アスラン・ザラとラクス・クラインの見る空はきっと異なるものだ。
たとえぼくがプラントに居て、こうして雲がほわほわと浮かぶ晴天を眺めていても
この空の続く先にいるラクス・クラインが今空を見上げたなら、きっと見える空は
ぼくの見るのと違う色をしているのだろう。
ラクス・クラインはいまやクライン議長、となった。
物事をはるか遠くまで見据えてしまえるあの瞳を、アスランは持ち合わせていない。

シーゲル・クラインの邸宅があった土地は今は平和記念公園になっている。
公園といってもただ野原になっているだけでラクスがかつて愛でていたような
花園は無いし、不器用に紅茶を飲んだ白いティーテーブルもありはしない。
アスランはその公園を歩いていた。
青い空を見上げて、自分とラクス・クラインの見る空はきっと違うものだ。
ともう一度思った。まぶしい。目を細めて空を見上げて歩いていた。そうしたら、

穴に落ちた。








二人の穴








「なんなんだよ、これ」

アスランがもう一度空を見上げたとき、確かに先ほどと同じく空は青いのであるが、
遠い。
アスランは深さおよそ5メートルもある(もっとあるかもしれない)穴に落下したらしい。
穴の底の直径はアスランが両手を横に広げたくらいしかない。
よじ登ろうにも穴の壁面は土で、取っ掛かりがなかった。

「おーい!だれかいませんかー!」
穴の外へ向かって叫んでみるが応える人は無かった。
パトリック・ザラを憎む過激派の陰謀か
地球の連合軍の策略か
或いは!
モグラが掘った穴

いやいや、こんなでかいモグラはいないだろう。
ということは

巨 大 地 下 生 物

いやいや落ち着け自分、ちょっと動揺しているんだ。こういうときこそ落ち着かなくては
いけない。俺もうけっこう大人のはずだ。アスランは穴の中でうろうろと同じ場所を歩き回り
「だれかー!だれかいませんかー!」
と初心に立ち返った。

なんでこんなことになったんだ。
暫く叫んでからアスランは穴の底に座り込んで考えていた。ちょっと喉がかれた。
ニコルたちの墓参りに来て、それほど遠くないからクライン邸跡地を訪れた。
後悔と追憶と自責の念、悲しいものばかりかみ締めてその芝生を歩いていたはずだった。
なんでこんなことに、アスランは深い穴の底で体育座りをして上を向いていた。

「・・・だれか。キラ」

「カガリ」

「とうさん」

「かあさん」

「イザーク」

「ディ・・・ニコル」





「ラクス」

と呼んだら、ラクスが降ってきた。
ピンクのふわふわした髪の女性が、青いワンピースを着て

ドッ

とわりと鈍めのリアルな重みを伴ってアスランの上に乗っかった。
アスランの腹部は彼女のおしりの下敷きになり、アスランは声にならない悲鳴をあげる
落下速度で加増された重力により、ラクスのやわらかいおしりはアスランの腹部に苛烈な衝撃を
もたらしていた。

「あら、びっくりしましたわ」

ラクスはアスランのお腹からのいて、アスランを見て言葉のとおりびっくりしていた。

「穴に落ちたらアスランがいらっしゃるなんて」
「だ、大丈夫ですか、ラクス」
「はい。アスランこそ大丈夫ですか」
「だいじょう、ぶ・・・です」
アスランは嘔吐を耐えた。
「ありがとうアスラン、あなたのおかげでわたくしは助かりましたわ」
アスランは自分の身体の背景に花が咲いたように思われた。嬉しい。痛みに耐えられる気がした。

「ところで、アスランはどうしてこんなところにいらっしゃるのですか」
「ラクス、どうしてこんなところに」

この公園を空を見ながら散歩していたら、と二人は声を揃えて言った。
同時に見上げた丸い空はほんわか雲がながれていた。

「誰が掘ったのでしょうね、こんなに深い穴」
「さあ、俺にもさっぱりで」
「地下の巨大生物でしょうか」
ラクスは大真面目な顔で首をかしげた。その直後、
「というのはつまらない冗談ですけれど」
とにっこり笑った。

