと
”クリスマスは来れないかもしれないからせめてプレゼントをあげたいんです”と。


「・・・ラクス、申し訳ないんですが」
「え・・・」

申し訳ないんですが、と切り出して
悲しそうな顔をされた途端おれは言葉につまった。
どうしよう。

「ええと、だから、・・・煙突がないから無理なのではないでしょうか」
「そういえばそうですね。気付きませんでした」
「ですよね!」

これでとりあえずサンタの線は消えた。
問題は、いかにして「クリスマスは来れません」と伝えるかに移行した。
どう切り出したらよいものか
相手はラクスだ。
説得するには手ごわい。なんて思ったら失礼だけど

「クリスマスまでには必ず作らせますわ」
「何をです?」
「煙突を」











難 攻 不 落 。
























「っというのは冗談ですけれど」
「え」
「クリスマスにお休みはいただけないのでしょう」
「え、ええ」
「お仕事ですもの、仕方がありませんわ」
「すみません」
「大丈夫です。こうして会いにきてくださっただけで幸せです」

ラクスはその白い手に今日持ってきたオレンジのハロを掲げて笑った。
それきりクリスマスの話になることはなく、
彼女の欲しいものさえ聞き出すことの出来ないまま、
ぼくらは手を振り別れた。



















そしてクリスマスイブ

予想通り、非番ではなかった。
訓練を終えて部屋に戻るなりベッドに仰向けになり
次に会う約束もないまま手を振り別れたあの日を思い出す。
寝返りをうってペンと消しゴムとメモ用紙を引っ張った。
思いつく限りを書いていく
せめて贈り物を。
イブにこんなことを考えるのでは間に合わないのだろうけど


写真立て
花束

イヤリング
化粧品
指輪
時計
食器
CD

自分より気のきく新しい婚約者
ケーキ
お菓子
紅茶
ノート
ペン
えんぴつ
消しゴ



「”ラクス・クライン”に消しゴムって・・・」

書き途中、小さな声で自分にツッコミをいれてしまった。

「アスラン、一緒に食堂いきませんか」
「わあっ」

急に入ってきたニコルに、おれは慌てて握り締めていた消しゴムとメモ用紙を
ポケットに突っ込んだ。ペンも隠そうと思ったらペン先が親指に刺さって飛び上がった。
痛かった。

「アスラン?」
「あ、ああ。行こう」


寮の食堂はいつもより豪勢な夕食だった。
クリスマスなんだからみんなで食べようというミゲルの一声で
クルーゼ隊がひとつのテーブルに集まった。

「さてはおまえら今夜脱走しようとしてるだろ」

おれは一瞬ギクっとしたけれど
言ったミゲルはディアッカとラスティーに目をやった。

「えー!?なんでバレてんの」

ディアッカとラスティーが「しーっ」と言いながら口の前に人差し指を立てる。
本当にしようとしてたらしい。

「やめとけやめとけ。クリスマス前後は脱走する連中が多いから、警備厳しいぜ?」

ミゲルがひらひらと手を振った。

「うっそマジかよ」
「オレもう彼女と約束しちゃったのに」
「フン、愚か者どもが!」

イザークは鼻で笑う。

「イザークはいいよな。彼女いないから」

ザクッ!

ディアッカの頬をかすめて後ろの壁にイザークのナイフとフォークが突き立っていた。

「なんだと貴様ァ!俺はかかか彼女などいらん!!」

ラスティーとミゲルが暴れだしたイザークの両脇を押さえた。
ニコルがほがらかに笑った。
イザークの振り上げた靴底がおれのわき腹を蹴ったけど我慢した。
おれはため息をつく。
ミゲルの言うとおりやっぱり脱走はできないよな。
たとえばこの基地で大事件が起きて警備に混乱でもない限り


「イザークストップ!彼女はいつかきっとできるって!」

ラスティーのいらないフォローによりさらにイザークは暴れた。

宙を舞うフォーク、ナイフ、スプーン、箸
折れる椅子、ディアッカ、テーブル
ひっくり返る食器、オムライス、コーンスープ、から揚げ

「おいおい、おまえら。いい子にしとかないとサンタ来ないぞ」

ミゲルが苦笑いでその場をおさめようと試みる。
が、イザークは叫んだ。



「寮に煙突がないのだから元からサンタが来れるわけがないだろうが!」








































「食堂にお医者様っ!
 お医者様いらっしゃいませんかー!!」






イザークの夢見る少年発言にディアッカが医者を呼び
呼んだディアッカが医者が必要な状態に陥り
食堂中に絶叫が轟き
警備が駆けつける大騒ぎとなった。
大騒ぎになったのである。
それに乗じておれは
おれは



























「まあ、アスラン」

「す、すみません・・・これでは不法侵入ですよね」

ラクスが窓をあけた途端にハロが飛び出してきた。
背の高いこの木の枝の上で、うまくバランスをとっているのは
それだけでも難しくて苦しいのに。
わ、ちょ、ぶつかってくるなって!
イタタタタ!