つまらな・・・・

アスランは青ざめそうになるのを耐えて、ラクスに肩に乗ってもらって、彼女に助けを呼んできて
もらおうと考えた。まずアスランが地面に膝をついて、肩にラクスの足をのせてもらってゆっくり立ち上がる。
「ど、どうでしょう。出られそうですかラクス」
アスランは上をむけない。
一種の組体操のようなものだと自分に言い聞かせて、顔の横にある白い素足さえ見ないように努めた。
ラクスは裾が豊かに広がるワンピースを着ている。
ここで上を向いてはラクスファン過激派のあの銀髪の友達に生き埋めにされかねない。
「難しいようですわ、アスラン」
「そうですかでは降りましょう!」
アスランは早口に言った。

振り出しに戻った。

「だれかー!」
「いませんかー」
「おーい」
「もしもーし」

「「だれかいませんかー」」

二人で上向きに大声を出していたら、声が重なった。
するとラクスがアスランをじっと見て「声がそろいましたわ」と無邪気に笑った。
するとなんだから気が楽になって、声を出すのを休憩して二人は穴の底に座り込んだ。
さて
座り込んで
黙って
一分後、
アスランは気づいた。

あれ?これすごい気まずい、と。

何か話さなくては、という義務感と焦燥感に駆られおずおずと口を開いた。
「その、今日はご公務はおやすみなんですか」
「ええ、オフなのです」
「そうなんですか」
「はい」
「へえ・・・」
「・・・」
「あ、あの!ご公務の日にこんなことにならなくて、少しよかったですね」
「ええ、少しよかったですわ」
「そうですね」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

もうだめだ、助けてくれ。キラ!
とアスランは会話から2話題目で穴の底で膝を抱えた。

「アスランはわたくしの前にいらっしゃると、言葉を選んでくださいますね」
「そ、そうでしょうか」
なんだか見透かされたようで、アスランは赤面した。ラクスを横目でうかがうと、彼女はアスランの
ほうをちっとも見ていなかった。それでまた赤面した。いつも独りでから回る。
「久しぶりにアスランと話したので、あなたが私と会って緊張なさるということを失念しておりました」
「すみません」
「謝らなくていいのですよ」
「すみません」
「謝りたいのなら、アスランの好きになさって結構ですけれど」
「ありがとうございます」

今のは怒られたのだろうか?
あきれられてしまったのなら、いやだ。
言葉を如意に使えるラクス・クラインやディアッカや、ほかの大勢の大人たちをどれほど羨ましいと
思ったことだろう。言葉ひとつ伝えるのにも苦労して、一を説明するのに百の関係ない言葉を使って
結局、一を伝えられない。
そういえばクライン邸を訪れるときは、二日前からしゃべる内容としゃべる言葉を考えて練習していた。
ここでラクスが笑ったらこう言って
そうしたらラクスはこう言うだろうから、自分はそこであの話題を振って・・・。
そういった努力はすべてラクスの思いもよらない言動によって甲斐なく終わったのだけれど。

「アスランは時間のあるときにどんなことをして過ごすのですか」

穴の底で、状況に似合わない質問が投げられた。
和やかな質問でアスランは返答を見つけ出すことができた。

「相変わらず機械をいじったりしています」
「ハロですわ」
「ええ、ハロもです」
「そうですか、ではアスランは時間のあるときは子作りをなさるのですね」

そう、こうやってラクスの思いもよらない言動によって和やかに進むはずだった会話は
一時停止を余儀なくされるのである。

「ハロはわたくしの大切なこどものようなものですもの。友達でもありますが」
「大切にしていただけて嬉しいです」
「ああ今もここにあの子を持ってきていれば、お空へ飛ばして助けを呼んでできてもらえたのですけれど」
「家においてらしたんですか」
「・・・実は」

とラクスは一度アスランを見た。それから俯いて、抱えた膝に顔を寄せた。少し猫背の格好。
「止まってしまったのです」
「上に戻ったら直しますので、そんなに落ち込まないでください」
「お願いします、よかった。今日アスランと会えて」
「俺以外でも直せますよ、簡単な機構ですので」
「そうおっしゃってくださった方もいらしたのですけれどお断りしました」

どうして、と喉をついて出そうになってけれど言葉は出なかった。
そのかわり熱がでたように顔が熱くなって自分のいいように想像した。
彼女のことだから、またからかってそんな言いようをしているのだろうと喜ぶ自分を諌めた。

見上げた丸く狭い空はオレンジ色になってきた。
穴の底には自分たちを隔てるティーテーブルはなく、口を慰めてくれるおいしい紅茶もない。
雰囲気を適当に軽くしてくれるハロは彼女の家のソファーの上で止まってそれきりらしい。
今のアスランには彼女の力に成れる人を模した巨大な機械もなく、旗艦もない。
心細い。

横にいる女性はもはや並ぶ婚約者ではなく、遥か見上げる議長閣下。

「わたくし」

と暫く黙ってアスランが卑屈になっていた後に、真剣な瞳でラクスはつぶやいた。
「今、アスランを誘ったのですけれど伝わらなかったでしょうか」
いま幻を聞い
「幻を聞いたなどとご自分を説得なさらないでくださいまし、アスラン」

困って膝を抱いて、土を見た。
また黙った二人は今までで最高に気まずい。
いや、あのときも気まずかった。あの、ピンクの戦艦に助け出された日のブリッジ。

「エターナルのブリッジを覚えてますか、ラクス」
「いつのですか」
「君がすごく短いスカートをはいて艦長席にいたのをはじめてみた日です」
「・・・はしたなかったでしょうか」
「びっくりしました」
「アスランは短いスカートの女性はお嫌いですか」
「人並みに好きですが、ラクスがするのは嫌でした」
「まあ」
とラクスは目を丸くした。そして自分自身の服装を見た。今日は膝下丈のワンピースなのを確かめて
スカートの裾を伸ばすように小さくと引っ張る
「バルトフェルドさんとフラガさんは喜んでくださったのですけれど」
「あの二人は世界で最も喜ばせてはならない種の哺乳類です」
「そうなのですか」
「触られると妊娠すると八人の女性クルーから聞いたことがあります」
「妊娠を、まあまあ、それは大変ですわ。そういえばディアッカにも一時期そんな話題があがりましたね」
「そういえばそうですね。言い出したのはミリアリアだったかな」
「でもその話題が消えたのもディアッカがミリアリアさんに純粋な恋をなさったからでした」
「あ、思い出してきた。二人が少しようやく雰囲気になってきたころに、ミリアリアがイザークとディアッカが一緒に
映ってる写真を見て」
「この女は誰、ってミリアリアさんがやきもちをやいてしまわれて」
「あのあとディアッカがプラントに戻るときにイザークが迎えに来たのは知ってますか?」
「その話だけは。あの時は別の場所にいましたがどうなったのですか」
「イザークを間においてミリアリアとディアッカが口げんかし始めて、口げんかと言っても彼女が一方的に
言っていたんですけれど、どうせあの人と寝たんでしょ!ってすごい怒ってて」
「まあ、イザークもびっくりなさったでしょうね」
「そうなんですよ。しかもそれがプラントのオペレータと通信チャンネルを開いた状態で言い合ってたから
女性オペレータがすっかり盛り上がっちゃったらしくて」
「ああ、ではディアッカとイザークが付き合っているという噂のはじまりはそれだったのですね」
「そんな噂がラクスの耳にまで?」
「女性は色恋沙汰には耳がよいのですよ、アスラン」
「色恋沙汰といっても、男同士ですが」
「お二人とも見目麗しいので余計ですわ」
「ディアッカはその噂のせいでミリアリアに着信拒否にされたんだ、きっと」
「恋愛は山あり谷ありのほうが面白いですわ」
「俺とラクスの場合はなんだか深くて大きな谷ばかりのように思えますが」
「・・・」

あれ
ぼくはいま、話の盛り上がりに任せてものすごい失言をしたのだろうか。


「アスランが好きな食べ物は何ですか」

アスランはこの問いをうけて、絶対いまのは失言だったんだと確信した。
青ざめながら「ロールキャベツです」といった。

「わたくし、ロールキャベツは作れませんので別のものにしていただけませんか?」
「作ってくださるんですか?」
「せっかくお会いしたのですもの」
「では、ラクスの得意料理はなんですか」
「出前のお寿司ですわ」
「・・・お、おいしいですよね。出前のお寿司」
「はい、とても」