「私が許可します」

中へどうぞ、とラクスは窓を大きく開いてくれた。

「失礼します」

と小声で言ってみたが、夜中に土足で木の上から女性の部屋に入るなんて
失礼どころの話ではない。
それを普通に招き入れるラクスはやはり大物だと思う。

ザフトレッドの底力を寮脱走のために駆使するとは思っても見なかった。
軍隊の警備網と最高評議会議長宅の警備網を突破してきて服は泥だらけ。
もちろんプレゼントは用意できなかった。
どうして来たのか聞かれたらなんと言えばいいのだろうと
思いを巡らせているうちに、ラクスが手に触ってきた。

「冷たい手。走ってらしたのですか」
「ええ、やはり警備が厳しいですので。さすがクライン邸、と」
「それを走って抜けられるアスランのほうがさすがですわ」
「ありがとうござ・・・というのは、変ですよね」

なんにせよ不法侵入だ。
ラクスも少し笑って、確かにと言った。
少し緊張がほぐれる。
でも真夜中だからだろうかどきどきする。
ラクスは開け放たれていた窓を閉じた。カシャンという窓ガラスの小さな音
カタンというもっと小さな鍵の音 その小さな音におれの心臓は跳ね上がる。
いやらしい音に聞こえてしまった。
いやらしいのはおれの頭だごめんなさい。
ラクスはまだおれの手に触っている。
おれの両手をラクスの両手がすっと広げた。



「あわてんぼうのサンタクロースさんと女の子は踊るのです」
「おれはサンタクロースでは」
「ではアスランタさん?」
「アスラン・ザラです!」

思わず大きな声を出してしまって慌てた。

夜に
最高評議会議長の住むクライン邸に国防委員長の息子が侵入
などと知れた日には、どうなることか本当に想像がつかない。

すみません、と口癖が出るより彼女がはやかった。




「ではアスラン・ザラ」




声音は静かに響く。
しんと響く。

ラクスは身体を預けてしまう。
ただラクスがもたれて、こちらがそれを支えるだけ
そんな姿勢だ。
ダンスなんてできないし、抱きしめるなんてもってのほかだ。
そう、もってのほかなんだ。
だから

「すみません」
「・・・なにを謝ります」

ラクスは身体をあてたままだ。
緊張する。

「おれはダンスが下手ですし」
「はい」
「プレゼントも用意できませんでしたし」
「はい」
「君に、キスをしたりとか、抱きしめたりとかもできません」
「はい」

ラクスの声はしっかりと穏やかに応える。
もたれかかる小さな重みが、本当に小さくていとしい。
ラクスはふっと睫毛を伏せて、おれの服についた土をはらった。
言葉が途絶える。
おれはいま臆病で、ものすごくひどいことを言ったんだ。

こういう時に限って、ハロは静かにしている。
静謐
パタパタ
おれの服を白い手がはたく
白い手が何かに気付く。
おれの軍服のポケットに何か入ってる。
自分で取り出してみると、食事の前にぐしゃぐしゃにしたメモと消しゴム。

「これは?」
「部屋からでるときに入れっぱなしになっていて」
「・・・プレゼント」
「いえ、これは」
「私はこの消しゴムが欲しいです」
「え」
「いけませんか」
「そんなことはありませんが使いかけですし第一、消しゴムです」
「いけませんか」
「・・・これでよろしければ」

差し出されたラクスの両手のひらに消しゴムを置いた。

「ありがとうございます、アスラン」
「いえ」
「ありがとう」
「・・・」
「では、これはお返しです」

おれの背中にそっと手がまわって
力が込められて
あたたかい
36度くらいあると思う
おれはびっくりして
慌てて
緊張して
こわばって
情けなくなって
情けなくなって

だって

勇敢な君の手の中にあるのは
消しゴムとおれだよ










「絶対もっと勇敢で、格好よくなるから」
「ザフト軍とクライン邸の警備をくぐり抜けて会いに来てくださったあなたが?」
「もっと、絶対、なるっ」

「それは素敵ですわ」























明け方近く
窓際で
メリークリスマスと言って手を振りわかれた。
駆け抜けたクライン邸の庭

基地
寒さがことさら胸にじんとしみる。
さっきまでここで36度のあたたかさをくれていた君は
消しゴムしかあげられなかったぼくを好きになってくれるだろうか

























明け方近く
窓際で
メリークリスマスと言って手を振りわかれた。
駆け抜けていったアスランの背中を窓から見送って
思い出したように寒さに震えて窓を閉じる。
椅子に座って、手の中の使いかけの消しゴムを机におく。
万年筆をとって
消しゴムに文字を書く


『Athrun』


はたして

さっきまでここで36度のあたたかさをくれていたあなたは
この消しゴムを使いきったら私のことを好きになってくださるでしょうか







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