ツッコミという救世主は助けに来ない、この深い穴の底。
逃げ場も無い。

「議長の仕事はいかがですか、つらくはないですか」
「大丈夫ですわ、皆さんに助けていただいています」
「それならいいんですが、いつもテレビで見かけていると365日働いているように見えるので」
「大丈夫ですわ」
「どこか悪いところはないですか」
「性格が少々」
「う、あの、そうじゃなくて、ちゃんと寝てますか」
「アスランはわたくしのお父様のようですわね」
「心配なんです、ラクスはすぐに無茶をするから。ホワイトシンフォニーのときも俺は銃を持っていたんですよ」
「わたくしを決して撃たない優しい銃です、怖くはありませんでした」
「実際撃たなかったから、言い返せないけれど無茶をなさらないでくださいね」
「アスラン以外に銃を向けられたときには、ちゃんと怖がります」
「俺はそんなに迫力がないですか」
「ええ、アスランの銃からは国旗かハトが出るように思えてなりません」
「そういうユーモアはありませんてば」

ああずいぶん暗くなってきた。よくラクスの顔が見えない。
穴の中は暗い。
出口は遠く、空は暗い。あれは星だろうか。よく見える。

「ラクスの言うみたいに、俺は銃にこめるのは銃弾ではなくてハトや連なった国旗がいい」
「ええ、ぜひそうなさってください」
「でもハトがかわいそうだ」
「狭いですものね」
「音もすごいしね」
「ええ」
「撃った瞬間にハトが出て、発砲音じゃなくてラクスの歌が聞こえる銃があるといいと思う」
「わたくしの歌でよいのですか。クラシックの名曲や、ミーアさんの明るい歌もいいでしょう」
「ラクスの歌がいいと思う」

ラクスは「ふふ」とはにかんで笑った。
こういう笑い方は彼女には珍しいと思う。
それともほかのみんなの前ではそうしているのだろうか。
誰の前でもしていないといいと思う。

「ハトが出る銃はわたくしの歌、国旗が出る銃はミーアさんの歌にしましょう」
「そうですね、戦争で使う武器のすべてがそうなればいいですね」
「どちらがより面白いものを出せるかを競うのですか」
「そう、ラクスなら何を出しますか」
「わたくしは・・・アスラン!」
「ハトを銃にいれるのは可哀想なのに俺はいいんですか」
「では大砲にアスランをこめます」
「イジメっぽいですね」
「いいえ、面白さを競っているのです」
「余計イジメっぽいですね」
「アスランは何を出しますか」
「じゃあ・・・ええと、紅茶とか」
「かかったら熱いですわ」
「ではアイスティーにします」
「素敵。でもアイスティーをかけられた人もいじめられているみたいですわね」
「じゃあディアッカにかけます」
「そうですわね」

ラクスもアスランも声をあげて笑っている。
たまらなくて噴き出して笑ったり、もう息も絶え絶えになって。
彼らは夜になっても誰も見つけてくれない深い穴の底にいるというのに。
穴の底に光は無くて、星の光が頼りなく影の濃い部分と浅い部分を作っていて、
それだけが傍にもうひとりいるのだと教えてくれる。

常であれば国家天下を議論して不思議は無い二人が、友人がこっぴどく振られた話で盛り上がり、
スカートの短さを議論し、得意料理は出前の寿司だというラクスを褒め、ピストルから出すのは
アイスティーだハトだと笑い合った。
話はどんどんくだらない方向へ走っている。
二人が穴に落ちたことによる被害者は、おそらく当事者ではなくディアッカだろう。
話しているうちに、お互いの顔がはっきりと見えることに気づいた。
暗闇に目が慣れたからではない。
アスランは話し込んでいたのをふと止め、丸い夜空を見て、驚いた。

「ねえ、ラクス。見て、月が真上にあるよ」
ラクスも上向き、狭く丸い空の真ん中に丸い月があるのを見て目を見張った。
「すごいですわ、空に月しか無いみたい」
「こんな風に月しかない空を見たのは僕らだけかもしれない」
「ええ、きっとわたくしたちだけです」
「それはとてもすごいことだね」
「とても」
「うん」


アスランがここに落下するとき、考えていたのはそう、
ぼくの見ている空は、きっとラクスには違う見え方をしているのだと
そう卑屈に思いながら歩いていたのだった。

「ラクスはあの月をどう思う?」
「アスランとわたくしだけが見たとてもきれいな月だと思います」
「うん」
「アスランは?」
「ラクスと俺だけが見たとてもきれいな月だと思います」

横に並ぶ婚約者の時は過ぎ去り、
遥か見上げていた議長閣下は大砲からアイスティーが出るのは良いと言って、
今、アスラン・ザラとラクス・クラインはどういう位置関係かと考えて、

「アスラン、見てください。ほら、犬ですわ、犬」

ラクスは両手を組み合わせて、地面に犬の影絵を作っていた。
今はどういう位置関係にあるのかと考え、影絵の犬を見て、その結論としては
「まいっか」
と思った。

「え?」
ラクスは犬を作ったまま、アスランの”まいっか”に小首を傾げた。
しかしラクスの不思議に対して応えはかえらないまま
「ハト」
と言いながらアスラン両手を組み合わせた。手はお互い土だらけだが気にする必要は無かった。
なんといってもお互い土だらけなのだし、ここは咎める人がいないし、あの月だって二人のために
あるのだから、彼らが月の光でどう遊ぼうと彼らの思うままだ。

「カエル」とラクスが影絵の大技をやってのけて、深い穴の中に笑う声が反響した。
やがて笑いつかれて、穴の底で横たわると

土だらけの手に土だらけの手が触った。

「土だらけだ」
「嬉しいですわ」
「土だらけなのに?」
「わたくしはずっとアスランとこういうふうに話して遊んで笑いたかったのですもの」
「ごめんね、ラクス」
「ごめんなさい、アスラン」

月はそれて、穴の中は暗闇に戻った。
お互いの影の輪郭さえ見えないけれど、手が触っているからあなたがいるとわかるのだ。
だからちっとも怖くないし
だからちっとも心細くないし
だからものすごく心がそわそわするのだ。

「アスラン」
「うん」
「セックスをしましょうか」
「・・・」
「・・・」
「いま、聞こえたラクスの声は幻です」
「ええ」
「その言葉はもう少しあとに俺が言いますので」
「ええ、待っております」
「・・・では、その・・・ラクス」
アスランは咳払いをした。
顔が見えないからよかった。
「だからその、なんというか」
セックス、と言葉に出すのは恥ずかしいし、地球には遥か昔、「セックスしよう」と突然言って結局その二人は
破局するというドラマがあったとキラに聞いたことがあるし、だいたい、そもそも、言いたいのはそこじゃなくて、ああ、
なんて言えばいいんだ。

「その、うまく言えないんだけど、すきだよ」

「うまく言えていますよ」

それから暗闇で互いの形をなぞるみたいにキスをして
妙なテンションで、姿の見えないまま指相撲をして、ラクスがすっごい力でぼくの親指をホールドしたものだから
「イテテテテテテ」とびっくりしていたら、

パ、と世界が照らし出された。
穴の出口に人の影が見えて、助けがきた、と思うより先に”ぼくらの穴”がついに終わってしまったのだと思った。

ラクスを探しに来た救助隊が縄のはしごを下ろしてくれた。
まずラクスがのぼり、ぼくはもう一度ぼくらだけの夜空だった空を見上げて、彼女のパンツを見てしまったけど、
見てないことにした。薄水色のレースだった。













上は大騒ぎだった。
救助隊が30人以上も穴を取り囲んでいて、遥か遠くにロープやブルーシートが張られている。フラッシュが
たかれる音や人の喧騒がブルーシートの向こうに聞こえる。報道関係者がつめかけ、しかもシャットアウト
されている。ラクスの肩には毛布がかけられ、彼女の護衛らしい軍人が泣きべそをかいていた。
あれ、イザークがいない、と思った瞬間にアスランの身体は宙に浮いた。

「きっさまああ!」

と聞きなれた罵声。

「貴様がなぜラクス様と同じ穴の中にいる!」
「あ、イザーク久しぶり」
「久しぶり!じゃない!貴様がついていながらなぜ助けんのだ!」
「俺が先に落ちて、そこにラクスが落ちてきたから。それに穴が深くて届かなかったんだ」
「だいたい、公園になぜこんな深い穴があるんだ!貴様の策略か!」
「そんなの知るわけないだろ」
「なんだと!?ということは、巨大地下生物か!」

そんなこんなで

イザークから聞いた話によれば、ラクスはこの日、印を押すべき書類に光速で印をおしおえたあと失踪、
夜にようやく穴の中で見つかったという。仕事をすっかり片付けてから失踪とはさすがラクスだ、と
アスランが言うとイザークの頭突きをくらった。

そんな中、ラクスはというと
「ラクス様、どこかお怪我などは」
「いいえ、大丈夫ですわ」
「左様でございますか、ご無事でなによりです」
「はい、パンツを見られてしまったくらいです」

聞きなれた罵声のあと、アスランは再び宙に浮いた。